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 子供の頃、夢を見ることが楽しみだった。夢の中の私はいつも違うところに居て、私が普 段逆立ちしたって出来ないことがなんでも出来たから。
 夢の中の世界では自由自在に空を飛んだり、誰かと面白楽しく笑いあったり、大好きな人に会えたり……とっても楽しかったことを覚えてる。
 きっと嫌な夢もたくさん見たんだと思う。冷や汗で背中をぐっしょり濡らして起きたことも一度や二度ではないはずだ。でも、人の頭というのは便利に出来て いて、嫌なことは優先的に忘れられていったみたいだ。嫌な夢を見たということは覚えていても、何が怖かったのか、嫌だったのかはまるで覚えてない。楽し かった夢のことも同じ。肝心の内容は何一つ覚えてない。だって、それは実体のない、ただの夢だったのだから当然のことかもしれないけど。
 一度だけ、どうしても忘れたくない夢があって、どうにかその内容を日記に書こうとしたことがある。その時はまだ小さくて、夢を忘れないようにすること と、日記に夢の内容を書き記すことを同時に出来なかった。結局日記帳に書くことが出来たのは、「おとうさんとおかあさんにあったゆめ」ということだけで、 どんな顔だったとかどんな話をしたかとかいうことは一切書いていなかった。それ以外に残されていたのは、句読点の代わりに置かれた涙のしずくの跡だけ。
 忘れたくないことを忘れてしまうことが悔しかったんだ。だから今では顔も思い出せない両親のこと、私の身代わりになって死んでしまった二人のことを思っ て泣いたんだと思う。
 会いたい。たとえ夢の中だけでも、会って話がしたかった。だから、シュウが初夢のことを教えてくれたとき、これだと思った。初夢で見た夢は正夢にな る……嘘みたいな話だけど、ただ夢に見るだけで願いが叶うのなら、それに賭けて見たいと思った。夢の中だけじゃなく、幻でも両親に会いたい。だから私は元 旦に行ったお参りしたときの程よい疲労の中、ほとんど忘れかけている両親のことを考えてまぶたを閉じた。
 そして、いつしかまどろみ、眠りに落ちた時。天に思いが通じてか、幸運にも二日の朝に夢を見ることが出来た。でも、私の夢に出てきたのは優しい両親の姿 ではなく……。
「どうして、あんなやつの夢なんか……っ!」
 私はユアさんが隣のベッドで寝てることなど気にも留めず、大声で独り言を言い、すぐさま頭から布団を被った。布団の中にこもった空気は私の体温で暖かく なっていたにも関わらず、自分の頬が火のように熱くなってるのが分かった。頬だけじゃなく、体全体が火照っていた。
 最悪だ。せっかく一年に一回しかない初夢だったのに、どうしてシュウの夢なんか。しかも、あのバカ……夢の中では妙に優しくて、頭を撫でてくれたり、優 しく肩を抱いたり、甘い言葉をささやいたりしてくれたりなんかして、もうなんていうか全然別人だった。でも、それは間違いなくシュウで、そんなシュウのこ とをなんかいいななんて思ったりして。
 そこまで思い出した時点で頭が真っ白になって、布団から飛び起きる。ボーっとして何も考えられない頭とは裏腹に、顔は熱でもあるんじゃないかってくらい 真っ赤だ。私は心の底から浮かんできた、あるひとつの可能性を信じたくなくて、ぶんぶんと頭を振る。
 そんなわけない。きっと、布団の中の濁った空気のせいで頭がちょっと変になっちゃったに違いない。それにしても新春真っ只中からこんな頭が沸いたとしか 思えないような夢を見るなんて、私ももしかすると末期かもしれない。
 一筋の冷たい風が火照った頬を撫でる。春とは名ばかりの極寒の季節、この部屋の窓は固く閉ざされているから、吹いてきたとしたら少しだけ開けておいたド アの隙間からだろう。
