人は見た目によらない。どんなに笑顔で近づいてくる存在でも、腹の底でなにを考えているのかは知る由もない。それが家族であれ、親友であれ、子どもであれ、その本質は変わらない。
 そんなこと、この嘘だらけの世界に生きていれば、誰だっておのずと分かってくる。生きとし生けるもの、その全ての行動原理はすなわち、生存欲求。続けて利益、名誉などと形を変え、際限の無い高みへと昇華、堕落していくだけだ。
 幼少の記憶は僅かだが残っている。気付いたときには両親はいなかった。ゴミ駄目のような町で、文字通りゴミをあさって生きていた。人間以下の生活をするものに町の人間は冷たく、同じように人間以下の扱いを受けていた。
 人を信じるどころか、自分を信じることすらも出来ない。そんな血のつながりもない俺を広い、育ててくれた父親。彼は町の人間を信じ、助け……その結果、犠牲になった。
 だから俺は、心の底では誰も信じることなんてしない。いや、出来ないのかもしれない。騙され、奪われ、殺されないように生きるのはとても辛いことで。正しいことなんて何も分からなくて。
 俺は今も、人を疑って生き、それに慣れてしまっている。それは最低の人生だといわれても、俺は……。
*
 包囲するという戦略は白兵戦においてのみ有効であると何かの本で読んだことがある。スクールの教科書か何かだったと思うが、タイトルまではちょっと思い出せない。
 石ころに始まり、弓や、魔法、投げナイフ、銃。あらゆる飛び道具というものは自らの手を離れ飛ばすことによって、一般的な武器と比べ圧倒的なリーチを持ち、同じ武器を持たない相手へ一方的なアドバンテージを得られる。
 大変協力で有用な武器であるが、その反面、自らの手を離れた道具は一度放たれてしまうとコントロールできない。視界の悪い乱戦や、使い手が未熟である場合は最悪、見方に当たる可能性すらある。事に銃においては誰にでも簡単に引き金を引くことが出来、殺すまでは至らなくても一撃で致命傷を与えることもよくある。
 その点を踏まえた上で敵を挟んで自らの対極に味方が存在してしまう包囲戦において、飛び道具はタブーである。それでも、相手がその戦略を取っていたとすれば、それは余程の間抜けか、相当腕に自信があるかのどちらかだといえるだろう。おっと、人を人とも考えない血も涙もない指揮官に当たった可哀想な兵隊の可能性もあった。
 まぁ、ともかくレーザーだの大砲だの飛び道具を使うのならば、横一列に並んで掃射された方がこちら側としては脅威だ。ただ一つ、気に掛かることがあるとすれば、おれが読んだ本は人間や魔物との戦いを前提として書かれていたということだった。
 今、俺たちを取り囲み、殲滅しようとしている相手は……人間でも魔物でもない!
「伏せろッ!」
 俺たちのギルドメンバー全員に余すことなく向けられた線香。気付いたときには叫んでいた。
その直後に頭上を通過する熱線の数々。僅かに遅れて飛んでくる起爆性の砲弾。弧を描いて飛来するそれに向かって誘爆を狙った炸裂弾を放つ。猛烈な爆炎が頭上に広がり、俺が落としきれなかった砲弾の破片をグミのシールドが間一髪受け止める。
 第二射が来るその前に視界に映ったのは、味方のゴーレムたちによって誤爆された兵隊たち。上半身が吹き飛んだものから、被弾したものまで大小様々な被害が敵たちの中だけで広がっている。これが人間なら甚大すぎる被害だが、彼らには痛みも死の概念もない。いくらでも替えがあるのだ。
 その証拠に駄目になったゴーレムたちは地下に再び収納され、新しい兵隊が続々と補充されている。最強の軍団。そんな言葉が頭をよぎった。
 ゴーレムたちの攻撃は何も遠距離攻撃だけではない。高速で近づく、生き物のようで生き物とは違う足音。掃射を受けなかった獣型のユニットが、四方八方から鋭い牙を光らせていた。
「シュウ!」
 俺の真後ろから飛び掛ってきた一体をグミのシールドが弾き飛ばす。間髪いれず繰り出されるユアの斬撃が一振りごとに一体のゴーレムを屠るが、一向にその数が減った気はしない。
 善戦なんてお世辞にもいえないほどの消耗戦。二人の仲間に守られた俺はドラグノフを両手で構え、ひたすら一点を凝視していた。勝機のほとんど無いこの戦いを収めるには指揮官を落とすこと、それしかない。
 掌からグリップに、グリップから弾倉、銃身、銃一つを身体の一部とするかのように魔力を伝える。既に十分すぎるほどの時間を稼いでくれた二人の献身に報いるべく、渾身の力を一発の弾丸に込めた。
