朝の日差しで目が覚めるとそこは暖かいベットの中だった。だけどいつも使っている小さなベットではなく、旅人用のベットで、とてもふっくらしていた。どう やらどこかの宿屋かなにかのようだ。
 (ここはどこ…? 村で意識が無くなってから何も思い出せない。大切なことがあった気がするんだけど)
見慣れない部屋の中で物思いにふけっていると、誰かが階段を上ってくるような音がした。そして唐突に思い出す。
(!? …そうだ、私ドラゴンに殺されかけた時に黒い魔法使いに助けてもらったんだ。でもここは一体どこなんだろう)
コンコンというノックの音と共に優しそうな声がした。
「やぁ…そろそろ目が覚めたかい?」男の人だ。もしかしたら私、捕まって監禁されてるのかも…自然と身がこわばる。恐る恐るわたしは尋ねる。
「あの…あなたは誰ですか?私…捕まってるんですか?」
「怖がらなくていいよ、わたしはこの宿の主人で【ゼフ】というものだ。ドアを開けてもいいかい?」
主人は軽く笑いながらそう言った。
「はい。中に入って色々聞きたいことがあるんです!」
ドアが開く。ドアの外から現れたのはみるからに優しそうで、白いひげを生やしたおじさんだった。怖い人じゃなさそうだ。
「どうだい?少しは疲れが取れたかな?」
「全然大丈夫ですよ。えっとその…ゼフおじさん」
と、わたしは少しはにかみながら答える。
「ゼフおじさんとは嬉しいね。何から話した方がいいかな?」ゼフは本当に嬉しそうに微笑みながら聞く。
「あの…ここはどこなんでしょう?わたし、自分の村から出たこと無いんです」
「ここはアムホスト村だよ。何も無いけどのどかでいいところさ…ところで君の名前は何ていうんだね?」
私はそう聞かれてママがよく「知らない人と話す時はまず、自分から名乗るのが礼儀だよ」と言っていたことを思い出した。慌てて自分の名前を名乗る。
「私の名前はグミです。本当はもっと長い名前だと思ったんですが、いつもこう呼ばれていたので…自分の名前すらまともに覚えていなかったので私は少し恥ず かしかった。ゼフおじさんは、
「グミちゃんか、いい名前だね…これからしばらく一緒に暮らすことになるけど、仲良くやっていこうね」
一緒に暮らす? この優しそうなおじさんと? いったいどういうことでこうなったんだろう…遅れてゼフが言葉をつむぐ。
「そうだ言い忘れていたね。まずは君がこの村に来た時のコトを説明しようか」
一度言葉を切り小さくせきをして、ゼフおじさんは言った。
「そう…グミちゃん、君が来たのは2日前の夜中だった。その頃は既に店を閉めていたのだが、誰かが何度もドアを叩いていたんだ。こんな時間にいったい誰だ と思いながらドアを開けてみると…なんと全身黒の女魔法使いが血まみれのおまえさんを抱えてドアを叩いてたんだ。いや…傷は彼女の呪文の効果で治癒してい たのだが、なにぶん血が出てたからね。彼女は確かこんなことを言っていた。『とある村でこの娘が血まみれで倒れていたんです。傷は私の魔法で治しました が、失血が激しくてちょっと悪い状態なんです!今夜一晩泊めていただけないでしょうか?』」
(黒い魔法使い…そう私を助けてくれた人だ。助けてくれたうえにここまで運び届けてくれたんだ。)目の奥が熱くなったけど、おじさんの話が聞きたかったの で頑張ってこらえた。
「わしはもちろんOKしたよ。この子は面倒を見よう。あなたもこんな夜分遅くだ、泊まっていきなさいとね。黒い魔法使いは一言礼を言って、部屋の方にいっ たよ。君の方は私が血を洗って、借りてきた服を着せたんだ」
よく見ると私が来ていた服とは全然違った。私は赤とかピンクとかそういう色が好きだったけど、この服はみずいろだった。フリルがついててかわいい。
「君が着ていた服は…何度も洗ったんだが血が落ちなかった。しかもわき腹の所に大穴が開いてたんだ。よく無事だったと思ったよ」
間違いなく双頭のドラゴンに突き刺された時の穴だった。いまさらになって自分が生きてることを不思議に思った。
