前面に銀の壁。後方からは追手の石像。自らの入ってきた穴からは何体いるかもわからないゴーレムが絶え間なく、落下してくる。逃げようにも左右ともに石壁に阻まれ、ろくに回避行動も取れなくなっている。
 八方ふさがりと言うにふさわしいだけの危機的状況。どちらを向いても感じられるのは絶望の色ばかり。それでも私たちが諦めずに武器を手にしていられるのは、退路を断たれてなお、四面楚歌ではないからに他ならならない。
 そう、これくらいのピンチなら乗り越えられる。グミさんのシールドに頼ることなく、かつ迅速に。
「グミさん! 後ろは任せて!」
 広域のシールドを維持し続けるグミさんの背中に向けて呼びかける。この盾はグミさんが作り上げた城壁。このシールドが破れた瞬間に、敵の軍勢は厄介な魔法を使うプリーストに飛びかかるのは目に見えていた。だからそれを未然に防ぐのが、私という戦士の使命だ。
「レフェルさん、行きます」
 握りしめた柄越しに伝わってくる、レフェルさんの呼応。返事を待つ必要はない。最強の硬度と唯一無二の応用力。グミさんの命を何度も守ってきた”彼”を私も使いこなしてみせる。
「スラッシュ……ブラスト!」
 戦士の誰もが初期に習得する技の一つ。単体にしか攻撃できず、囲まれると絶望的に弱い戦士の虎の子ともいうべき基本中の基本スキル。半円状に振りきられたレフェルさんから打ち出される衝撃波が前衛の三体に直撃し、足を止めさせる。雑魚なら一撃で絶命するほどの威力にもかかわらず、ゴーレムの固い体には一瞬歩みを止めるだけで精一杯だ。
 背後でこだまする銃撃と爆音。呼吸をするようにリズミカルに前方のスライム達を蹴散らしていくのはシュウさん。
 あの弾幕の渦中にはわずかな隙もなく、一匹のモンスターすら通すまい。安心して背後を任せられる存在だ。
 その分、わたしも頑張らなきゃ。スラッシュブラストを続け様に三発撃ちこむ。それによってようやく一体のゴーレムが機能停止に陥り、石造りの体を制御できずに自壊した。瓦礫の山の後には新たなゴーレムが待ってましたとばかりに進み出た。
「キリがないな。しかも硬い」
 端的に、しかし私が思っていることを正確に言い当てるレフェルさん。通路いっぱいに広がるゴーレムは三体が限界。だけど、その後ろに控えているのは最低でも二十体入る。何より、私の手を止めている最大の要因は敵の怪力ではなく、その防御力だった。
「わっ!」
 余所見をした瞬間にゴーレムの太い腕が、私が今までいた床を軽々と粉砕する。シールドの一寸手前、危うくグミさんに負担をかけるところだった。
「パワーストライク!」
 地面に突き刺さったままの腕の付け根に渾身の一撃を打ち込む。振り抜くつもりで打ったのだけれども、レフェルさんの鉄球は石腕に半分めり込んだところで止まってしまっていた。そのまま、痛みを感じないゴーレムの腕が私ごと勢い良く振り上げられ、背中から天井に叩きつけられる。
「ぐっ……」
 鎧で体を守っているとはいえ、その衝撃は重く、激しく全身を揺さぶった。骨が軋み、痛みが全身を駆け巡る。が、この程度で倒れるには早すぎる。
 私は重力に引かれ落下するよりも早く、天井の壁を蹴るようにしてゴーレムの直上から襲いかかった。狙いは図体のわりに小さな頭部。落下のスピードを合わせた一撃をモグラ叩きの要領で叩き込んだ。石を割る小気味の良い音とともに、ゴーレムの眼光が濁り、完全に動きを止める。その後、ゴーレムの胸にダメ押しのサマーソルトを打ち込み、ゴーレムの大軍の方へと転倒させた。
「二体目っ……シールドには近づけさせないから」
 私がそう言い終えるのも聞かず、二体のゴーレムが交差するようにして拳を打ち出してくる。わたしは間一髪ゴーレムの腕をかいくぐるように上半身を沈め、そのままゴーレムの中心にある玉の部分に鉄球を叩きこんだ。その上、もう一体の腕が戻るよりも早く、中心の球体に思い切り体重を乗せた蹴りを浴びせる。
「これで四つ!」
 息を切らせて宣言する私だったが、目の前の光景にそうも言ってられなくなる。ゴーレムの亡骸を踏み越え、続々と現れるゴーレムたち。蹴り倒したかのように見えた一体も、中心の球体にひびを入れただけで何事もなかったかのように立ち上がってきていた。
「三つだな。ユア、複数相手に戦士は分が悪い。このままではやられるぞ」
「わかってます」
 迫り来るゴーレムの腕をいなしながら言う。
 戦士の特性上、複数の敵に弱いのは常識だった。元来、強大な敵と一対一で戦うのが戦士の本質であり、そのための攻撃力であって、その代償に範囲攻撃を捨てざるを得なかった。スラッシュブラストでさえ切り札でありながら、苦肉の策……いうならば、犠牲にしたものを取り戻そうとした結果でしかなく、唯一の長所である火力を失った上に、限界を超えた動きが生む風は自らの腕をも切り刻むもろ刃の刃でもあるのだ。
