まったく…シュウのボロ屋に泊まり始めてから、何日だっただろうか。ろくに暖房設備もな いばかりか、外の寒気もほとんど防げていない。一応目張りや補強はしているものの、それでも家の中とは思えないほどの寒さだった。
おっと、紹介が遅れた。我が名はレフェル。見た目はメイスだが、人並みに考えることもしゃべることもできる素晴らしきメイスだ。
これを期に、我なりの愚痴でも聞いていただきたいものだが、今日は止めておこう。
何しろ今日は特別な日なのだからな。
*
12/24 朝。
いつもある時間になると、どこに行くか、何をするかなどの会議…と呼んでいいのかわからないが、ちょっとした話し合いが、ほぼグミ中心に起こる。
だが、それまでは朝食だけ一緒に済ませて、それぞれ思い思いのことをする自由な時間だ。
大体シュウの場合は、武器と髪の手入れ。ユアは身の回りの整理、掃除など…。グミは窓の外を眺めたり、跳ね返った髪を直したりすることに時間を費やしてい た。
それは例に漏れず、今日も行われてる……と思いきや、グミだけは様子が違った。
グミは窓際に無造作に置かれた壊れかけの椅子に腰掛けて、壁のどこかを目を大きくして見つめていた。グミの視線先にあるものは今日の日付に赤く丸付けされ たカレンダーだった。
ついさっきまで銃を整備することに集中していたシュウが、グミの見ている先を見て、怖いものでもみたようにびくっと身を震わせる。
その様子を見ていたグミが、シュウのことを見て、目を吊り上げた。
今にも怒り出しそうなグミを見て、シュウは慌てて弁解する。
「いや、グミがカレンダー見てる日にいいことがあった試しがないからな…」
微妙に弁解とは違ったが、退けている腰から見て我を投げつけられることを警戒しているのは確かだ。
グミは、頬を膨らまして怒ってることをアピールしながら言った。
「なによー。いつも悪くないし、今日なんてとってもいい日よ。なんたって今日は…」
グミが最後まで言い終える前に、カレンダーの日付を見たシュウが言った。
「12/24…何の日だっけ? 全然記憶にないんだけど」
「信じられない…」
グミは軽蔑のまなざしをシュウに注がせる。
確かにシュウは季節の行事…というか世の中で常識といわれること全般に疎いが、この日を知らないことにはいささか呆れたようだ。
冷たい仕打ちに耐えられなくなったシュウは、
「覚えてないんだからしょうがないだろ」
と声を大きくするが、グミはまったく怯まずに人差し指を立て、赤く印付けられた日についての説明をし始めた。
「いい? 12/24は25日のクリスマスの前日、クリスマスイブよ!」
シュウは眉間に手をやり。真剣に考える素振りを見せたが…本当に考えてるかどうかは怪しいところだ。しかし、しばらくしてバネで弾かれたように頭を上げ る。
「思い出した! 確かクリスマスイブって、しばらく付き合った男女がそれを期になにするっていう…つまりモガ」
シュウがNGワードを口にする前に、グミが途中で口を押さえる。目をつぶってわずかに頬を紅潮させていた。グミは照れを隠すように、きつい口調で言った。
「どうしてそういうことばっかり思いつくのよ。そんなのじゃなくて、ほら…赤い服で白いひげを生やした…」
12月24日にそんな服装といえば一人しかいないだろう。そこにシュウが茶々を入れる。
「歳食ってるのに派手なファッションだな…いたっ! 何で殴るんだよ」
グミはシュウの不真面目な態度に、思わず我を使って軽く殴る。軽くといっても鉄球の部分だから相当痛いと思うが。グミは怒りと疲れで声を低くして言う。
「…ふざけてるんでしょ」
シュウは両手で盾を作って今度こそ弁解する。
「いや、本気で知らないんだって!」
グミはシュウが言った本気で知らないという言葉を信じて、いつでも殴れる距離にあった我を引っ込める。グミは大きくため息をつき、話を続ける。
「はぁ…クリスマスと言ったら、サンタさんでしょ! サンタさんはね…毎年、いい子にしてた子供には、枕元に素敵なプレゼントを置いていってくれるのよ」
何気ない説明からも、グミがゼフによく愛されていたことがわかる。良い親を持つと素直ないい子に育つものだ。我もあの偏屈な戦士ではなく、ゼフに拾われて いればよかった。
さすがにここには突っ込まないであろうと思っていたが、そこはシュウだった。
説明を聞いたシュウは、真顔でとんでもないことを口走る。