 私は横目でドアの隙間を見やり、何の音も聞こえてこないのを確かめてほっと胸をなでおろす。この部屋は二回の突き当たり。階段を上ってくる音は聞こえな い。今シュウが来たら、何を口走ってしまうか分からなかった。しかも、最近様子がおかしいというか少しシュウっぽくなってきたレフェルは、シュウと一緒に 隔離してあるから手元にはない。レフェルがなくても魔法は使えるけど、とっさに放り投げるには不便だった。
 そう、私たちはせっかくのお正月だからとわざわざきのこ神社まで出向き、その帰りに立ち寄った宿屋でシュウとレフェルは下の階の一室を、私とユアさんは 二階の一室を借りて過ごしたのだ。昨日は初めてのことばっかりだったけどすごく楽しかったし、引いたおみくじも吉だった。恋愛のところには好調、上手くい くでしょうとは書いてたけど、今の状態ではシュウと話すどころか目を見ることすら難しい。
 いつも夢なんか、すぐ忘れちゃうのに。胸の中で呟いた一言からしても、さっき見た夢のことを忘れられないってことを自分でも薄々感じていた。そして、現 に初夢でシュウの言った事、してくれたこと、その息遣いまでもはっきりと覚えてる。思い出して恥ずかしくなっちゃうくらいに。
「グミさん、どうかしたんですか?」
「いっ!?」
 突然目の前に現れた大きなまん丸のトパーズ二つ。完全に無防備だった私はびっくりして変な声を上げてしまう。ユアさん、ついさっきまで自分のベッドで静 かに寝息を立ててたと思ったのに、いつの間にか目の前にいて、私と同じ目線で覗き込んでいた。ユアさんは鼻と鼻がくっつきそうな距離のままで私をじっと見 つめ、そっと冷たい手を私の頬に当てた。
「ほっぺた赤いです。風邪かもしれないですね」
 ユアさんはそのまま私の額にも手を当てて、やっぱり熱いと改めて頷く。ひんやりと冷たい感触でようやく冷静さを取り戻した私は、まさか初夢のせいでこん な風になってるとは言わずに談笑交じりに言葉を返す。
「あは……昨日のでちょっと疲れたのかもね。ところで、ユアさん。初夢みた?」
 私はそこまで言い切ってしまってから、自分の失言に気付く。ふいに昨日ユアさんもシュウの話を熱心に聴いていたのを思い出して、話題を振ってしまった。 せっかくユアさんが初夢から話題を逸らせる状況を作り出してくれたのに、自分でそっちの話題に戻してどうすると自分自身に突っ込みを入れるが、そうするこ とで言ってしまった言葉がなかったことになるわけじゃない。
 自ら墓穴を掘ってしまった私は内心頭を抱えていたけれど、私のちょっとした話題に対するユアさんの反応は私の予想とは違ったものだった。初夢、その言葉 を聞くや否や、ユアさんは恥ずかしそうに目を逸らし、頬を染めたのだった。そして、いつもの初めて人と話すみたいに途切れがちな話し方で、自分の見た初夢 について話してくれた。
「えっと、その……初夢、見ました。ありえないことだと思うんですけど、その……恥ずかしいから内緒にしてくださいね」
 すごく色っぽい様子で言われた私は、言われるがままに首を縦に振る。するとユアさんは小さく深呼吸してから、またもや途切れがちに話始めた。
「背の高い、知らない男の人が出てきて……その、なんでか全然分からないんですけど……わたし、プロポーズされたんです。そして、わたしが今みたいに慌て てたら、どこかで聞いたことある声で、『ユア。我だ』って」
「そ、それ、もしかして……レフェル!?」
 聞いたことある声で自分のこと「我」なんて変な呼び方するのはレフェルくらいだった。それはユアさんも同じだったらしく、私のベッドに腰掛けたまま恥ず かしさで身悶えしていた。そして、急に思い出したかのように口を開く。
「その、私はほら……レフェルさんにはお世話になってるけど、レフェルさんって人間じゃないですし、鈍器ですから! あんなふうに言われたの初めてで、すっごく嬉しかったですけど……、それにわたしなんかのこと、す、好きだなんて!」
