黙っていた。何一つ言うことはなかった。言えなかった。
俺の手はすでに汚れているのだ。でも、このままでいたかった。グミは罪深い俺を許してくれるのだろうか。
おおかみがゆっくりと、主人の上から降りる。
「そっか。じゃあこいつを殺すのはやめることにするよ。こいつを殺して、自由になっても三人で旅できないのなら意味ないからね」
三人というのはやはり俺も含まれているのだろうか。レフェルを合わせて三人ではないだろうか。馬鹿らしい…鈍器を一人とは数えないだろう。杞憂だ。
「グミさんを見たら、こいつのことなんてどうでもよくなっちゃったよ。ヒールをかけるなり、止めを刺すなりグミさんに任せるよ」
「ヒール!」
グミの体から緑の光が出て、ほとんど死んでいた主人の体がびくんとはねる。全身から湯気が立ち上り、傷が消えていった。だが、失った腕や神経まで届いてい た足の傷までは癒せないようだった。俺は、念のために千切れた腕を元の位置にくっつけてグミにヒールを頼むが、やはりだめだった。
「一度体から離れてしまった部分は元には戻らないみたい」
グミはそういって、治療を続けた。腕があった部分は皮膚で覆われて、最初からこうだったかのようになる。
主人は目をつむったまま全く動かない。主人の傷があまりに酷いのか、グミは数分間にわたりヒールをかけ続けていた。その額には汗の粒が浮かんでいる。
「ヒール!…っあ」
グミが見えない何かにぶつかったように、よろけたので俺が慌てて支える。どうやら疲れたみたいだ。
「グミ、もう大丈夫だと思うから無理すんな。さっきから頑張り通しだろ」
「うん。少し休ませて…」
「大丈夫ですか?」
いつの間に元に戻ったのか…髪のところどころを真っ赤に染めたユアがグミに声をかける。
「ユアさんこそ大丈夫? 血が出てるよ。ヒール!」
グミはユアの顔に最後のヒールをかける。ユアは、
「コレはわたしの血じゃないんです。心配かけて本当にごめんなさい」
と疲れて眠ってしまったグミに謝った。嬉しさからか涙が頬を伝っている。俺は、グミのことも心配だったが何より今の状況の方が心配だった。なぜなら……倒 れてる数人の戦士、腕のない主人、血、血の臭い……コレはどう考えても…・殺人現場かなんかにしか見えない。極めつけはあれだ…主人も兵士どもも生きて るってことは、俺たち(正しくはユア)がやったのはバレバレ…どうすりゃいいんだ!
「ユア、レフェル、とりあえずどうする? 早くしないとここが見つかっちまうかもしれないし、何処となくあそこにいる戦士たちも目を覚ましそうだぞ」
「う〜ん…」
ユアは頭をひねってくれてるみたいだが、名案が出る様子はなさそうだった。レフェルが言ったことは省略したいが、一応言っておく。
「口封じに主人を殺すか、人質にとったらどうだ?」
………こいつ、天然だったか。それとも寝てたのか…どっちにしてもその発言はありえなすぎるだろ。
俺もない頭をひねって考えたが、結論は一つだった。
「逃げるしかない」
だって殺さないで助かるのはこの方法しかないだろ。だから、こいつらが目を覚まさないうちに逃げるのが一番いいだろう。レフェルとユアも首を縦に振る。
「もう…この街にはいられないな。グミはどうしようか…。やっぱり俺が…」
「わたしが背負います」
すぐさまユアがそう言ってくれた。やはり負い目を感じているらしい。だがレフェルが余計なことを言う。
「シュウはやましいことを考えてるかもわからないから、ユアが一番安心だな」
やましいことなどなにも…ないとは言えないが、口に出して言うこともないだろ…。
ユアはグミをよいしょと背負って、言った。
「さぁ、早く行きましょう」
「あぁ…まだ見てないところたくさんあったんだけどな。しょうがない…」
俺は、疲れた体に鞭打って何とか立ち上がり、出口へ向かって歩く。ユアは先に行っていたが、途中でこちらを振り向いた。
「あ、それで、何処に行くんでしたっけ?」
知らないのに先頭切ってたのか…。
「えっと…あんまりいきたくないんだが、俺の故郷カニングシティだ」
「ああ…治安が悪いって主人が愚痴っていたあそこですね。じゃ、荷物をまとめて…あ」
ユアの足が倒れていた戦士の手を踏んでいた………倒れていた戦士がぴくりと動く。こりゃ…ヤバイことになりそうだ。俺は靴の紐を締めて言う。
「ユア、全速力だ!」
「はい!」
俺とユアと背負われたグミ…そして、眠ったままでもずっと話してもらえなかった生意気な鈍器。
三人と一つは血なまぐさく、いい思い出など一つもない家を勢いよく飛び出して次なる街…カニングへと旅立っていった。…何人かの追っ手を連れて。
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