とある日の夜のことだった。
私たち三人は円卓を囲んで、それぞれのカードを武器に熾烈なバトルを繰り広げていた。
事の発端はいつも通りシュウにある。ふらっと出かけて帰ってきたと思ったら、どこかでトランプのセットを拾ったというのだ。
私はシュウのことを怪しんで、どっから盗ってきたのと問い詰めたけど、シュウは本当に落ちてたんだと言い張った。シュウは嘘をつくと割と顔に出るので、そ の真剣な目を見ると、どうやら嘘じゃないみたいだった。
シュウはそのトランプセットを手に、得意そうに話し始める。
「せっかくトランプがあるんだから、三人でなんかしようぜ」
「うん、やろう!」
シュウがあんまりうれしそうだったから、とっさに賛成してしまう。まだ何のゲームをやるのかもわかってないのに……。
シュウは、古びたカードケースからこれまた年代もののトランプを取り出して、きちんと54枚全部あるか数え始める。シュウは本当に数えてるのかさえわから ないほ ど、さらさらとカードを動かして、勝手に納得して話し出した。
「おし、全部ある。それじゃあなにやる? 俺が知ってるのはポーカーと大富豪とセブンブリッジだけだが」
私はババ抜きと言いかけて、やめる。シュウが提案したゲームの中でひとつだけ知ってるゲームがあったからだ。それはもちろん大富豪のこと。ところによって は大貧民っていうらしいけど、私がやったのは大富豪だった。ゲームとしては同じなんだろうけどね。いろんなローカルルールもあるらしいし。
私が大富豪ならわかると言い出す前に、ユアさんが不思議そうな顔で言った。
「あの…トランプってなんですか?」
一瞬だけ時が止まる。ユアさんはトランプするの初めてだったんだ…。
シュウは一瞬考えてから、すぐに口火を切った。
「なら大富豪で決定だな。複雑なルールはなしで、数字は3〜2の順番で強い。そしてジョーカーが最強。ルールは8切り、階段、ジョーカー革命ありでどう だ?」
早口でまくし立てる。私は何回か経験があるから何とかわかったけど、初めてのユアさんにはちんぷんかんぷんだったに違いない。
「このJとかKとかいうのは何なんですか?  なんだか偉そうな人が描いてありますけど…」
あちゃー…ユアさん、トランプするのじゃなくて見るのも初めてだったみたい…。
「ユアさん、Jは11、Qは12、Kは13だよ…」
シュウの説明の仕方じゃ、どんな人だってわかりそうもないから私が間に入って説明する。
「これがくらぶで、これがすぺーど…ふむふむ」
ユアさんは戸惑いながらも、少しずつ確実にカードの使い方を覚えていく。少なくとも、最初私が覚えたよりは飲み込みが早いように見えた。私はカードの持ち 方、並べ方、戦術などを次々と説明していったけど、乾いたスポンジみたいにすごいスピードで吸収していった。戦闘にもトランプにも才能っているものなのか もしれない。
私がユアさんにいろいろと教えてる間、痺れを切らしたシュウが私たちの間に顔を突っ込んでくる。
「まぁ、とりあえず一回練習でやってみようぜ。レフェルも実はいろいろわかるんじゃないか?」
シュウが何でレフェルに振るのかはわからないけど……眠っていたらしいレフェルはいやいや答える。
「メンツが足りないといってよく手伝わされたもんだ。ユアを手助けするごとくらいならできる」
それを聞いたシュウがレフェルにつっこみを入れる。
「最初から言えよ! じゃあ早速やろうぜ」
シュウは慣れた手つきでトランプを切る。もちろんシャッフルのことだけど…実際切るよりも、斬るの方が表現としては正確かもしれない。古いトランプだから なおさらだ。
シュウは十分トランプを切ってから、シュウ、私、ユアさんの順でトランプを飛ばしていく。
トランプはほんの少しだけ宙に浮いて、私の手前まで滑って……ぴたっと止まる。
しかもトランプはまったく同じ軌道上を通ってたみたいで、薄く積もってたほこりがきれいさっぱりなくなっていた。
「おいグミ。早くカードそろえろよ」
「あ…」
あまりの優雅さに見とれてたことに気づく。慌ててカードを集めてそろえるけど、どう見ても二人とも待たせていたみたいだった。
何とか自分を落ち着かせて、そろえたカードを並べて見てみる。
2が一枚に、Aが2枚……あとはそんなに強いカードはないみたいだったけど、そんなに弱いカードもない…頭を使えばどうにか勝てるかもしれないという手札 だった。
私はカード越しに二人の顔を盗み見る。
ユアさんは私と目が合うとにこっと微笑み返してくれた。シュウは私が顔色を伺ってることすら気づかないほどに焦ってた。
私は……自分からはわからないけど、ポーカーフェイスを装ってたつもり。
手札は54枚の三分の一、18枚もあるけれど二枚出しや、階段(同じ記号で続き数字を三枚以上)を利用していけばすぐに勝負はつきそうだった。
「よし、最初はハートの3からだ!」
シュウが大きな声で言う。でも私のところはハートの3じゃなくて、スペードだった気がする。
「え、スペードの3じゃないの?」
シュウはこれだけは譲らないといった様子でハートだと言い張る。
さてはシュウのやつ……自分がハートの3を持ってるから言い張ってるんだな。
「シュウ、さては…」
私がそこまで言ったところで、ユアさんが二枚のカードを出す。
見るとそれはスペードとハートの3のペアだった。多分レフェルがそう指示したんだと思う。
私は言いかけた言葉を飲み込んで戦略を練ることに集中することにした。
次は流れ的にシュウの番だから、シュウが何を出すかによって私が出すものも必然的に決まってくるわけなんだけど…。
「…パス」
え…3のペアで出せないってことは、二枚出しがない……または出したくないってことかな。
シュウの額に汗がにじむ。これは明らかに手が悪いと見た!
