できることなら、誰も苦しまないのがいいに決まってる。誰も死なないほうがいいに決まっ てる。
でも誰かが幸せになるには誰かが不幸になるしかない。戦いを終わらせるにはどちらかが死ぬしかない。
でも、もし二人とも死なないで済むのなら。和解することができるのなら。
綺麗ごとでも、自分勝手でもかまわない。
俺はその可能性を信じたいと思う。

(どうせほとんど0%の可能性だ。一か八かのほうがまだ確率が高いだろうが!)
「クレセント!」
俺は自分のことをわざとナオに知らせるために、大きく叫びながらスキルを放つ。
もちろん、ナオはどこにいるかわからないし、いたとしても当てることは難しいだろう。
だが、俺はこのスキルを攻撃に使うつもりは無い。
俺の愛銃の銃口にはどう考えても釣り合わないサイズの三日月が、細いワイヤーとともに真っ直ぐ飛んでいく。月はなんの障害もなく宙を滑り、レンガの壁に食 らいついた。
俺は同じように左手の銃からもクレセントを放つ。月は約90度の角度を開いて、壁に噛り付く。こちらも見えない敵に当たった気配は無かった。
準備は整った…。が、俺が油断した瞬間に雷のごとく飛んできた手裏剣に、拳銃を奪われた。
拳銃はクレセントのワイヤーを引き摺ったまま、街路に転がる。油断してた俺も悪いが、このままじゃ作戦が狂う!
「ちっくしょお!!」
俺は右足首にくくりつけた拳銃を新たに抜き、手裏剣の飛んできた方向にクレセントを飛ばす。
これで都合三つの月が壁に突き刺さったことになる。そしてそれにつながったワイヤーも。
いや、さっき落とした拳銃も回収しなくちゃならないから、まだ二つか。ナオに気づかれないように、もうひとつ月を設置しなくちゃいけない。
「シュウ、何を考えている」
絶対的な余裕からか……ナオが俺に声をかけてきた。俺の明らかに無駄な攻撃に、ナオも警戒しているようだ。
「お前を殺さないで勝つ手段を考えてるんだよ!」
「馬鹿にするな」
俺の友人思いの一言に対して返ってきたのは手裏剣の応酬だった。
「ぐっ…」
いくつかの手裏剣は避け切れずに、俺の体を抉る。滴り落ちる血も、気のせいかだいぶ少なくなってきている。残された時間もそれに比例して少なくなってきて いるのだろうか。
俺に残された時間は後数分、ナオに残された時間は今夜中……もしくは毎晩といった所だろうか。
早く勝負を決める……なにも勝利と敗北だけが、終わりじゃないだろう。
だから、それまでは、それまでは倒れられない。俺は決着への網を編むことに集中する。
「クレセント!」
俺は壁を走りながら、最後の布陣を打ち込む。クレセントに使った拳銃はホルスターの中。4つの月とそれに連なるワイヤーが俺を中心に集まった。
これで、東西南北四方に俺の神経を張り巡らせたことになる。
そう、光る月ではなく伸縮自在のワイヤー、それこそが俺の生命線だった。
愛銃はそれぞれの袖に、予備の拳銃は各足へとつながっている。まずは、ピンと右足が張った。
「そこだっ!」
俺は東、実際にそっちが東かどうかはわからないが、一番最初にクレセントを放った方向へと彗星を飛ばす。風が吹きぬけるような音が残り、なにもない空間か ら血飛沫が上がった。
見えない敵は痛みに苦鳴をあげることもなく、冷静に俺へとけん制の手裏剣を放つ。
しかし、ダメージからかその精度はわずかに落ちていた。そして、手裏剣が飛んできた方向とは真逆のワイヤーが俺にナオの居場所を告げる。
「彗星!」
俺は奴の手裏剣が飛んでくるより早く、銃弾を奴の体に到達させる。今まで当たらなかったのが嘘のように、ナオの体から血液を奪い取っていった。
「ナオ、お前の技はもう俺には通用しないぜ。今はお前の位置が手に取るようにわかる」
「戯言を…」
声が聞こえたのは右斜め30度の位置。だが、ワイヤーが揺れたのは左の方だった。ナオは自分の姿が見えないのを承知で高速移動しながら、攻撃を仕掛けてき ていたのだった。
あきれた周到さだが、今の俺にはまったくの逆効果だった。ナオが動くたびに、ワイヤーがいち早く俺にその情報を伝えてくれる。今この勝負の中心にいるの は、ナオではなく俺だった。
「戯言かどうかは自分で確かめろ! 彗星!」
「ぐっ…」
至近距離で彗星がナオに着弾する。亜音速の弾丸は肉だけでなく、骨まで砕いただろうか。
何もない闇から、同じく闇色に身を染めたナオの姿が浮かび上がってくる。どうやら、激しい痛みによってダークを維持できなくなったようだ。右手で赤く染 まった左肩を押さえる親友の姿が、俺の目に焼きつく。
「ナオ、もうやめろよ。勝負は既に俺のほうに傾いてる」
それに対してナオは、毒塗りの刃を取り出して言った。
「もう、戻れないんだ。それに、勝負はまだ五分だ!」
ナオは叫んだとほぼ同時に刺突の構えで俺へと突っ込んでくる。迷いのない殺意が一心に俺に向けられていた。俺は四つのワイヤーを同時に引き絞る。
「な、なんだこれは!?」
俺は銃口からこれ以上ワイヤーが伸びないように、指先でワイヤーをつまみ、一気に引く。
その結果、今まで緩んでいたワイヤーが4本の鋼線となり、今まで散々ナオに絡み付いていたそれは、大樹に寄生した宿り木のようにナオを縛り上げた。ナオの 手から毒刃が落ちて、金属の悲鳴を上げる。
誰がどう見ても勝負は決していた。ナオは全身を縛り上げられながらも、俺をにらみつけていった。
「どうして、俺のことが見えた……俺のスキルは完璧だったはずだ」
俺はナオに答えを教える。
「見えないスキルを使えるのはお前だけじゃなかったんだ」
そう、ナオには月だけしか見えておらず、俺とつながったワイヤーは見えていなかったんだ。
ワイヤーを見ることができるのは術者のみ、そしてダークを身にまとえるのもまた術者のみ。不可視の相手に勝つには、こちらも不可視のスキルを使うしかな かったんだ。
でも、相手にワイヤーが見えないことがわかったのはただの偶然だった。あいつにワイヤーが見えていたとして、敵の攻撃にわざわざ触れたりするような奴じゃ ないんだ。
ナオはしばらくワイヤーと戦っていたが、そのうち抵抗することをあきらめ一言口にする。
「シュウ、俺の負けだ。最後に、ひとつだけお願いがある」
「何だよ、最後にって。縁起でもないな…」
俺はそこまで言って、ナオが何を言わんとしているのか直感する。このときだけは、俺の勘が狂えばいいと思った。
だが、ナオによって導き出された答えは、俺にとってあまりにも残酷なものだった
「俺を……殺せ」
続く
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