「野球…なに?」
トランプで大負けしたシュウが、いきなり提案したゲームは野球…なんとかってゲームだった。
シュウがあんまり負け続けたから、頭でもおかしくなったのかと思ったけどそういうわけでもないようだった。
シュウはしめしめと言った様子で、野球何とかの説明をし始める。
「野球拳といって、とても伝統のあるゲームさ。グミ、さすがにじゃんけんくらいは知ってるよな」
私はシュウの馬鹿にしたような態度にむっとする。
「じゃんけんくらい私だって知ってるよ! ねぇ、ユアさん」
ユアさんはトランプのときと同じように、困った顔をする。
「じゃんけん…?それ、何かの格闘技ですか?」
「格闘技じゃないよ…」
ユアさんはいつも笑ってこそいるけれど、きっと小さなころから大変な目にあってたに違いない。
シュウはものすごく残念そうな顔をした後、私を見て言った。
「じゃんけんの起源は格闘技だとか聞いたことがあるが……今言ってるじゃんけんは格闘技じゃない。ちょっとした手遊びさ」
シュウは手袋をした手で、グー、チョキ、パーの形を作る。ユアさんもその様子を凝視していたけど、一歩足を引いて言った。
「そうなんですか……でも、あんまり迷惑かけるわけにもいかないから、今度は見てますね」
「ああ、それはしょうがないな。しょうがないからグミで我慢するか…」
え、いや私もまだやるなんていってないんだけど…。大体、何やるのかまだ全然把握してないし…。
私が戸惑ってる間にもシュウは勝手に話を進めていった。
「いいか、グミ。野球拳って言っても、要するにじゃんけんだ。ただし、普通のじゃんけんとは違って余興がある」
「う、うん…」
シュウがあんまりやる気なので、それに気圧されてうなづいてしまう。そうするとシュウは、突然背中越しに私の手をつかんできた。
「な、なにするのよ」
私はシュウの手をどけようとするけど、いいからと言って離してくれなかった。私は抵抗するのをあきらめて、シュウの言葉に耳を傾けることにする。
シュウは私の手をとりながら、頭越しに説明し始めた。
「こう、始める前に手を動かして踊りながら…『や〜きゅう〜す〜るなら〜こういうぐあいにしやしゃんせ〜』って言うんだ」
一生懸命説明してるシュウの胸が、私の背中に当たる。特に意識してたわけじゃなかったけど、胸がどきどきした。
「グミ、聞いてんのか? まだ仕上げがあるぞ」
シュウに肩をたたかれて、ようやく呼びかけられてることに気づいた。
「あ、うん。仕上げって?」
だいぶ遅れて聞き返す。シュウは一瞬変な顔をしたけど、すぐに私の方を向いて話の続きをし始めた。
「ほら、じゃんけんにも最初はグーとか言うことあるだろ。そのときにだな…野球の審判みたく『アウト! セーフ!』ってやるんだ」
アウト、セーフ? よく考えたら野球なんてやるどころか見たこともなかった。なにせ私のいた村には全然同世代の子供なんていなかったし、いたとしても野球 なんてしようとは思わなかったと思う。もちろんルールなんてさっぱりだった。どうしようもないので、シュウに聞くしかないか。
「シュウ、そのアウト、セーフってどうやるの?」
シュウはまた私の後ろに回って、そっと右手を取る。そしてそのまま説明し始めた。
「いいか、まず手をグーにして」
言われたとおりに右手でグーを作る。
「それを斜め上に軽く突き出しながら『アウト!』だ」
「あうとっ!」
シュウが突き出してくれた手と同時にアウトと言う。こんな感じでよかったのかな。
「そうそう。そんな感じだ。次はセーフな……両手のひらを広げて」
言われたとおりに両手をパーにする。シュウは私の肩越しに両腕を交差させて、広げる。
「『セーフ』……だ」
ぴったりと密着しているシュウにどぎまぎしながらも、一緒に両手を広げる。嬉しいような恥ずかしいような気持ちが相成って、なんだか頭がボーっとしてき た。
