狭い店内で3人の若い男女が、古びたテーブルを囲んで頭を抱えていた。
もちろん頭が痛いわけではない。とあることで悩んでるんだ。
「………」
「う〜ん…」
「…………」
重い静寂が店内を埋め尽くしていた。これじゃあ客が来ても、空気に負けて帰ってしまうかもしれない。
俺が店長になってまだ…数日しか経ってないって言うのに。ああ、自己紹介が遅れたね。
俺の名はサイン。いろいろあって本名ではないが、今はそう呼ばれている。男の中の男のナイフ、ペズルロードを片手に雑魚どもを削り殺す…メガネの似合う素 敵盗賊21歳彼女募集中だ!
と、心の叫びはこの辺にして、この重苦しい空気をどうにかするべく、先輩である俺から何かアイディアを出してやろうかと思う。
「なぁ…」
「あっ!」
俺が何か言おうとした途端、黒髪の少女…グミといったっけ。その娘が、何かひらめいたかのように、突然立ち上がる。俺の出る幕はなかったみたいだな…。
「『黒い三連星』ってのはどう?」
……。なんでこんな女の子がそんなネタ知ってんだ……。
俺は、彼女のあまりの飛ばしっぷりに閉口していたが、シュウも姉さんも意味がわからなかったらしく、冷静に返答する。
「三人だから三連星ってのはわかるんだが、黒いのはグミだけだろ」
「そうですね…。シュウさんは黒いコート羽織ってますけど…」
シュウはストレートに、姉さんはやんわりと拒否する。それはそうだよなぁ…。ギルド名何? って聞かれて、『黒い三連星』はないよな。
立ち上がっていたグミちゃんは、不満げに椅子に座って言った。
「むー。いい名前だと思ったんだけどなぁ。そんなに言うなら、二人ともなんか意見出してよね」
至極真っ当な意見だが、そう言われてもすぐには浮かばないのが普通だよな。シュウなんかう〜う〜言ってるだけで何も考えてないっぽいし。
「いいアイディアね…。あっ、そうだ!」
斜めにとがっていた青い角が、すごい勢いで天を指す。予想に反してシュウが何かひらめいたようだ。
「何かひらめきましたか?」
二人の視線がシュウに注がれる。いや、俺のも合わせると三人だな。何を言い出すか見ものだ。
「『シュウ様と愉快な仲間たち』なんてどうよ? すごくいいと思うんだが」
……センスない以前に何でお前の名前が入るんだ。しかも様付け……まぁ、昔からこういうやつだったけどな。
 姉さんは苦笑いし、少女は冷たく睨んでから
「却下」
とだけ言った。というか明らかに怒ってる。シュウの角もしょんぼりしてしまった。
「だから俺なんかに考えさせるなって言ったんだよ…。ユアはなんか意見ないのか?」
「う〜ん…」
ユアと呼ばれた女は、目を閉じて真剣に考えている。それを見た二人も、真剣に考えることにしたようだ。店内に静けさが舞い戻る。
よし、今度こそ俺が助け舟を…
「なぁ…」
「はっ!」
やばいな…俺、タイミング悪すぎる。そして何だ…この異常なプレッシャーは…。
「サインさん、何か言いたいのでしたら先にどうぞー」
銀髪の美女は、にこやかに微笑んで俺に発言権を譲る。普段町中でこういう状況になるのは大歓迎なのだが、今はなんだかその微笑が逆に怖い。俺はこめかみを 伝った汗をぬぐいながら、
「いや、俺は関係ないから、いいたいことあるなら先に言ってくれていいよ。いや、本当に気にしなくていいから!」
と両手の手のひらを三人に向けて振る。まるで蛇に睨まれた蛙だ…。
「ギルド名なんですけど……」
やっと俺から視線が移る。ずいぶん真剣に考えてたようだから、結構期待できそうだ。
「うんうん」
黒髪の少女が相槌をつく。シュウも聞き耳を立ててるようだ。
「『レフェル・ザ・グレート』なんてのはどうでしょ?」
一瞬にして部屋の空気が凍りつく。……な、なんて突っ込み殺しだ。さっきシュウの名前が入った時点でかなりアレだったのに。コレは狙っているのか、それと も天然なのか…。
少女は沈黙し、シュウは派手な音を立てて椅子から転げ落ちる。俺はというと…どういう反応を取ればいいのかわからずに固まっている。
「あれ、やっぱりダメでした?」
「うん…」
気づいてない辺り、天然かもしれない。それもかなり重度の。
沈黙に包まれると思われた店内が、再びひらめいた少女の声で何とか抑えられる。
「ユアさんので思いついたんだけど……」
うわぁ…この時点でかなり心配なのは俺だけなのか。
「レフェルに聞いてみたらどうかしら?」
「それだー!!」
「あっ、それはいいかもしれませんね。物知りですし…」
少女の発言は俺が予想したものとは全然違い、かなりの良策だったようだ。というかさっきからこの子らがいってるレフェルってなんだ。グミ、シュウ、ユア… どう見ても三人しかいないぞ。
 まさか俺には見えてないだけでここにもう一人の……そんなことあるわけない。幽霊だなんて…非科学的すぎる。と言いつつも、カウンターに忍ばせてあるダ ガーに手を伸ばす。ありえないとは思うが念のため、念のためだ。
「レフェルー! レフェルー! 返事してー! 起きてんでしょー」
「おいこらレフェル、起きろって」
「レフェルさんー」
三人は誰もいない空間に向かって呼びかけている。これは、本当にアレかもしれない。ダガーを握った手が振るえ、汗が落ちる。シュウ…この子達、かなりいい 線行ってるからすげーと思ったのに、こんなカルト集団だったとは…。俺が今助けてやるからな…!