「彗星!」
 魔力の爆発。火薬の燃焼させ、一直線に飛ぶ弾丸には俺のスキルが付加され、砦の頂上で指示を出している子供へと青い軌跡を残しながら、超高速で前進する。幸い風も無ければ銃に狂いも無い。先ほど言葉を交わしたばかりのガキの眉間目がけて迷い無く飛んでいった。
 確かな手ごたえ。一撃必殺、狙撃の美学。この一発で戦況をひっくり返すだけの芸術的な一発だった。後は青の光に貫かれ、前のめりに落下する亡骸だけがある……はずだった。
「外れた……!?」
 外したわけではない。外れた、本能的にそう思った。そんなはずはない。不測の事態に混乱する思考を何とか落ち着かせ、状況を整理する。外れるはずが無い。だが、しかしあのガキは直立不動で難なくゴーレムたちに指示を出し続けている。無傷どころか生きているはずがない……それだけの自信があった。
 直後、いつの間にか接近してきていたゴーレムの豪腕が俺を掠め、すんでのところで回避する。避けざまに撃った弾丸は軽い痺れを手に残し、正確にゴーレムのコアを射抜いていた。
「なんでだよッ!」
 倒したゴーレムには目もくれず、絶叫する。やはり、狙いは狂っていない。俺の腕にも問題は無いはずだ。距離の問題かとも考えたが、包囲網の中心にある建造物との距離はゴーレムたちの猛攻によってじりじりと後退させられてはいたものの、肉眼で動きを読めるほどに近い。俺はしつこく襲い掛かってくる獣ユニットの爪や音速で飛来する光線を避けながら、さっきの決定的な瞬間のことを思い出していた。
 銃弾がシールドか何かに弾かれたような音はしなかった。真っ直ぐ伸びていた青の軌跡は確かにヤツの脳天を貫く角度で……いや待て。弾丸が当たる本の少し前の軌跡は確か……。
「うわっ」
 思考のパズルが全て収まるべきところにはまる瞬間を狙っていたかのような第二射。さっきよりも性格に弾道修正された熱線は頭上ではなく、行動力を削ぐために下半身に向けられたものだ。一瞬の出来事でそのことをグミたちにまで伝える余裕がなかった。俺は辛くも跳躍して凌いだが、仲間二人のことは分からない。
「二人とも、大丈夫か?」
 確認というよりも願望に近い叫び。いつの間にか熱線に打ち抜かれながらも戦意を失うことなく俺に突っ込んできた獣の牙が俺の脇腹を掠めていたようだ。痛みと失血でぐらつく身体をなんとか御し、仲間の姿を探す。二人の姿は直ぐに見つかった。少し離れた場所で折り重なるように倒れた二人の影。その頭上には無慈悲も黒いゴーレムの足があった。
「ふざけんなッ!」
 上で倒した闇色のゴーレムと同じく、センサーアイに向けて続けざまに袖の仕込み銃を連射する。僅かに反応が遅れたゴーレムの足が、二人の身体を踏み潰す間際に、ユアの身体がバネの様にはじけ、グミを抱えたまま真横に跳躍していた。
「助かりました!」
 ユアがそう言い終えるやいなや、獲物を踏み潰し損ねたゴーレムの目が赤く輝き、空中で回避不可能な体勢のユアを捉える。俺が危険を知らせるよりも早く、ユアの全身を覆うようにして三重のシールドが展開されるのが見えた。僅かな時間稼ぎではあったが、三枚のシールドが熱で溶かされ消失するほんの数瞬の間にユアは死地からの脱出に成功する。。
 なんとも頼れる仲間だと讃えている時間は無い。その動きからは微塵も感じ取れなかったが、ユア自信も獣ゴーレムの牙を受け、傷を負っていた。グミをかばいながらの戦闘で傷を負わないほうが難しいだろう。その左足は鮮血に染まり、白い肌を痛々しい赤に変えていた。グミの回復もさっきのシールドを使ったダメージで間に合うかどうか分からない。
 俺たちに残された時間は確実に減っていた。傷つき、疲弊した仲間たち。狙撃の失敗によるツケは決して小さくなかったことを物語っている。
「クソっ!!」
 苦し紛れに指揮官目がけて小銃を乱射する。狙いもへったくれもないただの当てずっぽうの連射ではあったが、数撃てば当たる弾幕だ。当たる。そう思った瞬間にほんの僅かな変化ではあったが、少年の近くの空気が歪んだように見えた。それによって俺の予想した仮説が確信へと変わる。
「風だ。あいつ、風を操ってやがる」
 ゴーレムのガキだけを避けるように絶妙に調整された乱気流が展開されている。実際に触れることの出来るグミのシールドとも違う未知の力。だがしかし、間違いなくやつは風の力を使っている。俺が撃った彗星のときもそうだ。青い軌跡はヤツの頭上を通るように風に巻き上げられ、屈折していた!