ユアさんも一緒にポーズしてくれていたことにも気づかなかったくらいだ。
私はまたシュウに起こされて、最後のひと手順を教わる。
「じゃんけんでいえばポンのところで、『よよいのよい!』だ」
「よよいのよい!」
掛け声とともになんとなくパーを出す。その様子を見たシュウは指を鳴らしながら、じゃんけんの前によくするような伸びをしてじゃんけんの準備をし始めてい た。もう、思い切りやるつもりらしい。
でも、なにをそんなに張り切ってるんだろう。聞いた感じ、ただのにぎやかなじゃんけんなんだけど…。
これは何かある。そう直感した私は、難しい質問をすることにした。
「ねぇ、シュウ。ただのじゃんけんなのに、なにをそんなに張り切ってるの?」
シュウは全然焦らずに答える。
「いや、全然張り切ってなんかないよ。それよりさっさと始めようぜ。ルールは普通通り、ギブアップも条件つきで一応ありな」
なんかはぐらかされてるような…そんな感じもしたけれど、特に後半なにかを早口で口走ったような気もしたけど、大富豪での連勝、なんだかやけに優しいシュ ウに騙されて、それ以上追求できなかった。
シュウは、黙り込んだ私を見て言った。
「よし、じゃあ始めるぞ」
「うん」
と、私が答える。せーのとシュウが言ったので、そこで私VSシュウの野球拳が始まった。
まず二人で適当に振り付けしながら、野球拳の歌(?)を一緒に歌う。
『や〜きゅう〜す〜るなら〜こういうぐあいにしやしゃんせ』
「あうと!」
「セーフ!」
『よよいのよい!』
私、シュウの順で掛け声をして、同時にじゃんけんの手を出す。
私はグーを、シュウはチョキを出した。私の勝ちだ。
シュウはがっくりとうなだれ、私は右手で大きなVサインを作る。
「私の勝ちー」
「グミは単純だからグーでくると一回は考えたんだが……裏を読みすぎた」
ぱちぱちと一人分の拍手が聞こえてきた。
「グミさん、おめでとうですー」
ニコニコしながら笑いかけてくれるユアさんに、私も最高の笑顔を返す。
そのときシュウは私たち二人を尻目に、なぜか手袋を脱ぎ始めた。
シュウはいつもはめてる黒い手袋を、足元に無造作に脱ぎ捨てる。
「なにしてるの?」
不思議に思った私が何気なく聞いてみると、その答えはまさに驚愕ものだった。
「野球拳のルールに従って、じゃんけんに負けたものはなにかひとつ自分の身に着けているものを脱ぐんだよ」
身に着けているものを脱ぐ……それって手袋とか上着とかならいいけど、それ以上負け続けたら服や下着まで!?
「そんなの聞いてないよ! 大体、それで負け続けたらどうなるのよ!」
ここから先の展開を考えて真っ赤になってしまった私は思いのままに叫ぶ。
暴走気味の私とは裏腹に、シュウは平然と答えた。
「言わなかったからな。負け続けたら当然着ている物はどんどん少なくなっていくし、最終的には全裸になる」
言わなかったって……そんな大切なルールがあるのに言わなかったなんて、下心があったに違いない。こんな変態相手にでれでれしてたなんて、だんだんと腹が 立ってきた。
「もう、やめる! 何で私がシュウなんかとこんな恥ずかしいこと……」
「まだ一枚も脱いでないうちからギブアップか?」
怒ったら少しは態度を改めるかと思ったら、謝るどころか挑発してくるなんて…。もうあったまきた。
「やめるに決まってるでしょ!」
私がそう怒鳴ると、シュウは平然と私に言った。
「じゃあ俺の勝ちだな……罰としてひとつだけ俺の言うことを聞いてもらうぞ」
罰……嫌な予感がする。シュウの口から出たペナルティは、とても信じられないようなものだった。
「んーそうだな。今日俺と風呂に入るとかは? あ、これじゃ罰ゲームにならないか…」
「……!?」
あまりのことに言葉を失う。シュウと一緒にお風呂だって?
