灼熱の火炎と氷の狼がぶつかりあって起きた水蒸気爆発の混乱乗じて、上空へと跳躍した白 狼は考えていた。
いける。死角からあたいの牙を食らって、生きていられたやつはまだいない。
しかも念には念を入れてクラックファングを使ったんだ。冷気を帯びた牙でヤツはずたずたさ。
シュウとかいう子も結構頑張ったみたいだけど、もう出番はないね。なんたって…
「ぐおおおおおおおおおおおお!!!!!」
あたいは空中から全体重を乗せて、レッドドレイクの首筋に鋭い牙を突き立てる。鋭くて長い犬歯は、鋼鉄をも跳ね返す鱗を突き破って、レッドドレイクの首筋 へと埋没していく。熱くて、嗅ぎなれた錆びた鉄の味。
「ぐおおお…」
レッドドレイクは体を震わせ、抵抗する。でも無駄だね。あたいの牙から発する冷気でお前の体力はどんどん奪われ、どんどん衰弱してる。傷口もずたずたに引 き裂いたし、もう血は止まらないよ…観念するんだね。
あたいの言葉通り、レッドドレイクの首筋からはおびただしい血が流れ、あたいを振り払おうとする力も徐々に失われつつある。あたいは勝利を確信した…まぁ 今までだって負けたことないけどね。
ほとばしる血液、衰弱してゆく獲物。自分と同等の実力を持つ、凶獣を仕留めたという征服感…そして血の味による恍惚……。あぁなんていいんだろう。どうし てこんなに楽しいんだろう。こいつはこうやって死んでいくって言うのに…。あたいはレッドドレイクの首に食いついたまま、当初の目的も忘れて、いつまでも 止まることなく流れ出る血を飽きるほど味わっいた。ふと見た先に何かが向かってくるのが見えた。
 青い髪をした男がこっちに走ってくる。右手にはバズーカ、左手には短銃。頭にはどうみても自分でやったとしか思えないとんがり。ちょっと人間では考えら れない速度で走っている。まさかあたいの獲物を奪いに来たんじゃないだろうね?
「………!!」
なんか大声で叫んでるみたいだけど、何言ってんだかわからないよ。
「早くそこから離れろ!!」
はぁ? 何を言ってるんだい。こいつはもう虫の息じゃないか。だけど、そのときあたいはまだ、ことの異常さに気づいてなかった。
「おい! 聞こえてんのか!!? そこから離れろって言ってるんだよ!!」
あんまりうるさいから、あたいは牙を抜いてアンテナ頭に言ってやる。牙と口からはいまだ固まることなく流れ出る血液を滴らせていた。
「うるさいね。こいつはあたいの獲物なんだ。炎のなんとかってのはやるから、さっさとどっかいっておくれ」
「違う!!そいつはまだ…」
…まだ? 気づいたときにはもう遅かった。動かなくなったのも、血がいつまでも流れ出ていたのも死んだからじゃなかった。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
先ほどの悲鳴とは違う。明確な怒りと殺意を示す咆哮…。死んだかと思ったレッドドレイクの体は赤熱し、あたいの白い毛を焼いていた。あんなに出ていた血も 止まってる。
「わああああっ!」
牙を抜き、ただレッドドレイクに乗っかっていただけのあたいの体は、急に動き出したレッドドレイクの体についていけず、くるっと半回転して地面へと落下す る。背中から落ちたので受身を取ることもできず、その場に仰向けになる形になった。言い訳しようのない絶対的なスキ。
「だから避けろっていったんだよおおおおおお!!!」
アンテナ…いやシュウっていったっけ? それがわけのわからないことを叫びながら、レッドドレイクに対して超スピードで連続射撃する。レッドドレイクの体 のラインに沿うよう発射された銃弾は、赤熱して前より真っ赤になった鱗を数枚剥ぐけど、レッドドレイクはそんなものを気にする様子もなくあたいを凝視して いた。
