「はぁ…」
部屋の飾りつけも一通り終わったけど、なぜかさっきからため息ばかりが漏れる。
窓から差し込んでくる夕日が眩しい。直視しちゃったから、目を閉じてからもしばらく丸い何かが点滅していた。ちかちかが収まるまで目をつぶる。
ユアさんが食料調達に出かけてから結構経ったけど…やっぱり、もうこの時期だと売ってないのかな?
シュウも…帰ってこない。やっぱり言い過ぎたのかな…。
「はぁーあ」
「さっきからため息ばかりうるさいぞ」
飾り付けをしてくれないレフェルが、私のため息を注意する。楽しく過ごすはずのクリスマスが、こんな偏屈メイスと二人きりじゃため息も出るよ…。
「はぁ…どうしてこんなことになっちゃったんだろう」
きらきらと輝く星を飾りつけながら、考える。シュウが悪い…でも、私もかっとなって…。
「シュウ、帰ってこないな」
「…うん」
レフェルが言ったのはまだ帰ってこないなって意味だったんだと思うけど、私には帰ってこないだろうなという意味に聞こえて怖くなった。
シュウはバカだけど、変態だけど…なんだかんだ言って助けてくれるし、私よりは少し年上だし、それにそれに…。
シュウのことを思い出すと罪悪感で胸が苦しくなった。私はほとんど迷惑しかけてないのに、シュウにつらく当たってばかり。何かしてもらってもお礼も言えな いし、シュウも何も言わないけど、心の中では私のこと嫌いなのかも知れない。今朝のことも溜まった鬱憤が爆発してなったのかも……。
ダメ…考えたら考えただけ悪いことを考えちゃう。飾り付けなんて考えちゃうことをしてるのがいけないんだと思うんだけど…考えずにはいられないよ。
「あまり思いつめるな…あいつはアレを本気にするほどバカじゃないと思うぞ」
そうだといいけど…考えないのは無理だよ。お願い…。
ガチャ。ドアノブが回って、少しだけ開いたドアの隙間から冷たい風が入ってくる。
「シュウ!?」
私がした突然の問いかけに、おっとりした声の女の人が答える。
「ユアです…シュウさんじゃなくてごめんなさい」
ドアの向こうにいたのは両手に大きな袋を抱えたユアさんだった。
私は肩を落として、ユアさんにお疲れ様と言う。
「…大変だったでしょ。頼んだもの…売ってたかな」
ユアさんは、しきりに後ろを気にしながら言った。
「ええ。一応買えたんですけど…お店の前に怖い男の人たちがいて、ちょっと襲われちゃったんです」
「ええ!? 大丈夫? 怪我してない?」
ユアさんは両手がふさがったまま首を振って、答える。
「それが…怪我はしなかったんですけど、驚かないでくださいね」
ユアさんはそこまで言い終えて、ふさいでいたドアを開ける。ユアさんが避けた後ろには、白い服に白い帽子の知らないおじさんが立っていた。その両手には大 きなお盆の上に載った七面鳥の丸焼きが乗っている。
「失礼します」
ええ? 私が驚いている合間にも、後ろから続々と白い服の人が部屋に入ってくる。そしてその手にはピラフ、キノコのなにか、色とりどりのサラダ、焼きたてのパンな ど…たくさんの料理が持たれていた。
私が何か言おうと考えているうちにも、小さなテーブルはどんどん料理で埋め尽くされていく。
「ユア様、こちらで最後になります」
白い列の最後に入ってきたおじさんが、パスタを置いて言った。
テーブルに並んでいる料理はどれもおいしそうで、その…なんていうか、いつもレストランとかで頼むものとは一味も二味も違っていた。これはどう見ても…そ んなにお金がない私たちに買えるようなものじゃない。私はお財布の心配をしながら、ユアさんに聞く。
「ユアさん、これ全部買ったの……? 私が渡したお金じゃこんなに買えなかったと思うんだけど…」
ユアさんが大きな袋を置いて、言った。
「実は襲ってきた男の人を全員返り討ちにしたんです…そしたらお店の人が」
ユアさんがそこまで言ったところで、一番帽子の高いコックさんが言った。
「私どもがこちらに料理を運ばせていただいたのは、全てユア様に対する感謝からです。毎年あの賊は私どもの店を襲撃に来ておりまして…食材や料理を奪って いくのです。ですから今年は被害を最小限にとどめようと、ここにある料理を差し出すことで帰っていただこうと思っていたのです。そこに現れたのがユア様で した」
今度は帽子の高いコックさんじゃなくて、少しおじいちゃんぽいコックさんが話し出す。
「最初は危ないからお逃げなさいと言ったんじゃが、お嬢さんは素手で十人もの男どもを叩きのめしてしまったんじゃ。それにわしらは驚いての…どうせ奪われ るはずだった料理、差し上げるのが一番だと思ったんじゃ。賊に食べられるよりは料理もずっと嬉しいじゃろうて」
開いた口がふさがらない。素手で男の人十人やっつけたってのも驚いたけど、この料理…全部もらっちゃったんだ。