頭の中で一瞬にして思い描かれた光景に、顔全体が熱くなる。
「シュウさん、さすがにそれは…」
ユアさん自体も頬を染めながら、シュウの暴走を止めようとしてくれるけど、シュウの暴走はそれじゃとまらなかった。
「さすがにやりすぎか。じゃあ一晩添い寝とかでいいや」
添い寝なんてしたら、なにされるかわかんないじゃない。シュウは私の肩を叩いて言った。
「なに、勝てばいいのさ。まだグミが勝ってるわけだし」
くぅ…明らかに乗せられてるのはわかってても、なぜか抵抗できない。もう…ヤケだ。
「わかった……。やればいいんでしょ、やれば! あとでギブアップしたいって言ったって遅いんだからね!」
「ようし、それだ! 二回戦行くぞ!」
思えばこの辺でギブアップしてたほうが利口だったのかもしれない。あ、いや…ほんとは勝負なんてし始めないのが一番利口だったんだけどね。
今度は私がせーのと合図する。
『や〜きゅう〜す〜るなら〜こういうぐあいにしやしゃんせ』
「あうと!!」
「セーフ!」
『よよいのよい!』
私が出したのは裏の裏をかいてチョキ。そしてシュウが出したのは私の更に裏を書いてグーだった。
「しゃあああ!」
シュウは買ったのを見届けた瞬間、そのままグーでガッツポーズを作る。
私は自分の出したチョキを見つめながら、立ち尽くしていた。ルールによると敗者は身に着けているものをひとつ脱がなきゃいけない。シュウは手袋を脱いだけ ど、私は手袋してないし……あっ!
「手袋もありならこれもありだよねー」
私はそう言いながら、シュウと同じように自分の履いていた靴下を脱ぎ捨てた。
それを見たシュウは、
「その手もあったか」
と言って自分の足を見るけど、誰がどう見てもシュウははだしだった。というよりも、シュウはいつもサンダルだし、靴下を履いていたところなんて見たことな いんだけどね。
シュウはせっかく手袋はめてたのにとかなんとか悪態をつきながらも、気を取り直して次の勝負に賭けることにしたらしい。
「三回戦、行くぞ」
『や〜きゅう〜す〜るなら〜こういうぐあいにしやしゃんせ〜』
「あうと!」
「セーフ!!」
今度はシュウのセーフが私のアウトよりも強めに響く。もう余興の踊りも大分慣れてきた…。
『よよいのよい!!』
さっきは考えすぎて負けたから、何も考えずにパーを出す。シュウが出したのもパーだった。
あいこだから、もう一回!
『よよいのよい!!』
私は変えずにパー。シュウは裏を読んでグーを出す。
「やったあ!」
思わずさっきのシュウみたく叫ぶ。シュウは、いつもきたままのコートをぶわっと投げ捨てた。コートの中に入ってたものが床にぶつかって、がちゃんがちゃん と大きな音を立てた。
シュウも二回負けて、俄然やる気になってきたみたいだ。
「4回戦、いくぞ!」
「このまま全部脱がせてやるから!」
だんだんと私もやる気になってきてたみたいだ。ユアさんの応援にも応えなきゃ。
『や〜きゅう〜す〜るなら〜こういうぐあいにしやしゃんせ〜』
「あうと!!」
「セーフ!!」
『よよいのよい!!』
二人の手のひらがほぼ同時に交差する。私が出したのはパーで、シュウが出したのはグーだった。
「やった、ユアさん。二連勝!」
「グミさん、この調子です」
シュウは何もいわずに、着ていたシャツを脱ぐ。
シャツの下に下着はなくて、ただ筋肉質な体があるだけだった。
初めて人肌が私の前にさらされているのを見て、敗者の末路がまざまざと頭の中に思い描かれる。
もし、私が負けてたら今頃…。私はそこまで考えてぶんぶんと頭を振る。負けたことなんて考えてたら負けちゃう。勝てばいいんだから!
「ふぅ…ここからが俺様の本気だということを忘れてもらっちゃ困るな」
シュウはそう言っているものの、シュウが身に付けているのはいつものカーゴパンツだけだった。
たぶん下着は着てると思うけど……ん、待て……もし、中に何も着てなかったら、裸になるってこと!?