「どうにかしてやりたかったけど、処分したよ…他に君の持っていたものはその十字架のロザリオだけだ。もしかしたらその首飾りが君を守ってくれたのかもし れないね」
わたしの家族はおそろいのロザリオをしていた。でも今このロザリオをしているのは家族の中で自分だけだ。
(ママ、パパ…)
泣いても帰ってこないことは分かっていた。それでも涙が止まらないことに変わりは無かった。
(家族おそろいのロザリオ…6歳の誕生日に貰ってすごく嬉しかった。私も家族の一員として認めてもらったのかなって…)
私が泣いているのを見てゼフおじさんはすまなそうに呟いた。
「つらいことを思い出させてしまったかな…すまない」心からすまなそうに言い、彼のたくましい腕で私を抱きしめてくれた。抱きしめたままゼフおじさん は、
「泣かないで。今はつらいかもしれない、でも生きていれば必ずいいことがある。私が死ぬまで…いや私が死んでも村の皆が君のことを育ててくれる。あんな状 態から君は生き残った。両親の犠牲を無駄にしないように頑張って生きていくんだ」
ちょっとだけ勇気が出た。私はパパとママに生かしてもらったんだ。いつか強くなって…そう、あの黒い魔法使いさんみたいに! パパとママを奪ったあの龍に復讐するんだ!!
それまではこの村で修行しよう。勉強しよう。強くなろう。少し元気になった私は、
「ありがとうゼフおじさん。私、ママとパパのこと忘れない…」そこまで言って私は思い出す。
「ぁ…そうだ!私を助けてくれた魔法使いさんはどこに行ったの? お礼が言いたいの」
「彼女は寝ないで君が元気になるのを待ってから、頃を見計らって何も言わずに出て行ったよ。置手紙と大きな袋を置いてね」
「手紙にはなんて書いてあったの?」
「ほら! これがその手紙だよ。こう書いてある『こんな夜分遅くにやってきた私とあの娘を快く泊めてくださり、感謝のしようがありません。本当はあの子が 完全に回復するまで見ていてあげたかったのですが私にはそれほどの時間はありません。御礼のひとつもいえないことに申し訳なく思っています。最後に…あ なたはお子さんも奥さんもすでに先立たれていらっしゃるようです。これは本当にあさましいお願いなのですが、あの娘をここにおいて育ててはいただけません でしょうか? あの娘は村も両親を龍によって奪われてしまった最後の生き残りなのです。私の宿代とあの娘が大きくなるまで育て上げるために必要なお金はそ こに置いておきます。きっとあなたが私のお願いを聞いてくださることを信じております。 漆黒の魔導師より』」
(あの魔法使いは私の命を救い、自分をここに連れていってくれただけではなくお金まで置いていってくれたというのだろうか? 見ず知らずのただの幼い娘に だ。同情だろうか…それとも……)
「彼女が置いていった袋包みの中には3Mほど現金で入っていたよ。君を育てるのには十分すぎるほどの額だ。あの人にとってはほんのわずかなお金なのかもし れないが、普通にそんなことをするはずがあるだろうか?もしかしたら私が金だけを取り君を捨てるかもしれないというのにだ。これほど深い愛があるだろう か?」
ゼフおじさんは少し涙ぐんでいた。それもそのはずだった。3Mというのは確か300万メルという大金だ。それをどぶに捨てる覚悟で私のために残してくれた 人がいるってだけでも少し考えられないことだ…。さっき止まったばかりの涙があふれ出てきた。
「君のことを見てくれている人がいる! 助けてくれる人がいる! 私もそばにいる!まぁ…私は役に立たないかもしれないが、君のことを大切に思ってくれる人がいっぱいいるんだ。いつかくるであろう別れの日まで、一緒に暮 らそう」
「うん! わたし頑張る!!」
私は決めた。あの人のような人になること、龍を殺すこと、そして……
続く
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