大人というものは本当に汚いと思う。いや、人間の本質自体汚れているのかもしれないな。
汚れてしまうのは仕方のないことかもしれない。でも、若干17の俺にだって言っていることが矛盾していて、なおかつそれをまるで正論のように……あたかも 間違っているのが俺たちだと言おうとしてるのはわかる。
それは生きていくためには汚れなければならないときもあると思う。金がなけりゃ生きられないし、人を騙さなければいけないときも確かにある。時には自分の 命を守るために他者を殺めることだって正しいとされる。
確かにしょうがないのかもしれない。誰だって自分の命は惜しいし、金も欲しい。例外はほとんどなく、いたとしたらその人は本物の神様か狂人でしかありえな いと思う。
でもさ…・どんなに自分が汚れていようが、守らなきゃならないものってあるだろ。
例えば「約束」とかさ。
「これをこうしてくれたら、これをどうする」
これが約束じゃないのか?こういう形式ばったものは、このクソオヤジ風に言うと「契約」っていうのか?
…どちらでもいい。ただ俺が言いたいのは…
「ユアの主人とか言うクソオヤジが約束を守るどころか、『その約束自体覚えていない』と言っているのはどういうことかってことだ」
汚いなんてレベルじゃないな。黒い。おまけにタールみたく粘っこくて、内に秘めるものは強欲だけだ。
世の中に人間のクズと呼ばれるようなやつは少なからず存在するが、俺が体験した中でもこいつはワースト3に間違いなく入る。
あー…もう、考えるだけでむしゃくしゃしてきた。大体何で、俺がこんなところにこそこそ隠れなきゃなんねーんだよ。畜生、全部あいつのせいだ。
グミはちゃんと逃げたかな…レフェルに頼んだし、グミ自体結構やるから、大丈夫だと思うが…。
ユアはどうしたかな…まさか、またガキの頃の俺みたいな生活に戻されちまうのか…?
…考えてても仕方がない。今は、生き残ることだけ考える…それだけだ。
俺は懐に忍ばせた短銃のグリップを握り、いつどこにヤツが現れても対処できるように、精神を研ぎ澄ましてゆく。
(このあたりの路地はほぼ全部体が覚えてるから、そんなに不利な状況ではないはずだ。…万一に備えてこの銃をグミたちに渡しておけばよかったかな…)
…そこまで考えてから、俺の思考は中断されるより他なかった。
俺が隠れていた場所…普通、人はそれをゴミ箱というが、そのふたがゆっくりと開けられ、巨大な鉄火面の間から二つの濁った双球が俺を覗いていた。
*
 数分前。ようやくあのやかましい女が、転がるようにして部屋に戻り、ユアの主人を連れ てきた。声はシュウが盗聴したときにわずかに聞こえたが、実際に目にするのは初めてだ。
想像通り、全身をさまざまな装飾具で飾り、でっぱった腹に…薄くなった頭。鼻の下には小汚いちょびひげがあった。いかにも私欲を肥やし、飽食の限りを尽く した人間の典型である。我がポーラと旅した際にこういった輩にあったことはそうなかったし、村にもこういった人間はいなかったが、一度このタイプの人間に 「泊まるところがないから一晩泊めてくれないか」とポーラが願ったとき、にべもなく追い返された記憶がある。当然やつらは自分のことしか頭にないのだろ う…。結果的にこういう人間が生き残るということは実に悲しいことだ。
 話を元に戻す。その主人はシュウたちを確認して、一瞬いやそうな顔をした後…わざとらしく笑って、こう話を切り出した。
「やぁやぁ、少年少女諸君。うちのユアがお世話になったようだね」
「痴話話はいいから、さっさと本題に移って欲しいんだが」
後者は無論シュウである。ここまで失礼な発言を普通にやってのけるやつもそういない。どうやら、シュウもこういうタイプの人間は大嫌いのようだ。主人は一 瞬むっとした表情を見せたが、すぐに貼り付けたような笑みを取り戻して言った。
「それはすまなかった。では本題に移ろう。…とその前に、例のブツをわしに見せてくれんかね?」
