俺は飛び出したはいいものの、何をすればいいかもわからずにただ焦っていた。
よくよく考えればメチャクチャ強くて凶暴なモンスターなんてどこにいるかも知らないし、たとえ奇跡的に出会ったとしても、そんな強いモンスターに俺が太刀 打ちできるかというのも疑問だった。しかも医者の弁によると、「持っていることがある」というだけで、たとえ信じられないほどの凶獣と戦って勝ったとして も、持っているかどうかはわからないのだ。
どうしよう…時間だけが刻一刻と過ぎ去っていく。カニングシティで一番強いモンスター…それが何すらかもわからない。それにもともとカニングのモンスター はグミの命を救う品を持っているかどうかもわからないんだ。
俺は今までの思い出の中から、出会ったモンスターたちを羅列していく。切り株…違う、そんなに弱くない。オクトパス…これも違うだろう。青キノコ…だめ だ、全然思い浮かばない。どうすればいい、どうしたら…。
そんな時、俺の背後から声がかかった。
「よう、シュウ…何やってるんだ? あの二人にはフラれたのか」
ブラックジョーク大好きな俺の知り合いといえば、一人しかいない。
「サイン兄!」
突然名前を呼ばれたサイン兄は、驚いて身を一歩引く。両手には大きな荷物が抱えられていた。
俺は、畳み掛けるように質問する。
「グミが大変なんだ。早くパワーエリクサーって言う薬を持っていかないと、死んじゃうかもしれないんだ!」
「あの黒髪の子が? あんなに元気なのにどうしてそんな秘薬が…」
サイン兄は信じられないといった表情で俺の顔を見たが、目を見てすぐに理解してくれたらしい。サイン兄は、深いため息とともに言葉を吐き出す。
「それにしてもパワーエリクサーとは難儀だな。あんなもの本当に存在するのかもわからないってくらいレアな薬だ。俺だって飲むことどころか見たことすらな いぞ」
かなりの手練れであるサイン兄ですらも見たことがない薬…だが、それを手に入れないとグミは助からない。俺は医者に言われたことを思い出して、強いモンス ターが持っていることがあると告げる。
サイン兄はう〜んと唸り、必死に何かを思い出そうとしていた。しばらくして「あっ」と声をあげる。
「『ワイルドカーゴ』っていうモンスターが持っているかもしれない。デカいくせにスピードが速くて、力も半端じゃないモンスターだ」
ワイルドカーゴ…そんなモンスター聞いたこともない。しかし、サイン兄が強いというくらいだ。メチャクチャ強いことに変わりはない。俺はそのモンスターに 対する情報をサイン兄に聞き出した。
「ワイルドカーゴっていうのは紫色の体に二本の角、そして鋭い牙を持っている。どれもあたったら一発で致命傷だ。そして一番目に付くのは、巨大な眼に異常 に細い瞳孔だ。こいつに睨まれたときは背筋が凍った…一部の金持ちは宝石として、俺たちが普段使う金にゼロを何個か足した位の値段でも買い取ってくれるこ ともあるくらいだ」
俺はサイン兄から与えられた情報を元にその姿を想像する。巨大な体躯、紫色の皮膚、鋭い角と牙…そして細長い瞳。まさしく本物のモンスターといった感じ で、今からそいつと殺り合うと思うと身震いした。
大切なことを忘れてた。そのワイルドカーゴってモンスターがどこにいるか聞いていない。
「ワイルドカーゴって…どこにいるんだ?」
サイン兄は、
「それは言えない。言ったとしても、お前が死ぬだけだからな…」
と言った。俺は自分の弱さを知りながらも、反抗する。
「俺だけ生きてたって意味はないんだ! 頼むよ!」
「ダメだ。それにどっちにしても、ワイルドカーゴがいる場所まではどんなに急いでも二日以上かかるから、間に合わないだろう」
行くのに二日ということは往復は四日以上かかる…どう考えても間に合わない。くそっ…なんでだよ。何かは手はないのかよ…。つらそうな表情、苦しそうな息 遣い、途切れた言葉…さっき近くで見たグミの一部始終が思い浮かぶ。できることなら代わってやりたい…俺の安い命なら、別に惜しくはない。
でも、なんであいつなんだよ……
サイン兄は悲嘆にくれている俺を見て、声をかけた。
「そう、気を落とすな。まだ手がないわけじゃない。さっきもらった手配書だ」
俺は渡された手配書に目を通す。手配書に書かれていたのは、「危険! 凶暴なモンスター、ワイルドカーゴがカニング周辺で目撃されている。大変危険なの で、一般人は近寄らないこと。なお、見事退治したものには100kの賞金を出す カニング自治組織」
危険と書かれた文字のしたには、モノクロのモンスターの写真が印刷されていた。巨大な目に、細長い瞳…間違いない!