普通に考えてそれはないと思うけど、シュウは普通じゃないからもしかしたら…。
そんな考えが脳裏によぎる。それを察したのか、シュウは言った。
「こっちは後二枚、グミはまぁ多めに見積もってもあと四枚はあるな……5回戦、準備はいいかー!?」
よかった、さすがにはいてないってことはないみたい。
「ふぅ……この調子で全部脱がせてやる」
私はそう宣言し、余興の準備に入った。
『や〜きゅう〜す〜るなら〜こういうぐあいにしやしゃんせ〜』
「あうと!!」
「セーフ!!」
掛け声も二人とも気合が入ってきた。特にシュウは後がないから、気迫が違う。
『よよいのよい!!!』
私は何も考えず、気合だけでパーを出す。どうか勝って…!
しかし、私の願いもむなしく、シュウの出した手はハサミのチョキだった。無論、私の紙はハサミを包むまもなく、ずたずたに引き裂かれる。
「おし、やはり正義は勝つ!」
シュウがなんか言ってる…。正義が女の子と野球拳したりしないでしょうが!
でも、そんな突っ込みよりも深刻なのは、男女不平等なく与えられる罰ゲームのことだった。
自分の服は全部で四枚。今脱げるのは、洋服かスカート……。できることならどちらも脱ぎたくなんかないけど、消去法でこの中でどうしても脱がなきゃいけな いのならと考えると、選択肢は一つしかなかった。
しょうがなく、私が洋服に手をかけた瞬間、シュウが私をじっと見ていることに気づく。
私は恥ずかしさと悔しさを感じながらも、一思いに洋服を脱いだ。
「おおっ! …あー」
シュウの喜び、そしていかにも残念そうな声が聞こえてくる。洋服はどこに引っかかることもなくスルリと脱げて、白くて質素なシャツがあらわになる。吹いて いた隙間風で体がびくりと震えた。
「う〜ん…形は悪かないんだが……いい加減、ボリュームがね」
そんなこと目の前で言われたら、嫌でも気になってくる。自覚はしてたけど、面と向かって言われるとショックだった。
私は左腕で上半身をかばいながら、次の試合をせかす。
「小さくて悪かったわね……6回戦よ」
「フッ、本気を出した俺様の前ではグミごとき5秒で裸だ」
シュウめ…一回勝ったくらいで調子に乗っちゃって。まだどっちかっていうと勝ってるのは私なんだから。
『や〜きゅう〜す〜るなら〜こういうぐあいにしやしゃんせ〜』
「あうと!!」
「セーフ!!」
これに負けたら、スカートを脱がなきゃいけない…イコール絶対負けられない。頭がパーなシュウにはチョキで勝負だ!
『よよいのよい!!!』
お願い……私は願いを込めてチョキを出す。
私はあの変態バカを切り裂いてと願ったのに、結果は残酷なまでの敗北だった。シュウが出してきたのは頑強な岩の塊だったのだ。私の刃はあっという間に欠け て、使い物にならなくなってしまう。
恥ずかしさと不安が入り混じった感情の中、シュウがさらに追い討ちをかける。
「上かな、下かな…俺はどっちでも一向に構わないけどね」
悔しさで唇をかみ締める。悔しいだけじゃなくて、服も脱がなきゃいけないなんて、あんまりだ。
私は自分のスカートに手をかけ……やっぱり手をはなす。今日はどんな下着だったっけ。
確か得にかざりっけのない白のショーツだった気がする。汚れたりしてないだろうか。
頭の中でいろんな不安が交錯してる。そしてとにかく恥ずかしい、恥ずかしすぎる。
そんな中、なかなかスカートに手をかけられない私を見たシュウが、とんでもないことを言い出した。
「脱げないなら手伝ってやろうか? それともギブアップ?」
「あんたなんかに手伝ってもらうわけないでしょ!!」
とっさにそう言い返すものの、自分の力だけではどうやってもこれ以上スカートを動かすことなんてできないように思えてきた。
どうして私がこんな恥ずかしい目に……。私が勝ったってシュウが裸になるだけで、全然面白いことなんてないのに。そんな考えばかりが頭の中に浮かんで消え る。
