今まで誰も足を踏み入れたことがない場所。そこにどんな危険が待っているか知る由はなく、どれほどの財宝が眠っているかも分からない。もしかするとその財宝とか危険とかいうものは、最初から存在していなくて、ただ誰も入ったことがないというだけの廃墟だということも十分にあると思う。
 でもそこに入って見た時、そんな不安や猜疑心なんてものは一瞬で吹き飛んだ。一寸先も見えないような濃い暗闇が、私たちを招き入れるかのように、自動的に灯された照明によって掻き消されたのだ。
「きゃ!」
 予想外の事に思わずシュウの腕にしがみついてしまう私、肝試しの時にちょっとした風や動物の鳴き声が恐怖の対象に変わるように、突然点いたライトがお化けか何かに見えたのだ。
「すごい設備だな……」
 冷静に、しかしよい意味での驚きの声を上げるレフェル。自分自身が驚きの塊なくせにさっきの天変地異みたいな遺跡の変化くらいから、シュウと同じように楽しそうだった。
「グミ。そういうサービスはありがたいが、そんなんじゃこの先いくら命があっても足りないぞ。お化け屋敷じゃないんだから」
「わ、そんなこと言われなくたってわかってるよ」
 私はシュウの無神経な物言いに軽くシュウをこづき、ぺっと舌を出す。そうした後で財宝に興味のない人同士で固まるからいいもんというような感じでユアさんの方へと身を寄せた。
 シュウとレフェルは人が変わったみたいに楽しそうだけど、私には何処がそんなに面白いのか分からなかった。ユアさんもその点では私に近いようで、何時ゴーレムが襲ってきてもいいように無言で警戒を強めている。私はと言えば……こんな不気味な場所からは一刻も早くエスケープしたいというのが本心だった。
「明るくなったし、行くか」
 おもむろに歩き始めたシュウを先頭に、私もおっかなびっくり皆の後をついていく。外のうららかな陽気とは異なり、建物の中は冷たい空気で満たされていた。付近に生物の影はなく、生物以前に植物やちょっとした汚れすらもないほどにしっかりと整備されている内壁は、自然界ではありえない人工的な作為を感じた。
 目前に見えるのは入口とは違って錆一つない薄っぺらな鉄の扉が二つ、どちらにも取っ手らしきものはなく、どうやって開けるかもわからない。
 先頭を切っていたシュウが、左側の扉に近づき、ドアを軽くノックする。重く響く重低音。もしかしたら、扉ですらも無いのかもしれない。それくらい何の変哲もない壁だった。
「なんか、この奥から宝の匂いがするんだよね」
 シュウが一人呟き、腕を組んで何かを考え事をしていたかと思うと、何を思ったのか右足を急に振りかぶり、鉄の板の中心を思いっきり蹴飛ばした。
「ちょっと! シュウさんっ」
 ユアさんが慌てて止めようとするものの、時既に遅し。シュウの靴裏が鉄の板に激突して、大きな音を響かせた後だった。轟音とともにぱらぱらと落ちてくる石壁の破片。幸いにも扉には傷一つなく、シュウがその硬さと痛さに悶絶しているだけだった。
「硬ってえー! 俺様のキックでもまるで歯が立たないぜ」
 眼のふちに涙を浮かべながら、必死に足をさするシュウは見てとても面白かったけど、同時にたとえようのないほどの不安に襲われた。この調子でシュウは怪しいと思ったものを全部蹴ってみたり、壊したりするつもりではないかと考えたからだ。
「かくなる上は爆破だな。鉄ごときで俺様を馬鹿にした罪は重い」
 不安的中。シュウは皆の制止を気にせず、右手で赤く輝く手榴弾を生成する。正真正銘のバカだと思った時には、私とユアさんの手が出ていた。それぞれの武器が重なるようにしてシュウの後頭部を殴打し、シュウが倒れた拍子にボムが光を失って床に落ちる。
「なっ、なにすんだよ。危うく俺が爆発するところだったじゃねーか」
「うるさい、バカっ! こんなところで爆弾なんて使ったら、どうなると思ってんのよ!」
 肩を震わせて怒る私を見たシュウは、尻餅を付いたまま殴られた部分をさすっている。さっきちょっと蹴っただけで砂ぼこりが降ってきたくらいだ。爆発なんて起こしたら、最悪遺跡ごと崩れるかもしれない。そうなれば私たちも道連れになるなんてことは少し考えれば分かることじゃない。
「そうですよ、シュウさん。宝と命、どっちが大事なんですか?」
 私の意を汲んでくれたユアさんが、毅然とした態度でシュウのことを見つめる。私たち二人に叱られて、どうやらシュウも観念したようだった。
「だって、この鉄の扉が開かなきゃ先に進めないと思ったからさ。ここ、だだっ広いだけで何もそれらしいもの見当たらないし」
