俺はユアが監禁されている部屋の窓に貼りついている。今からユアの救出に踏み切るつも りだが、その前に俺が盗聴した内容を聞いて欲しい。と言っても一部俺の見ていたことをふまえて解説をいれていく。
それとそこ! いつもとキャラが違うとか言うな。いつものも今のも俺だ。あぁ…それと付け加えておくが、かなり痛い内容になっている。そういう趣向を持っ ているやつはそうはいないと思うが、もし万が一いたらさっさと帰って欲しい。当人にとっては大切なことなのだからな。では少しずつ話そう。
*
まず俺はユアのスピードに追いつけず、途中で見失った。が、偶然にもユアがでかい家、あのクソ野郎の家入っていくのを見た。俺も最初は金持ちの女なのかと 思ったが、ドアを開けるなり起こった事件でそんなのは夢物語であることを理解した。
「た…ただいま帰りました!」
ユアはドアを開けるなり、深々と頭を下げる。その前には使用人か妻か知らないが高飛車そうな女が立っていて、いきなりユアの頬を張った。
「あんた何度言ったら分かるんだい。主人がご立腹だよ!」
ユアはうつむきながら、ほとんどゴミと化している靴を持って、裸足で家へと上がる。この後ドアが閉じられたので、ここからは聴覚のみの情報となる。ちなみ にこのときグミが来た。まぁこの場合グミはあまり関係ない。と言うよりグミがこれを聞いていたら、家ごと野郎を壊しかねない。まずこれだ。
「おい! 狼女。俺様を1分も待たせやがって! 俺様は忙しいんだ」
1分くらいなんでもないだろう。説教している暇があればその大事なことをやったらいいじゃないか。ユアは、
「すいませんでした。今度からは気をつけます」
「まぁ何しろ狼の頭だ。何度言っても覚えられないのはしょうがないか」
野郎はかなりの大声で嘲笑する。
「おっしゃるとおりです」
ユアはあくまで逆らわない。
「ところで何で遅れたんだろうな。もしかして遊んでたんじゃないだろうな」
「滅相もありません。ただ人と…あ」
「人だぁ〜? お前人間と話をしたのか? まさか狼の姿じゃなかっただろうな?」
「ちゃんと今の姿で狩りをしてました。それに気付かれるようなこともしてませんし。話をしたのもほんの少しです」
「そうか…なら良い。それと狩りで思い出したが今日の収穫をよこせ」
「その前に一つお願いがあるのですが…」
「何だ? 言うだけ言ってみろ。条件次第では聞いてやらないこともない」
なんだ…お願いって。ぶち殺させてくださいとかか。
「その…今日会った人に仲間になってくれと言われたんです…」
「ほぉ…お前のような狼と仲間か。それで何だ?」
分かってて聞いてんのか? それにしてもユアは俺の話を覚えていてくれたのか。
「その…仲間にしてもらいたいんです。お願いします!」
「仲間だぁ? なかなか面白いことをいうようになったな。そうだな…マーケットで最近相場の上がってる『炎の羽毛』を持ってきたら考えてやる。まぁ無理だ ろうがな」
野郎はまたも大声で嘲笑する。これだけデカければ盗聴しなくても聞こえるだろうな。
それにしても「炎の羽毛」だって? 俺の記憶に間違いなければ、真紅の恐竜レッドドレイクの鱗にわずかばかり生えることがあるというレア中のレアドロップ である。だがレッドドレイクは50レベル以上の猛者にもかなわないような凶暴さで、恐るべきはすさまじい膂力だけでなく、異常なまでのタフネス…灼熱の火 炎弾…どれをとっても一級品で、俺らのような30レベルそこそこの人間が、数人で立ち向かったところで勝ち目があるどころか秒殺されるのが関の山である。
…御託を並べたが、ようするに「不可能な条件」ってことだ。
「炎の羽毛って言うものを持ってくれば、私を自由にしてくれるんですね!」
「できたらだがな。話が終わったらさっさと戦利品をよこせ」
