わたしがわたしであるために…おおかみの力を借りようと思う。
もしかしたらこれは間違いかもしれないし、取り返しのつかないことになるかもしれない…。
でも、必要なの。
このタイミングを逃したら、二度とわたしは他の人と人としてみてもらえない。
そんなのは嫌だ! …だから、わたしは生きるためにおおかみになる。何を失うことになっても…
*
「血!? そんなモノをどうするの!?」
うぅ…やっぱりみんなそういう反応するに決まってるよね。それも動物の生き血なんて言ったらもう…自分でも嫌なんだもん。でも、わたしが狼になるにはどー しても血が必要なんだ。どうしよう…
「ねぇユアさんったら! 何に使うか教えてくれるんなら、私の血を分けてあげてもいいよ?」
(ヒャッホー! 血くれるって!! さっさと話しちゃいなよ。)
血がもらえると聞いてわたしの中のおおかみが騒ぐ。こうなったら思い切って言ってしまおう!
「実は…わたしの中にいるおおかみは、何かきっかけがないと出てこれないんです。そしてそのきっかけが…」
「生き血なのね?」
「そうなんです。どうやらおおかみは血の臭いをかぐと、興奮して出てこれるみたいなんです…」
血以外のもので、おおかみが出てきたことはまだない…というより試したことがあまりないから、もしかしたらおおかみの好物とかがあれば、それでも出てきた りするのかもしれないけどね。グミさんは、わたしの言葉を聞いて少し引いてたみたいだけど、覚悟を決めてこう言ってくれた。
「私の血でいいんだったら、少しだけ分けてあげる。どこからでも好きなところから吸って!」
グミさんは自分の首筋を見せ、痛みをこらえるように目をつぶる。…絶対吸血鬼か何かと勘違いしてる…。
「あの…指先から本の一滴でいいんですけど…。ほんと、きっかけだけなので…」
「え? そうならそうと早く言ってくれなきゃ。はい!」
グミさんはそういい終えると、人差し指を少しかじって血を出し、私に突きつける。
「では、失礼して…ぺろ」
ほんの少しの血だったはずだけど、口の中全体に錆びた鉄のような味が広がる。…押し寄せる恍惚…これはわたしの感覚じゃない。おおかみのだ。
(うーん…やっぱりこれがないとねぇ…。それじゃ姉さん、あたいが前に出るよ。後ろで見ててね。)
(グミさんとシュウ君を傷つけないでね。ずっとみてるから。)
(姉さんの友達を食ったりしないよ。じゃ代わるね。)
わたしの体の感覚がすべて消え、ふわっと空気に漂うような不安定な感覚になる。さっきまでの違和感、焼け付くような空気…ほぼすべての感覚が失われる。 残っているのはおおかみの目を通しての視覚、思考、そしておおかみとのコミュニケーションだけになる。これからはしばらくは( )を付けて話すのだろう。 今までわたしの中にいたものが、わたしの体を借りて喋りだす。
「ふぃーこの体になるの久しぶりー! あ…わたし、おおかみって言うの。グミさんよろしくねー」
グミさんは、突如性格が激変したわたしに少なからず驚いているみたいだったけど、
「お…おおかみさん、よろしくね。それと、ユアさんはどうなったの?」
「姉ちゃんならわたしの中で見てるから安心して。じゃちょっと変身するから、服預かってくれない? 着たままだと破れちゃうかもしれないから」
…!? 今ここで服を脱ごうとしてるの!?
(ちょ…ちょっとこんなところで裸にならないで!)
おおかみは不思議そうに聞き返す。
(何でさ? 脱がないと着る服なくなっちゃうよ。)
…確かにそうだ。わたしが今着ている服以外に、わたしは服と呼べるものを持ってない。シュウ君も見てないしいいか。グミさんは、かなりびっくりしつつも了 解してくれる。
「さっすがグミさん、話が分かるー! じゃこれ、持っててね」
おおかみはそう言い終えると、ためらうことなく全ての服を脱ぎ捨て、それをグミさんに手渡す。準備は整ったみたい。
「準備オッケー。変身するよー!」
変身。何度目か忘れたけどこの感覚だけは忘れられない。今の状態…そう、二つの意識が混在している状態だと、さほど閉塞感を感じはしないのだけれど、狼の 姿になるにつれて、わたしの意識は遠くなり、おおかみと交信することすらも困難になる。つまりは…完全におおかみがわたしの体を乗っ取るってことだ。まぁ 乗っ取るとしたら、とっくの昔から狼のままだったと思うけど…。おおかみもそこまでやる気はないみたい。
「あ…う…あ…うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
まだ女性の体のままのおおかみが絶叫を上げ、体が変貌していく。
目に付くところから言っていくと、爪や牙が以上に伸び、全身に白銀の体毛が生えてくる。顔の形は顎を中心に伸び、耳や鼻も一番機能的な場所へと移動する。 そして表面的な変化よりも、わたしの中で起こっている変化の方が激しい。
まず、全身の骨格が捻じ曲がり、伸ばされ狼の骨格へと変わっていく。体中の血液が沸騰したように熱くなり、体のあらゆる臓器へと流れ込み、全身の能力をさ らに活発化させる。最も変化があるのは筋肉で、ユアのときとは違い、しなやかかつどんなものをも一撃で粉砕するほどの膂力を持つ。
「わおおおおおおおおおんん!!!」
先ほどとはまったく異なる体となったおおかみは、点に向かって一声遠吠えし、グミさんの方へと向き直る。
「さぁ、炎の羽毛をとりに行くわよ!」
グミさんはあまりの迫力に腰が砕け、座り込んでしまった。
続く
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