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2限目

この学校に入学して2度目の朝。私がクラスの戸を開けると、すでに何人かのクラスメートが教室で談笑したり、 自己紹介をしたりしていて、一人の女の子が私に話しかけてきた。
「おはよー えっと、私マコトっていうの。これからよろしくね!」
マコトと名乗った子は、天使のような笑顔で笑いかける。私は今までこんな風に挨拶されたことがなかったので、どぎまぎしてしまう。
「よ、よろしくお願いします」
私はそうとだけ言って、失礼のないように自分の席についた。マコトさんは、不思議そうな顔をして、他の子たちとのおしゃべりに戻ってしまった。
また自分の名前を言うこともできなかった…今度こそお友達を作ろうと思ってたのに…
私もおしゃべりに入れてもらおうと思っても、椅子におしりがくっついて動けなかった。
あっ…そういえば。私が前の席に見ると、そこにはまだ誰もいなかった。
(まだ来てないんだ…)
私は心の中で呟く。どうして私はツキモリくんのことを待ってるんだろう。

時間が経って、続々と生徒が教室に入ってくる。その中にツキモリくんの姿はなかった。もしかして初日から遅刻なのかな…
私が、空席を眺めているとちょっとキザな男の子が私に話しかけてきた。
「ルリ…さんだったかな。僕はシイタっていうんだけど、今日は委員会決めがあるんだ。だから君と僕で学級委員をやらないか? 君なら僕にふさわしいと思う んだ」
シイタと名乗った彼は、早口でまくし立てる。学級委員なんて私には無理。すぐにそう思ったけど、シイタくんが怖くて何ていったらいいか分からなくなった。
「…私は…」
「そろそろ先生が来るから、席に戻る。いい返事を待ってるよ」
返事をする前に戻ってしまった。ちゃんと断れなかった…どうしよう…

遅刻しそうな生徒が慌てて席についていく。がらがらだった教室も、どんどん黒い制服で満たされていって、ついに私の前の席以外全部埋まってしまった。何 か事故にでもあったんじゃないだろうか…と心配になる。

