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昼休み

時刻は早朝、新しい生活が始まることに興奮して早起きしてしまった俺は、誰よりも早く教 室に着いた。昨日は数十人もの男女がこの狭くて四角い部屋にぎゅうぎゅうだったのに、今は机だけが、その持ち主を探していた。
まぁ簡単に言うと、俺だけ早く着ちまったわけだ。さて、みんなが来るまで何するかな…。
ピンポンパーンポーン。学校に限らず、デパートから遊園地まで共通の呼び出しチャイムが聞こえる。
こんな朝っぱらから呼ばれる生徒がいるとしたら、相当な天才かあるいは馬鹿だろうな。
「えー、1-2、ツキゴロウ。1-2、ツキゴロウ。紅天が教務室で待ってやってるから来い」
あまりの間の抜け具合に、何もないところで躓きそうになる。
「ロウキだ! なんだよ、たっく…ツキゴロウとか、てか放送あいつじゃねぇか!」
大体突っ込みどころが多すぎて、どこから突っ込んでいいのか分からないだろ!
ツキゴロウって明らかに違う名前だし!
本当にあの先生…紅なんとかは俺のこといじめて楽しんでやがる…。

〜教務室〜

「しつれいしま〜すっ」
俺はきちんとノックして、大きな声で挨拶してから教務室のドアに手をかける。いったい何のようなんだろう入ってみりゃ分かるか。
俺がゆっくりと教務室のドアを開けると、紅天先生が教務室の一角でチョークの整理をしていた。俺に何か言う様子はない。
あんなに大きな声で挨拶したのに聞こえなかったんだろうか…気のせいか顔つきも少し険しいような気もする。
「先生! いったい俺に何の用っすか?」
ようやく先生が反応し、こちらに向き直る。表情は…怒ってるとも悲しんでるとも取れるがやっぱり厳しい。
「ツキゴか…あのな…ものすっごく云いにくいんだが…」
うわ…このパターンは本気で悪いときにしか使われない黄金パターンじゃないか! いったい俺、何やっちゃったんだ…。
「テストが酷すぎる」
「…ひどすぎる?」
俺は反射的に、先生の言ったことをそのまま繰り返す。いまいち意味が分かってなさそうな俺に対して先生は、ホレと言って見覚えのある紙きれ…テストを俺に 放った。見たほうが早いと思ったらしい。
実際その通りだけど。
俺は、解答用紙にさっと目を通す。名前は…汚い字で「月護 狼希」と書いてあるから、俺のに間違いないな。さてと肝心な点数は……!!
「え〜と…合計で… 34点?」
ぱっと見で丸とバツの非が分かるってある意味すがすがしくもあるな…。先生は赤ら浅間に残念そうな顔で言う。
「…かなーり簡単にしたつもりなんだがな…50点以下はお前しか居ない」
ぐふぅ…紅天の攻撃。俺にクリティカルヒット…。ン、いや、待てよ。あの先生のことだ…採点ミスでもしてるんじゃないか! 多分それはないだろうけど…
「…マジすか。なんかの間違いじゃ…」
「嘘だ」
「どっちすか!」
もう嫌だよ、この教師…。確実に俺、おちょくられてる。大体嘘ってどういう意味だよ。
先生は、俺が胸の中で悪態をついているのも気にせず、話を続けた。
「まあ、ともかく。この点は酷すぎるから、補習を行うことにする」
「補習〜!?」
補習ってのは多分…テストに出たようなことを復習させられたりするんだろうな…。あんまり間違った記憶ないんだけどな。
先生は俺の問いにあっさりと首肯しする。
「ああ。ついて来い」
「へぇ〜い…」
先生はそういい終えると席を立ち、教務室を出て行った。俺はしぶしぶそのあとを続いた。