 そしてゴーレムの硬い身体も戦士にとっては厄介の物の一つだと私は思う。硬いということは簡単には壊せないということ。言い換えるなら、腕や足を攻撃することによってモンスターの足を止めることが容易ではないということでもある。
 戦略の幅が嫌でも狭まる。そして、考える時間もないほどに敵は目前に迫っていた。
「レフェルさん、なにか策はありませんか」
「ある。グミには使えなかった、とっておきの大技がな。だが、その前にヒールをもらえ。傷ついたまま使うには、重い。グミ!」
 返事の代わりにシールドを経由して飛んでくる淡い光。全身の機能が高まり、傷が癒えていくのを感じる。長い付き合いの中、生まれた阿吽の呼吸がなせる早業だった。
「我を真っ直ぐに持って『ブレイド』だ。目標を殲滅する!」
 お礼を言う時間も惜しんで、レフェルさんに言われたとおりに武器を構える。目前にゴーレムの拳が迫っていた。
「ブレイドっ!!」
 巨大な拳が打ち出された右ストレートが私の中心を捕らえようとした直前の出来事。羽根のように軽かったレフェルさんがみるみる重さを増していくのを感じていた。いや、むしろ重くなったのよりも劇的に変わった部分がある。それは外見。変化したレフェルさんの刀身に触れたゴーレムの腕が、バターでできているかのように真っ二つに切れたのだ。
 慌てて引っ込めようとしたゴーレムの腕を両断し、さらに逆袈裟状に切り返す。重量のあるゴーレムの体が滑るように下半身だけを残して崩れ落ちた。
「すごい……」
 心から驚き、感嘆の声を上げるわたし。さっきまでメイスの姿をしていたレフェルさんは、今や一メートル近くある大剣に姿を変えていた。刀身は分厚く、両刃。鉄球だった名残か色は鋼ではなく、闇をも吸い込むような黒だ。悪魔的な顔があった場所にも刃を握ってしまわないように、刀で言う「つば」の部分が形成されている。
「ブレイドはスマッシュほどではないが、術者の体力を吸う諸刃の剣だ。グミには振り抜くための重量とその長さ故に使わせなかった。主に身長が原因だが」
「なるほど……確かに、怪我した身体じゃ辛かったかもです」
 さっと感じたのは本当の重量だけじゃなかったんだ。両腕を通して、体力を吸われている。そのせいでレフェルさんがどんどん重くなるように感じられるわけだ。となると、あまり時間はない。
「パワーストライク」
 軽く全身をひねるようにして、伏せた刃を横薙ぎに振る。目の前にいたはずのゴーレムに触れた感触はなく、素振りのような感触だけが残る。だが、現実は上半身を冗談のように吹き飛ばされた三体のゴーレムの下半身だけがそこに残されていた。
「戦士の常識を覆す武器だろう。切り伏せるぞ」
「はいっ!」
 私は重くなる剣を握りなおし、懲りずに現れるゴーレムを一刀の元、瓦礫に変えて行く。なにも全部倒す必要は無いと言うことに気付いたからだ。このまま十体前後を倒すことは出来るかも知れないけど、その先百を超えるゴーレムが出てきたら、その前に私の体力が持たない。だから、私が倒れる寸前までゴーレムを身動きできない状態で倒し、その残骸でバリゲードを築くのだ。
「ユア、我とお前は……」
「無敵のコンビ、ですね」
 ゴーレムを刀の錆にしながら言う。重くなっていく刃すら、二人の絆の深さであるように感じられた。これなら、ここで倒れることになったとしても、寂しくない。でも、倒れるのは全部やり遂げてからだ。
「パワーストライク!」
 仲間の残骸を乗り越えようとするゴーレムの脳天を剣先で抉る。無敵というのもあながち冗談ではないと思えるほどの強さだ。疲労感を無視して振り続ける刃。バリゲードを築きあげるのも時間の問題だと思っていたその時だった。
「え……!?」
 瓦礫の山が何か見えない力で爆発した。こちらに向けて砲弾のように飛んでくるゴーレムの破片を剣の腹で受ける。何が起こったのか分からなかった。ゴーレムの攻撃くらいではびくともしないくらい積んだはずなのに。
「ユア、見ろ!」
 粉塵の中にたたずむ巨大な影。今まで倒したゴーレムよりも一回り大きな存在。ゴーレムの眼光とは違うひとつ目のまばゆい光。反射的に一歩後ずさるほど、嫌な気配を感じていた。
「いつまでもやられっぱなしじゃないってことですね。レフェルさん……行きます」
 斜め下から打ち払うように空を切り、視界を遮る粉塵を払う。斜めに切り裂かれた砂煙の隙間から、黒く、禍々しいオーラを纏ったゴーレムが覗き、怪しく光る紅き眼光と目があった。
*
 いつだったか、このくらいのスライムと戦ったな。あの時は俺もグミも緑色の波を見て腰を抜かしそうになたもんだ。二人とも転職したてで力の使い方もよくわからなかったし、事実弱かったからな。
 だが、今は……あの時とは違う。
