こんな感情を抱くようになったのは、いつ頃からだったろう。
覚えてはいないが、両親から捨てられた頃からだろうか。
暗いわだかまりのような、感情。
圧倒的な憎悪、そして自分を取り巻く環境への失望。
人助けなどバカのやることだと決まっている、このクソみたいな町の中で捨てられたということは、「見捨てられた」というよりも、近い未来に訪れる「見殺しにされた」に近いということを、幼いながらも肌で感じていた。
暗い路地に捨てられて、泣かなかったのだろうか。そんなことは思い出せない。
では、自分をこんな境遇に置き去った者を恨んだのだろうか。思い出したくもない。
俺が思い出せる一番幼い頃の記録は、涙と鼻水を撒き散らしながら、俺をこんな世に産み落とした両親に対する怨嗟の声だった。
恐らく、親父に拾われることがなければ、この世を恨み、絶望しながら死んでいっただろう。
だけど、あの時親父が変な気を起こさなければ、親父を失うことも、友に裏切られることもなく安らかに天国にいけたのかもしれない。

俺を支えていたなにかが一瞬にして抜け落ちた。それは怒りだったのか、憎しみだったのかはわからない。決定的な事実が俺のすべてを奪っていった。
敵のアサシンは、友人であるナオであったこと。
そして、ナオは本気で俺のことを殺そうとしていること。
……最終的に、俺かナオのどちらかが死ぬこと。もちろん、俺が生き残りたければ……親友を手にかけなければならない。
「な…お! こんなこと…やめ、げぶっ」
どこからかせり上がってきた血を激しく吐く。戦わずとも、このまま放っておけば、俺は間違いなくのたれ死ぬ。
どうせ死ぬのなら、これ以上戦う必要はないとどこかで感じ始めていた。
しかし、それ以上に死にたくないという思いが腹の底で存在感を増し始めていた。
自分の命と親友の命を天秤にかけていたんだ。ナオの命はそっと、自分の命は乱暴に天秤にのせる。
俺の命の重みで、天秤が砕けた。
「ぐおおおおおおおお!!」
俺は血反吐を吐き散らかしながら獣のように唸り、血走った目で二丁拳銃をナオに向ける。引き金は0,1秒で引かれ、それ以上のスピードで旋回する殺意が疾走していく。完全に我を忘れていた。
暴走した俺を見ても、ナオは一歩も動じることなく不適に笑い、文字通り消えた。
「ナオっ!! どこに消えた!?」
俺は目を皿のようにして探す。ついさっきまでそこにいたナオは霞のごとく消えてしまった。
先刻の影のようなものだったのだろうか? わからない、興奮が思考力を低下させている。
全身の神経を針のように尖らせて気配を探していた俺は、何よりも早くナオの声を見つけ出した。
「なぁ、シュウ。いくらお前でもダークサイトっていうスキルがあることくらい知ってるよな?」
今はまるで授業間休みであるかのような聞き方。俺は声がした方向へと鉄を撃ち込む。
当たったかどうか位は勘でわかる。かすりもしていない。
ナオはまったく別の場所から、話を続けた。
「『ダークサイトというスキルは、肉体と装備を闇に溶け込ませ、自らへの攻撃、視覚をすべて絶つスキルだ』って教師が言っていたのを覚えているか?」
俺は弾が切れた銃に魂の弾を補充しながら、常にナオの警戒をし続ける。教師の言葉は覚えていないが、戦闘に関する知識は脳に刻み込まれていた。
「俺はそれを聞いたとき、最強のスキルだ。盗賊はやっぱり最強なんだ…と子供心に思った。だが、話には続きがあった」
俺は何を考えてるのかわからないナオの話を、その姿を捉えられないまま、ただ受動的に聞かされていた。
「攻撃をしようとするとダークサイトは無効になってしまう。つまりは、ダークサイト自体…完全な逃げスキルだったわけだ」
いつになく饒舌なナオに向かって、俺は罵声で返す。
「それがどうした! そんなことスクールのガキだってわかってるだろうが!」
その刹那、俺の首筋めがけて二本の手裏剣が飛来し、俺はそれを間一髪で回避する。
すぐ背後から、ナオの声がした。
「お前の生かしてるのは俺だということを忘れるな」
振り向いた瞬間、声の主は消えうせる。いや、もともと姿は見えないのだが、存在がそこにあったことはわかった。
「だが、俺は考えた。もしもダークサイトをしながら攻撃できれば負けることはないのでは…と。しかしそれは当たり前でありながら、絶対にありえないことだった。普通ならば」
普通ならば。ナオの言葉を聞いた直後、あることに気づく。
俺は今見えない敵から攻撃されたではないか。まさか、あいつは…。
「気づいたか。そう、俺はリスクを負うことによりその制限を超越した。いや、正しくは技の性能自体を変化させたんだ」
スキルを変化させる。そんなことがありえるのか? 普通とは違ったスキル。
時喰い……影喰い……そんなスキル、聞いたこともないぞ。これは、結論はひとつだった。
「そう、特異なのはなにもお前らだけじゃない。俺はアサシンである前にジョーカー…死神だ。故に、俺はお前の魂を喰らい……俺の目的を果たす」
「お前も…うっ!?」
風もないのに、急に視界がぶれ…気づけば俺は顔面にこぶしを喰らい、激しく壁に叩きつけられていた。俺は苦痛にあえいでいる暇もなく、次々と喰らいかかってくる手裏剣を転がって避ける。
「俺はダークサイトの中から相手の視覚だけを喰った。ダークサイトから、サイトを喰って…ダーク。体は見えないだけで、攻撃はできるし相手の攻撃は普通に喰らう。まったく闇という名前がふさわしいとは思わないか?」
闇に襲われる。相手がナオだということがわかっていても、眼に映らないのだから傍から見れば闇に襲われているようにしか見えないのだった。闇の爪牙は鋭く、執拗に俺の命を狙ってくる。
俺は血を流しながら、逃げ続けるだけで精一杯だった。
何度か攻撃してみるものの、まったく手ごたえはない。本気のナオには気配もまるでなく、当たったかどうかと尋ねれば、まず一発も当たってないといえば正解だろう。
なにせ、相手は俺のことが手に取るようにわかり、こっちは相手の姿を見ることすら叶わないのだから。
「くそっ!」
俺は誰に言うでもなく、悪態をつく。血が足りない…体が発作的にそう言っていた。この傷では逃げ回るだけでも、体力の消費が激しい……まさにナオの思う壺だった。
やつの目的は相手をいたぶりつくしてから、絶望させ…消すこと。一撃でしとめられるにもかかわらず、時間をかけゆっくりと終わらせる。そのやり方は死神の鎌とは対照的だった。
俺は苦し紛れに空を見上げる。月明かりが俺のことを嘲るように照らしている。
起死回生の一手がなきゃ、俺は終わりだって言うのに……なんて呑気なんだ。
俺に残された手は少ない。ボムによる範囲攻撃、彗星による狙い撃ち、肉弾戦は飛び道具の相手にとってはありえないとすると、この二つ……いや、待て。
自分の考えをひとまずストップさせる。どちらも可能性は数パーセントにも満たないが、呑気な月を見て思い出した、役立たずの新スキルならどうだろうか。可能性は未知数、使い方は不明…だが、もしかしたら。
ネジの代わりにボルトかなにかで固定されている、硬い脳がきりもみ回転し始める。
そして…なにかひらめいた。もしかすると、これを使えば………。
「ナオ…」
俺は友であった敵のを呼び、絶体絶命の立場にありながら小さく笑った。
続く
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