明朝。ユアの武器として新たなアイデンティティを獲得した我が、パーティーの誰よりも早く目を覚ます。起きた場所は何故か冷たい土の上。確か食事を終えて野宿する前まではしっかりとユアに抱きかかえられていたはずなのだが、気が付くとユアとは1メートルはゆうに離れた場所に転がされていた。別に我としてはどこで眠っていようが不快感もなければ、最悪眠らなかったとしてもなんともないのだが……いかんせん、ユアは見た目にそぐわず寝像が悪い。
 眠る前に付けたままにして置いた焚火はすでに消え入りそうなほど小さくなり、集めた牧もどん欲な炎にほとんど舐めつくされていた。
 目覚まし代わりにシュウでも大声で起こしてやろうかとも思ったが、今までの修羅場を微塵も感じさせないユアの安らかな寝顔を見て、思いとどまる。シュウの睡眠を妨げることには何とも思わないが、そのついでにほかの二人を起こすのはそれぞれの理由でやめておいた方がよさそうだ。
 やる事の無くなった我は、燃え尽き賭けの炎を眺めながら、過去の記憶に思いをはせる。あの戦士の武器として闘っていたころの懐かしい記憶。といっても奴は寡黙な男でほとんど会話らしい会話をしたことはないのだが。言葉ではなく戦いを通して経験を共にした戦士の鑑らしい男だったなと今になって思う。
 記憶の水底。そう言えば、修行と称して何日かゴーレム狩りに行ったことがあった。場所はおそらく、今日まさにグミたちが向かう古びた文明の跡だったはずだ。ゴーレムのような怪力と巨体を持つモンスターが旅人の通るような道に平然と闊歩していては、あらゆる行商にも支障をきたすであろうから、消去法でも間違ってはいないだろう。
 男は我を使って目に下ゴーレムをビスケットを砕くかのように次々と叩き割っていた。目的は戦利品でも依頼でも無く、単なる修行。あくまで戦うことが目的だった。
 男の手により繰り出される一撃は重く、舞い踊るように一切の無駄が省かれている。的確に打ち出されるパワーストライクはゴーレムの急所を正確に打ち抜き、一瞬にしてその機能を失わせる。そこに一切の情はなく、単なる作業、言いかえるなら職人芸でも見ているかの様な美しさがあった。数多のゴーレムに囲まれていても、わずかな活路を瞬時に見つけ出し、死地を切り抜けていくそのさまは歴戦の戦士と呼ぶにふさわしいものだろう。
 もちろんそんじょそこらの冒険者であればそのようにはいかない。よくて相内、悪ければ一太刀も浴びせることができないまま絶命してもおかしくはない。それほどまでにゴーレムは人間の敵としてもかなりの強敵であり、できれば出会いたくない存在なのだ。
 ユアやグミたちは昨夜、強襲してきたゴーレムを一体、無傷で倒した。事前に打ち合わせたわけでもなく、行われた共闘はそれぞれの長所を生かした者であり、これまでの訓練のたまものと言えるほどに完成されていた。
 初めはすぐに全滅するだろうと絶望視して痛三人だったが、いつの間にか強力な力を持つギルドとして頭角をあらわしてきている。この三人となら、おそらくゴーレムの群れとでも互角以上に戦えるに違いないと保証できる。そう断言出来るだけの実力を彼らから感じていた。
「くはぁーさみぃな。もう朝かー」
 我が誇らしい気分になっているのも気にせず、起きかけのシュウがいつも以上に間抜けな声で何かを大声で言う。それにつられて他の二人も起きだして来た。気付けば朝日も昇り、薄闇を照らしだしている。我は寝ぼけまなこのユアに拾いあげられ、他の二人も示し合わせたように自分の武器を手に取る。そして、消えかけの日を中心に目を合わせた。始まりの合図はなんとグミの大きな欠伸だった。
「ふぁーあ。シュウのせいで目が覚めちゃった。とりあえず、昨日打ち合わせた通り、遺跡に行く?」
 目をこすりながら、朝ご飯どうするといった様子で言うグミ。今から超が付くほど危険な場所に行こうというのに呆れた気楽さだ。
