和解、そしてそれを遮るかのようにこだました銃声。涙のしずくが舞い、ナオの胴体から無数の血の花が咲いた。ひとつ、ふたつ、みっつ…執拗なまでに打ち込 まれる弾丸の雨を、俺はただ見ることしかできなかった。ナオは弾丸が体を貫通するときにも、泣いたような、でも嬉しそうな顔のままだった。
 狂ったようにナオの血肉を食い尽くした弾丸の群れがようやく過ぎ去り、ナオは足の支えを失ったかのように、頭から地面へと倒れる。ナオの下からあふれ出 した赤が傷は浅くないことがわかる。ナオは最後の余力で俺のほうを見た。
「シュウ……」
俺の名を呼ばれて、ようやく我に返る。ナオが誰かに撃たれた……それも一発ではなく何十発も!
「ナオっ!!」
俺は頭を横にしたまま、血だまりの中でびくびくと体を震わせるナオに顔を寄せる。無意識のうちに握った手は、赤くぬらぬらと光っていた。
「すまない、シュ…ウ」
「喋るな! 今すぐ医者に行けば…」
俺は急激に衰弱していくナオの手を握りながら、ありえないことを口にしようとして…できなかった。助かるわけなかった。助かるどころか、即死していてもお かしくないほどの出血だった。
ナオは俺の手を握り返すことはできずに、口だけを動かす。声は出なかったが、口の動きだけで何を言ってるかわかった。
(ひみ…つ…の…きち……)
そこまで言って、ナオはまぶたを閉じて力なく倒れる。呻くことも喚くこともせずに、眠るように目を閉じた。
「ナオ、ナオ! 目を開けてくれよ。死ぬなよ、俺を置いていくなよ……おい、返事してくれよ……なぁ」
俺は頭のどこかで無駄だと理解しながら、それを信じたくない部分に命じられてナオに話しかける。ナオの体は魂が抜けてしまったせいか、ひどく軽い。体はま だ温かくて、悪い冗談のように感じた。
俺はナオの肩をつかんで、大きく揺らす。
「起きろよ、お前はこんなことでくたばったりしないだろ!? なぁ、なぁ、なぁ!」
半ばやけになりながら叫ぶ。返ってきたのは重苦しい沈黙と、次第に冷えていくナオの体温だけだった。そう、ナオは………もう、目を覚まさない。親父と同じ ように、永遠の眠りに付いたんだ。
俯きながら理解する。痛いわけでもないのに涙が出た。多分悲しくて泣いたんじゃない、悔し涙だ。
でも、なぜだ。なぜ、こうならなくてはいけなかったんだ。俺はナオを殺さなかったし、ナオも俺を殺せなかった。それでよかったんじゃないか。じゃあ、な ぜ……ナオは撃ち殺されなければならなかったんだ!?
撃ち殺された? 誰に!?
「……!?」
俺は背後に強烈な存在を感じて、振り返る。今まで誰もいなかったビルの屋上に、人影があった。
月に照らされて赤いマントが翻ったのが見える。
赤マント野郎は自分の存在を俺に見せ付けるようにして笑った。
「ヒャハハッハハハ! 少年、親友との別れは済んだか? クク…」
「なに笑ってやがる!!!!」
俺は反射的にそいつを睨みながら叫んだ。赤マント野郎は狂ったように笑いながら言った。
「君たちの末路があまりにも哀れで仕方ないから笑ったのさ。でも、惜しかったな少年。もうちょっとで裏切り者君を助けられたのかもしれなかったのになあ。 アハハハハハハハハ!!!」
頭の中の太い血管が音を立てて切れる。俺は悲鳴を上げる体を無視して、最高速で赤い標的にポイントをあわせる。
あいつだ、あいつがやったんだ。あいつがナオを殺したんだ。ゆるさねえ、ゆるさねえ、ゆるさねえ。あいつは、そうだ。死ねばいい。俺があいつを…
「うわああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
俺は弾倉に残っていた弾丸を残らず、標的に撒き散らす。照準はめちゃくちゃ……俺は怒りに完全に我を忘れていた。
「殺してやる、殺してやる、殺してやる!!!!!!」
俺は弾が切れては別の銃にと切り替えて、標的の位置へと乱射する。ビルの屋上は壁を削った弾丸によって砂煙に満ちていた。俺は最後の銃がカチカチと歯噛み をしてからもしばらくは、引き金にかけた指を動かし続けていた。
しかし、眉間に感じた冷たい感触に俺の指はついにその動きを止める。
「少年、君に拳銃の扱い方を教えた人間はよほど粗末な人間だったんだなぁ。冷静さを欠いたガンナーに勝ち目はないのだよ? もっとも、君が冷静だったとし ても、無傷だったとしても我輩には勝てないと思うがね。クククッ…」
俺の眉間に突きつけられた拳銃が俺の自由を奪う。とても片手では撃てそうもない馬鹿でかい銃から火が吹けば、俺の頭は一瞬にして吹き飛ぶだろう。
敵の姿はやたらと長い前髪から覗く左目は赤く、なによりもまがまがしいほどの狂喜に満ち溢れていた。男は鋭くとがった歯をむき出しながら、笑う。
俺は何か言い返そうと口を開くが、ぱくぱくと動くだけで全く言葉が出ない。嫌な汗が全身から噴出してくる。俺は……怯えていた。この男に。
男は引き金の部分をいじりながら、耳元でささやいた。
