「はぁ、はぁ、はぁ…ゲホゲホゲホっ」
グミさんは苦しそうに呼吸した後、激しく咳き込む。顔もさっきから赤いままで、とってもつらそうだった。
わたしはおでこに手を置いてあげることしかできないけど、やれることだけはやらないと…。
お医者さんは、グミさんの様子を見て「これは…まずい」といった。
「ぜぇぜぇ…」
グミさんはさらに苦しそうに、息をする。
「思ったより、状況の悪化が早い……何か早急に対処しないと、シュウが戻ってくるまでどころか…ヤバイぞ。えっと、ユアさんといったかな? 何か、よく効 く薬は持ってないだろうか?」
わたしは自分の持ち物のことを考えるが、今まで自然回復とグミさんのヒールに頼ってきたので、回復薬どころかメルすらもほとんど持っていなかった。
「ごめんなさい…わたしは何も持ってないんです…」
お医者さんは持ってきた栄養剤などをグミさんに注射していたが、大した効き目はないらしかった。
このまま手を当ててるだけじゃ…ダメみたい。そうだ!
わたしは、グミさんには悪いと思いながらも、グミさんがいつも大事に持ってるバッグの中を探ってみることにした。最初に目に入ったのは、着替え、次に食べ 物やナイフ、よくわからないカードなどがあって、更に奥を探ってみると、不思議な色をした液体の入ったビンがあった。
わたしは、それをお医者さんに見せて言う。
「これ、使えませんか?」
お医者さんはそれを見ると、目を丸くしていった。
「これはエリクサーじゃないか! それを急いで飲ませてやってくれ」
わたしは言われたままに、苦しそうなグミさんの口をあけてもらって、少しずつお薬を流し込む。
「げほっ、げほっ…ゆあ…さん、シュウ…は?」
お薬を飲んだグミさんは、少し元気になったみたいで、わたしにシュウさんの事を聞いてきた。
わたしは、
「シュウさんは、…グミさんのためにお薬を探しにいってます。だから、それまで…待ちましょ」
と言った。
グミさんは、上半身だけを起こして言った。
「シュウが心配だから…戻ってくるまで起きて待ってる…」
グミさんの顔はまだまだ赤くて、目も潤んだまま…お願い、シュウさん…早く帰ってきて!
*
キン。
布石に放った銃弾はあっけなく弾かれ、続けて放った2発の銃弾も、あっさりと2本の角にあわせられる。しかも、ワイルドカーゴは元の位置から一歩も動いて いなかった。
「ちっ…」
俺は自分の攻撃がまったく通用しないのを見て、軽く舌打ちする。
俺は、かかって来いといわんばかりのワイルドーカーゴを睨み付け、右手でボムを投擲する。
ワイルドカーゴは弧を描かず、まっすぐ自分に飛んでくるボムをじっと眺めていたが、右に跳躍してよけた。
よし、予想通り…。俺はワイルドカーゴの側面でボムを起爆させ、体制を崩したところを一気に距離を詰めてバズーカを構えた。超至近距離…避けられるはずは ないが、念には念を入れて彗星を放つ。
「彗星!」
当たるかと思われた青い光をまとった榴弾は空を切り、くすんだビルを破壊した。
一瞬のうちに、バズーカを殴られ照準をずらされたらしい。俺は攻撃を空ぶった瞬間に体をそらせて、反撃をかわそうとするが、ワイルドカーゴは俺の腹部に容 赦のない一撃を叩き込んだ。
「ぐは…」
地面にたたきつけられた俺は意識が飛び、喀血する。体が動かない…受けたダメージは重く、すぐには起き上がれそうもなかった。
ワイルドカーゴは、俺の傷口に脚を押し付けて見下しながら囁いた。
「悪くない動きだが、単調すぎる。それでは余にかすり傷一つつけることなく、死に絶えるだけだ」
どんなに力を入れても、体が動こうとしない。それどころか、傷口がえぐれ鋭い痛みが走った。
俺は精一杯ワイルドカーゴに視線をぶつけるが…ワイルドカーゴはあざ笑うだけで、びくともしなかった。実力が違いすぎる…3人がかりでやっと倒したレッド ドレイクと同等くらいだろうか。
あの時、俺はブーストを使ってやっとダメージを与えられる程度だったのに…。
ワイルドカーゴは必死に思索する俺を見据えて、言った。