「それって不法侵入じゃないか? しかも置いてったプレゼントっていうのもなんだか怪しいし…」
引っ込められていた我の鉄槌が、シュウの頭に突き刺さる。頑強なシュウの頭だから何とかなるが、普通の人間なら血を流してうずくまるか気を失うぐらいの威 力だった。
痛みにもだえていたシュウが反論する。
「めちゃくちゃ痛い! だから、レフェルで殴るなって!」
シュウはもっともな意見で反論するが、グミも正論で反論する。
「夢がなさ過ぎるあんたが悪いのよ!」
グミが怒るのも無理はないが、シュウが本当にクリスマスを知らないのだとしたら、それはそれで酷だろう…。自分の言ったことを悪いとは思ってないシュウ は、反省するはずもなく食ってかかる。
「だって俺、いまだかつてそのサンタとかいう人からプレゼントもらったことないからな」
グミも負けずに皮肉を返す。
「相当悪い子だったのね…よくわかる気がする」
確かに今のシュウを見ていると、お世辞にもいい子だったとは思えないが…。
「いや、いい子だったって! 親父にも聞いたけど、サンタなんていないって言われたしな」
グミはシュウの告げたかなり不幸な事実に怯みながらも、自分の信じてたものを壊されないために、必死で強がる。
「サンタさんがいないなんてうそよ! 絶対いるんだから!」
もはや根拠がなくなったグミの主張に、シュウはあくまで自分の不幸話で対抗するつもりのようだ…。
二人の口論は続く。
「いや、いたら俺のところにもプレゼントが届くはずだろう。だからいない」
「いるったらいるの!」
「だからいないって」
「いーるー!」
どちらも一歩も退かない。どころかだんだんと白熱している。
負けず嫌いのグミは絶対退かないだろうし、だからといってシュウも相当負けず嫌いなので、退くことはないと思う。
そろそろ我が入って止めるべきだろうか…そう思い始めた矢先に、このままじゃ埒が明かないと踏んだシュウが、
「わかった。じゃあユアに聞いてみようぜ」
と掃除に集中してたユアに話を振った。少しは大人のシュウが折れてくれるのかと思ったが、そういうわけではなかったのか…。
武器を一生懸命磨いていたユアは、こちらに気づいた様子だったが、何で呼ばれたのかはまだわかってないようだった。
状況がわかってないユアに対して、グミがストレートな質問を投げかける。
「ユアさん、サンタさんはいるよね?」
ユアはほんの少しの間、考えてから答えた。
「えっと…見たことは無いですけど、いるんじゃないですか?」
「ほら!」
さすが大人だ。グミも嬉しそうな顔をしてうなづく。だが、そこで納得いかないのはシュウだった。
今度はシュウが意地の悪い質問をする。
「ユアはサンタからプレゼントもらったことあるのか?」
「…一度もないです」
ユアは少し寂しそうに答えた。大人だが、少し正直すぎたようだ…。
さっきとはうってかわって、シュウが優位に立つ。ショックでうつむいてしまったグミに対して、シュウは得意そうに言った。
「ほらな。どうせなんかの迷信だろうよ」
それを聞いたグミは、今にも泣きそうになりながら叫んだ。
「…シュウなんて大きらい! シュウなんて…どっか行ってよ!!」
「ちょっとグミさん!」
グミの暴言にユアが慌てて静止するが、収まりの聞かなくなったグミは聞かずに我を投げる。
シュウは慌てて避けるが、ぶつかった壁は威力に耐えられず食い込んでしまった。
壁にめり込んでいるためよく見えないが、シュウが何を言ったかはよく聞こえた。
「わあったよ! でもサンタだかなんだか知らないが、そんな都合のいいものは絶対認めないからな……! じゃあな」
シュウがそういい残した後、どたどたという音がして、立て付けの悪いドアの音がした。
静かになった部屋の中にグミのすすり泣く声と、それを慰めるユアの声が聞こえてくる。
我は頃合いを見計らって、言った。
「本当に出て行ってしまったがいいのか?」
「いいよ、あんなやつ……帰ってこなくても」
グミはシュウとケンカしたことが相当応えてるらしく、ろくな返事がもらえそうになかった。
我はしょうがなくユアのことを呼んで、壁から引き抜いてもらうことにした。
「ユア、シュウが行ってしまったのはしょうがない…とりあえず、我を壁から抜いてくれないか」
ユアは力を入れた素振りはほとんど見せないが、やすやすと我の体を壁から引き抜き、言った。
「はい。きっと戻って来てくれますよね?」