 確かにシュウの言う通り、見渡して見てもこの扉のほかには先に進めそうな手段も扉もないみたいだ。階段らしきものもないし、広間のような部屋がこの遺跡のすべてなのかもしれないとも思う。
「あれほどの大きさで、これだけってことはないと思うが」
 レフェルに聞いてみても、ほとんど参考にならない。私とユアさんに関してはほとんど何もわからなかったし、どちらかというと帰りたかったので、何もなくてよかったとも思っているくらい。
「きっと何もないか、すでに誰かが入った後だったんじゃない?」
 そう考えると全部つじつまが合うよと付け加える私。秀は納得してなかったようだけど、そう考えるのが妥当だと思う。
「地図だってあるくらいだし、レフェルもここにゴーレムがいるのは知ってたんでしょ。きっと私たちが知らなかっただけだったんだってば」
「そうかもしれないですね……違っても、私たちには確かめるすべがありませんし」
 うーんと唸りを上げるシュウ。諦めきれない気持は分かるけど、具体的な解決策が見つからないのならどうしようもない。唯一怪しげな扉も開かないし、ここには外と違ってちゃんとした天井もあるからよじ登ることもできない。
 入って早々ではあるけれど、撤退濃厚な空気が立ち込めてきた。もと来た大きな扉も空いたままだし、何もないんじゃ帰るしかない。
 私は座ったまま何か次の策はないかと考え込んでいるシュウを放置して、出口の方へと歩き出す。足取りは軽い。元々、寄り道だったんだし、私としてはむしろ幸運だった。
「シュウ、諦めなさい。ヘネシスのことが終わったら、また来てあげるから」
 最大限譲歩して、言う。シュウは答えず床に座ったままだ。何か思いつくまでここにいるつもりなのかもしれない。シュウにしては今までにないくらい真剣に考えているみたいだ。ほんの少しだけ、応援したい気にもかられるけど、ここは心を鬼にして、こちら側に立っているユアさんの手を引く。
 ユアさんも帰り支度を整えたころ。いつまでも残っていそうなシュウの代わりに、突然レフェルが何かを思いついたように喋り出した。
「そうだ。まだ、何も意見を出していないやつがいる」
「いや、いないでしょ。レフェルまで頭がおかしくなったの? それとも目?」
 ユアさんの腕の中から言葉を発するレフェルに対し、冷たい言葉を浴びせた直後、同じく私の手に握られた杖が微かに震えていることに気づいた。
「タナトスが何か知ってるかも知れない」
 レフェルの声に反応したのか、私の手の中でびくっとした感触があった。そう言えば、この杖も喋れるんだっけ。レフェルみたいにおしゃべりじゃなかったから、忘れてた。
 私は仕方なく、タナトスを両手に抱え、顔というかつえの先におさめられている宝玉に向かった話しかける。
「ねぇ、タナトス。なんかレフェルがあなたに話があるって」
「ぷはー、一日ぶりの会話! ご主人様は私のことを忘れてしまったのかと思いました。そこの気持ちの悪い鈍器と話すことなど何もありませんけど、グミ様と話したいことなら星の数ほどあります!」
 レフェルの三倍くらい大きな声で喋り出したタナトスから耳を離し、顔をしかめる。気のせいかレフェルも気分を害したみたいで、さっきの威勢もどこかに行ってしまったようだ。
 タナトスに話しかけたことは完全に失敗だったのではとも思ったけど、もう既に後の祭りだし、せっかくだからこの遺跡について何か聞きだしてみようと試みる。
「もうちょっと静かに喋ってね。それで、タナトス。この遺跡なんだけど、何か知ってる?」
「知ってますよ。有名でしたし」
「えっ!?」
 さも当然のように言うタナトスにほかならぬ私が驚いてしまう。知らなくて良かったのにとは流石に言えず、近くで聞き耳を立てているシュウとレフェルのために、続きを促した。久しぶりに話せたことと、自分が頼られていることに気を良くしたのか、元々軽い口をさらに饒舌にしながら、タナトスらしい言葉で話し始める
「ここはにっくき人間が私たちの住んでた悪夢の森へ侵攻するための第一砦ですよ、あいつらと来たら、モンスターを見るや否や、親の仇みたいに攻撃してくるんです。喋れる仲間が交渉しに行っても、モンスターが攻めてきたって、よくわからない石人形をいっぱい出してきて。悔しいやら、頭に来るわで……一回だけ、思いっきり火を吹いてやりましたよ」
