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 地下とは思えないような幻想的な空間で出会った彼は、自分には名前がないといった。幼少の頃から一人で生きてきた私にすらも名前だけはあった。つけてくれたのは顔も思い出せないほど色あせてしまった両親。それでも、彼らは確実に存在し、私を認めてくれた最初の記念、生まれて初めてのプレゼントとして名前をくれた。ユア・・・・・・誰かのためにという意味の素敵な名前を。
 彼と出会ったとき、私は戸惑いを隠しえなかった。聞きなれない名で呼ばれ、突然抱きつかれたからというのももちろんあったけど、私ですら持っている“名前”を持っていないことをごく当たり前に告白されたからというのが一番の理由だ。
 今も彼は私の腕の中、確かな温かさ、見た目通りの心もとない重さ。細く短い髪が頬に当たり、少しくすぐったい。初対面のはずなのに彼の行動はよく知った人間に対する子供の素振りで、一欠片の敵意も見えない
「あなたは……誰なの?」
 ついさっきしたばかりの疑問。彼は先と一字一句変わらぬ、自己紹介にはならないと思われる文字の羅列を口にする。その言葉に迷いはなく、嘘を言っている様子もない。
「何なんだ、こいつは?」
 急なことに言葉を失っていた仲間たちがようやく我に帰ったかのように浮かんだ言葉を包み隠さず、ポツリとつぶやく。少年の姿をした彼は、そんな独り言ともとれる一言にも構わず食いついて行った。
「そこのトンガリ頭の変な人間!こいつとはなんだ。ボクはここの管理者だぞ!」
 私に対するものとは打って変わって高圧的な態度。飽きたかに敵意むき出しのその言動にシュウさんのこめかみが小さく脈打ち、つかつかと歩き出し、何も言わずに彼の緑色の髪をむんずとつかみ上げる。
「わわ、なにすんだよ。変な人間!」
身動きが取れずにぶんぶんと両手を振り回す少年。シュウさんは思い切り顔を近付け彼を、睨みつける。
「俺のヘアースタイルをバカにするやつはガキだろうと容赦しねえ。それと俺は変な人間じゃなくシュウだ。シュウ様でもいい。俺の許可も取らず羨ましいことしやがって!」
 一方的な体勢のまま火花を散らす二人。大人げない膠着状態はグミさんが振り下ろした杖の一撃で一瞬にして崩れる。
「シュウ、大人気なさすぎ。子供のしたことでしょ。あんたの下心なんて聞きたくないわ」
 頭を押さえながら講義の視線を送るシュウさんを無視し、少年の目線の高さになるようにかがむグミさん。その愛らしい外見に表情をゆるませ、優しく微笑みかける。
「シュウのバカが手荒なことしてごめんね。あなた、ここに住んでるの?」
 シュウさんに手を離されて、尻もちをついたままの少年に向かって話しかける。少年もグミさんに敵意がないことを感じ取ったのか、無邪気な笑顔を見せてくれた。
「そうだよ。僕は”楽園”の管理者。魔物討伐軍の救世主にして最後の希望なんだ」
 よく意味はわからないけどと付け加える少年。どうやらこの箱庭は楽園と呼ばれているらしい。
「なんだかよくわからないけど、すごい肩書ね。どのくらいここに住んでるのかな?」
「うーん、どのくらいだったかな?」
 自分と同じ視線で話してくれるグミさんに気を許したのか指折り数え始める少年。しかし、その指はとどまることを知らず、もう既に両の手を何度か折り返したところだ。そこで思い出したかのように自分が入っていた機械を操作し始める。こなれた手つきでボタンやらダイヤルを操作し、少ししてわかったと小さく声を上げる。
「大体198年くらいかな」
「え?」
 その外見からは予想できないほど途方もない年月を言われ、思わず驚きの声を上げるグミさん。驚いたのは人間じゃない武器たちも含め全員だ。
「おい、いくらなんでも200年ってことはないだろ。常識的に考えて。じゃあ、お前何才なんだよ?」
「だから、生まれた時からいるんだから198歳でしょ。そんなこともわかんないの?」
 さも当たり前のように話すあり得ない年齢に聞いた本人も含め全員が硬直する。その中で同じ頃を知る唯一の存在、タナトスが久々に口を利いた。
「それって古代人がいなくなった頃じゃない? てことはあんた、生き残りってやつじゃ?」
「え? 古代人ってどういう意味?」
 困惑した表情を浮かべる少年。お互いの話が遠い年月を隔てて食い違っているみたいだ。
「ユア、こいつはもしかすると……」
