ありったけの空気を燃やしつくしながら、グミたちに迫る3つの火炎弾。それぞれが人の頭 一つほどのおおきさと、触れるものをみな爆砕するほどの威力を有し、なおかつレッドドレイクの尋常ではない肺活量にて吐き出された火炎弾は、よけることな どほぼ不可能な速度で、すべてを破壊しつくすべく疾走していた。
 一方ユアは炎の羽毛を奪おうと隙を見て近づいたが、強力な尾による一撃で、岩の壁まで弾き飛ばされ、その場にうずくまっている。ここからでは彼女の状態 を完全には把握できないが、多分死んではいないだろう。まぁ…普通の人間ならまず即死は免れないほどのダメージだったが、彼女の場合は骨が折れたか、気 を失った程度で済むだろう。なぜなら……
*
手負いのシュウ、吹き飛ばされたユアさん、迫り来る火炎弾。闘えるのは私とレフェルしかいない。私はとっさにレフェルを構え、呪文を詠唱する。
「マジックシールド!!」
私の叫びと共に柔らかな光を放つ、しかし非常に強力な盾が私とシュウを包むように展開される。そしてコンマ1秒も経たないうちに、灼熱の破壊者が私の盾へ と食らいついた。
「ガシン!! ガシンガシン!」
あまりの攻撃の重さに私は思わず声を上げる。
「うぁ…お、重い!」
盾が削られていくような感覚…・それでいて私の精神もがりがりと音を立てて削られるような…。こんなのはシゲじいのエネルギーボルト以来かも…。強烈な精 神疲労と共に、熱気までもが私の体力をどんどん奪ってゆく。もう一発来たら…きっと終わりかもしれない。シュウは私が苦痛に顔をゆがめてる様子を見 て、
「グミ! こんな攻撃を守っていても、MPが削られていつか終わっちまう! 1,2の3でマジックシールドを解除して、回避するんだ」
了解ぃと頭の中だけで言う。歯を食いしばって全力で魔力を放出しないと、盾が割れて私たちが真っ黒こげにされてしまう。シュウの声が、私の耳元で…
「1…2…の3!」
私はシュウの合図と共にマジックシールドを解き、転がるようにして火炎弾を避け…ってあれ? 体に力が…やられる!!
「おりゃあああああああああ!!!!」
シュウは私に飛びかかるようにして押し倒し、私を下敷きにして地面の上に倒れる。…どうやらシュウのおかげ命拾いしたみたい。シュウは私の上に覆いかぶ さったまま言った。
「グミ…大丈夫か? 俺がもう一歩遅かったら死んでたぞ」
「ありがと…助かったけど、いつまで私の上に乗っかってるつもりよ」
私がいつまでもくっついてるシュウを押しのけようとしたとき、生暖かくてぬめったものが手に触れる。
「もう少しこうしてたっていいだろ。それと…ヒールしてくれないか?」
よく見るとシュウの口からは赤いものが流れ、体も小刻みに痙攣してる…・。私は残った魔力をありったけ使い、シュウにヒールをかける。
「ヒール!! …わっ!」
シュウは私が傷を癒した瞬間、私を背負って近くの岩陰まで走る。シュウの背中には大きな切り傷と3つの黒いこげ痕があった。そう、シュウは…私はあまりの ことに泣きながら、シュウを問い詰めた。
「どうして…どうして、そんなに無理するのよ! 私なんかかばうから、もう少しで死んじゃうとこだったじゃない…」
シュウは私の頭に手を乗せてこういった。
「お前は”なんか”じゃない。それにああしなかったら今頃黒焦げになったグミの死体がだなぁ…それにお前は俺の…」
私はシュウの何なのだろう。もしかして…!
「俺”たち”の生命線だからな。死なれたら困る。ついでにもう一回ヒールを…ぐぁ!」
無意識にグーで殴っちゃった。まったく紛らわしい・・でも、これからを考えて一応ヒールはかけとこ。
「ヒール」
私の持ったレフェルから緑色の淡い光が出て、シュウを包み込む。シュウは私のパンチに悪態をつきながら…
「何でいきなり殴っかなぁ…まぁとりあえずヒールサンクス。それともう一つ頼みたいことがあるんだが…」
「何よ」
「俺にブーストをかけてくれ。ユアのところまで送るから、ヒールをかけてやってほしいんだ」
シュウはいつになく真剣な眼差しだったけれど、それはブーストを使うことがどれほどのリスクを負うのかを暗示してるようにも見えた。
「そんなことしたら、シュウの体ぼろぼろになっちゃうよ。この間私がどうなったか見たでしょ・・?」
シュウは、
「心配すんな。俺様はやつを殺すまでは不死身だ。一思いにやってくれ!」
そんな適当な…でもシュウは覚悟ができてるようだった。もう…どうにでもなれ!