〜実践室〜

俺は、まだ慣れていない学校の中を、先生に連れられて歩く。校内は複雑で、一瞬でも目を離すと迷っちまいそうだったが、何とか実践室にたどり着いた。
部屋につくなり、先生が言う。
「まあ、まず基本中の基本からいくか…戦闘だ」
まず何でテストの補習と戦闘が関係あるんだ! 俺はそう突っ込みたくて仕方なかったが、先生は待ってくれないし、そういう空気でもなかったからやらないけ ど。
先生は手元で何かをいじっている。いったい何をする気だろう…そう思ってるうちに、ぼんっ! と何かが爆発するような音がして、少し煙が出た。
「おお!?」
よく見ると煙の中に、手のひらサイズとまでは言わないけど…あんまり大きくないモンスターがいた。こんなに間近でモンスターを見るのなんて初めてかもしれ ない…。
「コイツはホントはかなり強くないと倒せないモンスターなんだけどな…。まあ、ハインズのじっちゃんのおかげでかなーり弱くしてある。とりあえずぶち殺し てみろ」
先生はいかにも倒せて当たり前みたいな目で俺を見てるが、普通実践ってのはもう少し勉強してからするものじゃないんだろうか。大体俺、丸腰だし。ここは正 直に聞こう。
「先生? あの、非常に言いにくいんですが、武器は?」
「あー、そこの棚に初期装備があるからテキトーにもってけ」
先生が指差した棚には、小剣と手斧、それに普通の棒が置いてあった。何かどれもしょぼいな…
「なんかアバウトだなこの先生…じゃ、この剣で良いや」
もっとこう、かっこいい両手剣とかはないのかと思うが、贅沢はよくないよな。
俺は手にした剣で、召喚されたモンスターに斬りかかる!
「たぁ!」
俺の一撃を浴びたモンスターは一瞬にして粉々…これは早くも戦士としての才能の片鱗が見え…
「ツキゴ! 当たってないぞ!!」
「あれっ?」
俺の攻撃は見事なまでにスカっていた。ちゃんと狙いを定めて、正確に斬りかかったはずなのに…おかしいな。まさか、避けられたのか? でもこんな補習なん かで…うわっ!
俺が攻撃した石の塊は、油断しきっている俺の胸元に体当たりを仕掛けてきていた。俺はかわしきれずに、まともに受ける。
「あ…」
先生は何か気づいたような顔。遅すぎるけど…
「グハッ」
石の体当たりで、肺にたまっていた空気が押し出される。俺は体当たりの衝撃で、部屋の壁にたたきつけられる。めちゃくちゃ痛え…。
俺が目を回してる間も、石のボールはじりじりと間合いを詰めてきている。もう一発やる気だ。
今のは不意打ちだったから、まともにもらっちまったけど、今度こそは…
俺は、胸の痛みをこらえ、体勢を立て直す。だが先生はようやく状況理解したという顔で言った。
「あーすまん、ちょっと逃げろ。コレ本物だった」
「な、なにぃ!? ウオァァァァァッ!」
どこをどう間違ったらこうなるんだよおおおおおおおおお!!
俺は叫びながら、狭い教室内を全力で走る。畜生…あの先生。いつか殺す…!
「ジャジャジャジャジャジャッ!!」
俺が逃げているうちに、黒い影がストーンボールに迫り、一瞬のうちに文字通りに刻んでいた。名前だけしか聞いたことなかったけど、あれが志向の盗賊スキル 「サベッジスタブ」か!
俺が驚いているうちに、先生はもといたところに戻っていて、言った。
「悪い、怪我は無いか?」
正直なところ、肩で息をしていたし、胸が痛んだが強がって言った。
「だ、だいじょうぶっす…」
先生は俺の様子を見て、申し訳なさそうに一言謝る。
「すまん…ほれ、オレンジポーションだ。ついでに使い方も復習してみろ」
どこから出したのか、先生はオレンジ色した薬ビンを俺に投げる。
「の、飲めばいいんでしたかね?」
もしかしたら塗り薬かもしれないけど…このビンの形からして、飲み薬だよな。
だが、俺の予想に反して先生は呆れ顔で言った。