「おお、そうだ。トレジャーが俺を待ってる! ほら、レフェル。いつまで寝てるんだ。さっさと起きろ」
 失礼にもシュウは我が寝ていると思っているらしい。面倒極まりないので無視しようとも思ったが、仕方なく「起きてる」とだけいい、まだ夢心地のユアにやさしく声をかけた。ユアは大きく背を逸らすと、今思い出したかのように全員に挨拶し、もう一度大きな欠伸をした。さっきは内心すごくこいつらをほめていたが、急に不安になってきた。
「ピクニック気分でいくと取り返しのつかないことになるぞ。グミ、忘れ物はないか確認しろ」
「そんなの言われなくたって……あれ、宝の地図はどこ?」
 言わんこっちゃない。我は地図が火の近くで今まさに灰になろうとしてることを注意し、無い腕で頭を抱える。シュウが寝る直前まで地図とにらめっこしていた結果、地図は無造作に放置されていたのだ。
「シュウ、見たらちゃんと返しなさいよ! 燃えちゃうところだったでしょ」
 頭を掻きながら適当に謝るシュウを見て、さらにグミが怒鳴る。あらゆる意味で不安が爆発しそうなのは我だけではないはずだ。
 そんなこんなで朝から一悶着あったが、元々手荷物の少なかったので、全員が手早く支度を済ませ、残り火を入念に消す。先頭をシュウに、ユア、グミと続く。かくしてグダグダのまま、一行はゴーレムの本拠地であるゴーレム寺院への最初の一歩を踏み出した。
*
 トレジャーハンター。何とも魅力的な名前を持つ職業だが、実際に請け負う仕事は命懸けのものばかりだ。名だたる秘宝の眠る場所には危険罠やモンスターが待ち受けているし、前人未踏の場所には何があるか分かったものではない。だが、そうでもなければ、宝は荒らされ放題で、たとえ手に入ったとしても苦労せず手に入るものなど価値がないと俺は思う。危険度がそのまま報酬になるのがトレジャーハンターであり、それこそが醍醐味なのだ。
 かく言う俺は誰も聞いたことの無い特異職とか言うものになってしまった訳だが、運良くガンナーになれていたとしたら、トレジャーハンターとして秘境を駆け巡るつもりだった。
 だがしかし、運命の巡り合わせか、いつの間にかギルドに所属し、トレジャーとは無縁の危険地帯ばかりを駆け巡る羽目になってしまっている。
 だからこそ、今回財宝がほぼ確実にあると思われる場所に行けると言うのは、俺にとってとんでもなく嬉しいことだった。しかも、今は一人ではなく、心強い仲間が二人も。これはもう財宝はいただいたようなものだぜ。そんな風に考えていた矢先の出来事だった。
「なあ。その遺跡って、こっちであってるんだよな?」
 ユアとレフェルが無数のゴーレムを目撃した方向へまっすぐ歩いて言った結果、辿り着いたのは一言で言うなら壁。行き止まりのような場所だった。林道を歩いていたはずなのに、目の前にそびえたっているのは断崖絶壁だというのだから、疑いたくもなる。
「うーん、昨日は夜でしたからよくわからなかったんですけど……こんな風になっていたんですね……」
 見上げて見ても頂上ははるか遠く、壁にエレベーターや梯子、階段の類なんてものはあるはずもなく、申し訳程度にツタが垂れ下がっているだけだった。
「これ、どうやって登るの? というより登れるの? まさかとは思うけど、このツタじゃないよね?」
 ツタを何度か引っ張りながら、いくつもの疑問を並べるグミ。太くしなやかなツタは見た目以上に丈夫そうだったが、それでもそれが頂上まである保証もなく、人一人を支えられるかも怪しいものだった。
 俺は断崖周辺を歩き回ってみるが、どうにもここだけが地面から不自然に隆起しているようで、その周囲は森だけだ。この自然の砦は周囲だけでも1キロメートルはあるんじゃないかというくらい巨大で、最初にぶつかった所と同じく階段やそのほかのものはなく、同じようにツタが垂れ下がっているだけだった。