 ごにょごにょと耳元で囁きかけるレフェルさん。その突拍子もない仮説を聞かされて、思わず少年の顔を見つめる。興味深そうにタナトスを見ている彼の姿を見ても、レフェルさんの言い分はとても信じられそうになかった。

「ねえ、創造主様?」
 突然間近でのぞきこまれ、倒れそうになるところをあわてて後ろ手をつくことで支える私。よくみると彼が見ているのは私ではなく、私の手にしたレフェルさんだった。
 彼はレフェルさんに手を触れ、おもしろそうにじろじろと眺めたり、細かな装飾に触ったりしていた。
「今これ、喋ったよね? すごい、今日は僕以外に喋れるアーティファクトを二体も見た。もっと喋ってみてよ」
 心底楽しそうにレフェルさんを見つめる少年。ベタベタ触られるのが嫌だったのか、ほんの少し語気を強めてレフェルさんが口を開く。
「我はアーティファクトなるものではない。お前、もしかするとゴーレムか?」
 ついさっきわたしに伝えた一つの仮説を自ら口にするレフェルさん。少年ははじめきょとんとしていたが、しばらくして思い出したかのように大声で笑い出した。
「君、おもしろいね。僕がゴーレム? 違うよ。ゴーレムは僕の従順なアーティファクトであり、友達だよ。彼らとは根本的なメカニズムというかコアが違うんだから!」
 その後も誇らしげに自分とゴーレムとの違いを並べ立てる少年。制作基準や原材料の違い、使用術式と行動原理、その他よくわからない専門用語を用い、自分はゴーレムとは違うと主張した。
 一通り話し終えたところでレフェルさんがタイミングよく、一言。
「つまり、お前はこの世にただ一つしかない優秀なゴーレムということか」
 少年は耳にするや否や痛いところを突かれたような顔をする。実際痛い部分だったのだろう。少年はレフェルさんに対してのうまい反論が思い付かず、渋々頷いた。
「まぁ、作られたって点ではゴーレムと同じかもしれないけど……勝手にまとめないでよ。彼らは型番が同じならすべて同一の個体だし、僕と一緒くたにしないでほしい」
 むっとした表情でレフェルさんを見やる少年。大人に言いくるめられて、すねる子供の仕草。でも、わたしが気になっていたのは彼がゴーレムだといわれても、否定でし切れなかったことだ。
 わたし自身彼がゴーレムには見えないし、198歳だということも信じられなかった。それほどまでに彼は年端のいかぬ子供に見える。
「ねえ、さっき言ってた創主様っていうのは?」
 グミさんの優しい問いかけ。彼はまだご機嫌斜めらしく、黙ったままとある方向へ指をさした。人差し指が向いた先はわたし。つられてわたしも自分のことを指差すも、そんな名前で呼ばれたことはないし、彼を想像したことなどないのは誰の目から見ても明確だった。
「彼女は創造主じゃなくて、わたしの仲間のユアさんだよ?」
「えーっ!?」
 心底驚いたと言うような声をあげる少年。彼はグミさんに絶対的な事実を突きつけられた後も、それを認めようとはしなかった。
ついには、主張をいったん止め、雑多な資料に埋もれた本棚の中から一冊のアルバムのようなものを持ってきて、見たこともないような古い文字で装飾されたその本を開き、見てというかのようにあるページを開いたままの本を掲げる
「これ、わたし?」
 開かれたページには見たことのない文字の羅列一枚の写真。そこに映っていた女性は自分でも見紛う程に私とよく似た人物が映っていた。銀髪に黄色い瞳。顔のパーツの細部すらもよく似ている。ただ違うところを上げるとすれば、髪の長さと大きな眼鏡をしていることくらいだった。
「創造シュウさまはゴーレムをはじめ、たくさんのアーティファクトを設計、完成させたんだ。最後に作られたのが僕。様々な試行錯誤の末意思を持つアーティファクトを作ることに成功したって書いてる」
「ユア……そうだったのか。すげえ」
 大げさに驚くシュウさんを見て、私は首を横にぶんぶんと何度も振る。私はここに来ることだって初めてなのに、ゴーレムを作ったりなんてできるはずがない。
 わたしが自分を作ったと信じて疑わない彼に、事実を知らせたのはわたしの手の中にあるレフェルさんだった。
「少年。もし、この本の写真に写る人物が今生きているとしたら、君の年齢以上の高齢になっていることだろう。おそらく、この女性はすでに亡くなっている。多分にもれず、ほかの古代人たちも一緒に」
「なくなるって……どういうこと。動かなくなったら、コアを新しいのにすればいいんじゃないの?」
