暗殺者の理のひとつに、「敗者には死を」というものがある。これは気持ちの問題ではな く、実際に行われる、もしくは何者かによってその場で実行される。だがしかし、なぜ優秀な任務遂行能力を持つアサシンが自らの手によって、または組織のも のの手によって殺されなければならないのか…
 もちろん、理由はある。暗殺者が任務を失敗した場合、拷問などによって暗殺者が依頼主の情報を暴露しないようにするため、そして組織の機密情報を吐かさ れないようにするためでもある。そして、意外にも大事なのが負けイコール死という方程式を提示することによって、暗殺者に負けられないという一種の脅しを かける意味もあった。まぁ、脅しといっても組織の掟を体に覚えさせられたものは、情報漏えいによって酷い殺され方をするよりは、自らで命を絶つことが多い が。どうせ死ぬのなら、一番楽に逝きたいと思うのが人の常なのだ。やつらに生きたい、どうあっても逃げ切ろうなどといった感情はない。暗殺者はすべて、初 めから生きてなどいないのだ。
「俺を……殺せ」
 俺は身動きの取れない状態でシュウに告げる。暗殺者としては普通ではない要求だ。
相手に自分の殺害を依頼するよりも、舌でも噛み切って死ねばいいのだ。自害用にダイナマイトを持ち歩く者だっている。どうせ死ぬなら相手も道連れにという わけだ。だが、俺は自害するための手段がない。体はシュウのスキルによっていつの間にか拘束され、くないを心臓に突き立てることもできない。
ならば、せめてもの償いに……親友の手によって殺されたかった。命を狙っておいて、親友だなんておかしいとも思うが、俺の中でシュウはいつまでも親友だっ た。
「ナオ、何を言ってるんだ……? 俺がなんでお前を殺さなきゃならないんだよ」
親友は俺の名を呼び、当惑した表情で言葉の意味を問う。相変わらず、戦闘以外においての頭の回転は異常なまでに悪い。俺の言葉に意味などひとつしかない… 友を裏切ってまで自分の目的を果たそうとした俺なんかは殺されるべきなんだ。シュウにはその権利があるし、それによって気が晴れるなら…それも構わない。
「俺を殺せ、その銃弾を眉間に撃ち込め」
 俺は真逆の立場から、シュウの精神に追い討ちをかける。シュウの指先に力がこもり、銃創に見えない糸が食い込む。血が滲み出したが、どうせ死ぬのだから 関係ない。俺がシュウに食らわせたどんな攻撃よりも、この痛みは楽だ。俺の痛みなんてものは、シュウが負ったどんな傷よりも浅く、弱い。
俺はシュウの体もろとも心を引き裂いていたのだから。
「そんなことできるわけないだろっ! 俺とお前は親友じゃなかったのかよ!?」
 激昂してシュウが叫ぶ。あれほどまでに傷ついたにもかかわらず、この男は俺のことを親友だなどといっている。シュウの体は心身ともに満身創痍なはずなの に、この男はどこまでタフなのだろうか。
失血でとっくに倒れていてもおかしくないはずなのに。これもすべて組織が求めている要素のひとつだったのだろうか。俺はシュウの顔を見ることを耐えかね て、顔をそむける。蒼白なほどに悲哀と心痛に満ちた表情、全身からほとばしらせている悲しみと怒り……まるで感情の塊みたいなやつだ、初めてあったときに そう思った。そして今もそれは変わっていない。
「親友は親友の命を狙ったりしない。俺とお前は敵同士だ」
俺は自分で自分の口に拳銃を押し込み、撃鉄を起こす。引き金を引けば、一瞬で永遠の闇に落ちることができるだろう。親友を裏切った人間の末路は哀れと相場 は決まってる。そして、行き先もひとつしかない。妹と行く方向は違うことになるだろうが、仕方のないことだ。俺には地獄が似合ってる。
「質問してるのは俺だ! なんで、なんで俺がお前を、お前が俺を殺さなきゃならないんだ!」
燃えるような怒気が俺を打つ。文章にするとめちゃくちゃだが、シュウにしては筋の通った質問だった。
俺がシュウを殺さなくてはならない理由、俺はこうなることを予想して、あらかじめ答えを用意していた。
「…まふゆのことを覚えているか」
聞き覚えのある名前に、シュウの表情が一瞬曇る。忘れているはずがない、忘れていたとしたらそれがシュウを殺す理由として正当化できる。
シュウは俯いたまま、答える。
「忘れるはずないだろ……。まふゆはお前の妹で…俺の初めて好きになった女だ」
シュウはまふゆのことを忘れるどころか、悲痛なまでに覚えていた。
妹もシュウのことを好きだった。絵に書いたような相思相愛、それは誰からみても美しく、そして脆かった。
俺は事実と虚構を絶妙に組み合わせ、シュウに言った。
「覚えてるようだな。なら、どうして…どうしてあのときお前は来なかった? 妹は死の淵に立たされて、お前の名を呼んだ。だが、お前はそこにいなかった」
「そ、それは……」
シュウは俺が改めて思い出させた事実にうろたえ、顔を伏せる。
俺はシュウがやったことを恨んではいない。自分の中では片が付いていたし、シュウを責めたところで現実が変わるわけではないのだ。……だが、これで俺が シュウを殺さなければならないという理由ができた。シュウの心に闇がさした。引き金にかける力は、最小限でいい……銃声は短く、静寂は長い。
勝った。俺は間違った勝利を胸に、シュウの顔をにらむ。しかし、シュウの言葉は想像とはまったく違うものだった。
「今更謝っても仕方がないと思う。言い訳にしかならないかもしれない。でも、俺はまふゆのことを嫌いだったわけでも、どうでもよかったわけでもない。あい つが不治の病に冒されたと聞いたその瞬間、俺は知り合い全員から病を治す方法を探した。そして、最後にたったひとつだけ直す方法があることを知った…」
「なんだと…?」
俺はシュウの言葉にわずかながら動揺を覚える。シュウは、あの青髪は目の前に迫り来る現実に背を向けたのではなかったのか…?