「ふむ。このツタを登るしかないようだな。グミ、登れるか?」
「無理に決まってるでしょ、馬鹿。普通の女の子にこれを登れって言う方が無茶よ」
 むちゃくちゃな要求に、ごく当たり前の返答。俺やユアなら何とかよじ登れないこともない気がしたが、グミを連れてこれを登り切るとなると至難の業だ。
「だよな。よッと」
 グミを登らせることを早々に諦めた俺は、試しにツタに手をやり、少しだけ登ってみる。ツタは嫌な音を立ててしなったが、俺一人の体重を支えても切れることはなかった。そのまま木登りの感覚でするすると登ってみると、案外簡単に高いところまで行けることが分かる。ただ、登ってきて分かったことが一つあって、ツタは頂上から垂れ下がっているわけではなく、断崖絶壁の途中から生えているようだ。
 俺は手を伸ばし、近くのツタに乗り移ろうと片手でツタにぶら下がった状態になる。多少揺れたが、落ちるほどではない。そのまま難なくツタを引き寄せ、一思いに乗り移る。どうやらこのツタを正しい順番で乗り移っていけばかなり高いところまで行けそうだった。
「おーい、グミー。ユアー。先に登って引き上げてやるよー」
 だいぶ上の方から呼びかけるも返事はない。声が届かない距離でもないと思ったが、グミたちの様子に何かいつもとちがったものを感じ、目を凝らして見ると……何かを大声で俺に伝えているようだった。口の動きを読むとそれは……。
「あ、ぶ、な、い?」
 俺の疑問に答えたかのように、ツタの少し上の部分でブチっという音が聞こえてくる。登るのもすぐだったが、落ちるのはもっと早い。高速で落下する身体。俺は考えるよりも早く、仕込み銃を手にしていた。
「届けッ、クレセント!」
 トリガーを引いたと同時に飛び出した三日月状の鉤は風切り音と共に上空に撃ち出され、俺がさっきいた場所あたりまで上昇し、壁のわずかな隙間に突き刺さる。しめたと思い、ワイヤーを引き戻そうとするが、俺の願いもむなしく、無慈悲にもクレセントの先端がすっぽ抜けるのが見えた。
「うっそおおおおおおーッ!」
 再び落下を始めるからだ。クレセントを解除して、もう一度ワイヤーを打ち出そうとするが、到底間に合う筈もない。地面に激突する直前、何か柔らかいものが体を包み込み、何とか滑落死を免れる。間一髪で俺を支えたのはクッションのように展開された透明な盾。グミのマジックシールドだった。
「バカっ! そんなツタで一番上まで行ける訳ないでしょ!
「た、助かったぜ」
 別に痛いわけではなったが、頭をさすり、グミの方を見る。マジックシールドはその特性から硬いものとばかり思っていたが、こんな使い方もできるんだな。危うく死ぬところだった。
「あんたなんか落ちて死んじゃえばよかったのよ」
 他ならぬグミが言う。自分で助けておいて死ねとは何事だと思ったが、それ以上刺激するとさらに怒りをかき立ててしまいそうなので、話題を変えることに専念する。
「どうやら、ツタで登ることはできないみたいだな。クレセントも無理みたいだし、こりゃロッククライミングしかない……ッ」
 最後まで言い終える前にグミ鉄拳が顔面にめり込む。受けそこなった俺は受け身も取れず、断崖に後頭部から突っ込んだ。痛みと脳震とうで呻いている俺に向かって、グミが怒鳴る。
「もう、危ないことばっかしないでよ! 死んじゃうかもしれなかったのよ? 第一、私がどうやってこんな崖をよじ登れるのよ!」
 怒鳴りながらも大粒の涙を眼にいっぱい溜めているグミ。口でこそこうだが、内心はとても心配してくれていたことを理解し、怒鳴り返すこともできず、そのまま壁に寄り掛かる。確かにグミの言う通りだ……俺一人でもこの断崖絶壁を登り切るのは不可能だろう。もう、諦めてヘネシスに向かうべきなのだろうか。
