痛い、痛い、痛い…でも生きている。体に力は入らないが、発狂しそうなる痛みだけは消え ない。
どうやら俺は2〜3日寝たきりだったらしい。俺が暗闇に漂ってると感じたのは、数分だったが…俺の意識が戻らない間は何をしても反応しなかったらしい。
いったいどのくらい心配をかけただろう。どうして自分はあんなに無理をしたんだろう。
ほとんど全て無駄だったというのに。
俺を含む全員が傷つき、目的のものは手に入らない。当然ユアも…
当の本人たちは、俺が目覚めたということで必要なものを買出しにいっている。全く俺のことを責めたりはしない。
何なら殺してくれてもいいというのに、グミもユアもはたまたあのレフェルまでもが俺のことを責めることもなじることもしなかった。俺が気絶している間に、 いったい何があったんだろうか?
 俺は痛みに耐えつつ、3人の帰りを待つ。グミのヒールは一時的に痛みをなくしたが、今ではもう効き目がない。早く帰ってこないと死んじまうかもしれん… ん?
「たっだいまー」
ドカっという激しい打撃の音がした後、木製のドアが巨人か何かにはじかれたように開かれる。ちょうつがいも何個か吹き飛んだ。こんな登場の仕方をするやつ は…あいつしかいない。
 黒髪の少女が俺を上から覗き込む。もう少し近づけば鼻がぶつかり合いそうなほどの距離だった。黒髪の少女グミはにっこりと微笑みながら言う。
「シュウ、少しは元気になった?」
「おかえり…元気になったって言いたいところだが、体が痛くてしょうがないんだ」
グミは、一瞬目を大きくして驚いたようだったが、すぐさま俺の体の上に手を伸ばし呪文を詠唱する。
「ヒール! ヒール! ヒール!!」
痛みがまるで嘘だったかのように消える…が、これもまた一時的なものなのだろう。俺は精一杯の感謝を口にする。
「はぁ…助かった。もうちょっとで発狂するかと思ったよ」
グミはさっきの笑顔のままで、ほっと胸をなでおろす。グミが今までにこんなに機嫌よかったことあったっけか?
「シュウが発狂することなんていつものことでしょ。それよりほら、ユアさんと一緒に買い物してきたから!」
グミが破壊したドアのあったところから、レフェルと買い物袋を抱えたユアが入ってくる。あの時見た白い狼とは全く異なる、普通の…いやちょっと他にはいな い美しさの女性の姿に戻っていた。どこで新調したのか、白いブラウスに水色のスカートを身に着けていた。どうやらユアは、俺がこんなになったことに責任を 感じてるらしく、少しうつむいて俺に言った。
「あの…シュウさん、わたしのせいで大変な目にあわせちゃってごめんなさい…」
大きなトパーズの瞳は、今にも泣きだしそうなほどに潤んでいる。俺は慌てて、こう返した。
「いやいやいや…俺がこうなったのは俺が弱くてかつ馬鹿だったからだよ。ユアちゃんは全く関係ないからな。泣くなよ…」
ユアはうつむいた顔を上げてぎこちなく微笑む。今度はユアに抱きかかえられたレフェルが口をきいた。
「気のせいか、前よりも馬鹿っぽい顔になったな」
メイスのくせに余計なお世話だ…何でここまで口が悪いんだよ。
一言大丈夫かとか、少しはいたわってくれてもいいと思うぞ。
今度はグミが、
「ねぇシュウ。何かしてほしいことがあったら何でも言ってよね。シュウのためだけにいろいろ買ってきたんだから」
とまたもニコニコしながら言った。俺は、ふとユアが抱えた袋を見る。
……。
中身まではほとんど見えないが、袋の口から明らかに生物と思われる紫色の足がうねっていた。顔こそ笑顔だが、やっぱり内心は相当怒ってるのかもしれない。 つーか怒ってないであんなものを買う神経はちょっと普通じゃない。
………血を見る前に、ちょっと謝っておいた方がよさそうだ。
「なぁグミ。その袋の中身はどうでもいいんだが…なんか絶対炎の羽毛をとるっていったのに、できなくてごめん。俺が弱かったからこんなことになっちまっ て…もうなんて言ったらいいやら…とにかくごめん!」
さっきまでの張り付いたようなグミの笑みがすうっと消える。あぁ…なんかやっちまったぽいなこれ。
「あんた、何言ってんの?」
なにって謝ったんだろうが…
「はぁ?」
「ねぇユアさん。どうやら、シュウ…ブーストの効果で頭のねじが2〜30本ぶっ飛んじゃったみたい」
これは新手のいじめか何かなんだろうか…確かにブーストの副作用で体中痛むが、頭まで悪くなった覚えはない。にもかかわらずユアは俺に向かって何度も頭を 下げる。
「わたしのせいで…ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」
「いや…だからなんで謝られてんの俺! 目的果たせなかったんだから、謝るのはこっちだろ!?」
俺は必死になって謝るユアを止めさせようとするが、俺の頭がどうかなってしまったと本気で思っているらしく、謝るのをやめてくれなかった。突然レフェルが 大声で笑い出す。
「ハハハハハハハハ。そうか! お前はあの時気絶したから知らないのか!!」
レフェルの気味の悪い笑いを聞いて、半ば怒ったようになっていたグミの表情が、先ほどとはまた違った笑みに変わる。
「あ…そっか。シュウは気絶してユアさんに運ばれたから、知らないんだ」
「ああ知らないよ…だから具体的に何があったのか教えろよ」
開き直って俺は言う。グミは、
「あんたが気絶する前に、レッドドレイクが急に弱くなったのは覚えてる?」
あぁ…確かそのせいで俺の改心のフックが外れたんだっけ。俺はたてに首を振ることで肯定の意を示す。
「あれはね…その…なんていうか、ねぇユアさん」
グミはなぜかユアに話を振る。そのままさっさと教えてくれればいいのに。
ユアは、
「えっと…わたしの中のおおかみが出した分身が、偶然レッドドレイクの右足に噛み付いたんです。そしてその噛み付いたところにあったのが…炎の羽毛で す」
なるほど…あの狼の分身が放つ冷気が炎の羽毛に作用して……そうか。それなら、レッドドレイクが急に弱体化したのも伺える。魔力の根源がやられちまったん じゃ、空っぽの器は崩れ落ちるほかないってわけか!
俺が勝手に納得したところで、さらにグミが続ける。
「それで、弱くなったレッドドレイクを三人でやっつけたわけね。まぁシュウはその後気絶しちゃったけど…まだ話の続きがあるのよ。どこまで意識あった の?」
「う〜ん…確か、狼がでかい氷の爪でレッドドレイクの首を落としたところかな。いや…その後に幻に戻るレッドドレイクの体まで見た」
「はぁやっぱり……。それで炎の羽毛はどうなったと思ってるの?」
「レッドドレイクの死体と一緒に幻になったよ。残ったのは頭蓋骨とメル札の束だけさ」
そう。確かに見た。そしてあんまり絶望してか、ブーストの副作用かわからないが、視界がブラックアウトして気がついたらここにいた。間違いないはずだ。
だが、グミは俺が自暴自棄言ったことなど気にもかけず、ポケットの中から小さなビンを取り出した。中には小さな明かりが灯っている。
「これね…氷の狼の口の中でカチンコチンに凍ってたんだ。で、一応ビンの中に入れてとっておいたら…また火がついたの」
炎の羽毛がある。それを知った幸福のあまり俺は叫びそうになった。
そして同時に、いつも俺に言われもないことで暴力を振るうグミと、狼になると俺よりも凶暴で、強いかもしれないユアに心から感謝した。
続く
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