「……本当に大丈夫か、グミ」
我は、地面に仰向けでいるグミに対し、語りかける。グミは、スパイクで番兵を倒した直後…貧血でも起こしたようにふらっと倒れてしまった。実際さっき突き 刺さった槍のショックと、それに伴い流れた血で、貧血に近い状態にまで行っていたのだろうが。グミはよろよろと上半身だけ起こして言った。
「もう平気…。それよりも、あの番兵さんの傷を癒して上げないと…。それにシュウとユアさんも待ってるしね」
「おい! グミ、何で敵なんかに情けを…」
「もう、私の前で誰かが死ぬのなんて見たくないもん。それに、このまま放って置いたら、私が……殺したことになっちゃうもの」
グミはそう言い終えると、我の事を無視して、今まさに冷たい肉塊になろうとしている番兵の前立ち、手をかざした。
「ヒール!!」
緑の淡い光が赤く染まった鎧を包み、グミを殺そうとしていた番兵は危険な状態から何とか復帰する。だが番兵は、傷は癒えたにもかかわらずこれ以上戦う気力 は無いようだった。グミは、
「よかった…死ななくて」
とだけ呟いて、番兵に背を向けた。鉄仮面の下でよくわからなかったが、情けをかけられた番兵は、それを恥じることなく、ただ泣いているような気がした。
 グミがいったい何を考えていたのかは、我にも完全にはわからない。ただ、グミにとっては自分を殺そうとした人間だろうがなんだろうが、誰かが死ぬ…そし てそれを自分で見守るなんてことは決して耐えられないことだというのは聞かずとも、グミの目のふちにたまった滴が物語っていた。
「ズドン!!」
 重々しい銃声が、辺りを包んでいた静寂を切り裂き、我の思考を現実に引き戻した。いつもシュウが使っている短銃ではない…単純に何かを殺すためを目的に 作られた武器の咆哮。それは、人気のない路地裏の方から聞こえた気がした。我は、グミに向かって叫ぶ。
「グミ、あっちの路地裏だ!」
「シュウも戦ってるんだ…急ごう!」
グミがシュウがどういう状態にいるか想像するのは難しいだろう。しかし、我には悪い予感しかしなかった。あれは…いつだったか詳しくは覚えていないが、 ポーラとPTを組んでいたガンナーも狩用の銃と殺し用の銃を使い分けていた。彼は確かこう言っていた。
「この銃は、自分が絶対に相手を殺さなければ死ぬというときに使う。手入れは毎日欠かさずやってる……もしものときに備えてな」
 我は、シュウが”自分が絶対に相手を殺さなければ死ぬというとき”つまりは、相手を殺さなければ生き延びられないまでにいってないことを祈るしかなかっ た。
*
「フフフ…ご主人様。今の気分はどうだい? 飼い犬に手を噛まれるなんて情けないね… もっともあたいの場合は歯跡がつくだけじゃすまないだろうけどね」
わたしの中のおおかみが、主人の肩を両腕でしっかりと押さえつけ話しかけている。
「…助けてくれ! おい、高い金を払って雇ったエージェントだろう。早くこのケダモノを…!」
主人が何か喚いている。エージェントとか言われていた人たちは全員気絶してもらっているのにね。
「助けを呼んだって誰もきやしないよ。 それにあんたはあたいになぶり殺されることになってるんだから、誰が来たってここにいる子たちと同じようにするか ら関係ないけどね」
主人は半べそになりながらも更に叫んだ。
「誰でもいい、頼む! 助けてくれ! 金ならいくらでも払う!」
「あんた…ここまできてお金の話なのかい? あたいから言ってみると、あんたの命の価値なんて1メルどころかお金を払って引き取ってもらう価値すらもない と思うよ」
おおかみは主人の右肩に鋭い爪を立てる。主人の服からは5つの赤い染みが生まれ、やがて大きなひとつの染みとなった。主人はさっきよりも喚く。
「ギャアア、痛い! やめてくれ! 頼む、わしを…わしを殺さないでくれ!」
わたしは主人を見ても、もはや哀れみの感情も何も生まれず、ただ醜い…そういった感想しかでなかった。
「簡単に殺しはしないよ…。それとギャアギャアうるさいから少し黙ってくれないかね」
おおかみはさっきよりも爪に力を込める。爪がだぶだぶの脂肪を貫通して骨にまで届いたのか、主人は更なる絶叫を上げる。
「ギャアアアアアア!! 止めてくれ…。ユア…頼む、お前にはもう何もしない。さっきのガキ…いや子供たちにもだ。だから…ギャアアアアア!」
おおかみは爪を更に深く突き刺し、冷たく言い放った。
「喋るなって言ってるだろ? それにね…その程度のことじゃ、あたいはもう我慢ならないんだよ。大体あんた、ムシがよすぎるとは思わないのかい? それを することによってあんたにデメリットはあるのかい? ないだろ。大体ねぇ…・あんたの要求を飲まなくても、あんたさえ死ねば姉さんは自由になるんだよ!」
ぽきり。小気味のいい音と共に主人の腕の骨はあっさりと折れる…が今度は「ぐっ」と痛みを噛み殺した声を出して、絶叫はしなかった。おおかみは口の端を吊 り上げて、
「ようやく観念したのかい。でも、これくらいで死んだりはしないだろう? よくもこの手で姉さんをいじめてくれたね。さっきも言ったよね…・飼い犬に手を 噛まれるってさ」
おおかみはそうとだけ言うと、主人の腕を押さえたまま下顎を主人の右腕の下に滑り込ませ…一気に噛み砕いた。
「ギャアアアアアアアアアアア!!」
観念したかのように見えた主人は、凄まじい絶叫を上げて逃げようと身をよじるが、おおかみがそんなことを許すはずもなく、そのまま主人の腕を食いちぎっ た。わたしはまさかそのまま食べるのかと思ったけど、おおかみは食いちぎった主人の腕をすぐさま吐き出した。
「酷い味だ。今までの血の中で一番悪い…はっきり言ってワイルドボアの血の方がはるかにましだったよ」
続く