さっきの怒りと闘争心が交じり合ったような瞳じゃない。憎悪と殺意で真っ黒に燃える炎の瞳。
レッドドレイクは、右足を上げ私を踏み潰そうと振り下ろした。
「くっ…」
あたいは体を半回転させて、何とか避けられたけど…あまりの速さに見えなかった。地面がレッドドレイクの足跡にへこみ、さらに焼け焦げているのを見て、も し避けられかったらどうなっていたことか。
レッドドレイクの追撃は続く。あたいがとっさに起き上がろうとした瞬間、背中の毛が火炎弾に焦がされる。
「レッドドレイク!! お前の相手はこっちだ!!」
シュウはありったけのMPを銃弾に変え、鱗を剥ぎ取っているようだけど…怒りに燃えるレッドドレイクの瞳にはあたいの姿しか映っていない。赤熱し変色した 長い尾が、私に向かって迫ってくる。絶対にかわせない体勢、スピード、角度。とっさに前足でガードするも、あたいの体は成す術もなく吹き飛ばされ、グミさ んが潜んでいる岩壁へと激突する。
「ごぼっ…!!」
あたいの口から、さっきすすったばかりの血と、自分の内臓がつぶれて出血した自分の血が混じった、真っ黒い液が吐き出される。全身がばらばらになるような 激痛。さっきとは桁違いだ…
岩がきしむ音に驚いたグミさんが、岩壁から飛び出してくる。
「おおかみさん…! ヒール!!」
グミさんはこの数秒かの間に若干回復したMPを使い、あたいに回復呪文をかける。全身を駆け巡る激痛は、少し収まったけど、骨や内臓へのダメージが酷く、 一度では回復しない。
「ぐばっ…」
また大量に血を吐く。せっかく久々に味わえたのにもったいない…。
「ヒール!!!」
グミさんはもう一度あたいにヒールをかける。二度目だけあって、さっきよりも痛みが遠のくが、痛みの代わりに遠くから何かが聞こえる。
「火炎弾だ! よけろおおおおおおおおお!!」
あたいの体はまだ壁にめり込んだままだ。避けられるはずない…。あたいは半ば死を覚悟しつつ、心の中でユア姉に謝る。
(姉さん、ゴメン。あたい、思ったより弱かったみたい。死ぬときは一緒だから…)
(まだよ。)
(ぇ…)
「マジックシールド!!!」
あたいの体とグミさんの体を光の膜が包み込み、1発の火炎弾を弾いて役目を果たしたかのように四散する。
シュウがあたいとグミさんの元にすぐさま駆けつけ、仁王の如く両手を広げてあたい達を守ろうとする。
「5発弾いたが、一発だけ弾けなかった。二人とも大丈夫か!?」
「大丈夫…じゃないけど、グミさんのおかげで何とか死なずにすんだよ。でも、この状況はやばいね…いったいあれはなんなのさ?」
「んなことしるかよ!」
だれもあんたに聞いちゃいないよ。MPを使い果たしてへたったグミさんが、カバンから取り出した小さな手帳を開いて、なんとかあたいとシュウに見せる。
「…バーンアウト。炎の羽毛を持つレッドドレイクが瀕死状態に陥ったとき、炎の羽毛が持つ全魔力を放出し想像を絶する力を出す。シゲじいも苦労したってこ こに…」
グミさんが震える指先を、殴り書きされた文章に向ける。
「わしのコールドビームを3発も食らっても生きて、しかもまた向かってくるとは…骨が折れたぞい」
よくわからないけどなんとなく苦労したような気がする文章。しかし、シュウは他のことに驚愕しているみたいだった。
「…なぁ、グミ。そのバーンアウトが終わったらどうなるんだよ」
「しばらくすると炎の羽毛の魔力が尽きて、レッドドレイクの限界を超えた体が崩壊し、幻に帰るって…」
「…!! ってことは炎の羽毛が手に入らないってことじゃねえか!!!!!」
そういえば炎の羽毛が必要だったと、あたいは今更気がついた。
続く
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