数分前。ようやくあのやかましい女が、転がるようにして部屋に戻り、ユアの主人を連れ
てきた。声はシュウが盗聴したときにわずかに聞こえたが、実際に目にするのは初めてだ。
想像通り、全身をさまざまな装飾具で飾り、でっぱった腹に…薄くなった頭。鼻の下には小汚いちょびひげがあった。いかにも私欲を肥やし、飽食の限りを尽く
した人間の典型である。我がポーラと旅した際にこういった輩にあったことはそうなかったし、村にもこういった人間はいなかったが、一度このタイプの人間に
「泊まるところがないから一晩泊めてくれないか」とポーラが願ったとき、にべもなく追い返された記憶がある。当然やつらは自分のことしか頭にないのだろ
う…。結果的にこういう人間が生き残るということは実に悲しいことだ。
話を元に戻す。その主人はシュウたちを確認して、一瞬いやそうな顔をした後…わざとらしく笑って、こう話を切り出した。
「やぁやぁ、少年少女諸君。うちのユアがお世話になったようだね」
「痴話話はいいから、さっさと本題に移って欲しいんだが」
後者は無論シュウである。ここまで失礼な発言を普通にやってのけるやつもそういない。どうやら、シュウもこういうタイプの人間は大嫌いのようだ。主人は一
瞬むっとした表情を見せたが、すぐに貼り付けたような笑みを取り戻して言った。
「それはすまなかった。では本題に移ろう。…とその前に、例のブツをわしに見せてくれんかね?」
シュウは何も言わずに、ポケットから炎の羽毛を取り出して主人に見せる。
「おぉ〜確かに炎の羽毛のようだが、わしは目が悪くて、よく見えないんだ。ちょっとこっちに渡してもらえるかな? 必ず返すから」
「必ずなんて、ない。それにこれは俺たちが死に物狂いで手に入れた大事なものだ。俺たちの要求を飲んでくれるまでは、何が何でも渡さない」
またも主人の表情が曇る。顔は何とか笑いを保っているが、内心はらわた煮え返っていることだろう。体も小刻みに震えてるように見える。
「…わかった。それでいったいいくらなら、この炎の羽毛を売ってくれるのかな? わしなら奮発して200k出そうじゃないか」
シュウは、
「200k? 何言ってるんだ?」
と切り返す。主人は面食らいながらも、
「それなら倍の400k出そう。これなら君も文句ないだろう? これだけの大金が有れば半年は遊んで暮らせるぞ」
「だから何言ってるんだよ。俺たちを馬鹿にしてるのか?」
主人は苦い顔をしながら、
「わかった! 赤字覚悟で600k…600kでどうだ! もう、君も商売上手だな…これだけあれば…」
ここまで聞いて、シュウは右手で主人の襟をつかんでひねりあげた。完全にぶちきれたようである。
「いい加減にしやがれ! 俺が欲しいのは金じゃない!! それにこの炎の羽毛は"俺たち"がユアのためにとってきたものだ。いくら積まれても手放すつもり
はない!」
主人は脂肪だらけの丸々太った体を揺らしながら、苦しそうにうめく。
「わわわ…わかった!わかったから、その手を離してくれ!」
シュウはようやく手を離し、主人は力なく盛大な尻餅をついて、そのまま多少首が絞まっていたらしく咳き込んでいた。
「ゲホゲホ…それで、金以外に君たちは何を求めてるんだ。ユアのためにと言っていたが、その女は…」
「炎の羽毛をお前にやるから、ユアを開放しろ。ユアは俺たちの仲間になるんだ。ユアにそう約束したんだろ?」
シュウは主人が言い終えるより先に、自分の条件を突きつける。主人は、それを聞いてにやりと笑う。何かたくらんでいるようだ…。
「約束…? なんのことかな。…それにそれはできない相談だな。ユアはわしの大事な娘だ…炎の羽毛ごときではやれん。なぁ…ユア」
主人は尻餅をついたまま、シュウの後ろで小さくなっていたユアに向かって言った。
シュウも慌てて、ユアのほうを振り向く。
「ユア! あいつの娘って本当か!?」
嘘に決まってるだろ……。それでもシュウはかなり動揺したらしく、憔悴しきっている。ユアは、今にも消え入りそうな小さな声で言った。
「…違います。わたしはご主人様の家に住まわせてもらっていただけで…」
シュウはすぐに向き直って主人に向かって言った。
「違うって言ってるじゃねえか! あんまりフカシこいてっと痛い目に…」
主人は意地の悪そうな笑いを浮かべて、こう言った。
「そんなことをいうなんてユア…父さんは残念だよ。後できついお灸をすえてやらなくてはな…。それとその行儀の悪いお友達にも、いろいろ教えてやらなけれ
ばならないようだ。番兵…ちょっとこっちへ来い」
全身鎧に覆われ、表情の読めない番兵に主人はそっと耳打ちした。
(あの小僧から炎の羽毛を奪え。多少痛めつけてもかまわないし、抵抗するようなら殺してもかまわん。…なぁに、俺が炎の羽毛欲しさにあの小僧を殺したとし
ても、金と権力で握りつぶせる。炎の羽毛を馬鹿な旅人にボッタで売ればかなりの儲けになる…。お前らにもそれ相応の何かをやろう。)
(……。)
「行け!!!」
主人の掛け声とともに、二人の番兵は近くのシュウに襲い掛かる。二本の槍による高速の突き…シュウが避けられたのは卓越した反射神経のおかげで、奇跡に等
しい。シュウは槍を避けるために体をくねらせながらも、
「レフェル!! グミを任せたぞ!」
そう言って、グミがいるのとは反対の方向へと走っていった。
続く