「オイオイ、常識だぞ? ダブルクリックするか、ショートカットキーに入れて使うんだ!」
「…へ?」
こ、この先生何言ってんの…ダブルクリック?  ショートカット? 何のことかさっぱりわかんねぇよ。
かといって、勝手に飲んだりしたら怒るだろうし…。もしや、一流の冒険者が使う言葉の略称とか俗称かもしれないしな。
「すみません、もう一度良いですか?」
先生は少し面倒くさそうな顔をするが、教えてくれる気になったみたいだ。というか説明してくれないと困る。
「うにうにしてるマウスカーソルがあるだろ。それでやってみろ」
は? ごめんもうなんかついていけない…。うにうにしてるマウスカーソルってなんなんだ…!!
ん? 何だ、この気持ちの悪い手袋…浮いてるぞ。っていうよりさっきまでこんなのあったか!?
「あ、あった…」
俺は恐る恐るその手袋に手を伸ばす。うわ…本当にうにうにしてるよこの物体。腕ないし…。
「そうそう。それでダブクリ」
うわぁ…更に訳わかんないこといいだしたよ…。ダブル…いうくらいだから二回なんかするのか?
「だ、ダブクリっと…」
とりあえずよく分からないけど、オレンジ色した薬ビンを、手袋で二回つついた。
さっきまで手に持っていたはずの薬が、消えてなくなる。それにどことなく体の痛みも消え…どうなってんだこれ!
「これで消費アイテムの使い方はいいな。さて…」
勝手に話進めてるし!
先生は俺の心の突込みなど軽く無視して、さっきと同じようなモンスターを召喚する。
「改めて、コイツを攻撃してみろ。今度は大丈夫だ」
本当かよ…。何かこの人だったらもう一回ミスってそうな気もするんだが…でも、どっちにしてもやらなきゃいけないんだろうな。こうなりゃヤケだ!
「たぁっ!」
食らえ! 俺の剛剣!!
「だめだめ! そんなやり方じゃ!」
その一言で全力で振り下ろしていた剣を、逆の方向に力を入れて何とか止める。
「剣が折れるだろ!」
「へ?」
そ…そんなにもろい剣なのか? とりあえず返事しておこう
「あ、はい」
「Xボタンを押すんだって」
「ん!? え、Xですか?」
先生は俺の問いに平然と答える。
「たまにジョイパット使う奴とかもいるけどな。でも私はキーボード派だ。金もかかるし、Xでいいだろう」
ははは…何言ってんだこの人。もう考えること放棄するか…
「は、ははは。Xですね?」
「うむうむ」
どこだよXって! これか!! 俺は半ばヤケでXを押す。なんだこりゃ…腕が勝手に…
「たぁら!」
勝手に動いた俺の腕は、鋭い軌跡を描き石の玉を叩き割る。モンスターはガラッと崩れ、その中からモンスターの破片と思われる物体が残っていた。
先生は、かけらを指差し俺に指示する。
「よし。じゃあ、落ちたアイテムを拾ってみろ。どうやるか、わかるか?」
そういやこれ、テストにもあったな。
「え? 普通にしゃがんでとれば…」
俺が腰をかがめて物を拾おうとするが、先生の顔つきは険しい。
「何言ってるんだ? 拾うのはZだぞ!」
でた、謎のアルファベット。もう帰りたいな…。
「Zっと…」
俺はいつの間にか、当然のように出現しているZを押す。そうするとモンスターのかけらは手に吸い寄せられるように飛んできた。もうわけわかんねえ。
「うむうむ。…もうこんな時間か。そろそろ帰るか。朝のHRが始まるから」
はぁ、朝のHRのおかげでようやく開放された…。
「今日はこれで終了! 明日も来いよ」
「はぁ〜い…」
そう言い終えると、先生は教室から出て行く。
もう二度と来たくねぇよ…それより明日もあるのか…。
とりあえず、俺も先生についていって教室に戻ろう。帰り道わかんないし。
「あ、そうだ!」
先生はくるっと首を回し、こちらに振り返る。
「借りた装備は返しておけよ! マウスでつかんで欄外に落とせばいいから!」
「はいはい…」
正直な話。もう学校辞めたくなってきたのは俺だけか

2限目