この感覚を最後に感じたのはいつごろだろうか。
見えない何かに心臓をわしづかみにされた感覚、いやおうなく高鳴る鼓動、その場から逃げ出さなければ間違いなく死ぬ…だけど肝心の体は時を止められたよう に固まって動けない。やめてくれ!なんでこんなこと…殺さないでくれ、頼むお願いだ! だけどすべてが声にならない。声にだそうとしてもくぐもったうめき になるだけだ。
鉄仮面から覗くよどんだ瞳が俺の目を凝視している。まばたきすることはなく、大きく見開いた目で俺の顔を嘗め回すように見ている。
俺が何者か確認してるに違いない。そしてヤツの瞳には俺…いや、真っ黒な欲望だけが渦巻いている。
それもそうだろう。俺を凝視している番兵は明らかに年下である俺を派手にぶち殺すだけで、金がもらえるんだ。たとえそれが狂気じみた行動であろうと関係な い。それほどまでに欲望がこの番兵に心を捕らえていた。
不意に番兵が俺が潜んでいたゴミ箱の蓋をとり、俺のチャーミングな角にも似たトンガリが顔を覗かせる。番兵はそれを見ると目だけで笑った。間違いなくター ゲットの俺だと確認したようだ。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」
番兵は、極度の狂気からか喜びからかは知らないが凄まじい奇声を上げた。そのあまりのおぞましさに、俺の中で渦をまいていた恐怖が爆発する。
「わあああああああああああ!!」
俺は反射的に握ったままだった小銃を鉄仮面の眉間に当て、ぶっ放す。番兵は鉄仮面の額がへこみ、その場にのけぞって倒れる。あの距離からなら鉄の強度を凌 駕した銃弾が、眉間を食い破ることだろう。
どうやら俺は”また”やってしまったらしい。初めてのときはただ怖くて、死にたくなくて、無我夢中だった。自分が生き残るためなら他者など、どうでもよく なった。
…あれから何年も経ったというのにそれは今も変わっていない。
俺は番兵が動かなくなったのを見ると、ゴミ箱から這い出し、ちゃんと死んだかどうかを確認するために倒れた番兵に近寄った。…それがよくなかった。あのと き急所に二、三発ぶち込んでおけばよかったのだが、やはり人を殺すということに負い目があったのかそこまでしようとは思わなかった。
俺が鉄仮面に手をかけた瞬間、俺の脇腹に三つの冷たい何かが進入し、すぐさま熱されたように熱くなった。
俺が恐る恐る患部に手を触れると、そこにはぬめりとした何かがたくさんついていた。錆びた鉄のような、鼻をつく強く、嗅ぎ慣れた臭い…だが、それに気づい た瞬間、鋭い痛みと強い吐き気がこみ上げてきた。
「ごふっ…」
俺は口から赤黒い血を吐き出し、鉄仮面にぶちまけ、脇腹に刺さった槍を傷口をこれ以上傷つけないよう、そっと抜き出す。遠くで何かの声がした。
「戦闘に油断は禁物だ。油断は例外なく死を招く」
懐かしい声だったが誰の声かまでは思い出せない。そのときは考えている暇などなかった。番兵が生きていて、俺は脇腹を刺された。そして俺は病み上がりで全 力を出せない。おそらく相手はこちらよりレベルの高い戦士…絶望するには十分すぎる状況だった。
*
「…もう! 一体いつまで追いかけてくるのよう!」
グミは我を抱えながら、全力で走る。その後ろには全身に鎧をまとった番兵がぴったりとつけてきていた。あれほどの鎧を装備して、グミの足に追いつけるとは なかなかの脚力だ…褒めている場合ではない。
「グミ、このままでは逃げ切れない。ヤツをぶっ飛ばすぞ」
「逃げろっていったのレフェルじゃない!」
グミは全力で走りながらも我に対して怒りをぶつける。確かに逃げろとはいったが、それはあのときの状況を考えてのことだ。といっても、グミは納得しないだ ろうから言葉にするのはやめた。指示だけを出すことにする。
「…そのことはすまなかった。…いちにのさんで立ち止まって、番兵の顔面に叩き込むぞ」
「わかったわ。早くお願い」
グミはあっさりと首肯する。戦闘になると、シュウほどまではいかないがの見込みが早いのは助かる。
「それじゃあ行くぞ。1…!!」
「キャアアアアアアアアア!!」
我がカウントし始めたすぐ後、グミは悲鳴を上げて激しく転倒した。足がもつれて転んだのだろうか?
謎はすぐさま裏路地にまかれた赤で解ける。グミの細い左肩から腕にかけて、三叉の槍が突き刺さっていた。
続く