シュウが壁によじ登って何かをしている間、私とレフェルはどうすることもできなかった ので、先に宿屋に戻っていることにした。わざわざ荷物をまとめてチェックアウトしたのに、なんだか不思議な気分である。そして普段感じない寂しさも感じる ような気がした。私は「はぁ」とため息をつき、それにすかさずレフェルが反応する。
「どうした? シュウがいなくて寂しいのか?」
「そ…そうじゃなくてコウさんのこと考えてたのよ。今頃どこにいるのかなって…」
シュウのこと考えてたなんて死んでも言わない。でもレフェルは全然信じてない様子…全く意地の悪いやつ!
「そうか…どう見てもシュウを待っているように見えたが」
「だ〜か〜ら〜! 私はシュウのことなんて…」
「ドン!」
いきなりドアが激しく開かれる。時刻は夕方…たくさんの家族が一家団欒したり、修行を終えた戦士がゆっくり休息している時間だというのに、何て非常識なヤ ツだろ。まぁ90%以上の確率で私の顔見知りなんだけど。
「いやー悪い。グミならあんな壁ぐらいどうったことないと思ったんだが…いやマジでゴメン」
非常識な男は宿に入ってくるなり、私に頭を下げる。特徴のあるとがった角みたいな髪型…やっぱりシュウだ。
「もう…あんな壁よじ登るのなんてあんたぐらいよ。それで、何してたの?」
私はシュウに考える暇を与えないようにすぐに問いただす。シュウはあわてた様子もなくこう答えた。
「いや…盗聴してた内容があんまりかわいそうだったから、事情を聞きにいったんだよ。それと、食べ物も貰ってないみたいだったから少し分けてきた」
どうやら言ってることに嘘はなさそうである。でもかわいそうって…?
「かわいそうって何が? お金持ちのお嬢様じゃないの?」
「いや、全然違う。俺も見た目とあのでかい家でそうかなーって思ったんだけどさ。事実は全然違った。どうやらユアは狼であることを何らかの形で知られて、 それを盾に脅されてほぼドレイ状態らしい。まぁよくよく考えてみれば、お嬢様が食堂で働いてるわけないし、果物ナイフで戦う必要もないしな」
「なにそれ?じゃあどうしてユアさんは、あの家から逃げ出さないの? ユアさんぐらい強ければ、警備員なんて無意味だし、なんならあの主人とかいうやつ だって、やっつけちゃえば…」
シュウは、違う違うと首を振りながら、
「だから脅されてるんだって。確か…この町の戦士ギルドに、狼が人間に化けて戦士やってるとか何とか。そうやってチクれば、誇り高い戦士ギルドが総出でユ アのことを倒しにくるらしい」
「…どうして…そんなことするのよ!!」
ただ狼ってだけで…本人だって好きでそうなったわけじゃない…と思うのに。
「俺に怒られたって困るぜ。まぁとにかくそういうやつらなんだよ…それで話は変わるが、ユアはその主人に俺らにPT誘われたって言ったんだよ。それで一緒 に行かせてくれないか…つまり、自由にしてくれないかと頼んだんだ」
そんなに真剣に考えてくれてたんだ…私はほとんどユアさんと面識がないけど、結構いい人なのかも知れない。
「それで…その、主人はなんていったの?」
「『炎の羽毛』を持ってきたら考えてやるだってさ。なぁレフェル、炎の羽毛って知ってるか?」
レフェルは少し考えながらも言う。
「…炎の羽毛、レッドドレイクに稀に生えている、名前通り炎のように燃え盛る羽毛のことだな。…確か時価1Mはくだらないとか」
「1M!?」
1Mって言うのはお金の単位で100万メルのこと。シュウの借金の数十倍…私の所持金より数倍多い。ものすごい大金だ! シュウは、レフェルの回答に納得 したようで、
「そう…しかもそのレッドドレイクは、この間やっとのことで倒したカッパードレイクとは次元が違う。俺たち30レベル代がどうがんばっても太刀打ちできる わけないし、50レベルでも苦戦することは必死だ。…要するにあのオヤジは、不可能な条件をユアに押し付けたわけだ」