 意味がわからず狼狽する少年。それを見る皆の口は重い。誰でも知っていると思われる、そんな常識でさえ彼は本当に知らないようだった。わたしは彼の肩に手を置き、彼にとって受け入れがたいであろう事実を自らの口から告げる。
「人の命に変わりはないの。人だけじゃなくて、全ての生き物は全部そう。わたしは創造主じゃなくて、ユア。ただの冒険者。わたしに似た創造主様はきっと、もういない」
 唐突に知らされた敬愛する者の死に彼はどう言う表情をして良いのかわからず、ただその言葉の意味を考えていた。一瞬では理解できない内容を苦いものを飲み込むようにして、ゆっくりと彼なりの常識や判断基準で理解していく。
 その様子は見ていてとてもつらいものだった。彼の中で一区切りついたらしく、弱々しく口を開く。
「よく、わかんないや……。ここにあった本、研究書類は全部読んだけど、そんなことはどこにも書いてなかった。僕が完成すれば、どんな人も治療できるかもしれないって書いてたから、きっと創造主様も僕みたいに元気で動いてると思ってたのに」
 奥歯を噛みしめ、うつむく少年。
生まれてから今までの長すぎる時間、一度も味わったことのない感覚。彼に与えられた永遠にも似た孤独。失うこととは無縁の閉じられた空間に落とされた一滴の黒。汚れを知らぬ白いキャンパスに落ちた黒はあまりにも色濃く、その存在をより一層際立たせる。
 思いつめた表情に誰も言葉をかけられない。そんな中、意思のない赤い瞳に何かが宿ったように感じた。
「創造主様がいない……じゃあ、あなたたちは誰?」
 誰といわれて咄嗟にこたえられる人はいない。冒険者、トレジャーハンター、人間。どの答えも彼にとって正しいものではない気がした。答えあぐねるわたし達を見て、彼は悲しそうにうつむく。
「さっき、ポットを見たときに侵入者を知らせるアラートがなってたんだ。僕はここの管理人であり、最後の希望。もう一度聞くよ。あなたたちは何者?」
 答えられないその質問に答えたのはシュウさんだった。
「残念ながら、おれたちがその侵入者だ。お宝を頂戴しにきた」
「ちょっと何言ってんのよ、シュウ!」
 グミさんがそう良い咎めるもすでに遅い。
 シュウさんはグミさんの手を掴んで、すぐさま小屋の外へと脱出した。私もそのあとを追って危惧が散らばるのも気に掛けず、小屋の外に転がり出る。
 変化が起こったのはその数秒後のことだった。
「楽園が……姿を変えていく」
 木々が地中に収納され、川の流れが止まる。続いてどこまでも広がっているような地平線が消失し、代わりに無機質な壁と地獄のように赤いアラートの光が箱庭内に渦巻いた。平和の象徴ともとれた楽園がほんの数瞬後には逃げ場のない監獄へと変わり、元いた小屋の奥、蛍光灯で照らされていたはずの底から明るさは消え、深い闇の奥から赤く光る双眸が覗いた。
「僕は楽園を守るアーティファクト。侵入者は例外なく、駆逐する」
 少年の指がぱちんとはじけると同時に緑の生い茂っていた地面が、突如奈落の底のようにぱっくりと口をあける。その数は一つではなく、いくつも。一秒ごとに開いていく穴はわたしたちを取り囲むように出現し、駆動音とともに地の底に眠っていた石の巨兵たちが姿を現した。
「こりゃ、笑えねえな。完全に取り囲まれてやがる」
 現れたゴーレムの中には上で見た石造りのゴーレムのほかにも動物の形を模したものや、巨大な砲台のような形をしたものなど様々だった。中には苦戦した黒いゴーレムも数体混じっている。
「待って! 私たちは別にここを荒らそうとして来たわけじゃ……」
 グミさんがそういうのを途中で遮るシュウさん。片手には慎重したばかりのライフル。今度はレフェルさんが言った。
「姿形は違えど、あれはゴーレムだ。我らは彼らの楽園に土足で踏み込んだ。戦いは避けられん」
 そういうことだとシュウさんが追従する。無感情な物言いだったけれども、その実、よく考えた末の苦渋の決断だということが手のひらから伝わってくる。グミさんの言葉も今の彼にはすでに届いていない。赤い瞳が見ているそれはあの黒いゴーレムと同じ、強烈な敵意だ。
 彼は小柄な外見からは予想のつかない客力で跳躍し、四角い小屋の上に着地、そうしてすべてのゴーレムを見渡せる位置へと収まる。その後、垂直に手を挙げ、わたし達へ向けてまっすぐに振り下ろした。
「全軍に告ぐ。目標さん、アーティファクト2.総力を持って粉砕、破壊せよ!」
続く