「わかったよ。いくらなんでも装備もなしにこの崖は登りきれそうにない。悪い、無茶だった」
 諦めて戻ろう。そう口にしようとしたその時、突然ユアが俺のことを指差した。いや、正確には俺ではなく、俺の少し後ろ辺りを。振り返ってみると、俺の頭がぶつかった辺りに人工的に作られたと思われる菱形の穴が開いていた。
「今、シュウさんがぶつかったときに壁が剥がれて、四角い穴が……」
 俺の髪型がいかに硬くとも、岩盤に穴をあけるほどではない。そしてこの形には見覚えがあった。
「グミ、あれだ。地図とセットでもらったらしい鍵!」
 初めあっけに取られて痛グミだったが、俺の言わんとしていることに気付き、慌てて鞄の中を改める。取り出したのはクラウンから買った青い結晶。ピラミッドを二つくっつけたようなそれの形は奇しくも穴の形と同じに見えた。
 俺は手渡された水晶を壁に空いた穴にゆっくりと押し込んでみる。
「開けゴマ!」
 ダメ押しで適当に呪文まで唱えてみる……が、壁はうんともすんとも言わず、水晶の鍵も何ら反応している様子はなかった。
「あれ、こんなはずじゃ……」
 鍵穴の形状からしてもぴったりでここに間違いないと思ったのだが、いくら待っても何も起きない。さてはクラウンに偽物を掴まされたのか。
「なにも、起きないですね」
 何度か方向を変えて再度差し込んでみるが反応はない。痛い思いまでして手にしたチャンスだっただけに言いようのない怒りがふつふつと煮えたぎって来る。
「クソっ、クラウンの野郎!」
 脳裏に浮かんで来た胸糞悪い笑みを蹴飛ばす代わりに、うんともすんとも言わない役立たずの鍵を思いっきり蹴りつける。つま先にかすかな衝撃があり、同時にかちっという音がしたのが聞こえた。直後、自信にも似た地響きが起こり、水晶は急に息を吹き返したかのように青い光を乱反射させながら、高速で回転し始めた。その回転が速さを増すにつれて、次第に揺れや音が大きくなる。
「あ、危ないっ!」
 強烈な揺れに、思わずグミを抱えてその場から飛び退くと、壁と言う壁からゴーレムの頭部に似た物が飛びだし、その壁自体が一体のゴーレムであるかのように鳴動し始めていた。それは下層から頂上部まで全体が轟くように胎動しており、ついさっきまでただの壁だった物が一つのパズルのように組み換わり、目まぐるしく姿を変えていく。家や城並に巨大なものが、鍵一つでここまで急激に変化していく様子はまさに圧巻だった。
 地鳴りが収まるまでは数分かかった。ツタにまみれていた壁は構造を根本から変化させ、古代人が住んでいたと思われる幻想的な砦のような形になっていた。俺が蹴りいれた鍵穴の部分はもはや壁ではなく、人二人を重ねても十分入れるほどに巨大な門扉に変わっている、あまりの出来事に俺を含む、全員が言葉を失っていた。
「はは、パチモンだったわけじゃなくて、ガタが来ていただけだったんだな……」
 冗談とも取れる俺の小言には誰も笑わず、その総監に目を丸くしていた。中でも驚いていたのは何とレフェルだった。
「ありえん。ゴーレム寺院は断崖の上に少量残っているだけのはずだったのだが、まさかこのような仕組みになっていたとは……歴史がひっくり返るぞ」
 レフェルがこんなに驚いているのは初めて見た。そのこともあってか俄然やる気がわいてくる。
「歴史の目撃者&財宝ゲットだな! さあ、行こうぜ!」
 俺は依然ぽっかりと口をあけているグミとユアの肩を両手で抱き、力任せにドアを蹴り開ける。長いこと放置されていた巨大な門扉は大きな音を響かせながら、ゆっくりと未開の地を俺たちの眼前に広げていく。歴史を感じさせるすえた臭いが鼻腔をくすぐり、冷たい空気が噴き出してくるのを肌に感じる。ついに開かれたダンジョンの扉に無理矢理三人で飛び込んだ。
続く
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