「わからん…だがあいつもそこまでガキではないだろう。帰る場所だってないんだ。きっと戻ってくるだろう」
実際根拠はまったくなかったが、心配させないように言っておいた。グミはまだ泣いているようだが、ユアのおかげでだいぶ落ち着いたようだった。ユアはいつ ものように優しく語りかける。
「グミさん…クリスマスってどういうことをするんですか? わたし、耳にしただけで本当のクリスマスって何をするかも全然知らないんです」
グミは細い声で答える。
「お部屋を飾り付けして…おいしいご飯を作って…みんなで仲良くお食事するの。でも…あんなことになって」
グミはさっきのことを思い出して、また頬をぬらした。ユアはグミの頭をなでて言った。
「泣かないで…。そうだ、シュウさんが戻ってくる前にクリスマスの準備をしましょう。そしたらシュウさんだってわかってくれるかも」
グミは袖で涙を拭いて、言った。
「うん、そうだね…せっかくのクリスマスなんだから楽しまないと。シュウだってクリスマスを楽しんだことないからああいうこと言ったのかもしれないし…」
さっきまで泣いてばかりだったグミも、少しずつ元気を取り戻してきたようだ。ユアのそれは一種の才能なのだろうか。ユアは更にグミを元気付ける。
「そうですよ。戻ってくる前に準備し終えて、驚かせてやりましょう」
「うん! それじゃ私、部屋の飾り付けするね」
グミは立ち上がって、部屋の隅から大きな袋を持ってくきて、床に中身を豪快にぶちまけた。
いつの間にか用意していたクリスマスの飾りで小さな山が出来上がる。
小さなツリー、リース、サンタの人形…数々の文字、人型のクッキーや星の飾りまであった。
なかには手作りのものもある。相当クリスマスのことを楽しみにしていたのがよくわかる。
本人は絶対に認めないだろうが、大切な人と迎えるクリスマスは楽しいものだ。シュウと一緒に飾り付けることも楽しみの一つだったに違いない。
背伸びをして一生懸命飾り付けをするグミに、ユアが話しかける。
「あの…わたしは何をしたらいいですか?」
どうやら、ユアも初めてのクリスマスらしく、何をしたらいいのかわからないらしい。グミは大きなアルファベットのMを壁に貼り付けてから、ユアのほうを向 いて言った。
「う〜んと私はいつも飾り付け担当だったから…ゼフおじさんがおいしい料理を作ってくれてたんだけど、ユアさん料理作れる?」
ユアの手料理か…作ってるのを見たことはないが、なんとなくイメージできる。少なくともグミよりはマシな気がする。
ユアは料理と聞いた瞬間、少し不安そうな顔をしたが
「頑張ってみます」
と答えた。グミは次の文字を飾り終えてから、嬉しそうに笑う。しかし、その直後に「あっ」と大きな声を出す。
「ケーキのことばっかり考えてて、調味料くらいしか料理の材料がないんだった! 買いに行かなきゃって思ってたけど、忘れてた…どうしよう」
どうやら、料理を作るにも材料がほとんどないらしい。というか調味料は食材として扱うのかどうか微妙なところだと思うのだが…。
ユアはグミの言うことを聞いて、即座に答える。
「ひとっ走り行って買ってきます。買うものはクリスマスのご馳走に使うものが欲しいって言えば大丈夫ですよね?」
グミは小さくうなづいて、サイフから金を取り出した。
「大丈夫だと思うけど…売ってくれるところがないかもしれないの。大変そうだったからシュウに頼もうと思ってたんだけど…ユアさん、やってくれる?」
「もちろんです。それじゃ行ってきますね…。もしシュウさんに会ったら、何か伝えておくことはありますか?」
ユアの提案にグミは少し考えた後、言った。
「うん。さっきのこと取り消したら、許してあげるって…」
素直に帰ってきてとは言えないんだな…。ユアは一度復唱してから言った。
「わかりました。行って来ます」
「カニングには悪い人が多いから気をつけてねー」
グミが何枚かのメル札をユアに渡しながら言った。
ユアなら、盗賊の10人や20人、素手でも大丈夫だと思うが…。用心するに越したことはないだろう。
確かに金を受け取ったユアは、大事そうにポケットにしまって言った。
「グミさんこそ気をつけてくださいね…。レフェルさん、頼みましたよ」
「わかった」
まぁ我だけでは動くこともできないのだが、少しでもよいほうに導くことはできるだろう。
ユアは我の返事を聞くと、壊れかけのドアから飛び出していった。
続く
Christmas2