終わった。何もかもが終わった。
急に弱くなったレッドドレイクは、3人の攻撃により頭を砕かれ、氷により普段の数倍に巨大化した爪で、首を落とされた。
勝った…確かに俺たちは勝ち、ヤツは幻となって空に四散した。
だけど…目的は違った。俺は…俺たちはレッドドレイクと生死をかけたバトルがしたかったわけじゃない。
勝って名誉が欲しかったわけでもない。
ただ炎の羽毛を頂戴してさっさとづらかろうと思っただけなんだ。
でも、予想外の事態が起こった。
俺たちがどんだけあがこうとも、レッドドレイクの力は強大すぎた。力が強い、スピードが速い…そんなレベルじゃなかった。
何をしてもやつの生命を危険に晒すことは出来なかった。銃弾はことごとく弾き返され、槍も、鉄球も…まるで効果がなかった。
だが、あるヤツの出現によって戦況は変わってきた。
白い…狼。ユアのもう一つの姿だ。
そいつはべらぼうに強かった。姿通り人間離れしている…元の目が覚めるような、少しおっちょこちょいの美女とは異なる…血に飢えた狼だった。
そいつは…ブースト状態の俺が、何一つダメージを与えることの出来なかったレッドドレイクを、正面から攻略し、血を啜った。俺はこの時点でほぼ勝利は確定 したと思った。
だが…・俺たちが求めていた炎の羽毛というものは、俺たちの想像をはるかに凌駕する魔力を持ち合わせていた。
そう…白狼の牙により確実に死んだと思われたレッドドレイクは、自らより生まれた炎の羽毛の魔力を暴走させ、元の数倍の力で襲い掛かってきた。
最初の何倍も多く吐き出された火炎、あまりの熱に熱され燃えるように輝いた鱗。
まさに蝋燭が消える寸前に激しく燃え上がることと一緒だった。
当然最後に燃え盛ったところで、最後には燃え尽き、命の灯火が消える。
つまりはレッドドレイクの死と炎の羽毛の消失だった。
前者はむしろ望むべきことだったが、後者はの問題は俺たちにとっての最優先事項で、何があっても逃すことはできなかった。
だから、俺たちは最後の力を振り絞って、火炎の暴雨を掻い潜り、ヤツに強力な一撃を浴びせるべく疾走した。
だが、俺の渾身の一撃を受ける前に、レッドドレイクは力なく崩れ落ちた。
全く意味がわからない。もう炎の羽毛の力を出し尽くしたとでも言うのか? そんなはずはない…何しろ俺がフックを繰り出す寸前までやつは火炎を吐き続けて いたのだから。
それが、一瞬にして無気力になった。徐々に力が弱まってて、最後に力尽きたわけじゃない。
ただ急に蹲り、凍りついたように動かなくなっただけだ。
俺が、不可思議な事態に混乱してる最中、白狼にはっぱをかけられた。
そして俺たちは…無気力になったレッドドレイクの頭を叩き潰し、白狼の爪によって完全に止めを刺した。
さっきも言った通り、俺たちは勝った。敵は死に、俺たちは誰一人かけることなく生き残った。
でも残ったものは…メル札の束とレッドドレイクの頭蓋。そして胸にぽっかりと開いた空虚という穴だけだった。
俺はそれを見て絶望した後、レッドドレイクのでかい図体が塵になり、ブーストの切れた俺は意識を失った。
*
真っ暗な世界。全身の感覚がない。
全てが虚ろ、全てが幻。
俺は死んだのだろうか? あれだけ痛めつけた体に痛みはない…むしろ心地いいくらいだ。
俺が何を言おうとしても声にはならない。何も見えない。
そうか…俺は死んだんだな。死んだら天国とか地獄に行って、死んだ人間同士の世界があるのかと思ってたが…死ぬってことは、自分という存在が消滅する…た だそれだけだったみたいだな。
何も苦しむことはない、何も考えることもない、そしていつか俺という存在は誰からも忘れ去られるのだろう。
グミは俺のことを忘れないだろうか? レフェルは? ユアは? ナオは?
みんなどうなったんだろうか。俺が死んで、悲しんでくれるたのだろうか?
それともグミのやつは借金を返さなかったことに対して、怒っているのだろうか…。
まぁいい…どうせ俺は死んだんだ。無理をしすぎた自分が…悪い。
だが、グミはどう思うだろうか。
俺の頼みとはいえ、2度ブーストをかけ、結果的に俺の体が死に絶えたことに対して自分を責めるだろうか。出来ることなら、全部俺が悪いと土下座して謝りた い。

…死人が何を考えてるんだ。何を思いつこうが、求めようが全て「死んでいる」という理由で不可能だ。
今は暗い闇の中に意識だけが漂っているような状況だが、じきにそれすらも無に帰るのだろう。
俺は…何か一つでも守ることが出来たのだろうか……
「…っ!」
幻聴まで聞こえてきた。いよいよやばそうだ。
「…シュ…ウ!!」
何で死人の名を呼ぶんだ。そんなことしたって俺は…
「シュウ…死なないで…」
残念だけど、もう遅いみたいだ。
「シュウさんっ!!!」
………
おかしい。俺は死んだんじゃないのか? この二人の女の声はまるで…
「いい加減…起きなさ…い!! 起きて…くれないなら……」
怒りと悲しみが合わさり、震えた声。この声、口調…これは紛れもなく…
「ちょっ…グミさん、早まらないで!!」
「きっと…私を驚かせようと思って、死んだふりしてるのよ!! …グス」
「グミ…シュウはもう……」
「……っ!!!」
………なんで死ぬ直前まで俺の周りは騒がしいんだ? 俺がそう考えた直後。既に死に絶えたはずの脳天に激しい衝撃が走り、目の前に星が舞った。俺は心の中 で絶叫する。
「痛っ!!!!!!! なにすんだよ、グミ!!」
グミ…?
激しい痛みとともに、口の中にさびた鉄の味が広がる。
その味を感じた瞬間、全てが弾け、真っ暗だった世界が光を取り戻した。
そしてこの目に最初に写ったのは…血に濡れたメイスを握り、短めの黒髪を肩口でそろえた少女だった。まだ幼さの残る整った顔は、涙でぐしゃぐしゃになって いた。
俺が掴んだのは虚空でも死の抱擁でもなく……
続く
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