シュウは俺の変化には気づかずに淡々と告白する。
「薬草があるって聞いたんだ。だから俺は単身眠れる森に乗り込み、飲まず食わずで薬草を探した。そして、ようやく薬草を見つけたころには………俺は馬鹿 だったな。結局俺は自分のことしか考えてなかったんだ。まふゆは俺のせいで死んだ。無駄なことなんかせずに手を握っていてやればよかったんだ。本当にごめ ん」
誠心誠意の侘びとともに、見えない糸の力が緩む。しかし、俺の体は震えるばかりで、まったく動こうとはしなかった。俺は何も知らずに、墓穴を掘っていた。 俺がシュウを殺さなければならない理由が、ひとつ無くなり、残るは俺の自己中心的な理由だけになっていた。俺は想定していなかった事態に怯え、言葉を詰ま らせる。
「シュウ、お前は……いや、俺は……」
シュウは、悔恨をつのらせたまま言った。
「許されないことだとは思う。でも…いや、だからこそ伝えておきたい。お前が俺のことをいくら恨んでいても、俺はお前のことを親友だと思ってる。だから、 お前のことを殺すは出来ない…」
一つ一つの言葉が鉛のように重く、俺の心にのしかかる。
俺は、自分の意思がそがれないうちに、他殺による自殺を決行する。
「俺はお前のことが嫌いなんだ、今殺さないと、いつかお前のことを殺す。だから、早くその引き金を引け!!」
シュウは一瞬気圧されたたような顔を見せたが、目つきを鋭くして銃口を俺に向ける。
そして、俺を縛っていた糸すべてを断ち切った。長時間縛られていた体が急に自由になったせいで、バランスを崩して、情けなくすっ転ぶ。石畳に叩きつけられ るかと思ったが、なぜか痛みは無かった。
俺は一瞬何が起こったのかわからずに目をまわすが、すぐに自分の置かれてる現状を理解した。
「シュウ、お前…」
俺が叩きつけられなかったのは、シュウがクッションになっていたからだった。
シュウは俺と石畳に挟まれながら、苦しそうな声で言った。
「俺とお前、どっちも死んでいいわけないだろ。まふゆの分まで、お前は生きなきゃいけない。アサシン組織が俺たちを狙うって言うんなら一緒に戦ってやる。 だから、だから…死ぬなんていうなよ…」
シュウはほとんど泣きそうな声で、俺に言う。俺は胸が苦しくて何もいえなかった…。
俺はようやく上半身を起こし、シュウを敷くことをやめる。俺はいつのまにか…生きようとしていた。
シュウは、俺の顔を見て小さく噴出す。
「なにお前泣いてんだよ…もらい泣きしちまうだろうが」
「……」
生きようとしていただけじゃなくて、頬まで濡らしていたのか…アサシン相手に戦おう、そんな無謀な答えを軽々と口にする"親友"。心が表れるような気がし た。こいつとなら何でも出来るような気がした。本当のことを話そうと思った。
「シュウ、俺言わなければならないことがあるんだ。俺はお前を恨んでたわけじゃない、俺はお前の持つ…」
「ん…? なんだよ、涙拭けよ」
うるさいな…そう言おうと思った瞬間、ぱらららららという音がして……全身に風穴が開いた。
続く
第13章10 ぐみ7に戻る