「グミ、あのあたりのシールドに穴をあけてくれないか?」
「難しいけどやってみる」
 しつこく体当たりを繰り返して来る銀のスライムに多少消耗しながらも、強く答えるグミ。俺が言った辺りにほんの少しだけ魔力が薄くなったような感じがする。モンスターもそれに気づいたのか、すかさず体当たりをしてきたが、柔らかい体穴に食い込むだけで、侵入することはできなかった。
「サンキュ。的が分かりやすくなったぜ」
 俺は最近手に入れたばかりの狙撃銃、ドラグノフを手に取り、無造作に構える。これだけ近ければスコープを覗き込む必要もない。
「彗星」
 魔力を込めて、そっと撫でるように引き金を引く。反動はごく軽い物だったが、最高の銃から打ち出された弾丸はスライムの中心を正確に射抜き、一撃で絶命させた。
 打ち出された弾丸はとどまることを知らず、その後ろ、また後ろと貪欲なまでに壁を貫いて行く。完全に弾丸が速度をなくした頃には物の見事に貫通した軌道が出来上がっていた。普通の弾丸じゃ、摩擦で弾速が遅くなり、貫通力も二、三匹抜ければいいとこだが、さすがに物が違うだけのことはある。
「彗星、彗星、彗星」
 角度を変えて続け様に三発。スムーズなリロードにリズミカルなスキルの発動。そこに一切の無駄はなく、目の前のスライム達にぼこぼこと穴があいていく様は見ていてとても愉快だった。
「ブロック崩しみたいだなー」
 確実に目減りしたスライム達はグミがわざと開けた魔力の穴が危険だということにようやく気付き、その穴から遠ざかる。それこそ俺の思うつぼだということも知らずに。
「特大のボムをくれてやる」
 ドラグノフを一時収め、背中のバズーカを構える俺。即座に時限式の爆弾を装填し、狙いを定める。グミが開けた穴から狙えそうなスライムたちが希薄になった場所、つまりはドラグノフで作った弾丸の軌道が塞がる前に、榴弾を発射する。
「燃え尽きろ!」
 引き金を引いた瞬間に飛びだした爆弾はスライムたちの隙間を掻い潜り、奴らの中心点辺りまで届かせる。絶好のタイミングで俺は起爆の合図代わりに指をならせた。刹那、爆音とともに爆圧がスライムの体を四散させ、業火がその欠片を残すことなく焼き尽くした。
 俺はシールドの向こうの地獄絵図を見て、一人呟く。
「俺、すげえ……」
 一人の人間がやったとは思えない大火力に自分で感心する。あれだけいたスライム達が既に半分以上昇天していた。この調子でいけば物の数分もたたないうちにスライムを焼き尽くせるだろう。
 俺はひとしきり満足すると、次の爆弾を精製し、バズーカに込める。そのまま引き金を引こうとしたら、背中にグミの怒号が飛んできた。
「なんだよ、もうちょいだろうが」
「あんたの爆発が私のシールドにも当たってるの! それにそんな爆発ばっかりして地下の通路が壊れたらどうするのよ!」
 ああ、そうか。俺は良い所で止めたことへの抗議をすぐさまひっこめ、謝罪する。良く考えて見れば凄いのは俺だけじゃなくて、グミもだった。これだけ大きなシールドを展開、維持しながら、ヒールを飛ばしたり、シールドの一部分だけに穴をあけたりすることがどれほど難しいのかは想像もできない。
 例えるならガラスで作った風船を維持しながら、片手でティータイムを楽しむくらい難しいだろう。しかも、風船に穴をあけるという高等な技術までやってのけているのだから、驚異的な器用さだ。そんな細かい作業を同時にいくつもこなしているなんて、俺には到底真似できそうもない。
「短銃で一匹ずつやるよ。ユアは大丈夫か?」
 小さな穴からスライムの弱点である滴の部分を狙い撃ちにしながら問いかける。俺が相手をしているのは少し強いとはいえ、所詮スライムだ。だが、ユアが相手をしているのは三人でも強敵なゴーレム。進んでしんがりを引き受けてくれたにしても、荷が重いに違いない。
 だが、予想に反してグミの言葉は比較的善戦しているというものだった。
「ユアさんの方のシールドはほとんどノーダメージだよ。ヒールもまだ一回。レフェルと協力して頑張ってるみたい。シュウも頑張りなさいよ」
 さすがユアだ……と思う反面、心配でもあった。恐らくユアは俺とは違い、グミに負担をかけまいとしてシールドの外で戦っているのだろう。相当な無理をしているはずだ。
 俺は目下のスライムをせん滅し、グミに声をかけようとする。言葉が口から出る直前、グミが急に膝をついた。同時にシールド全体が揺らめき、俺が使っていた穴が自動的に塞がる。
「どうした!?」
 振り向くとグミがよろめいた理由が分かる。大剣に姿を変えたレフェルを構えたユアが対峙している化け物の姿。黒いゴーレムがシールドに腕を喰い込ませ、音のない雄叫びをあげていた。
続く

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