まだ朝早く、静かであるべきペリオンの街。
普段この時間帯なら、せいぜい早朝訓練を行う熱心な戦士の掛け声や、オークションでの入札者の声くらいしか聞こえない。だが、今日はそれらの平穏な日常と は異なっていた。
 バンバンと空気を震わせる銃声が時折聞こえてくる。そして甲高い金属音も…。
ペリオンは戦士の村なので、専ら武器は剣や斧など近距離用の武器で、銃器は腕に自信がないものか、戦士ではないものの護身用具としてしか存在しない。だが しかし、それ自体も非常に少数である。誇りの高い戦士はたとえ腕に自信がなくとも剣だけで戦おうとするからだ。
 つまり、この銃声は外部のもの…そしてかなりの確率で我らの仲間であるシュウのものだ。

グミは我を、自分の腕にしっかりと抱いて、銃声のした方向へと疾走していた。グミは息を切らしながらもかなり不安そうな顔をしている。我はグミを安心させ ようと話しかけることにした。
「グミ、シュウならきっと大丈夫だ。あいつの強さならよく知ってるだろ?」
グミは少しも走るスピードを緩めることなく、言った。
「シュウが強いことは知ってるよ…でも、この間のブーストでシュウの体はまだボロボロなはずなの」
「ブーストの副作用か…だがあいつなら、それぐらいのハンデ…」
「私が一度自分にブーストをかけたことがあったよね。あれ、ホントは死んじゃうんじゃないかってぐらい苦しかった…私の体が弱いせいかもしれないけど、 シュウは私の二倍は辛いはずだよ」
我が痛みを感じることはない…返す言葉がなかった。
 喋りながらも、グミの体は風を切りながら路地裏の方へと迷わず突っ込んでいく。二発目の銃声が聞こえたのはそのときだ。銃声と共にわずかなうめき声のよ うなものも聞こえたが、誰のものかはわからなかった。
「急ごう!」
グミは我の呼びかけに反応するまでもなく、更に加速する。シュウがいる場所はすぐ近くだ。
ズドン! 初弾と同じ…三発目の重い銃声が路地裏に反響して更に響く…。そして、強烈な生臭さを感じた。
辺りを埋め尽くすような血臭、シュウのものか番兵のものかはわからない…だが間違いなく、大量の血が流れるような激戦があったに違いない。次の曲がり角ぐ らいにはシュウがいるだろう。無事だといいが…。
 グミは最後の数メートルを走りぬけ、ついにシュウの姿を見つけた。シュウの脇腹からは大量の赤いぬめりが滴っていたが、なんとか立って、倒れた番兵を見 下ろしていた。銃痕だらけの鎧を着た番兵も、同じく大量の血を流していた。死んでいるのかもしれない。グミは番兵には目もくれず、傷だらけのシュウだけを 見つめていた。
「シュ…」
グミが言い終える前にパンという乾いた音がして、シュウが倒れた。
我の目にはシュウの上に黒い影が降りたように写った…。
*
 …そんなことあるはずない。すごく強いシュウがあんな番兵に負けるなんて、ありえな い…信じられない。
シュウは猿や恐竜の群れもやっつけたし、レッドドレイクとも戦って勝った。
でも、現にシュウは撃たれてばったりと倒れてしまった。血が…血がたくさん出てる。このままじゃきっと、死んじゃう…。そして、シュウがあんなに弱ってる のは私がかけた強化呪文の副作用のせい、つまり私の責任。
 どうしてあの時、シュウを止めなかったんだろう…。罪の意識で胸がいっぱいになる。私は立ち尽くしたまま、動けない。こんなことしてる場合じゃないの に…シュウが、シュウが殺されちゃうかもしれないのに…。
 番兵がよろめきながらも、手にした槍を杖にして起き上がる。シュウに止めをさす気だ。シュウは壁によりかかったまま、ぴくりとも動かない…。番兵はじり じりとシュウへの距離を狭めていく。
「グミ! おい、グミ!」
レフェルが私に呼びかけている。でも私の全身の感覚はシュウだけに注がれていて、何て言ってるのかよくわからない。
「助けに行かなくてもいいのか!? このままだと、シュウが死ぬぞ!!」
シュウが死ぬ…死ぬ、死ぬ、死ぬ………異常なまでのテンションと粘り強さを持ったシュウだけに、ひどく現実感のない言葉だった。でも、目の前にいるシュウ は衰弱しきっていて、番兵が手を下さぬとも自然と死んでしまいそうだった。ふと、転職試験のときシュウが私をかばって、今みたいに血だらけになってる光景 が浮かんだ。シュウと聞いて思い浮かぶのは戦っているときのかっこよさや、意味のわからないことを言って私を困らせる光景なんかじゃなくて……ただただ、 必死で、血まみれで、生きようと頑張ってる姿だった。
「グミ、もう何も考えるな。シュウとまだ一緒にいたかったら、我を…我をあの鎧に向かって思いっきり投げつけろ!!」
 シュウと一緒にいたい。本人の前では、それこそ死んでも口に出せないけど…。とにかくそう思った。
「シュウ!」
私は今にも槍を振り下ろそうとしている番兵がめがけて、思いっきりレフェルをぶん投げた。
続く