「サイン兄…恩に着るよ! じゃ、俺はすぐに探してぶっ倒してくる!」
サイン兄がすぐにでも駆け出そうとした俺を引き止める。
「いや、少し待て…どこに行くつもりだ?」
どこと言われると…そういえば何も決めてないし、わからない。しかし、時間がないのも事実だった。感情だけが、先に先にと進もうとする。落ち着かなきゃ… だめだ。
「当てがないなら、中央広場に行ってみろ。何か人だかりができてたから、もしかしたらもしかするかも知れんからな…」
中央広場といっても、誰も近寄らない無法地帯だけど…そんなところに人だかりができるなんて何かあるに違いない。
「中央広場…なにから何までサンキューな…行って来る」
俺はサイン兄に礼をいい、中央広場の方向へと一歩踏み出した。走り出した俺の背中に、サイン兄の声がかかる。
「俺は、今から遠出だから力になれないが…守るって決めたんだろ?」
俺は心の中でうなづいて、フルスピードで駆け出した。
*
景色を飛び越して、中央広場。
そこには今まで見たこともないほどの人の列ができていて、ドーナッツ状に何かを囲んでいるようだった。中には荒くれもの、夜盗とすぐにでもわかる風体のも のもいれば、野次馬もいた。人が多すぎて、全然近寄れそうもない…というよりも、中に何がいるのかも見えない。
こうしてる間にも、グミは弱っていってるっていうのに…俺は目の前でくの坊に声をかける。
「なぁ、何がいるんだ? ぜんぜん見えないんだ!」
でくの坊は、こちらに振り返ったかと思うとフッと鼻で笑った。
「あいつは俺の獲物だ。ガキはすっこんでろ」
間違いない…この中にワイルドカーゴがいるんだ。俺はそう確信すると、人ごみのなかに潜り込んでいく準備をする。まぁ、全員ぶっ倒してもいいんだが、時間 が惜しい。
「100kは俺のモンだ。行くぜ!」
よくは見えないが、バカなやつが突っ込んだらしい。当然結果は見えているが…
「ぐがっ……」
肺から空気とともに押し出された声。バカな賞金稼ぎは一撃で吹っ飛ばされ、俺がまさにもぐろうとしていた人の海をなぎ倒していった。俺は寸前のところでよ けたが、でくの坊を含む避けきれなかったほとんどの人が避けきれず、ドミノ倒しになった。吹っ飛ばされたやつは、鼻血を出して白目をむいている。本当に賞 金稼ぎなのかこいつ…。
しかし、人の海が割れたことによって、一撃で賞金稼ぎを倒した化け物の姿がようやく明らかになった。
そいつは巨大な身体を小さく丸め、猫のように丸まっていた。だが、その目は限界まで見開かれ、蹄は赤く染まっていた。だが、ワイルドカーゴは退屈そうで、 好戦的というよりも襲われたからカウンターしたという感じだった。…まわりを囲んでいるチンピラなど、眼中にないというわけか。
「お、おまえらぁ〜! 一斉に行くぞ。びびってんじゃねー」
同業者が一撃でやられたを見た代表格の男は、仲間全員で四方八方から襲い掛かるように指示し、自らも大降りの刀を持って襲い掛かる。俺から見ても隙だらけ だが…一発くらいなら食らわせられるだろう。

「何故、死に急ぐ」

驚いた。
重厚で品のある声だった。
一瞬にして血祭りにされたチンピラどもはこの際どうでもよかった。
目で追いきれない、しなやかな動き。どいつもこいつも急所を一撃でやられている。
尻尾、牙、蹄…どれもが一撃必殺の武器で、隙は無い…。倒すどころか、触れることすらできないかもしれないというのが本音だった。
ぐえとかうわぁとか呻いて、どさどさと地面に落下していき、その様子を見た野次馬やチンピラどもも慌てて逃げ出した。
さっきまでにぎわってた広場も、俺と化け物を残して静かになる。重苦しい静寂、意識せずとも感じられる威圧感。頭ではグミを助けるにはこいつを倒すしかな いとわかってるが、全身の感覚は逃げろといっていた。
俺の中で白い俺と黒い俺が取っ組み合っている。
強さは互角…決着がつく前に、俺の頭がいかれちまいそうだった。白が勝ってほしい自分と黒が勝ってほしい自分がいるんだから。どっちを応援するべきかはわ かっていても、選んだ結果はどちらも最悪のシナリオ…。
そんな中、サイン兄の言葉がよみがえる。
「守るって決めたんだろ?」
俺の答えは……決まってたはずだろう。
「守るんだ…俺は、お前を…何があっても助けるって決めたんだ」
俺はうつむいたまま声に出して、自分の決意を確かめる。
気がつくと、ワイルドカーゴは俺のほうをじっと見ていた。
「死にたくなければ帰れ。殺生は好まぬ」
もう、決意は揺るがない。本当に守りたいものがわかったから。
「俺はお前を倒す。たとえ死んでもな」
「さっきの雑魚どもよりは楽しめそうだ…暇つぶしにちょうどいい」
一瞬の静けさ…俺の銃声で、ゴングは鳴らされた。
続く
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