シュウは何も言わずに、ポケットから炎の羽毛を取り出して主人に見せる。
「おぉ〜確かに炎の羽毛のようだが、わしは目が悪くて、よく見えないんだ。ちょっとこっちに渡してもらえるかな? 必ず返すから」
「必ずなんて、ない。それにこれは俺たちが死に物狂いで手に入れた大事なものだ。俺たちの要求を飲んでくれるまでは、何が何でも渡さない」
またも主人の表情が曇る。顔は何とか笑いを保っているが、内心はらわた煮え返っていることだろう。体も小刻みに震えてるように見える。
「…わかった。それでいったいいくらなら、この炎の羽毛を売ってくれるのかな? わしなら奮発して200k出そうじゃないか」
シュウは、
「200k? 何言ってるんだ?」
と切り返す。主人は面食らいながらも、
「それなら倍の400k出そう。これなら君も文句ないだろう? これだけの大金が有れば半年は遊んで暮らせるぞ」
「だから何言ってるんだよ。俺たちを馬鹿にしてるのか?」
主人は苦い顔をしながら、
「わかった! 赤字覚悟で600k…600kでどうだ! もう、君も商売上手だな…これだけあれば…」
ここまで聞いて、シュウは右手で主人の襟をつかんでひねりあげた。完全にぶちきれたようである。
「いい加減にしやがれ! 俺が欲しいのは金じゃない!! それにこの炎の羽毛は"俺たち"がユアのためにとってきたものだ。いくら積まれても手放すつもり はない!」
主人は脂肪だらけの丸々太った体を揺らしながら、苦しそうにうめく。
「わわわ…わかった!わかったから、その手を離してくれ!」
シュウはようやく手を離し、主人は力なく盛大な尻餅をついて、そのまま多少首が絞まっていたらしく咳き込んでいた。
「ゲホゲホ…それで、金以外に君たちは何を求めてるんだ。ユアのためにと言っていたが、その女は…」
「炎の羽毛をお前にやるから、ユアを開放しろ。ユアは俺たちの仲間になるんだ。ユアにそう約束したんだろ?」
シュウは主人が言い終えるより先に、自分の条件を突きつける。主人は、それを聞いてにやりと笑う。何かたくらんでいるようだ…。
「約束…? なんのことかな。…それにそれはできない相談だな。ユアはわしの大事な娘だ…炎の羽毛ごときではやれん。なぁ…ユア」
主人は尻餅をついたまま、シュウの後ろで小さくなっていたユアに向かって言った。
シュウも慌てて、ユアのほうを振り向く。
「ユア! あいつの娘って本当か!?」
嘘に決まってるだろ……。それでもシュウはかなり動揺したらしく、憔悴しきっている。ユアは、今にも消え入りそうな小さな声で言った。
「…違います。わたしはご主人様の家に住まわせてもらっていただけで…」
シュウはすぐに向き直って主人に向かって言った。
「違うって言ってるじゃねえか! あんまりフカシこいてっと痛い目に…」
主人は意地の悪そうな笑いを浮かべて、こう言った。
「そんなことをいうなんてユア…父さんは残念だよ。後できついお灸をすえてやらなくてはな…。それとその行儀の悪いお友達にも、いろいろ教えてやらなけれ ばならないようだ。番兵…ちょっとこっちへ来い」
全身鎧に覆われ、表情の読めない番兵に主人はそっと耳打ちした。
(あの小僧から炎の羽毛を奪え。多少痛めつけてもかまわないし、抵抗するようなら殺してもかまわん。…なぁに、俺が炎の羽毛欲しさにあの小僧を殺したとし ても、金と権力で握りつぶせる。炎の羽毛を馬鹿な旅人にボッタで売ればかなりの儲けになる…。お前らにもそれ相応の何かをやろう。)
(……。)
「行け!!!」
主人の掛け声とともに、二人の番兵は近くのシュウに襲い掛かる。二本の槍による高速の突き…シュウが避けられたのは卓越した反射神経のおかげで、奇跡に等 しい。シュウは槍を避けるために体をくねらせながらも、
「レフェル!! グミを任せたぞ!」
そう言って、グミがいるのとは反対の方向へと走っていった。
続く