「これだけ実力差があるにもかかわらず、まだもがく気か。よかろう…貴様、余に何を望む」
何なんだこのモンスターは……。俺はありのままは告げず、
「大切な人を助けるために、あんたが持ってるかもしれないものがいるんだ」
と答える。すると、ワイルドカーゴは前脚を退けて言った。
「お前に大切な物を守るほどの力があるとは到底思えん。だが…余に一太刀でも傷を負わせることができたなら、余の持てるものなら渡そう」
俺は震える脚を何とか踏ん張り、立ち上がる。敵の粋な計らいで一発…一発でもダメージを与えれば、薬が手に入ることになった。だが、あいつの強さは尋常 じゃない…何か手を考えなければ、ダメージを与えるどころか……。
「それは…嘘じゃないだろうな」
俺は考える時間を稼ぐために、ワイルドカーゴに質問する。ワイルドカーゴは、目を細めながら言う。
「嘘というのは愚かな者が使うものだ。約束は守ろう…だが」
ワイルドカーゴがそこまで言った後、俺は意識だけその場に置き去りにして、ブロック塀まで吹き飛ばされた。俺は体ごと砕けるような痛みの中、パラパラと崩 れ落ちてきたブロック片を被る。
「ただ攻撃されるのは面白くない。余も遠慮なく攻撃させてもらおう」
一筋縄ではいかない…ってことか。俺は口内にたまった血を路上に吐き、素早く銃弾をリロードする。俺は悲鳴を上げる体に、鞭打って立ち上がった。俺はむせ かえりそうになる痛みの中、ワイルドカーゴの動きを捉えることだけに集中する。
ワイルドカーゴは前傾姿勢のまま、俺を見据えて攻撃する隙をうかがっている。
一時の膠着状態…互いに相手が動くのを待ち、睨み合う。集中力だけが時間を支配し、精神を削り食う。体が動くうちが勝負…こちらから動かないと勝てる勝負 もダメになっちまう。
俺が動きを見せようとした刹那…奴が動いた! ワイルドカーゴは一足飛びで間合いを詰め、右から必殺の牙を繰り出す。当たったら、血が出るじゃ済まないだ ろう。俺は牙をバズーカで受け流し、空いた手からの銃撃で反撃を試みた。
「彗せ……うわっ!」
攻撃を受け流され、体勢を崩したように見えたワイルドカーゴだったが、地に付けた前足を支点に体を回転させ、尻尾を鞭のように振るった。尻尾はしたたか俺 の脚を打ちつけ、堪らず転げる。
またも、俺に馬乗りになったヤツは、さっきと同じ目線で言う。
「一回死んだぞ。これで終わりなのか?」
「くっ…まだだ!」
俺は虚勢を張るが、空しいだけだ。スピードもパワーもテクニックも…圧倒的に劣ってる。この差を埋められるものがあるとすれば、相手の隙をつくいい作戦だ が…もし、勝ち目があるとしても、ほぼゼロだろう。
ワイルドカーゴは、一歩引いて、俺が立ち上がるのを待つ。完全に楽しんでいるようだ。俺は今にも死にそうだって言うのに。いや待てよ…相手は俺を完全に格 下だと思ってる。そこを利用すれば…
俺はよろよろと立ち上がり、言った。
「降参だ…命だけは助けてくれ」
それを聞くなり、ワイルドカーゴの細い瞳がさらに細くなり、輝きを増す。
「貴様は大切な物を守るのではなかったのか? すべて偽りだったというのか」
明らかに声が怒っている。俺は続けてこう返す。
「嘘じゃない…でも見ての通り俺はもうボロボロだ。まだ死にたくないんだ!」
ワイルドカーゴはとびきり冷たい声で言った。
「面白い人間がいると思ったが、貴様には興味がなくなった。余を侮辱した罪を悔いながら死ね」
声と同時に紫の巨体も消える。気がついたときには鋭い牙が、俺の心臓へとまっすぐ振り下ろされていた。だが、俺は体をずらして必殺の一撃を、心臓ではなく 肩へと突き刺す。深々と突き刺さった牙は背中まで貫通していた。俺はすかさず、その牙を両腕で握り締めた。
「捕まえたぜ…」
腕に力を込めると、突き刺さった牙がさらに食い込み、肉が裂ける。あまりの痛みに声が出そうになるが、何とかこらえる。
「図ったな…」
牙をつかまれていてよく聞き取れないが、口の動きから恐らくそう言ったのだろう。俺は精一杯頭を引いて、ワイルドカーゴの脳天に頭突きをかます。一撃与え れば俺の勝ちだ!
