木々がざわめく音、暖かな木漏れ日、緩やかな風…
「ぐー」
…寝てる場合じゃ無い! 目的を完全に忘れてるよ!
そう…私の目的は師匠の試験にパスすること…つまり「メイプルキノコの傘を5つもってくる」ことだ。ちなみに一匹は気合でやっつけたので、もう4匹とい うことになる。そして10メートルほど先にさっきの私と同じように(?)居眠りしているメイプルキノコがいる。師匠が講義でこう言ってたっけ。
「奇襲は卑怯でもなんでもない、立派な戦術の一つだ。大体油断してるようなバカやつが悪いんだ。まぁ騎士道に則ってるわけでもな いから、そんなに強くないお前は特に奇襲を使え。いいか? 何事も先制攻撃だ。大抵生き物ってのは攻撃されるとひるむものだ。だからひるんでるうちに何度 も攻撃を叩き込めばこちらは無傷で勝利することが出来る。いいか? 何度でも言う。奇襲は大事だぞ」
ということで今奇襲をかけようとしているわけだ。相手はぐっすり寝入っているが、念のために背後から襲うことにする。この練習用メイスでタコ殴りよ! (注:タコ殴りというのは先生の好きな言葉の一つで、相手が動けなくなるまでボコボコに殴り続ける奥義(?)なのだ)…・息を潜めて近寄る…あと5メート ル…気付かれてはいない…あと3 メートル…よし攻撃の射程内に入った!
「えい! えい! えい! えいッ!!」
ボコボコに殴る。メイプルキノコはどうやら眠ったまま溶けてしまったらしい。きっと痛みを感じるまもなく逝けたことだろう。私って親切。
ポーンと飛び出した小さな傘と一緒になんと1枚の金貨も飛び出してきた。やった!この世界の通貨「メル」だ〜これで貯金も少しは増えるかも…この調子で行 けばあんなものやこんなものも買えちゃう…がそんなことを考えているうちに風向きが変わっていることに気付いた。なにかさっきと様子が違う…メイプルの強 い香りが私の鼻をくすぐった。なっ…囲まれた!?
「どすーん! どすーん! どすーん!」
 地面に轟音が響いてあっという間に私は3匹のメイプルキノコに囲まれてしまった。どうやらさっきの居眠りキノコはおとりで、バカな私をはめるための罠 だったみたいだ…メイプルキノコの目がらんらんと輝いている。獲物を見据える動物の目だった。またまた私は戦士としての致命的なミスを犯したらしい。先生 なら2〜3匹や10匹やそこらぐらいなら、ご自慢の「スラッシュブラスト」でなぎ払うんだろうけど、私はまだそんな技は教えてもらえてなかった。
(どうすればいいんだろ…3方向から攻められたらどう対処すれば…)
私の頭は今までに一度もないくらい高速回転していた…だがいい対処法は浮かばない。
(どうすればいい…どうすれば…)
考える日まもなく3匹のキノコたちは私を押し潰し、自分たちの栄養にするためにジャンプする。メイプルキノコのぎらぎらした目、笑ったような口元、迫る黒 い影。
 なんとなく自分の死ぬ姿をイメージしてしまった。確かにこのままでは私はぺしゃんこのおせんべいみたいになってしまうだろう。そんな最期はゴメンだ! ふと自分の得意技を思い出す。
「マジックガード!!」
自分の限界ギリギリまでの精神力を集中して呪文を唱える。私の魔力によって展開されたバリアは、メイプルキノコの圧力などものともせず、3匹全部を吹き飛 ばした!
(今までこんなにすごいのは出たことない…これが火事場の何とやらってヤツ?)
私の発動した「マジックシールド」によって吹っ飛ばされたメイプルキノコは、木々にぶつかり目を回したり気絶したりしている。絶好のチャンスとばかりに近 くにいるやつから順番にタコ殴りをかける。
「えいえい! とりゃ!!」
3匹目ー! 傘とメルを引っつかみ、ターゲットを変えて襲い掛かる。
「くらえっ!!」
バットを振るように繰り出した渾身の一撃はメイプルキノコを一発で昇天させた。よしあと1匹! が、そのとき最後の一匹は私に飛び掛ってきていた。不意を 突かれた私は一発いいのを貰ってしまった…
(胸が痛い…このままじゃやられちゃう…)
私は痛みをこらえてメイスを繰り出すけれど、腕がふらつき、私の攻撃はまるであざ笑うかのように全部避けられてしまう。こんなときヒールの呪文さえ使えれ ば…って今まで試したことなかったじゃん!
「ヒール!!」
自分の胸にてをあて、呪文を唱える。全身を包み込む淡い緑の光が出た後、痛みはすぅーっと消えていく。ぶっつけ本番で成功するとはなんてラッキーだろう。 これでメイプルキノコとも対等に戦える!
 まず距離をとる…相手が襲ってきた時が勝負だ。相手は今までのやつと違って闘い慣れているから、油断しているとまたさっきみたいな一撃を食らってしまう かもしれない。私が身構えると同時に、メイプルキノコは助走をつけ私に飛びかかる!
(上段から来る…! いやフェイントだ!!)
私の予想した通り、メイプルキノコはフェイントをかけ、体勢を低くしてから私の胸元に飛びかかってきた! 私は一歩バックステップして野球の球を打つよう にメイプルキノコの軌道上に思いっきりフルスイングする!
(あのスピードじゃよけきれない! 私の勝ちよ!)
そう思ったのもつかの間、なんとメイプルキノコはもう一度フェイントをかけていたのだった。見事な空振りによって体勢を崩した私は今、とても無防備な状態 だ。私がメイプルキノコなら迷わず攻撃するだろう…。案の定メイプルキノコが突っ込んでくる! 気のせいかそのつぶらな瞳には勝利の二文字が浮かんでいる ような気がした。
「甘いわね…」
まるで自分の声じゃ無いみたいだったけど、それは紛れもない勝利宣言だった。そう私は体勢を崩したわけではなく振り切ったメイスを軸にして強烈な蹴りを 放ったのだった。私の脚はメイプルキノコの顔面に完璧に決まり、モロに受けたキノコはそのまま溶けて消えてしまった。やった! 5個目ゲット!! これで 合格だー!
 はじめての戦闘が終わり、緊張の糸が切れた私は、メイプルキノコが居眠りしていた場所へ寝転んだ。魔法の乱用や激しい戦闘で私の体はもうしばらく動けな いほど疲れていた。
ヒールを使えば少しは回復するかもしれないけれど、MPが残っているかどうかちょっと怪しいので、そのまま少し休憩することにした。
(疲れたけど、私ついにやったんだ。あとはシゲじいの試験に合格すれば、もう一人前として大陸に旅立つことが出来るんだ。きっとそこにあの人もいるんだ わ…)
揺れる木々を眺めながら少しずつこれから先の将来を考える…きっとつらいこともいっぱいあるだろうけど前を向いて一歩一歩進んでいかなきゃいけない。まだ まだ目指す目的地は遠いんだ…
 何かポケットに入っていてなんだか気持ち悪い…先ほど死に物狂いで手に入れた傘だった。本能の赴くまま一口かじる…
「うぇ…何これ…ひっどい味」
先生の言うことは正しかったんだなと思った反面、きっと先生も齧ったことあるんだろうなと、苦味に顔をしかめる先生の顔を想像して少し笑う。後は家に帰る だけ…戻るべき家へ
続く
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