グミとシュウは元いた主人の家へと向かっていた。シュウがグミを背負っているのは少し 訳がある。まぁその訳というものは、会話の内容ですぐにわかるだろう。これからのは我が主人の家に着くまで聞いていた会話だ。
まず、この会話はシュウの愚痴から始まる。
「いってえなぁ…ちょっとは手加減しろよ。俺の会心のジョークを…しかもこっちはケガ&病人だぞ? 大体さっきだって、花畑の中で川の向こうにいるかわい い姉ちゃんがおいでおいでしてたんだ」
「そんなのあとでいいから、早く走ってよ! 早く行かないと、ユアさんがあの主人って人殺しちゃってるかもよ?」
「いや、よくはないだろ。大体、グミまで背負ってるから全力で走ってもこの程度が限度だし…痛!」
シュウの後頭部にグミの拳が炸裂する。シュウは多少よろめくが、スピードを緩めることは無い。
「重いだなんて、乙女に向かって失礼よ。大体誰のせいで、走れないと思ってるの? ねぇ、ボディーガードさん」
シュウは気まずそうな顔をしながら言う。
「まだ重いなんて言ってなかったんだが…。まぁその件についてはありがとう。でも、マジックシールドが割れた時点ではまだ歩けただろ? あんな死にぞこな いの番兵、ほっといてさっさと走ってればよかったんだよ」
「……あそこで番兵のことを放って置いたら、死んじゃうじゃない…」
「自業自得だろ」
「それじゃあ、あの人の家族はどうなるのよ。それにあの人が死んじゃったら…」
「あいつが死んだらどうなるっていうんだよ」
「シュウが人殺しになっちゃう」
飛ばしていた足が一瞬だけスピードを落とし、シュウの顔が神妙な面持ちになる。
「……そうか。俺が人殺しにならなくてよかった…」
「もう私の前では誰も死んで欲しくないもの」
「それは俺も含むのか?」
「…知らない」
「そりゃないぜ…」
ようやく主人の屋敷が見えてくる。堅く閉ざされた門からは中の様子をうかがうことは出来ない。我は2人に注意を促す。
「グミ、シュウ、もうすぐ屋敷だぞ。中はどうなってるかわからんから注意しろよ」
2人とも無言で頷く。近付くにつれて、緊張感が増してくる。ゴールは目前である。
「ズザザザザザザー!」
シュウが靴を地面に擦って、ちょうど門の前で止まった。突然のブレーキにグミが落っこちそうになるが、シュウのアンテナを掴んで何とか事なきを得た。
「いててて…そこ、一応髪なんだから、引っ張るのはやめてくれ。それと、そろそろ歩けるようだったら降りてくれ」
「うん、ゴメン。じゃあ降りるね…って、あわわわっ!」
降りて早々、グミが転ぶ。肩へのダメージ、度重なるヒール、マジックシールドの破壊。あれだけ大量のMPを消費したんだ…やはりまだ、完全に体力が回復し ていない。シュウは、グミに手を貸しながら言う。
「グミ、大丈夫か? まだダメみたいだし、レフェルを杖にしたほうがいいかもな」
我を杖代わりに使えとは気に食わないが、時が時だけにしょうがないか。グミはシュウの手を借りて何とか起き上がる。
「そうね…。レフェル、悪いけど杖にさせてもらうから。どっちを地面に付けた方がいい?」
「柄のほうを地面に付けてくれ」
「掴みづらいからいや」
「…じゃあ聞くな」とは口に出来ず我は、本体である鉄球を地面に突かれるのを黙って我慢するしかなかった。
「ドアを開けるぞ」
上下が反転した世界の中で、シュウが言う。普通のドアが普通に開く…。だがその中に広がっていたのは、吐き気がするほどの血臭と…
「やめろ…やめてくれええええええ!!」
何者かの絶叫だった。明らかに人が住んでいる環境ではない。屋敷というよりもどちらかといえば、処刑所…というよりも拷問部屋といった感じがした。
シュウは、その異様な空気に怯える姿は見せずに、どんどん歩を進めていく。だがしかし、グミはシュウの後ろに隠れておどおどと歩いていた。グミは我を何度 も床にぶつけながら、シュウに話しかける。
「ねぇ…これやっぱり…」
「間違いないだろ…」
「ギャアアアアアアアアアア!!」
またも、絶叫。血の臭いが更に激しくなる。
「キャアア!」
グミも何故か絶叫を上げ、シュウのコートに抱きつく。その身は微かに震えていた。シュウはかなり動揺しながらもグミに聞く。
「グミ、どうかした?」
「…怖い。なんだかとっても怖いの…」
血、断末魔の叫び、そしてこの異様な空気…グミがどういった経緯で村に来たかは知らないが、今のグミは今まで気丈に振舞って生きたのとは違い、ただの恐怖 に怯える少女だった。今のシュチュエーションに、自分の過去の経験を重ね合わせてるのかもしれない。
シュウはグミに向かって言う。
「怖いのはわかるけどさ…早く行ってヒールかけないと、マジでユアが殺っちゃうっぽいからさ…早く行こう。何なら、もう一回おんぶするから、目をつぶっ ててもいいぞ。お姫様抱っこでも…」
そこまで言って、シュウは言葉を切った。それは、グミが怯えているのに気づいたからでも自分が言っていることの場違いさに気づいたからでもなく、顔にべっ たりと付着した大量の血のせいだった。
見ると、グミの足元に肩口から鋭利な刃物で切り裂かれた右腕が落ちている。真っ赤に染まったその肉塊の断面からは白い骨がしっかりとのぞいていた。
「…!!」
グミはあまりの恐怖のためか、絶叫すらも出来ずにシュウのコートを更に強く掴む。流石のシュウも身を硬くして言った。
「グミ…やっぱり帰ろうか。別に、あのクソオヤジがバラ売りの肉になっても関係ないし…」
そのとき、血なまぐさい部屋の奥からくぐもった獣のうなり声のようなものが聞こえてきた。
「次はその醜い右足をもらうよ。まだまだ姉さんの怒りは冷めないんだから」
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