「絶対死なないでよ。ブースト!!!」
シュウの体に一筋の風が渦巻き、シュウの全能力が一時的に飛躍したことを現す。シュウの体力を犠牲にして…
*
痛い。そして…熱い。私の中にあるもう一つの存在が、宿主であるわたしの危機を知り、心の牢獄の格子を叩いてる。
手も足も何とか動く。あのときみたいに骨は折れてないみたいだけど、ひびくらいは入ってるかもしれない。
(ユア姉ー。このままだと死んじまうよ。あたいを出しな。)
わたしの中の「おおかみ」の声。わたしが大変なときに現れ、わたしを守ったり、励ましたりしてくれる。性格は残虐で好戦的だけど、わたしがやめてといえば やめてくれるし…そんなに悪い子じゃない。でもこの子がわたしの中にいることでわたしは何度も死線をくぐり抜けてきた。それは今も変わらないけど…。
(今大変だから、あなたのことを出してあげたいけど…あれがないの。)
(この間家畜を襲ったときに使ったのが最後だったっけ…あのトンガリが邪魔に入らなかったら予備を取って置けたのにね)
(うん。でも今そのトンガリ…じゃなくてシュウさんに仲間にしてもらえるかもしれないんだ。)
(えー…嫌だけど姉さんがそうしたいなら、あたいもそうするよ。それでどうしたらいいん?)
(えっとレッドドレイクの炎の羽毛をね…あっ!)
(どしたの? あ! あの変な髪が走ってくるね。)
グミさんを背負ったシュウさんが、怪我したわたしの元まで駆けつけてくれたみたい。
「グミ、俺はレッドドレイクを何とか元のいちに誘導する。ユアは任せたぞ!」
シュウさんは今までもかなり早かったと思ったけど、わたし以上のスピードでレッドドレイクの元へ走り去っていく。今まで手加減していたのかな。シュウさん に下ろされたグミさんは、
「ユアさん、大丈夫…? うっ…気持ちわる〜。シュウったら飛ばしすぎ…」
グミさんは気持ち悪そうに、口を押さえたけど、何とかこらえてわたしにヒールをかけてくれる。
「ヒール!!」
あぁ…全身の痛みが嘘のように消えていく。こんなに人によくしてもらったのはいつ頃だったっけ。「おおかみ」がわたしに言う。
(この黒い子、優しいけどちょっとドジそうだね。)
(そんなことグミさんの前では言わないでよ。)
グミさんは心配そうにわたしに聞く。
「どう…元気になった?さっきから様子がおかしいけど…」
「え、あ! 元気になりました!ありがとうございます」
「よかったぁ…あんなのモロに食らったから、もしかしたらって思ってたんだよ…」
本気で心配してくれてたみたい…わたしは心の中でもう一度礼をする。「おおかみ」は、
(姉さん、このグミって人からあれもらえないかな? 事情を話したらわかってもらえるんじゃない?)
(そうね…聞くだけ聞いてみる。)
「痛いのには慣れてるので…でも、あの紅い恐竜は予想以上に強敵ですね。そこで折り入ってお願いがあるんですが…」
グミさんは何の疑いもなく、わたしの言葉に耳を傾ける。
「わたしが狼になれることは知ってますよね…。あのレッドドレイクを倒すには、それしかないと思うんです…」
さすがのグミさんも驚いたらしく、好奇心旺盛にわたしに聞き返してきた。
「おおかみになるって自由に変身できるの?私てっきり月の光を浴びるとかするとかってになるのかと思ってました!」
わたしが狼になれると聞いても驚かない人…数は少ないけど、何人かはいた…。でも…今はそんなこと思い出してる場合じゃない。あのことを切り出さないと…
「実はある物があればいつでも変われるんです…でもそれがその…」
やっぱり言い出しづらい。でもグミさんは聞き返してくる。
「あるものってなに?」
「聞いても驚かないで下さいね。実は…」


「生き物の血です」
続く

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