「それで余を封じたと思ってるのか?」
「ぐっ…」
全力で押さえていた牙が、あっさりと抜かれる。痛みで気が狂いそうになることよりも、片腕を犠牲にしてまで作り出したチャンスが無駄になった精神的ダメー ジのほうが遥かに大きかった。
気丈に振舞っていた俺の体が限界を向かえ、うつぶせに倒れる。もう、指一本動かないのか…。
「一時は失望させられたかと思ったが、なるほど頭もきれる。しかし、余を傷つけるにはまだ早かったようだな」
ワイルドカーゴは倒れた俺に向かって、頭を下げる。礼のつもりだろうか…くそっ、俺は…グミを助けるんだ!
「まだだ…俺はまだ死んでない…だから、勝負もまだついてない」
俺は全身のエネルギーを右手に集中させる。
「何故そこまで命を粗末にする。殺すには惜しい…次の一発で気絶しろ」
揺らいだ視線の先から、ワイルドカーゴの姿が消失する。どこから来るかはわからないが、そんなことは関係なかった。
「…ドカン」
俺の体の下で圧縮されたエネルギーが爆発する。爆発は俺とワイルドカーゴの双方を吹き飛ばした。
めちゃくちゃに痛い。吐きそこなった血塊を堪らず吐き出す。痛みと火傷で目の前がちかちかする。
でも…一発かましてやった。
紫の毛皮がところどころ焦げたワイルドカーゴがゆっくりとこちらに近づいてくる。
「貴様の覚悟、とくと見た。約束を果たそう」
「パワーエリクサーを……グミに…」
目が…かすむ…。蜃気楼のようにゆれる景色の中、ワイルドカーゴは残念そうに言う。
「パワーエリクサーなる物は持ち合わせていない。悪いな…」
「……くっ…全部無駄だったってことかよ…」
何もできない自分…悔しさで目から熱いものが零れ落ちる。ぼやけた視界が、さらに滲んだ。
近いが遠いところで、声が聞こえる。
「カルマー! 探したぞ……って、おい! なんだよ、この死体は!?」
「グラス、いいところに来た。こいつはまだ死んでないが、いつもの薬で治してやってくれ」
「酷い怪我だ…こりゃエリクサーじゃ無理だな。確かまだパワエリが残ってたはずだ」
…パワ…エリ? 
俺は全身傷だらけなのも忘れて、大声を出す。
「パワエリってパワーエリクサーのことか!!?」
「うわ、生き返った!?」
いきなり目の前に現れた青年は、いきなり叫んだ俺を見てびくっとする。俺はまだ死んでないし。
「そのパワーエリクサー…俺に使わないで、くれないか…? それがないと、死ぬかもしれないんだ」
「余からも頼む」
グラスと呼ばれた青年は、
「これは、貴重な薬なんだけどな…でも、カルマもそういうなら、あげるよ。何か怪我させたのもカルマみたいだしね」
彼は独り言のようにつぶやきながら、俺の手に複雑な形をしたビンを置いた。中には紫色の液体が満ちている。これがパワーエリクサー…か。これでグミが助け られる!
「ありがとう…それじゃ、俺は急ぐから…早くしないと…間に合わなくな…る」
「お、おい! あんた、その傷じゃ…」
俺は振り返らずに、二人が待つ家へと足を進めた。
続く
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