「うわああああああああああああああああああ!」
俺は力任せに、脇腹に突き刺さったままだった槍を引き抜き、同時に大量の血と今までのを上回る激痛が襲う。
痛みと失血によって軽い貧血になったが、半殺しにすることは不可能でも、殺すことならできないこともない。そもそも自分の命が危ういのだ…考えてる暇など ない。
俺は抜いた槍を右手に、左足首にベルトでくくりつけられた大口径を抜き、手にした槍を思いっきり番兵に対して投げつける。番兵はスキをついて俺を刺してき たほどだから、恐らくあたることはないだろうが…少し時間を稼げれば…。放たれた俺の体から吸った大量の血を撒き散らしながら、元の持ち主の鉄仮面へと吸 い込まれていく……・はずだった。
 「返してくれて礼を言うぞ…坊主」
そんなバカな…!! 有り得ないことだが…野郎は槍が顔面に突き立つ直前に、槍の柄を握り、受け止めていた。無論、手加減などしてない。本調子でないとは いえ、受け止められるようなスピードじゃない。
「長年付き合った槍だ。投げたとき、投げられたときの状態ぐらい把握している。それに…俺はこんなとこで死ぬわけにはいかない。あのクソ主人から金を貰っ て豪勢な生活をするんだ」
番兵は仰向けの状態から、体のバネを利用し立ち上がって槍を構えた。言ってること自体は完全に”イって”しまっているが、やはり長い間番兵をやってるだけ あって、身のこなしは普通じゃなかった。
俺は反射的にあの時と同じ大口径でポイントするが、それとまったく同じタイミングで相手は槍を突き出してきていた。勝負は一瞬…
「ぐがっ!」
 相手の槍は俺の喉元に赤い線を残したが、俺に握られた黒い殺意は相手の鉄仮面に向かって鉛の塊を食い込ませていた。番兵はあまりの衝撃に路地の壁に叩き つけられ、鉄仮面の隙間からだらだらと血を流していた。手足は、少しずつ体温を失っていくかのように弱弱しく痙攣している。
 今度こそ、相手が立ち上がることはない。だが、俺の左手は傷つき倒れた番兵の頭をポイントしていた。無意識のうちに人差し指が引き金へと伸びている。
「完全に殺さないと、また蘇るかもしれない」
「あと5発弾丸が残っている。これであいつの原型が残らないくらいぐしゃぐしゃに潰せばいい。好きなんだろ?」
「お前がすでに人殺しであることは変わらない。何人殺したって同じさ」
どれも言い訳だ…わかってる。でも俺は死ぬのが怖くてしょうがないんだ。親父みたいに何も喋らない骸になるのは嫌なんだ。言い訳は考えてもいないのにいく らでも沸いて出る。
「さっき殺すって決めたじゃないか、今更何を迷っているんだ」
「その引き金を引いちまえば全てが終わる。人差し指をちょっと動かすだけ…簡単なことだろ?」
「どうせお前のせいであいつは死ぬんだ。苦しませるのは酷だろう。早く殺してやれ」
……。
どのくらい考えていたかはわからない。だが、どう考えても殺すことが最高の選択であり、確実に生命を維持するためにもっとも的確な方法だった。
 俺は、左手だけで握っていた大口径の銃を両手で握り締める。左手はさっきの反動でしびれたままだが、右手なら余裕で撃つ事はできる。俺は覚悟を決め、引 き金にかけた指に力を込める。
ズドンという激しい銃声が裏路地に響く。俺は両手にかかった限界を超えた負荷で、銃を取り落としそうになるが、なんとか指の端に引っかかった。
 何もかも終わったように思えた。俺の右足がはじけるまでは。
「パン!」
最初は訳がわからなかった。痛みすらも感じない…ただ混乱していた。そして俺は…その場に崩れ落ちた。
…そこから先はよく覚えていない。ただ俺の網膜に焼きついたのは、壁に突き刺さった一発の弾丸と、番兵の左手に握られた小銃だけだった。
「こんな至近距離ではずすなんてとんだガンナーだな。痛っ…でもまぁ俺の勝ちだ」
*
「グガアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
わたしの腕、足、顔、胸、胴…・全てが人間のそれとは異なる姿へと変貌していく。
全身に白い体毛が生え、丸く切りそろえられた爪は、一本一本がナイフのように鋭さを増し、生えそろった歯は肉食動物の歯のようにとがっていった。
わたしの中の狼による変貌である。骨格自体が変わり元のからだとは全然違った体になるけれど、痛みはなく、むしろ全身をめぐる獣の血が新陳代謝を爆発的に 高め、ふわっと体が軽くなったような感覚を覚えた。
今までのような抵抗は…ない。ただ凶暴な殺意だけがわたしを動かしていた。
「…くっ…バケモノめ!!」
わたしの変身を見て、恐怖に固まっていたエージェントの一人がやっと自分の仕事を思い出し、私に向かって剣を振り上げる。他の二人も、例の一人に感化され て腰に挿した剣を抜いた。
絶妙な角度で、私の首筋めがけ刀身が迫ってくる。
(姉さん、この人たちはどうするの?)
(邪魔よ。)
わたしのからだにめがけて振り下ろされる一撃は、呆れるほど遅かった。おおかみはなんなく刃の部分を鋭い爪でなぞるように受け流す。そして、がら空きの腹 に完全に狼化していないまま、渾身のこぶしを叩き込んだ。
「ぐぼっ…」
エージェントはその名にふさわしい活躍をすることがないまま、無様に吹き飛ばされる。主人は高級な家具が壊されたのを見て、声を荒上げて叫んだ。
「…お…お前ら、何をやってる!! さっさとその狼を始末せんか!!!」
「…う、うおおおおおおお!」
今度は二人同時に来る。恐怖によって腰がすくんでいるのは明らかだった。おおかみは、二人の足をほぼ完成した狼の足で払い、転ばさせる。何か硬いものが折 れたような感触があった。二人は、その一撃で動けなくなる。
ついわたしは、主人と二人っきりになった。正しくは一狼と一人なのかもしれないけど…・わたしはにっこりと微笑むように口の端を吊り上げる。
「やっとまともな話ができるね。姉さんがあんたのこと殺したいって」
主人はあまりの恐怖のためか全身を震わせ、両手を前に突き出しこう言った。
「…来るな…来ないでくれ! 頼む!」
「あんたにはたっぷり苦しんでから死んでもらうことになってるから安心して。神様に懺悔する時間は結構あるんじゃないかな」
わたしは主人の絶望的な表情を見ながら、どうやったら一番苦しいか考えていた。
続く