時刻は午前の中ごろ、場所はシュウの家、やたらと火薬のにおいが充満してるボロ屋だ。家 具らしい家具もなく、ベッドに粗末な椅子と机がひとつ。とても人が住んでるとは思えない状況である。
その中で我を含む三人が、なにをするわけでもなく和んでいた。
沈黙を破り、シュウがしみじみとつぶやく。
「いやーついにきたな。ここまで長かったよ、マジで」
シュウは一人でうんうんとうなづいている。だが独り言ではなさそうなので、我がなにをしみじみしているのか聞いてみることにした。
「何の話だ?」
「ええっ!?」
我の疑問符を聞いた瞬間、シュウが変な声を出す。そんなに意外なことだっただろうか。
シュウは質問をした我にではなく、ユアに聞く。
「なぁ、ユア。今日が何の日かぐらい知ってるよな? レフェルのやつ、一応レギュラーの癖にそんなことも知らないらしいぞ」
我はシュウの発言にムッとくるが、ここはあえて反論せずにユアがなんというかを聞くことにした。
ユアは何のことかわからないといった様子で答える。
「えっと…今日何日でしたっけ。あまり日にちとか意識したことなかったんで…」
「……11/14だ…」
シュウもユアの的外れというか、質問に対する質問に閉口する。ほら見ろ、我がわからないのも我が無知だからではないだろう。
シュウはショックでしばらくうなだれていたが、思い出したように顔を上げる。
「そ、そうだ! 影薄いけど一応主人公のグミなら、今日が何の日かわかるに違いない! なぁ、グミ。今日が何の日か知ってるよな!?」
シュウは窓際でボーっとしてるグミに問いかける。しかしグミの反応はきわめて薄いものだった。
「…え、何か言った?」
グミはぼんやりとシュウのほうを眺めている。シュウの声は決して小さなものではなく、どちらかというと近所迷惑になりそうなほど大きかったから聞き逃すと いうことはまずないと思うのだが…考え事でもしていたのだろう。
シュウは同じこと二一部付け加えて言う。
「11/14が何の日か知ってるよな? 俺らにとって一区切りというか、なんと言うか結構大事な日なんだけどさ…」
「11/14…? う〜ん……たしか……えーっとわかんない」
「冗談だろ……」
さすがに三度目とあって、シュウも立ち直れないようだ。いったい今日は何の日か…祝日でもないようだし、まさかシュウの誕生日とかそんなものではなかろう な。
「げほん、げほん。げほげほ」
突然誰かが激しく咳き込む。音がしたのは窓辺でボーっとしていたグミのほうからだった。
両手で口を押さえて、苦しそうにせきをしている。
普段、食事をかきこみすぎてむせることは多いが、こんな風に何もないときにせきをするのははじめてみた。近くにいたユアが、グミに近寄って様子を伺う。
「グミさん、大丈夫ですか? なんだかすごく苦しそうですけど……」
グミはせきを抑えていた手をどけて、咳き込みながらも話す。
「げほげほ…なんだか、朝から…げほ。調子が…悪いの。頭がボーっとして……げほん! げほん!」
せきが苦しくなって、グミの言葉が途切れる。
遠くから様子を見ていたシュウも心配そうに近寄る。我もシュウの手の中にいたので、苦しそうな表情のグミが間近に見えてきた。さっきまではなんとか自分で 自分を支えていたグミも、苦しさからユアにもたれかかってあえいでいた。
ユアがグミの額に手を当て、すぐに手を引っ込める。
「ひどい熱…グミさん、いつからこんなことに…!? 早くお医者さんに見せないと!」
確かによく見ると顔が赤い。グミはうわごとのようにユアに言った。
「ゆあさんの手、冷たくて気持ちいい…」
……結構深刻なようだ。ユアの言うとおり医者に見せるのが得策だろう。
シュウは我を床に置いて、おもむろにグミの顔に自分の顔を近づけた。おいまさか、こいつこの非常事態に……
「シュウ…?」
潤んだ瞳でグミがシュウの名前を呼ぶ。シュウはなにも言わずに…自らの額とグミの額をくっつけた。
ただでさえ赤かったグミの顔が、さらに赤く染まる。いつもなら、鉄拳か我の一撃なのだろうがそんな気力もないようで、シュウの息遣いを間近に感じながらも抵 抗せずにいた。
どれくらい時間がたったのか…おそらくはほんの数秒だが、ようやくシュウが顔を遠ざける。
「ユアも言った通り、かなり熱があるな…」
まるで初めてわかったかのように呟く。グミはいつの間にか目をつぶって、荒い息をしていた。
「今すぐ医者呼んでくる。二秒で戻るから…!」
そこまで言うと、シュウは弾かれたように家を飛び出していった。