 タナトスが言っているのは多分、私たちが生まれるよりもずっと昔の話。それもモンスター視点で語られているものだ。聞いたこともない話だったけど、嘘を言っているようにも聞こえないだけのリアリティがあった。
「ゴーレムって古代人が作ったんだ。モンスターかと思った。それで、そのあとどうなったの?」
 歴史では語られていない裏の歴史。言うならば、モンスターの歴史に触れようとしている。そんな未知の感触に若干の興奮があった。耳をそば立てているレフェルも早く続きが聞きたいようだ。
 自分の言うことに皆が関心を示していることにタナトスは感激し、とんとん拍子で話を進める。
「私たちはあんな魂のないやつらとは全然違います! 熱い魂があるんですから! ……その後の話ですね。ちょっとした戦争みたいなことになったんですけど、その内人間たちが勝手に弱って来て、いつの間にか攻撃が止んでたんですよね。先輩たちが何人か偵察に行ったことによると、病気が流行ったり、子供ができなかったりで、全滅しちゃったみたいです。人間てかわいそうだなぁ」
 しみじみと言うタナトス。全滅って、だったら私たちは何なのだろう。タナトスが言う人間っていうのはモンスターと戦っていた古代人限定のことなのだろうか。不確定な要素が多すぎて、とても私の頭では整理しきれない。
 困惑している私に代わって、いつの間にか立ち上がっていたシュウが口を開いた。
「ていうか、なんでその杖喋れんの? 腹話術?」
 そう言えば、シュウはあの時射撃に言っててタナトスが喋るのを見てないんだった。それにしても、あまり驚いていないのはレフェルの影響に違いない。私も最初は驚いたけど、人間は慣れる生き物なんだなあと感心する。
「私は杖じゃなくて、タナトスってちゃんとした名前がありますからっ!」
 怒気のこもった大声を出すタナトスをシュウはうるさそうに流し、歴史ではなく私たちが一番聞きたかったことだけをピンポイントで訪ねた。
「そんなことは良いから、この遺跡の構造とか仕組みとか知らないか? 正直、手詰まりでさ」
「我からも頼む。このままではにっちもさっちもいかないんだ」
 態度に違いはあれども、二人の男が心底困っているのを見て、タナトスは気を良くしたみたいだ。でも、肝心の答えはすぐには出せず、言葉を濁す。タナトスの話は聞いた感じ伝聞のものばっかりだった。もしや……。
「中のことは全然分かんないです。私、そのとき子供だったし」
 あーやっぱり。私を含め、三人と一つが同時に大きなため息をつく。タナトスはあくまで元モンスターで、古代人ではないのだから仕方ないと言えば仕方ないことだった。だが、それでも期待していた分、落胆は大きい。十分諦めがつくだけの沈黙がそこにあり、最後の希望が途絶えたシュウも暗い表情でタナトスに向かって話しかける。
「役に立たない情報ばかりありがとな。喋る杖」
 ありったけの皮肉を込めて、タナトスにそっと手を乗せるシュウ。タナトスはその行動にカチンと来たらしく、腕の中でぶるぶると震えた。
「ツンツン頭のために喋ったわけじゃないから! あんたなんか地獄に落ちなさいよ! バカッ! アイスピック!」
「んだと、杖のくせに生意気な! 地獄に落ちるのはお前だっつーの、この悪魔杖!」
 大人げなく杖に怒るシュウ。どれが売り言葉で買い言葉なのかもよくわからない。二人ともお互いに対して言い合ってるのだろうけど、至近距離での罵り合いはうるさくて仕方がなかった。
 どちらも譲らない不毛な争いに一喝しようと思ったその時、黙って話を聞くことに専念していたレフェルが何か閃いたように突然「わかったぞ!」と声を上げる。
 二人は口論を一時中断し、全員の視線がレフェルに向けて集中する。ユアさんの手に握られたレフェルはまるでアナウンサーのマイクのように見えて、少しおかしかった。
「あー、シュウ、タナトス。ありがとう。お前たちの口論で活路が開けた。重ねて感謝する」
「は?」
 シュウとタナトスが同時にレフェルに言う。それを受けたレフェルは小さな声でユアさんに何かを伝え、ユアさんは指示通りにほんの少しだけ視線を下に落とす。レフェルが見せたのは何もない天井ではなく、真下。私たちがいる広間の床だった。
 壁や外壁と同じように石で作られた床にはゴーレムの全身にあったものと同じような細かな装飾が施されており、暗く、埃や何かもそのままな天井よりもはるかに凝った作りになっていることに気付く。
「下がどうしたの? 確かに綺麗だけど」
「ユア。そこの魔方陣のような細工の中心を調べてみてくれ」