あれだけあったリードも今負けたことで同点まで追いつかれてしまった。もしも次も負けるなんてことがあったら、私はシュウの前に半裸を晒すことになる…… こんなくだらないゲームでそんなことになるのは死んでも嫌だった。ふと、シュウの言葉を思い出す。もちろん手伝うとかバカなことじゃなくて、ギブアップの ほうだ。私はスカートに手をかけたまま、シュウと交渉する。
「シュウ…このゲームって女には何もいいことがない気がするんだけど……」
シュウは何事も無かったように…いや、ニヤニヤしながら答える。
「ないな。別に俺も全裸になったっていいわけだし」
それを聞いたとたん、かっと顔に血が上る。シュウの言い方でわかった。うすうす感づいてはいたけど私はまんまとシュウに乗せられたらしい。
私が負ければ、当然裸になるし、ギブアップしてもシュウのいいように、そして最悪なのは勝ったところで見たくもないシュウの裸を見せられるのだ。こんな の、不公平すぎる。
「俺としては残念だが、このままギブアップしてもいいぞ」
シュウは私に余裕を見せ付けている…。その態度に私は覚悟を決めた。
「ギブアップなんかしない! ここからが私の本気よ!!」
そこまで言って、私はためらいなくスカートを下ろす。おおーっといやらしい歓声が上がったような気もしたけど、もう気にしないことにした。白い逆三角は確 実にシュウの目に入ってるのは見なくてもわかる。
見られすぎて全身が過敏になってしまうくらい、視線を感じたから。
「あんまりじろじろ見ないで! 次の勝負よ!!」
いよいよ身に着けているものは下着だけになってしまった。これ以上脱ぐことは……私にとっての負けでしかない。つまりはこれ以上は、絶対に負けられない。
「グミも思ったより漢だな……このまま決めてやるぜ!」
私は恥ずかしい部分を隠すのをやめて、せーのと声をかける。
『や〜きゅう〜す〜るなら〜こういうぐあいにしやしゃんせ〜』
「あうと!!」
「セーフ!!」
『よよいのよい!!!』
私が出したのはグー。じゃんけんなんていくら考えたところで、1/3で勝つし、同じ確率で負けるんだからもう下手な理屈はなしで勘だけで出した。私はほぼ 同時に開かれたシュウの手を見て、笑う。
シュウの手はチョキの形、二連敗からようやく勝った!
「ぐはぁ…俺、チャンスには強い男だと思ってたのに! ちっくしょう」
シュウはカチャカチャとベルトをはずし、まったく恥らう様子もなくズボンを脱ぎ捨て、トランクス一枚になった。私はその光景に、思わず両手で顔を覆う。
「バカ! 少しは恥ずかしがりなさいよ」
シュウは私の言うことにまったく耳を貸さず、堂々とパンツ一枚で立っていた。
「フッフッフ、俺をここまで追い詰めたことには正直驚いたよ… だが、ここからが俺の超本領発揮だ」
また意味のわからないことを……ん、よく見るとシュウの足首、太ももにはそれぞれ一丁ずつ拳銃がくくりつけられていた。まさかあれも服の一部とか言い出す んじゃ。
私がそれを指摘しようとした少し前に、シュウは自分からその拳銃を取り外し、脱ぎ散らかした服の上へと全部放った。
「拳銃ってどのくらい重さがあるか知ってるか? この枷を外したとき、俺は本当の実力を発揮できる!」
シュウがなんか一人で説明し始めたけど、どう考えてもじゃんけんと関係があるようには思えないんだけど…。バカだから、それで気持ちが切り替わるのかもし れない。一応注意しよう。
「ある意味これが最終ラウンド…これで決めてやるぜ!」
私もシュウに負けないように言い返す。
「あんたが負けるから最終ラウンドね。いくわよ!」
もうすっかり慣れてしまった余興……ユアさんも無意識に小さく振りをしてくれていた。
私は二枚、シュウは一枚だけど、私はもう一枚も脱げないからお互い背水の陣だった。
『や〜きゅう〜す〜るなら〜こういうぐあいにしやしゃんせ〜』
「あうと!!」
「セーフ!!」
私が出すのはもう一度グー。負けないで私のこぶし!
『よよいのよい!!』
今までで一番気合の入った勝負がスタートし、一瞬で終わる。
勝敗の行方は……!?