「なら、これはどうだよ!」
 俺はドラグノフをいったん捨て、背中のバズーカを構える。その隙を狙った獣ユニットをバズーカの裏剣で潰し、左手で爆発力を強化したボムを精製、装弾と流れるように準備を整える。いつでも撃てる状態になったことを確認するとほぼ同時に指揮官めがけて砲弾を発射する。そのまま続けざまに二発、今度は左右に僅かに狙いを逸らして撃ち出した。
 触れることの出来ない風のバリアに対抗するなら、こちらも風。それも最大限に増強した爆風でヤツの風もろとも吹き飛ばしてやる。
「そんなの無駄だよ」
 爆発音の直前、そんな言葉が聞こえたような気がした。一発目の爆炎は風のバリアに捕まると同時に起爆。誘爆を避けるようにして打ち出したに発芽が気を取り囲むように炸裂し、小さな身体を三方向から焼き尽くす。
「やったか……?」
 建物後と破壊し尽くせるだけの熱と風だ。跡形も残らなくても不思議じゃない。しかし、爆発で生じた煙幕が薄くなるにつれて、希望が絶望へと変わる。まだよく見えないが、子供の身体を覆いつくすように灰色の壁のようなものが展開されていた。そんなことができると言うことは俺の攻撃がまるで無駄だったということを意味する。
「創造主様のラボを吹き飛ばす気? だったら容赦しないよ」
 余裕しゃくしゃくで言うゴーレムの指揮官。灰色の建物はすすで汚れてはいたが、日々一つ無いほとんど無傷に近い状態だ。敵うはずが無い。そんな絶望の色が視界を染めつくそうとしたまさにその時。まだ薄く煙るガキの正面に銀の影が舞った。
「パワーストライク」
 大剣化したレフェルによる黒の一閃。バターのように容易く切られる石の盾。斜めに開いた岩の隙間から、少年の顔が覗き、その隙間をこじ開けるようにして、真っ直ぐにブレードが差し込まれる。
 最小限の踏み込みで突き出されたそれは空気の層に阻まれることもなく、いつぞやの剣士が得意としたスティンガーを思わせた。
 時間さえも止まるような壮絶な一撃。いつの間にか隣で杖を構え、立っていたグミが一言。
「ヒールが間に合ったみたいでよかった。シュウ、良く見てて。ユアさんは、多分」
 勝負の決したときによくある、カメラによって風景画として固定されたかのように美しく映える間。指揮官の指示がなくなり、動きを止めるゴーレムの群れ。俺たちの視界を遮っていた石壁が魔力を失い、砂と化す。子供の姿をした強敵の最後。グミが言いかけた言葉が胸の隅に引っかかっていた。
「おい、まさか……」
 首を取ったかのように見えた鋭い剣先は、分厚い刀身が紙一枚も通らないようなギリギリの間合いで子供の首筋の横を突いていた。確実に殺せるのをあえてしない。圧倒的な実力差を持つ者が見せる、洗練された技術の結晶。寸止めである。
 しかし、そのことに気付けるゴーレムはいない。名匠によって作られた彫刻に魅入られたかのように、ただ指揮官を見つめていた。
「シュウ、ここからがユアさんのすごいとこだよ」
 グミの言葉に呼応したかのように、レフェルの姿が元のメイス状に戻る。自らの死を覚悟していたガキは硬直したまま、自らを破壊したはずの存在を凝視していた。そんな姿をユアはガラス細工を扱うように優しく抱きすくめる。
「わたしはあなたの創造主様じゃない。でも、あなたの敵でもないの。わたしはあなたと戦いたくない」
「なんで……」
 突然の行為に戸惑い、掠れた声で聞き返す少年。ユアは何も言わず少年を抱きしめたまま、小さく首を振る。言葉は無い。しかし、その行動が意味することを少年は創造主から与えられた”心”で理解しているようだった。
「こんなの、ずるい」
 少年の姿をしたそれはそうとだけいうと、ゴーレムたちに指示を送っていた右手を力なく下ろす。そして、そのままユアの胸に顔をうずめた。その表紙にゴーレムたちに指示を出していたのか、壊れたものも俺たちのすぐ隣で牙を光らせていたものも総じて、元来た穴へと戻っていった。
「ありゃ、レフェルが嫉妬するだろうな」
苦笑した俺に答えるようにグミが、
「私だって嫉妬するんだから当然よ」
と言い、羨ましそうに二人を眺めている。
嵐の後の静けさと言うか、ユアにしか出来ない綺麗過ぎる終わり方に、俺はこの場に不要な無骨なものを袖の中に収め、やれやれと肩をすくめた。
続く