Vendetta
 誰もいないところから声が…!? 俺は夢でも見てるのか!?
「は、レフェル今何て言ったの? ヴェン…?」
「ヴェンデッタ」
わけがわからない。会話が成立しているようでしていない。地獄のそこから響くような声が、こだましている。交霊術か何かなのか……どう考えても、この三人 の声ではない。
というよりも人間の出せるような声じゃない。
「なにそれ? どういう意味?」
「……」
人間の恨みきったような怨嗟の声は突然途切れる。
「レフェル!!」
少女はいきなり、手にした鈍器を床に叩きつける。かなり頑丈なコンクリートの床が、悲鳴を上げて砕け散った。何なんだこの状況は……。取り付かれたの か?!
「乱暴な起こし方をするな。ったく…」
幻聴じゃない。さっきの声とは迫力と言うか異様さが異なるが、また何もないところから声がした。ついに緊張の糸が音を立てて切れる。
「おおおお…おい! さっきから何と話してるんだよ! だだだ、大丈夫か!?」
目の前で起きている現実を見つつも、頭の中ではそれを否定している。いや、否定したがっている……そんな状態も、さっきから続けざまに起こる怪現象のせい で吹っ飛んでしまった。俺はダガーを落とさないように、両手でしっかり握り締める。見えないものを相手にする緊張と恐怖で、上手く口が動かなかった。
「?」
「兄貴、ちょっと落ち着けよ。何をそんなにびびってんだよ」
こっちから言わせれば、なんでそんなに冷静でいられるのかわからない。
「大の大人がみっともないな。喋っているのは我…グミの手に握られた鈍器だ」
確かに鈍器から声が聞こえる。でもなんで鈍器が喋るんだよ!!
「お前は……何なんだ。なぜ鈍器なのに喋る」
俺は後ずさりしながら、問う。それに対してレフェルと呼ばれた鈍器は落ち着いた声でこう答えた。
「我が何なのかは知らないが、喋ることができるただの鈍器だ。理由はわからないし、わからなくてもいい。だが、我は貴様に危害を加えることはないし、こい つらの仲間(?)だ」
………。どうして俺は鈍器になだめられてるんだ…? 誰か教えてくれ。
*
数分後。
時間はかかったが、状況は理解できた。別にこいつらがおかしいんじゃなくて、この鈍器は喋ることができるんだ…。それだけで異常だけど……。
「取り乱して悪かった。えーっと…レフェル」
「別に気にしていない。それより、何か用か?」
俺の謝辞にもしっかりと応える。下手な人間よりよっぽど知能があるみたいだ。
俺に代わって黒髪の少女が答える。
「用ならあるよ。さっき言ってた『ヴェンデッタ』ってな に?」
不思議鈍器は、表情こそないが、わけがわからないといった様子で、
「我はついさっき…石畳に叩きつけられたとき起きた。そんなことは言ってない」
と言った。自分の言ったことも覚えてないのか? それとも…。
「じゃあ、さっきの気持ち悪い声は寝言だったわけ? まぁいいや。ギルド名が決まらなくて困ってたから、それで決定!」
「意味わかんねぇけど、なんとなく響きがかっこいいいからOK」
「わたしもそれでいいですー」
「…全然内容がつかめないが、勝手にしてくれ」
俺もレフェルと同じ気持ちだったが、何するでもなく、ただ見ていることしかできなかった。
少女はさらさらとペンを走らせ、ギルド名を問う欄に『ヴェンデッタ』 と書き込んで、俺に手渡した。
一瞬呆けていたが、すぐに仕事を思い出しギルド発足のハンコを出す。
「……いろいろハプニングがあったが、おめでとう。君たちはこれで一緒のギルドだ!」
ぺたりとハンコを押す。PT屋認定という文字が、逆立ちして押された。
「やったー!」
ハンコが押されたと同時に、グミと呼ばれてる子が歓声を上げる。
シュウはどさくさにまぎれて抱きつこうとしたが、顔を腫らす結果になった。
ユア姉さんとグミちゃんが抱き合う様子も見たが、どちらかと言うと保護者に抱きかかえられるこどもと言う感じだった…。
しばらく喜びを分かち合った後、黒髪の子が俺の前に来て、ぺこりとお辞儀する。
「今日はいろいろありがとうございましたー。それでは私たち、そろそろおいとまさせていただきます」
どうやら帰るらしい。ようやくおかしなのが去るという気持ちと同時に寂しくなるような気もした。だけど、大人の俺は笑顔で手を振った。
「いいってことよ。シュウ、お前…絶対この子達に怪我させるなよ。あと、手出すなよ」
ささやかな忠告も忘れない。シュウは
「なんで俺だけに言うんだよ!」
と反抗したが気に留めず見送った。
彼らが去ってから、俺はテレビもつけずに物思いにふける。
本当に今日はかっこわるいとこも見られるし、最悪だったな…。けれど…
「彼らの旅に幸多からんことを」
俺はがらにもなく、あいつらのために祈った。
続く