「グミさん…」
ユアさんの何かを哀れむような声が聞こえる。気づかないうちにつぶった目を開くと、シュウの大きな手のひらが、私のグーをいとも簡単に飲み込もうとしてい た。
「私の負け…?」
「イヤッホオオオオオオオオオオオオオオオオウ!」
敗者の声と勝者の声がまったく対照的に、小屋の中に響きわたる。私の身につけているものは、すでに下着のみ。上下どちらかを脱がなくちゃいけない。でも、 脱いだら……。
恥ずかしいなんてレベルじゃない、うつむいてはいるけど見る見るうちに顔が赤くなっていくのがわかる。ギブアップ…悔しいけどもうそれしかない。
「シュウ、ギブアップする……恥ずかしいもん」
上目遣いでシュウの顔を見る。シュウは納得いかないような顔をしていたけど、下着姿で今にも泣きそうな私を見て、観念したらしい。
「わかったよ…でも何かしら罰ゲームは受けてもらうからな」
罰ゲーム。その言葉を聞いて、さっきシュウが行ってた罰ゲームを思い出す。
一緒にお風呂……これじゃただ裸になるより恥ずかしいじゃない。
添い寝……そんなに酷いことはされないと思うけど、相手はシュウだ。常識なんて通じないかも知れない。
ここで上か下かはまだ決めてないけど、どちらがマシか天秤にかける。もし、私が上だけ脱いで、次の勝負に勝てば……貞操だけは何とか守れるし、罰ゲームも 受けずにすむ。でももし負けたら…。
どちらも微妙なところだった。そもそも私が上を脱がなきゃいけないという仮定の元でやっているのだった。そんな勇気が私にあるかどうか、いや勇気とは少し 違う気がする。多分、覚悟だ。
シュウに恥ずかしい部分をさらしてでも、勝ちを狙うほうがいいのか。う〜ん……。
私が決めあぐねているところに、ユアさんの叫ぶような声が聞こえてくる。
「グミさん、これ使ってください!」
ユアさんの手元から大きな白い布のようなものが、こちらめがけて飛んでくる。慌ててキャッチするとそれは大きくてやわらかいバスタオルだった。バスタオ ル!? ユアさんの言葉の意味が一瞬にして理解できた。
私はバスタオルを体に巻いて、その中でシャツを脱いだ。それに続いて、タオルがほどけないように注意しながら、ショーツもゆっくりと下ろしていく。
一番恥ずかしい部分をそっと風がなでる。
シュウはなぜか興奮しながら、私たち二人に向かって怒鳴る。
「ユアめ、余計なことを… グミも卑怯だぞ!」
私は右手でタオルがほどけないようにしっかりと押さえながら、反論する。
「タオルは着たけど、そのぶん下着どっちも脱いだんだから、プラス1マイナス2でマイナス1でしょ! そっちだけ上半身裸になっても平気なんて、そっちの ほうが卑怯でしょうが!!」
「うっ…」
シュウはそれ以上反論できずに、口を閉ざす。こんな妙案を考えてくれたユアさんには後でお礼をしなくちゃいけないね。
私はタオルが絶対に脱げたりしないように、タオルの端をきつく中に折り込む。これで両手が使えるようになった。
私はシュウをにらみつけて、言った。
「これで決着つけるわよ…!」
「望むところだ……そのタオル引っぺがしてハダカを拝ませてもらうぜ!!」
私はシュウのセクハラ発言を軽く無視して、最後の勝負に全気力をかける。
「グミさん、がんばってくださいー!」
ユアさんからのかわいらしい声援が聞こえてくる。私はタオル一枚、シュウはトランクス一枚という情けない対戦者だけど、本気の勝負に違いはなかった。
二人同時にせーのと合図する。
『や〜きゅう〜す〜るなら〜こういうぐあいにしやしゃんせ〜』
「あうと!!!」
「セーフ!!!」
『よよいのよい!』
………。
お互いの手だけを見詰め合う。握手でもするように開かれた二つの手。あいこだった。
シュウがモンスターを駆るときの目になってたのが気になったけど、そのまま手を戻して次の手を出した。
『よよいのよい!』
私は結果を見たくなくて目をつぶる。誰の声もない静寂がそこにはあった。
そっとまぶたを開ける。私の手はグー、シュウの手はパーだった。
「………負け?」
私は半信半疑で自分の敗北を口にする。
「ふははははは。やはり勝負どころで強い男、シュウ様の勝利だ!」
目の前が真っ白になる。さっきまで三つあった選択肢も、今となっては二つしかない。
脱ぐか罰ゲームか。最悪の選択しか残されてなかった。
私があきらめて罰ゲームを選ぼうとした瞬間、今日一日中ニコニコしてたユアさんが目を吊り上げて、シュウの前に立っていた。
「な、なんだよ」
シュウはユアさんのただならない威圧感を感じて、一歩後ずさりする。ユアさんは、ゆっくりはっきりと言った。
「何でそんなずるいことするんですか。どう見てもシュウさんのほうが遅く手を出しました」
「え…?」
目をつぶっていたから全然わからなかったけど、シュウが反則をしたの?