「最初は断ったんですけど…どうしてもっていわれて、好意に甘えることにしました。本当にありがとうございます!」
ユアさんは深々とコックさんたちに頭を下げる。お礼を言われたコックさんたちは逆に動揺する。
「そ、そんな頭を上げてください! 私どもが勝手にやったことですから…そうだ、新入り…渡したいものがあるんだろ」
白い服の間から、私と同じくらいの歳のコックさんが押し出されてきて、その手には紙製の箱がしっかりと持たれていた。少年コックは箱をユアさんの前に出し て、言う。
「これ、本当は彼女に使ってもらおうと思って買ったものなんですが、つい最近振られてしまって……だから、捨てようかと悩んでたんです。だから、もしよ かったら…これ使ってください!」
ユアさんは少し戸惑いながらも、箱を受け取って言った。
「代わりにわたしがあなたと付き合えたらいいんですけど…もう好きな人がいるんでごめんなさい。開けちゃいますね」
少年コックさんはユアさんの衝撃発言で顔を赤くする。後ろのコックさんたちからも何か言われて更に赤くなる。何か自分を見ているようで恥ずかしかった。
少年は、
「付き合うなんてそんな…ど、どうぞ開けてください! し、失礼します!!」
と言い終えると、逃げるように白い集団の中に潜っていった。
ユアさんはそれを見てから、ゆっくりと箱のふたを開ける。
「これ、なんだろう…」
箱の中身はフリルの付いた水色のエプロンだった。
他にも何か入ってるみたいなんだけど、ここからじゃ良く見えないので、ユアさんの隣に行った。
ユアさんはエプロンをどう使うのかわからないらしく、ひっくり返したり裏返したりしていた。
私はユアさんのエプロン姿を見たかったから、使い方を教えてあげることにする。
「ユアさん、これはこうやって袖を通すんだよ。そしてここに頭を…」
「こうですか?」
ユアさんは慣れない手つきで、エプロンに袖を通していく。頭がちょっとつかえてたみたいだけど、なんとか着れたみたいだった。
「おぉ〜〜」
あまりのかわいさに歓声が沸き起こる。とても初めて着たとは思えないほど似合っていて、ちょっぴりうらやましいくらいだった。ユアさんはエプロンに加え て、もうひ とつ箱に入っていた帽子のようなものもかぶる。
「おおおおぉぉ!!」
さっきよりもすごい歓声が起こる。帽子とセットでかわいさ二割増なのかなと思ったら、どうやら違ったらしい。ユアさんは頭の上に手をやって、本来ないはず の突起に触る。
「ネコ…?」
エプロンとセットだから、バンダナかと思ったら……白くて可愛らしい耳が付いていた。ユアさんがおおかみになることを知ってるから、ぴったりだと思うけ ど…。
コックさんたちは全員、ユアさんに魅入られてる。特にさっきの少年の視線は強烈だった。
あの人が彼女に振られちゃったのも、ちょっとわかる気がするなぁ。あんな趣味だなんて…。
今はシュウがいないからわからないけど、男の人ってみんなああいうのが好きなのかな。
見惚れていた帽子の高いコックさんが、腕時計を見て言った。
「いいものを見せてもらいました。それではディナーの支度を済ませなければなりませんので、この辺で失礼させていただきます。みんなダッシュで帰るぞ」
コック全員揃って、
「もうちょっとだけ…」
と言う。コック長はすぐさま
「ダメだ。それでは…」
と、名残惜しそうな全員引っ張って行った。扉が閉じられ、にぎやかだった部屋が静かになる。
静か過ぎて、何て言ったらいいかわからないくらいだった。
エプロン姿にネコ耳のユアさんが、最初に口を開く。
「これ、エプロン以外にも何か入ってます…なんでしょ、この紙」
私もユアさんのそばによって、メモ帳くらいの紙を見る。小さく角ばった文字で何かがびっしり書いてあった。ユアさんは上から順に読み上げる。
「ミネストローネのレシピ 材料………あっ、これスープの作り方ですよ! グミさんからもらったお金で買った材料で作れそうです」
ユアさんがほとんど料理もらっちゃったから、お料理は作らなくてもいいかと思ったけど…早速エプロンが役に立つみたい!
「ユアさん、それ…作ろっか!」
「そうしますか! シュウさんも匂いに釣られて帰ってくるかも」
私は大きく頷いて、壁に立てかけられたままのレフェルにも聞いた。
「うん。レフェルもそう思うよね?」
「……」
反応なし…。こんな近くで聞こえないはずないと思うんだけどな。私はもう一度だけレフェルに呼びかけてみる。
「レフェル…起きてる?」
「別に見とれてたわけじゃない」
「…?」
しばらくしてレフェルが言ったことの意味がわかった私とユアさんは、二人で大笑いした。
続く
Cristmas3