ガラガラーと戸が開く。ついに先生が来てしまったみたい。
「全員騒ぐのをやめろ。HR始めるぞー」
先生は日誌を取り出して、全員が来ているかどうかチェックし始めた。まだ、ツキモリくんは来ていない。ひとつだけぽつんと開いた空席を見て、先生は怒っ た。
「ツキゴは初日から遅刻か。テストも最下位だし…あ、まぁいいか…まったくたるんどる!」
ほぼ全員が、昨日のことを思い出して笑い出す。その時だった。
「ひぃーやっとついた。この学校広すぎなんだよ……痛っ!」
紅天先生の必殺チョーク投げが決まる。
「ツキゴ! 補習だけじゃなく、遅刻もか!」
教室では更に笑いの渦が広がった。ツキモリくんは額を押さえてうずくまっている。
涙目になったツキモリくんは、
「先生がさっさといっちゃうから迷子なったんですよ! それなのに…」
「はいはい。分かったからさっさと席に着け。今日は委員会を決めるぞ」
軽くあしらわれたツキモリくんは、ぶつぶつ言いながら私の後ろの席に着いた。
「おはよう、ルリ。今日は補習といい、迷子といい…酷い目にあったよ」
「お、おはよう…ツキモリくん。大変だったね」
「ん、ああ。ホントあの紅天とか言う教師…やべ」
カッ、カッというチョークが黒板を叩く音がやんで、こっちをねめつけていた。
またチョークを投げつけられるところだったみたい。一体何本チョークを持っているんだろう。
「そこ騒いでると、ツキゴみたいな目にあうから、気をつけろよ。それと委員会をしなくても全員に何かしらの係りをやってもらうから、そのつもりでな」
「とりあえず、この学校にある委員会はこれだ」
先生は、チョークで書かれた委員会名を一つ一つ指差していく。
「まずは学級委員。クラスの代表として、色々やってもらう。男女1名ずつだ」
さっきシイタくんに言われたやつだ。
「それに会計、書記も男女一人ずつで」
会計というのはクラスのお金の管理、書記はクラスの決め事をノートに取ったり、黒板に書いたりする係だ。
「次に保険委員。誰かが怪我したり具合が悪くなったら保健室に連れて行く。これも男女一人ずつ」
これは多分私には無理だろうな…ツキモリくんが向いてるかも。
「えーっと、次は美化委員。たまに校内清掃とか石鹸のとりかえとかをする。これも男女一人ずつ」
「あと体育委員。体育の時に色々やってもらう。男女一人ずつだ」
ツキモリくんが手を上げる。
「俺、体育委員に立候補しますよ!」
「まだ立候補とか求めてないから、座ってろ」
「はい…」
今度は笑いの渦にはならなかったけど、みんなくすくすと笑いをこらえていた。
「次は図書委員。図書室で色々やってもらう。男女一人ずつな」
図書委員かぁ…少しやりたいかもしれない。でも手を上げて立候補するのは…
「後は選挙管理が男女一人ずつ。文化委員も男女一人ずつだ。っとまぁそんなところだから…とりあえず、選挙委員やりたいやつはいるか?」
何人かの手が上がっていって、その中からじゃんけんで二人決まった。
「次、保険委員。やりたいやつはいるか〜?」
今度は二人、男女一人ずつ手が上がる。最初から示し合わせてたのか、目と目をあわせて微笑みあった。
「体育委員。やりたいやつは手を上げろー」
「はいっ!」
真っ先にツキモリくんの手が上がり、そのあとに続いて二人の手が上がった。
「男が一人多いから、じゃんけんで決めといてくれ。次は…美化委員」
「じゃ、ちょっといってくるわ」
そう言うと、ツキモリくんは腕を回していってしまった。腕を回してもじゃんけんに強くはならないと思うけど…。
「次は文化委員。やりたいやつは手をあげろー」
「ハイハイハイハイハイハイ!」
一斉に教室中のほとんどみんなが手を上げた。すぐに定員二名の熾烈なじゃんけんが始まった。手を上げなかったのは、私とシイタくんだけだったみたいだ。
「次は図書委員だ。やりたいやつはいるかー?」
わーわー。誰も先生の話を聞いていないみたいだった。じゃんけんで負けた人は残念そうに下を向いている。私は手を上げたかったけど…勇気が出なくて上げら れなかった。
「図書は保留だな。会計はいるかー?」
じゃんけんに敗れた二人の男女が手を上げた。この二人で決定みたい。
「書記をやりたいやつは…」
また、二人の人が手を上げる。これもすぐに決まった。
「最後に…学級委員をやりたい人は手を上げてくれ」
「ハイ」
シイタくんがすぐに手を上げたけど、女の子は誰も手を上げなかった。
「とりあえず、シイタは決定だな。もう一人決めないといけないんだが……女子で誰かいないか?」
シイタくんが、
「先生、僕は襟木さんを推薦します。昨日の先生の質問にもしっかり答えられたことからして、クラスの代表である学級委員に向いてると思います」
「そうだな…襟木。どうだ、学級委員やってみないか?」
えっ…私は……。知らないうちに、みんなの視線が集まる。どうしよう…段々と私がやらなきゃいけないような空気になってきた。
「襟木さん、やろうよ。みんなも望んでるみたいだし」
シイタくんの目が一瞬光る。最初からこうなることを予想してたみたいだった。
「私は……その…」
私は…どうして断れないの…ただ、嫌だ。やりたくないって言うだけなのに。このままじゃ…学級委員にされちゃうよ。誰か…
「おい、やめろよ。ルリが嫌がってんだろ」
前の席から声がした。あの時と同じ…
それに対しシイタくんが、
「君は襟木くんの保護者か? 彼女がそういったわけでもないだろう?」
「保護者じゃないと名前も呼んじゃいけないのか? 嫌がってるかどうかなんて見れば分かるだろ!!」
私のことで、シイタくんとツキモリくんが睨み合っている。先生はその様子をじっと見ていた。
ついに先生が口を開く。
「襟木ルリ。どうなんだ?」
「私は…私は……」
ただ一言言うだけなのに……。
「なぁ、本当にやりたいことがあるんなら、やらないと損だ。流されてるだけじゃ、何も変わらないぞ」
やりたいことを自分の意思で……。私の中で何か動いた気がした。
「…嫌です」
「え……」
やっと言えた…言いたいこと…
あまりのことに、シイタくんはくちをあけたまま呆然としている。
先生は、学級委員になることを拒否した私に言った。
「そうか。なら他に立候補したいものはあるか?」
「えっと……私は…図書委員がやりたいです」
さっきまで、呆然としてたシイタくんが口を挟む。
「先生、僕やっぱり図書委員」
「ダメ。お前、もう学級委員に決まってるから」
シイタくんは、がっくり肩を落として席に着いた。少しかわいそうだけど…
「センセー、俺も図書委員に立候補する」
えっ? 私は声のした方向…つまり真前を凝視する。
「ほんとは体育委員がよかったんだけど、ジャンケン一発で負けたんだよ…ってことで、先生。いいよな?」
先生は、
「ああ。図書委員は襟木と月護で決まりだ。襟木、ツキゴはちょっと馬鹿だから、色々教えてやってくれ」
私は深くうなづいた。
3限目