シュウはかなり動揺しながらわけのわからないことを口走る。
「いや、今のは俺の天性の動体視力をフルに使ったテクニックで常人にはわかるはずは……あ、しまった」
今の失言でシュウがズルしたことが明らかになる。ユアさんはにこっと笑って言った。
「仕切り直しですね」
どうやらユアさんのおかげで九死に一生を得たらしい。シュウめ……反則してまで私に恥をかかせたいなんて…。
「このド変態……次やったら反則負けだからね。本当に最後の勝負行くわよ!」
「ユアが完全に誤算だったぜ……正々堂々受けてたつ!」
自分から反則しておいてなにを言うか…。せっかくユアさんが作ってくれたチャンス……無駄にするわけには行かない。
「最終決戦…行くぞ。せーの!」
『や〜きゅう〜す〜るなら〜こういうぐあいにしやしゃんせ〜』
「あうと!!!」
「セーフ!!!」
『よよいのよい!』
チョキだ! 直感だけでチョキに決める。今ならグーにだって勝てる気がした。
私とシュウはまったく同じ時に手を振り、そしてそれぞれの武器を手にとどめる。
シュウが選んだ武器は紙だった。と、ということは…!?
「そんなバカな……このシュウがあああああああああああああ!!!!!」
シュウがいきなり叫ぶ。か、勝った。
「グミさん、おめでとうー」
ユアさんが精一杯祝福してくれる。私は嬉しくて、タオルのままユアさんに抱きついた。
その拍子に危うくタオルが脱げそうになって、ユアさんが慌ててそれを押さえてくれる。
シュウに勝てたのも、恥ずかしい目にあわなかったのも全部ユアさんのおかげだった。嬉しくて少し涙まで出てきた。ユアさんはそれを優しく包み込んでくれ る。
そのとき、トランクス一枚で倒れてたシュウがむっくと起き上がって言った。
「くそ、こんなことにくるとは想定の範囲外だったが、こうなったらヤケだ。ルールに従って俺のモノを見せてやる」
俺のものって…ユアさんから放してもらって、自由になった私はシュウの方を見る。そうしてる間にもシュウは迷うことなく自分のトランクスに手をかけ……明 らかに何かをさらそうとしていた。
かぁっと頬が赤くなって、まぶたが動かなくなる。手で目をふさごうとするけどもまにあわな……
「きゃあ、シュウさんのえっち!」
「うお……!」
ユアさんの悲鳴が聞こえて、シュウの後ろから鋭い蹴りがシュウの言ってたモノに入る。
シュウは蹴りを食らった後しばらく悶絶したり、痙攣してたりしたけど、最後には半分おしりを出したまま気絶してしまった。
私とユアさんの二人は、異常なまでに苦しんで倒れてしまったシュウを見て、二人寄り添う。
「あれ、天罰だよね……」
ユアさんは恐る恐るといった感じで言った。
「あの、どうしたらいいかわからなくて……そのぐしゃって」
「多分私たちを驚かせようとしてるだけだろ思うよ…」
私はそう、ユアさんを慰める。
でも、私たちの予想に反してシュウは半日ほど気絶したままだった。そして、その日からはしばらくはガニマタで歩いてたのがすごく面白かった。
終わり
あとがき