グミと共に取り残されたユアは、ひとつだけグミに聞いた。
「シュウさん、グミさんになにしたんですか?」
グミは目をつぶったまま、頬を赤くして答える。
「げほん…熱測ってたんだと思う…。熱あるってわかってたくせに…あんなの、ずるい…」
ユアは何も言わずに優しげな顔つきでグミのことを見て、そのままベッドへと寝かせた。
しばしの沈黙…苦しそうなグミの呼吸だけが、部屋に満ちていた。
バタン! あまり丈夫ではなささそうな扉が、激しく開閉される。粉々に粉砕しなかったのは…まぁ、シュウの家だから丈夫にできてるんだろう。それよりも問 題なのは、まだシュウが飛び出してから一分ほどしかたってないということだろうな。連れてこられた医者らしき人物も、連れてこられる途中で何度か地面に引 き摺られたらしく、かなり無残だった。
連れてきた本人は、医者を揺り動かして起こす。
「おい、寝てる場合じゃないんだ。起きてグミを診てやってくれ! なぁ!!」
「ぐぐぐぐ…苦しい、手を離せバカ…」
医者はかなり苦しそうな顔をしていたが、何とか意識を取り戻したようだった。
シュウはようやく医者を放し、事情を説明する。最初は半信半疑だった医者も、グミのただならぬ様子を見て即座に診察を始めた。シュウは、いろんな理由で離 れて待ってるように指示されたため、不服ながらも離れて見ていた。
「むぅ…これは……」
医者はグミを診察していくうちに、顔つきを険しくしていく。
ユアは心配そうに、医者に尋ねた。
「あの、グミさんは…大丈夫ですよね……?」
「いや…かなり危ない状態だ。あまり見たことがない症例で、現在これといった対処法もない……」
「そんな…」
医者の吐いた諦め混じりの言葉に、ユアは言葉を失った。それを聞いたシュウは医者に詰め寄って、白衣の襟をつかむ。
「おい、ヤブ医者…適当なこと抜かすと…」
「適当なんかじゃない。そして言うなら、これは病気じゃない…医者の私のどうこうできる問題じゃないんだ…」
シュウは医者の告げた事実に打ちのめされ、力なく手を下げうつむいた。医者は、グミの状態のことを説明し始める。
「私は魔法のことを少しかじったからわかるが、彼女には信じられないほどの魔力が備わっている。そのことは特に問題ない。しかし、彼女は体にかなり負担を かけたりしなかったかね? 例えば…精神力、体力共にギリギリまですり減らしたり…それによって気を失ったり…」
見事に全部当てはまっている。マジックシールド、ブースト…そして我のスキル、スマッシュ。シュウは首を縦に振る。
医者は、
「やはりか…。失ったものを回復させるには時間がかかる。その量が多ければ多いほど、比例して負担も重くなる。今の彼女の状態は、魔力の使いすぎによる副 作用といった状態で、魔法使いの世界で最も気をつけなければならない症状のひとつだ。このまま、魔力が戻れば元気になると思うが、それまで体が負担に耐え 切れなかった場合……死んでしまう」
「!」
シュウは目を見開いて医者の顔を見たあと、ベッドの上ではぁはぁと苦しそうに息をしているグミを見た。ユアは手のひらをグミの額に当てて、少しでも気分が よくなるように努力していた。
シュウは、医者の目を見て言った。
「…俺のせいだ。何か、何か俺にできることはないのか…? どんなことでもいい…あいつが死んだりしたら俺は…」
医者は今にも泣き出しそうなシュウの目を見て、少しの間考えて言った。
「ひとつだけ助ける方法がある」
「なんだ!?」
「彼女の状態は、精神力の回復に伴う副作用が原因だ。だから、薬か何かで回復すれば副作用は治まる。しかし、彼女の魔力は常識では考えられないほどのもの だから、市販の薬ではいくら使っても足りない。しかし、この世界には伝説の秘薬というものがあって、それを飲めばたちまち元気になるという…」
「それは…どうやったら手に入るんだ!?」
「伝説の秘薬パワーエリクサーはどこにも売られていないし、作ることもできない」
「………」
「だが、非常に強く凶暴なモンスターが稀に持っていることがあるという。落とすモンスターを……知っているものは少ないだろうな」
シュウはグミの顔を見ながら言った。
「どんなに強くても、倒して奪ってやる。それまで…ユア、グミを頼む」
「はい、シュウさんこそ気をつけて…」
シュウは何も言わずに、大きなバズーカを背負って、そのまま飛び出していった。
続く
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