「安心したまえ。我輩はね、裏切り者をブチ殺せとは言われたけど、君を殺せとは言われてないんだよ。もっとも、君をブチ殺す計画もあったらしいんだけど ね。それにしても……」
「裏切り者……だと?」
ようやく一言だけ声が出た。だが、それを聞いた赤マントは目を見開きながら、俺の眉間に押し当てた銃をさらに強く押し当てる。
「今は我輩が話してるんだ。雑魚は黙って聞いていればいいんだよ」
凄まじい殺気が俺の心臓を握り締める。出るかと思った声が一瞬でどこかへ飛んでいってしまった。
赤マントは、またも声に出して笑いながら言った。
「フフ…それでいいんだ、少年。話の続きをしようじゃないか。いいか、我輩が言いたかったのはだな」
もったいぶった言い方をする。俺は話を聞いているだけなのだから会話とも呼べない代物だったが、赤マント野郎は話を続けた。
「こんな月の綺麗な夜は、殺し合いに限る。人を殺すって言うのはなんて楽しいんだろうなぁ」
「このクソ…」
「黙れと言ったのをもう忘れたのか?」
俺は口を閉じることを強制され、なおかつこいつの狂った話を聞くことを強制される。
「無抵抗の人間を殺すのも悪くないけど、やっぱり我輩は強いやつを殺したほうが楽しいんだ。今日は組織の命令だから、ムナクソ悪い裏切り者君を殺したんだ けど、これは結構楽しかったね」
殺しが楽しいだと……? こいつ完全に狂ってやがる…。
「あれ、なにか君勘違いしてないかな? 彼を殺したのは我輩じゃない、君だよ。君が死んでいれば裏切り者君は死ななくて済んだんだ」
「………!」
俺のせい…なのか。
「でもね、さっきの君の狂い具合、悪くなかったよ。殺されるかもしれないと思ったら、ちょっとドキドキしちゃったじゃないか。うん、君は悪くない。殺し合 いの旅のとき以来だったな…あの感じ」
赤マント野郎は瞬きもせずに目を見開きながら、語ることをやめない。
「本当にカニングって町は楽しいよ。汚くて、貧乏くさい町だけど、とびっきりいい殺しができる……。そうだ、聞きたいことがあったんだ。君、名前は?」
「………」
俺は最後の抵抗のつもりで黙り込む。すると赤マントの野郎は三日月形に口を歪ませて言った。
「我輩から名乗るのが礼儀だったね。我が名はヴァイス、姓はない。君は?」
その名前を聞いた瞬間戦慄が走る。ヴァイス、こいつは……。
「俺は……俺の名は…」
怒りと悔しさで声が出ない。眉間に押し当てられた拳銃にさらに力がこもる。そして、引き金にも次第に力が………。
「しまった、時間だ」
ヴァイスと名乗ったやつは古びた懐中時計を見て、拳銃をホルスターに戻して言った。
「ふむ、君の名前を聞けなかったのは残念だが、チャーミングなヘアースタイルだから会えばすぐに思い出せるだろう。また会おうじゃないか」
何がまた合おう…だ。俺は落とした銃を拾って、ポケットに残っていた弾丸を一発だけ装填し、正確に敵の姿を捉える。そして、間髪いれずに銃弾を放った。
ぱぁんと乾いた音がして、ヴァイスの肩がはじける。頭を狙ったはずなのに……そう思った瞬間、目と鼻の先にあいつの顔があった。
「この痛みも我輩にとっては楽しみの一つなんだよ。君といい、親といい、我輩を楽しませてくれそうじゃないか」
「お前、やっぱり……!」
「クク、最後に言っておこう。君も我輩と同類なのだよ。さらばだッ」
ヴァイスはそれだけ言って、紅の闇に溶けるようにして消えてしまった。俺は呆然としながら、その場に立ち尽くす。そして、体の芯が抜け落ちたかのように、 ナオの亡骸へと顔をうずめる。
「なんでだよ……なんで、俺から何もかも奪っていってしまうんだ? 俺がなにをしたっていうんだよっつ! 俺が…俺さえいなければ、親父も、まふゆも、ナ オも死ななかったとでもいうのか……」
これじゃまるで俺が死神じゃないか……近づくものに不幸を撒き散らす、不吉な存在。
俺が直接手をかけたかそうでないかの違いで、俺は人を殺しているのか……?
一度とまった涙が、ナオの上にぽつりぽつりと落ちる。
俺にはナオの身代わりになることも、念仏を唱えてやることもできない。せめて、こいつのために涙を流すことが精一杯の供養になる気がした。
そのとき、ポケットの中から能天気な音が聞こえ、手探りでそれを取り出す。白いカードにはグミからのメッセージがあった。俺は話の内容もろくに見ずに一、 言自分の気持ちを告げる。
「悪い…後にしてくれないか…。今、誰とも話したくないんだ…」
すぐに電子音がして、メッセージが返ってくる。怒ってるのだろうか…しかし、そんなことはどうでもよかった。一滴一滴、涙のしずくがナオの体に落ち、その 勢いは増していく。俺は声がなくなってしまう前に、
「雨だ。もう、帰るよ…じゃあな」
とカードに向かって吐いて、ポケットにしまった。
俺は帰るといったが、雨が強くなっても帰ろうとはしなかった。
続く
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