私が怒り心頭なのを見かねて、レフェルが割って入る。
「どうせあの主人とか言うやつは、タダ同然で日銭を稼いでくるユアを手放したくない…かといって死にたくもないから、監禁し、おまけに戦士ギルドの話まで 持ち出してユアが反逆することを防ぎ、金儲けに勤しんでいると…呆れたクズだな。まぁ多少は頭が切れるようだが…あれだけ防護策を施してるのにびびってい るところを見ると…」
「小心者なのね」「ただの雑魚だ」
もう…今更ハモったくらいで動揺したり…しない。シュウは、
「まぁ要するに、ユアと一緒に旅をしたかったら、あの主人を黙らせるか…もしくは炎の羽毛をどうにかして手に入れなきゃいけない。で、俺は後者…つまり炎 の羽毛を手に入れるほうを薦める」
え…てっきりシュウのことだから、あの家にいるヤツ全員ぶっ殺すとか言いはじめるのかと思ったけど…。まぁ私が止めるけどね。。シュウは、さらに続ける。
「何であのオヤジを黙らせないの? って顔してるから言うが、さっきも言ったように、やつは偉そうにしているが相当小心者だ。俺の経験上そういうやつは自 分の身が危うくなると…何をしでかすかわからん。色々面倒なことになるかも知れん。だからそっちは止めといた」
「へぇー。意外と考えてるんだね」
「まぁな。それで、その炎の羽毛をどうやってゲットするかだがな…。あ…これは明日にしておくか。もうなんか眠くなってきたし」
…そこ一番大事だろ。でも確かにもう日付が変わっている。。眠くなってきた…。
「まぁこれはユアにも聞いて欲しいことだから、明日の朝話すよ。あぁ…それと言い忘れてたが…明日の朝、ここにユアが来るように呼び出しておいたから。 じゃあおやすみー」
シュウは言いたいことだけ言って、自分の部屋に入ってしまった。うーん…結局話の詳しいことは全然わかんなかったけど、とにかく明日ユアさんと一緒に話を して、炎の羽毛を手に入れるってことがわかったしいいか…。それじゃ私も寝ることにしよっと…。
*
翌日明朝。
「コンコン」
誰かが部屋をノックしている。今は…おそらくまだ4時かそこらだろう。グミは熟睡したまま微動だにしない。
…しょうがない。
「こんな朝早くにいったい誰だ。名は?」
「あ…あの、部屋を間違えていたらごめんなさい。ユアっていうんですけど…」
こんな朝早くから狩りに行かされていたのか…ろくに食事も寝床も与えられないというのにこの扱い…不憫すぎる。
「鍵なら開いている。入ってくれ。それとグミ…起きろ!!」
我はグミの耳元に向かって、この体で出来るだけの大声で叫ぶ。
「わわわわっ…!! 師匠寝坊しましたー!!」
グミは意味不明なことを叫びながら飛び起きる。短めな髪は寝癖でいたるところが跳ね上がり、目も虚ろだ。
部屋に入ってきたユアは、不思議そうな顔をして我を手に取る。
「今の声、このメイスから聞こえてきたんですけど、もしかして生きてるんですか?」
…メイスが喋って驚かないのもアレだが、よくドア越しにここから声がしたなんてわかったものだ。
「生きているかどうかは知らないが、喋ってのは我だ。名はレフェル、ここの黒髪の少女「グミ」の武器でありパートナーだ。よろしく」
「こちらこそよろしくお願いしますっ!」
ユアは我に向かって深々と礼をする。…端から見たらさも滑稽だろうが、普段が普段なだけになんだか不思議な気分がした。ふいに隣の部屋のドアが開き、シュ ウがどたばたとこちらにやってくる。
「ユア、グミ、おはよう! 三人集まったことだし、さっさと会議しようぜ」
まず我が入ってないことに不服を覚えるが、まぁそれはいいか。それよりも…
「ちょっと静かにしてくださいよ! 今何時だと思ってるんですか!!」
隣の部屋で寝ていた女戦士と思しき大柄な女が、怒り心頭の様子で部屋の前に立っていた。
続く
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