私は何も言わずに5のペアを出す。ユアさんは続いて7のペア、続いてシュウはパス、ユアさんはJの二枚だしといきなり数字を上げてきた。
私は自分の手を見て、Aが二枚あるのを確認するけども、後のことを考えて出すのをやめる。
「パス」
「パス…」
私に続いてシュウもパスする。この回はユアさんのJペアで終わりを告げた。
そこからはもうユアさんの独壇場。ユアさんは最初から強い絵札を切りまくり、私が三枚も出し終わらない間にあっという間に手札を減らしていった。
ユアさんは最後にジョーカーを切って、パスするしかなくなった私たちを尻目に2のカードを二枚出して言った。
「あがりですー」
……初めてとは思えない。多分レフェルが助言してるから、あんないやみな上がりかたしたんだと思うけど、運だけであんなにいい手札を引き当てるとは…。
それに引き換えシュウときたら。
「俺まだ一枚も出してないんだが…」
と、この調子。自分で配ったにしてはとことん運がないみたい。
でも、ようやくシュウもカードが出せるようだった。
シュウは不適に笑い、ずっと暖めていたカードをばっと一気に4枚のカードを出した。
「このときを待っていたあ!! 革命だ!」
革命……強いカードが弱く、弱いカードがものすごく強くなる。多分王政が崩れて、王様が最下層、虐げられていた農民が地位を得ることに由来してるんだと思 う。
つまり私は…今絶対的に優位から、大ピンチになったってことだ。
私は急に価値のなくなったAの配置を変えて、シュウのことをにらみつける。
シュウはまったく気にした様子をみせず、余裕しゃくしゃくでカードを出した。
「まぁ、もう俺の勝利はゆるぎないがな。見ろこの弱い手札。最強が10だとはびっくりした」
ペアでもなく、ただの一枚。どうして今まで出さなかったんだろう……あ、そっか。二枚だしばっかりだったからね。といってもほとんどユアさんが出してパス パスで終わったんだけど。
とにかくチャンスは今しかない。私は迷わず一枚のカードを切る。
「ふっふっふ、油断したな、シュウ君」
10の数字の上にスペードの8が重なる。
「おま、それは…」
私はシュウの口からでかかった言葉を目で殺して、二枚のカードを流す。
そして、その上に同じ数字のカードを二枚、手札から出した。
「う…二枚出し」
シュウの余裕が一瞬にしてなくなる。私はそのまま畳み掛けるようにして、ペア、階段のコンボでシュウをあっという間にがけっぷちまで追い込んだ。
最後に残しておいた最弱で最強の切り札、3を放った。それを見たとたん、シュウの肩ががくっと崩れる。
「はい、あがりー。シュウ、言い出しのくせに弱いね」
「この遊び、面白いですね」
シュウはかなり落胆してたけど、ユアさんはとても楽しんでくれたみたいだった。
落ちるとこまで落ちてしまったシュウは、ふわっと何かがとりついたように起き上がって叫んだ。
「フフフフフ…これは練習だから手加減してあげたのだよ。こっからが本番だ!」
あ、そういえばこれは練習だったんだ。つまり、まだ大富豪とか大貧民とかのハンデはつかない。
まぁ、私は二番目だったから平民なんだけどね…。
元気を取り戻したシュウはばらばらになったトランプを集めて、それだけは上手なシャッフルと配りを
超スピードで終える。
私も今度は見とれないように、自分が引いてきた手札だけを見つめた。
またもこれといってすごい手札じゃないけど、2とAが一枚ずつ。8が二枚と工夫しないと勝てない手札だった。
シュウは威勢良くカードを見たけど、その目線はすぐに下のほうへ移る。ユアさんはさっきと同じニコニコ顔だった。始める前からなんとなく先の展開が読め る。



………一時間後。
「あがりですー」
「うおおおお五連敗!!」
あれから五回、大富豪だけをやり続けたけれど…ユアさんが三回、私が二回大富豪になった。
シュウは毎回大貧民。大貧民はいいカードを2枚、大富豪に渡さなきゃいけないから余計に最下層から出られなくなっていた。途中で私が、
「富豪も貧民もいないから、超富豪とか超貧民とかつくったらどうかな?」
と提案したけど、さすがにこれはかわいそうですと、ユアさんに却下された。実際、そんなことしてもしなくても結果は変わらなかったと思うけどね。
シュウ自体はそれなりにがんばってたんだけど、戦力差が大きすぎて技術とか今までの経験だけじゃどうにもならなかったらしい。
シュウは自分だけが捨て切れていない手札を握り締め、つぶやいた。
「こんなはずでは…」
ユアさんはあまりにも負け続けているシュウを心配して、顔を覗き込む。
「シュウさん、大丈夫ですか…? なんなら、わたし…大富豪変わってあげてもいいですよ」
大富豪と大貧民を変わるって……今のユアさんならそれでも大逆転しちゃいそうだけど。
「いや……それより」
しかし、シュウは断って何か思いついたように立ち上がった。
「なぁ、グミ。面白いゲームがあるんだけどさ」
「なに?」
私もできるだけ早く答える。何か嫌な予感がしたけど、連勝で気分がよかったからあまり気にしないことにしてた。
シュウはにやりと笑って、私に言った。
「野球拳っていうんだけどさ」
続く
野球拳後編