 私の言葉には答えず、ユア三に指示を出すレフェル。床の中心に描かれた円形の紋章のようなものまで歩き、しゃがむユアさん。砂ぼこりを払うとその円の中心にはわずかな切りこみのようなものがあり、そのまま爪を引っ掛けててこの原理で押し上げる。
「これは……」
 驚きの声を上げるユアさん。ゆかの細工の中、巧妙に隠されていたのは、透明なガラスのような物で塞がれた赤い宝石。それを間近で見たレフェルがやはりと頷き、講釈を始めた。
「砦と聞いた時から、違和感があった。森の真中にあんな見晴らしの良い塔があれば狙ってくれと言っているようなものだからな。いくら古代人といえども魔物の総攻撃を受ければ、ただでは済むまい。堀も城壁もない中で大事な拠点を守り、人命を守る方法。『地獄に落ちろ』という売り文句ですべてが繋がった。古代人は……」
 結論を言いかけたその時、レフェルの眼前をシュウが通過し、おもむろにガラスごと赤い宝石を躊躇なく踏み割る。止める間もない自然な動きで、しかも早業だった。
 変化はすぐに起きた。シュウが宝石を砕いた瞬間、私のいた場所の床がなくなり、私はなすすべもなく真っ逆さまに落っこちたのだ。
「シュウのバカあーッ!!」
 墜ちながら上げた悲鳴が皆に届く前に、何か柔らかいものに思い切り尻餅をつく。思ったよりも浅かったみたいで、急に落下したことを除いては何の外傷もなくて済んだ。でも、それより問題だったのは、その後に鳴り響いたけたたましいサイレンだった。
「え、なにこれ。どうなってんの?」
 真っ暗だった地下通路が突然赤いライトに照らされ、聞いたこともないような言語で何かが連呼されている。言ってる事の意味はわからなかったけど、赤い光とその語調の必死さから、一つの結論を出す。多分、今の人間も古代人も変わらない共通概念、緊急事態、もしくは危険を知らせるものだと直感する。
「グミ、どけろ!」
 大声とともに降りてきたのはシュウ、続いてユアさんも降りてくる。鳴り響くサイレンに合わせたように感じる地響きのようなもの。最悪なことに私の直感は大当たりのようだった。
 シュウの声を聞いた私は突然落とされた怒りを一旦鎮め、転がるようにして次々と降りて来る仲間たちを避ける。シュウは私の着地した場所にあった柔らかい何かに足を取られて、上下逆さまになるほど派手にすっ転び、ユアさんは何事もなかったかのように、仰向けのシュウの上に着地した。
「わ、ごめんなさい!」
 慌てて足を避けるユアさんにもシュウはかまっていられないようだった。いい気味だと思ったのもつかの間、切羽詰まった表情でシュウが叫ぶ。
「聞いてくれ。さっきの鉄の扉は横開きだったんだよ!……じゃなくて、あそこからゴーレムがわんさか湧いてきやがった。とりあえず逃げるぞ!」
「え……?」
 ちゃんとした返事をするよりも先に、シュウの両手が私のことを軽々と抱きかかえる。まるでお姫さまだったこのようにして走り出したシュウに訳も分からず必死にしがみつけれど、いつものような反応は帰ってこない。走り出したシュウに続けてユアさんも走ってくるが、それに続いて人間のものとは思えないほどの重量の何かが落下してくる音が聞こえた。
「ゴーレムがっ、来ました!」
 走りながら報告するユアさん。私を抱えているとは思えないスピードで走るシュウが、急に足を止め、大粒の汗を流す。
「いよいよ、トレジャーハンターらしくなってきたな……!」
 シュウに降ろされた私も慌てて、前方を見るとすぐにシュウが足を止めた理由がわかった。通路の前方を埋め尽くすように密集した銀色のぶよぶよした何か。よく見るとそれは一つではなく、複数の何かが無理やり石の通路に押し込まれたものだと分かる。
「前門のスライム。後門のゴーレムか」
 一人呟くレフェル。私はと言えば、視界のほぼ全部を占める銀色のスライムに後ずさりし、硬く杖を握りしめていた。私の恐怖を感じ取ったように、タナトスが叫ぶ。
「あのときの偽スルラだ! ご主人様、気を付けて!」
「わかってるわ……行くしかないみたいね」
 自分に言い聞かせるようにそう口にし、タナトスを構える。帰れると思った途端、食らった見事なまでの挟み撃ち。退路はない。古代人の知恵に感心しながらも、ここで負けるわけにはいかないと自らを鼓舞する。全員を覆うようにしてマジックシールドを展開し、今まさに命懸けのトレジャーハントが始まった。
続く
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