ユアがぼろぼろの鞄からさまざまな戦利品をテーブルか何かの上に置く音がする。一つ…二つ…何個あっただろう。
とにかくたくさんである。そして最後に大量のメルが入った袋がテーブルに置かれた。これだけは間違いない。
「メル30kに戦利品200に薬が10数個、武器装備は無しです」
かなりの大収穫だ。だが野郎は鼻を鳴らして怒鳴り散らし、ユアは殴るか蹴るかされたのか、「キャ」っと悲鳴をあげる。
「今日はたったこれっぽっちか!! それに武器や防具がなければたいした金にはならない。何のために狼をかくまっておまけに寝床、飯まで与えてやってると 思ってるんだ! この様子じゃ仲間と旅どころか、一生ここで働くことになりそうだな」
よくいる。自分の私欲を肥やすためだけに他を利用し、自分は怒鳴り散らすだけ。…うんざりする。きっとユアも不当な仕打ちに奥歯を噛み締めているだろう。
「…私の力が足りなくて…ごめんなさい…」
予想以上にきている。俺ならすでに脳をブチ抜いているだろうな。野郎はユアの気迫に気づいたのだろうか、怯えた声で、
「…何か不服なのか? お前の秘密を戦士ギルドにブチまけるぞ?」
なるほど。実に分かりやすく、一番ウザイパターンだ。
「ご主人様それだけは!!」
ユアの声は悲壮なものに変わる。自分の中に潜むもの…もしくはユア自身が背負った運命が与えた苦しみは並大抵のものではなかったに違いない。
「このことを言ったらどうなるだろうなぁ…? お前のようなケダモノが、戦士として戦ってると知ったらプライドの高いあいつらだ。総出で殺しに来るだろう な」
…ようするに、ユアは野郎に狼のことに何らかの形で知られ、強請られてるのだ。ユアはごめんなさいと、とにかく謝り続ける。ヤツは、
「はっ。口だけで謝られても信用できんわっ! おい、そこの守衛。こいつを上の牢獄に閉じ込めて来い。鍵を忘れるなよ」
その後ユアは階段を上り、屋根裏に閉じ込められた。俺が盗聴したのはここまで…不幸な俺から見てもかなり酷い内容だと思う。そして場面は俺の行動に移る。
*
「おーい!ユアちゃん。話があるんだが、この窓壊して入ってもいいか?」
「だめです!そんなことしたら主人に怒られて、本当に殺されてしまうかもしれません。窓越しになら話せますけど…」
「じゃあそれでいいや。俺、さっきの話の内容、全部盗み聞きしてたんだが…明日、炎の羽毛を捜しに行くんだろ?」
「そうですけど…実は炎の羽毛ってどういうものかも知らないんです」
マジかよ…まぁ知ってたら最初から無理だと思って諦めちまったかもしれないな。
「炎の羽毛っていうのはレッドドレイクだけが持つレア中のレアモノだ。でもな…そのレッドドレイクってヤツはバケモノで、べらぼうに強い。だから一つ提案 があるんだが…」
「レッドドレイク…なんかすごく強そうですね。それで提案って何ですか?」
「提案ってのはな…明日も狩りに行くんだろ? そのときに狩りにいくフリをして、ペリオンの宿屋まで来て欲しい。そこで俺たちと落ち合おう。レッドドレイ クを倒すことはできないが、炎の羽毛を手に入れることはできるかもしれない」
「わかりました。…話しているのを気づかれたみたいなので、お話の続きはまた明日で…ありがとうございました」
「おう! じゃまた明日…の前に、これあげとくわ。どうせ何も食ってないんだろ」
俺はコートのポケットから、残しておいたチョコレート…うわ、粉々だよ。まぁないよりましか…とにかく俺は、チョコだったものを壁にあいた小さな穴から手 渡す。断じてグミ製ではない。
「本当にありがとう…。では明日必ず…」
「じゃあな。待ってるから絶対来いよ」
俺は手を振り、誰にも気づかれないように宿に戻る。グミにはなんて言い訳するかなぁ…?
続く
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