無数に放たれた手裏剣が俺のいた位置へと突き刺さる。黒鉄の牙のほとんどは人間の急所ではなく、腕や脇腹、脚など…当たってもすぐには死なない部位へと正確に放たれていた。
だが、そのうちひとつだけは左胸の位置へと放たれていたのは、最強の殺傷力を誇る白金の刃だった。
俺は俺自身の影をかたどるように、路面に突き立った手裏剣を見て、冷や汗を流す。
もしも、俺があの時あることに気づかなければ、今頃標本の昆虫のように地面に縫い付けられて絶命していたのかもしれなかったんだ。いや、かもしれないじゃないな。
間違いなく無様な死体になっていただろう。
なにせ、俺はカカシにでもなっちまったかのように、あの場から一ミリたりとも動けなかったんだからな。戦闘中に足が動かなくなる、イコールほぼ負け確定、そして負けイコール死という最悪の結果が起こっていてもおかしくなかった。
だが、まだ俺は生きている。それも、さっきの攻撃では無傷で。
目の前に殺人的な攻撃が繰り出されている中、俺は考えた。どうしたら生き残れるか? 二丁拳銃を連射して手裏剣をすべて打ち落とす…というのも最初思いついた。
だが、それでは弾数も足りないし、自信がなかったわけじゃないが根本的な解決にはならなかった。
たとえその場だけやり過ごしたとしても、遠距離VS遠距離で動けない俺に勝ち目はない。
つまり、足が動かなきゃ、結果的に狙い撃ちされて終わりなんだ。
だったら、足を動かすしかない。だが、動かない。なぜ、動かないんだ?
体が動かなくなるようなスキルは聞いたことがない。だが、現実に俺の体は動かなくなっていた。毒で体が麻痺していたような感覚はないし、極細のワイヤーか 何かで縛られているわけでもなかった。そこで、脳裏にある光景が映った。月明かりに照らされた俺の影を串刺しにしていた一本の手裏剣。俺はひらめいた瞬 間、迫る手裏剣を無視して身をひねり影を縛っていた手裏剣を青い弾丸で射抜いた。
黒くカモフラージュされていた手裏剣もたまらず、影に突き刺した牙を抜かざるを得なかった。
手裏剣がはじかれた瞬間、俺の体が自由になり、迷うことなく転がるようにして手裏剣の直撃を避けた。
……とまぁ、そういう風に一命は取り留めたわけだが、もちろんいいニュースだけじゃない。
というより悪いニュースのほうが多かった。
まず、肩に負った傷は予想以上に深かったらしい。さっきの彗星や、無理矢理体勢を崩して攻撃をよけたときに、全身を突き抜けるような激痛が走った。恐らく、右腕を使うたびに同じような激痛が襲うだろう。
次に、俺は今相手の姿がどこにあるかわからず、相手は俺の位置を正確に把握して攻撃してきているということだ。俺も適当に撃ったりはせずに、壁に隠れるなど相手の様子をうかがってはいるものの、まったく隙がない。ギリギリで手裏剣をよけるだけで精一杯だった。
最後に…これは俺が今までに経験した中でも、三本の指に入るほど最悪なニュースだ。
最低の仮定が、現実の形になりつつあった…。攻撃の仕方、慎重な行動、雷の手裏剣…そして、さっきの決め台詞。
もう、似てるなんてレベルじゃなかった。共通点が多すぎる。
もはや、否定のしようがないといっても過言ではなかった。俺のことを本気でぶっ殺そうとしてる敵は……。
「おい! 暗殺者」
俺は闇空に向かってありったけの声で叫ぶ。俺の位置がばれることなど、考えなかった。
俺の呼びかけに対する反応は、手裏剣の応酬。俺は避けようともせずに叫び続けた。
「お前は、お前は! 俺を知っているのか!!」
俺の悲鳴にも似た叫びは、無慈悲にも虚空に響き渡っただけだった。
返事は…今ままでの倍以上の速度で投げられた…一本の雷の手裏剣だった。
手裏剣は俺の首の皮一枚を切り、コンクリートの壁に突き刺さる。
正確無比な…決め手にならない攻撃。俺は、敵が自分の知人であることを、そしてその知人は俺をいともたやすく殺せるということを悟らされた。
ズキズキと痛む傷よりも、なによりも胸が痛んだ。心が潰れる音がした。
信じていたものに裏切られる、押しつぶされて二度と同じ形には戻れない。
溶かした銃弾で元の形を保っているようなもんなのに、こんなでかい傷…誰が癒せるんだよ。
それともいっそ、ばらばらに砕いちまおうか。心なんて無い方が、俺の目的に近づける。
「……」
俺は首からも流れ出した血を乱暴に拭き、肩に負った傷を指でえぐった。
痛い。だが、完全に目が覚めた。
俺は死ぬわけにはいかない。相手は俺を殺そうとしている。考えることはこれだけでいい。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
腹の底から獰猛にうなる。飛んできた手裏剣は右腕に装着しなおしたバズーカで弾く。
そして、俺は……俺は目を見開いて、手裏剣が飛んできた方向へと跳躍する。
いくつかの手裏剣が俺の皮膚を切り裂いたが、痛みは感じなかった。
ただ大量に血を吐き出す胸の奥が、そのたびに悲鳴を上げていた。
俺は邪魔になる手裏剣だけを弾き、ついに「敵」を射程内に捕らえた。
続く
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