 ユアさんはそこまで言い切ったところで限界が来たらしく、耳まで真っ赤になった顔を私の布団にうずめて悶絶していた。恥ずかしくもあるんだけど、嬉しさ も隠し切れない。さっきの私そっくりだ。でも、あのレフェルが人間の姿でユアさんに告白だなんて、なんという身の程知らずだろう。鈍器のくせに十人が十人 振り向くような美女をこんな様にしてるだなんて生意気だと思う。
「ユアさん、それはきっと悪い夢だったんだよ。ユアさんが言ったように、あれはただの武器だし」
 見るに見かねた私がそう言うと、さっきまで悶絶してたユアさんが飛び起きて、むすっとした顔で私のことを見る。今まで笑顔か悲しそうな顔以外あまり見た ことなかったせいか、妙に迫力というか可愛さがあった。続けてユアさんは、意地悪そうな目をして私が一番聞かれたくなかったことを聞いてくる。
「グミさんだって、さっきお布団の中でなんか暴れてたじゃないですか。アイツって誰のことですかー?」
「うっ、それは……」
 そう言われて、少しだけ忘れかけていたことが脳裏に甦る。夢の中でシュウと私だけの甘いひと時……なんて、口に出せるわけがない。
「誰ですかー。もしかして、シュウさんじゃないですよねー」
 うぅ、いつもはおとぼけって感じなんだけど、今日はやけに鋭い。レフェルのことを馬鹿にしたのが不味かった。どうにかして、シュウに代わる他の”アイ ツ”をでっち上げないと。
「えっと、それはその、お父さん……じゃなくて、コウ君じゃなくて、えーとえーと……あ、思い出した」
「シュウさんですか」
 ユアさん、相当根に持ってるみたいだ。しかも、思い出したって言ったのも完全に気休めというか、時間稼ぎなんだけど。しかし、ここまで引っ張ったのだか ら引き下がれない。諦めて本当のことを白状するのもありといえばだけど、それだけは私のプライドが許さない。
「アイツっていうのは、レ……」
 ユアさんと同じレフェルだって苦し紛れに言おうとした瞬間、少しだけ開いていたドアがメイスでも叩き込まれたかのように勢いよく開き、少し小太りのおじ さん……じゃなかった、この宿屋の店主さんが飛び込んできた。あまりのことに私たちは言葉を失い、おじさんの動向を見守る。
 おじさんはぜーはーと息を切らし、額に脂汗を浮かべながらも大声で叫んだ。
「あんたらの連れがキノコ食って倒れた!! 白目むいて口から泡噴いてる」
「それって頭とんがってるヤツ!?」
 おじさんは息も絶え絶えって感じだったけど、私の質問に対して首縦にぶんぶん振る。あのシュウがキノコ食べて中毒……毒キノコとは言ってなかったけど、 倒れるってことはそれはもう毒の可能性が高い。
「グミさん、行きましょう! もしかしたら、グミさんの魔法でなんとかなるかもしれません!!」
 ようやく普段のユアさんに戻ったみたいだ。内心気が気じゃない私は今にも失神しそうなおじさんの肩を掴んでぐいぐい揺らし、シュウの居場所を聞く。
「ハァハァ、とりい。鳥居の辺りで変なメイスと倒れてた」
 もともと血圧の上がってたおじさんは、今振ったことで軽い脳震盪を起こしたらしく、そのまま仰向けに倒れてしまう。少し可哀相だとは思ったけど、今死ぬ かもしれないシュウのことを思うと仕方なかったと割り切る。念のために、頭のほうにヒールかけておいたから大丈夫だろう。それよりも今はシュウだ。
「もう、なんでレフェルったらアイツのこと止めないのよ!」
 私が大声でそう言うと、なぜかユアさんがクスリと笑う。
「早くグミさんの”アイツ”を助けに行きましょうか」
「あ、うん……」
 もう、完全にばれたけど、今は一刻を争う事態だもん。なりふり構ってられない。私はユアさんの手を取ると、猛スピードで駆け出した。
続く
初夢後編 季節モノ