いかにも食人族な人の前に凍りつくわたしたちだったけど、食人族はその手に 持った武器とは似つかない、丁寧で優しい口調だった。
「君たちにはホントに感謝しているよ。わざわざリスからネコを運んでくれたんだってね…僕はずっと前からネコを飼いたかったんだよ」
え…食べたかったんじゃなくて飼いたかった? 恐る恐る私は尋ねる。
「あの…あなた食人族じゃ無いんですか?」
男の表情が険しくなる…もしかしてこの質問、タブーだったの…!
「よく言われるが、僕は食人族ではない。ゴクリ」
ゴクリって…ずっと黙ってたシュウも口を開く。
「な…なぁあんた、食人族じゃ無いんだろ? でもネコは…なんてことないよな?」
イルがビクッと反応する。
「安心してくれ。ネコはずっと前から飼いたかっただけなんだ。食べるなんてそんなそんな」
男の目は必死さを通り越して、悲壮さすら浮かばせている。きっと今までも食人族と誤解されていたのかもしれない。何か可哀想になってきちゃった。
「わかった。あなたはネコを食べたりしないよね。イルー! こっちおいで」
イルは逃げようとするが、シュウがすかさず捕まえる。シュウもなんとなく男のことを理解したみたいだ。
「安心しろよ。ネコ。こいつは多分大丈夫だ。グミが言うんだから…」
シュウはイルを抱きかかえ、男の所に連れて行く。イルも覚悟を決めたようだ。
「俺らが命がけで連れてきたネコなんだから大事にしてくれよ…。あばよ…ネコ」
「確かに受け取った。大事にするよ」
男は大事そうにイルを抱きかかえ、微笑む。優しい人に飼ってもらえると嬉しい反面、イルとの別れが寂しくなってくる。散々逃げ出して私たちを困らせたの に…たった一日一緒にいただけなのに…。意識しないうちに涙が頬を伝う。お別れを言わなきゃ…。
「じゃあね、イル。大切にしてもらうのよ。グス」
イルは腕の中で「にゃー」と一声鳴き、尻尾を振る。私にはお別れのあいさつに見えた。男はこちらに来て言う。
「僕を信じてくれた人は君たちを合わせても片手の指に数えられるほどしかいない。僕を見て逃げ出す人も多いけどね。そうだ…報酬がまだだったな」
男はカバンから封筒を、そして手に持っていた槍を私に手渡す。封筒の中にはきちんと折りたたまれた5kが入っていた。
「ちゃんと5kあっただろう? それとその槍は僕からの気持ちだ。僕仕様に強化してあるから、それなりに使えると思う。僕にはもう必要のないものだから君 たちが使ってくれ」
報酬だけでなく、槍までもらってしまった。とりあえずお礼を言わないと。
「ありがとうございます。私は装備できないけど、イルだと思って大切にします」
思ってもみなかった言葉が出る。イルだと思って…そんなことできるかな。
「それじゃこれで…さよなら」
何度目のさよならだろう…私はその場から逃げ出すように走り出す。これ以上ここにいるときっと離れられなくなる。振り返ったらきっと立ち止まって走れなく なる。冒険するって決めた時から、旅は出会いと分かれの連続だって、分かっていたはずなのに…。別れはつらいって村を出たときに分かったはずなのに…。い ざとなるととてつもなく弱い自分がいやになる。でも自分が弱いことを認めたくないから、息が切れてもかまわず走り続ける…。
「どこまでいくつもりだ!」
私は誰かに腕をつかまれて無理やり止められる。
「放してよ! 私、これ以上イルの近くにいたら…」
「俺だってお前と同じ気持ちだ。でも別れってのは何が何でも訪れる。それが望んでも望んでなくてもだ」
「わかってるわよ! そんなことわかってるけど…」
「いや分かってない。別れってのは必然的に起こるものなんだ。俺だっていつかは死ぬし、どんなに好きなやつが
いたって…いや、これはなんでもない。まぁとにかく、イルと分かれることだって初めから決まってたじゃないか。それにたった一日一緒にいただけだろ?」
「どうしてそんなこと言えるのよ! イルだって最初は逃げ出してたけど、ペリオンに着く頃にはなついてたじゃない…。イルだってきっと…」
「俺だって別れはつらいさ。でもな…人間、もっときつい別れを経験すると、ちょっとやそっとじゃ揺らがなくなる」
「そんなの関係ないわ! だって、私のパパとママを殺された時だって…」
「それはグミが優しいからだ。でも俺は違う。親父が死んでからは絶対に泣かない…逃げ出さないって決めたんだ」
「シュウもパパがいないの?」
「両親は両方とも死んだと思う。お袋は俺が気づいたときにはいなかったし、親父と呼べる人間は
は村を守って死んだ」
私と同じだ…と思ったけど、口には出せない。シュウの目があまりにも多くの真実を語っていたからだ。
私はイルの前から逃げ出し、シュウはイルとの別れを受け入れている。シュウは強いと思う。それに比べて私は…。シュウは空を見上げながら、思い出したよう に口添える。
「…それに、俺がいるから。俺がそばにいるから。それだけじゃダメか?」
シュウがいてくれる。イルはいなくてもシュウは一緒にいてくれる。その言葉でイルのことは吹っ切れた。シュウがいればそれでいい…死んでも口には出せない けど。私は感謝の代わりに皮肉で返すことにした。
「10k返すまでは一緒にいてよね」
「まだ覚えてたか…」
私は目のふちにたまった涙を拭いて、シュウの後姿をを見つめる。今のところ私とシュウを結ぶものは、運命の赤い糸ではなく10kの借金だけ。これ以上には なることはあるのだろうか…。
続く
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