物事に絶対なんてない。俺はいつだって最悪の状況を想定して生きてきた。自分の実力を過信することは冒険者にとって一番致命的なことだと、身をもって知っているからだ。特に俺みたいなガンナーからしてみれば、一瞬の油断が命取りになる。向こうの銃口が俺を向いてからじゃ、もう遅い。コンマ一秒の差が明暗を分ける。迷ってる暇はない。
 乾いた銃声。飛びかかってくる青キノコの脳を射抜き、沈黙させる一発の弾丸。あの修羅場をくぐり抜けた俺にとって青キノコなんて止まった的のようなものだ。
 俺はキノコの断末魔にも、銃から吐き出される空薬莢にも目をくれず次の標的に狙いを絞る。感情もなく引き金を引き、非情に敵を蹴散らしていく。スムーズな装填に満足しながらも、無くなった弾薬を無駄のない動きで改造銃に込めて行く。
「やべえ……俺、カッコ良過ぎる」
「なに自分酔いしてんのよ。気持ちわる」
 背後からの不意打ちによろめき、球をとりこぼす俺。油断したつもりはなかったが、仲間からの攻撃までは予想していない。
 俺の後ろに立っていたのは自分よりもずっと背の低いグミだった。あの喋る鈍器と同じくらい趣味の悪い杖が、俺の自慢のヘアスタイルに食い込んでいた。
「何すんだよ。危ないだろ」
 俺の真っ当な言い分は無視され、更に頭をガンガンと叩かれる。なんか最近俺に対する風当たりが強過ぎて、心が折れそうなんだが。
「あんたのせいで完全に迷子なんだから当り前でしょ? そんなキノコいじめてる暇があったら、今の状況をどうにかしなさいよ」
 納得はいかないがグミの怒りはもっともだった。俺に脅えて近づかないキノコを尻目についさっきの出来事を思い出す。ちょうどヘネシスへ向けた街道にワープした直後のことだった。時は少し、前後する。
 俺たちはいつの間にかヘネシスに向かうことになったらしいが、事故で行き先が分からなくなってしまっていた。俺に責任はないと思うが、グミたちは「俺が立札を蹴ったりしなければ、迷ったりしなかった」の一点張りで、俺を責めた。俺はクラウンがちゃんとしたとこに転送しなかったのが悪いと自己弁護したが、三対一では分が悪すぎる。観念した俺は大人しく、謝る羽目になった。
「で、結局どっちに行けばいいのよ」
 今いるメンバーでヘネシスに行った事がある人間は皆無だった。レフェルは行った事があるらしいのだが、昔のことは忘れたなどとほざいている。
「わかった。あっちだ! 俺が着地した時に、確かあの矢印はあっちを向いていた」
 俺が西の方を指差し、そう言うと、グミの冷たい眼差しが俺一人に突き刺さる。全く信用されていないのを肌で感じる。確かに自信はなかったが、少しは信用してくれたっていいじゃないか。
「いや、マジだって! あの矢印のとがった部分がケツに……」
 そこまで言ったところで、グミに顔面を殴打される。何という暴力女だと持ったが、ユアの視線にも冷たい蔑み的なものを感じ、俺の主張はあえなく撃沈される。今思えば、あの時点でもっと主張していればと思ったが、やっぱり結果は同じだったかも知れない。
 結局俺の意見は無視され、グミの杖の倒れた方向に進むことになった。真っ直ぐに立てた杖は俺の意見とは正反対の方向を指し、そちらに行くことに決定した。
 で、今にいたると言う訳だ。自然に囲まれた林道を歩いて行く内に、雑魚に加えて青キノコが沸いて来るようになった時点で引き返すべきだったのだろう。明らかにこっちでは無いと言う空気がぷんぷんしていたが、グミも意地になって譲らなかった上に、どこもかしこも木ばっかりで自分たちがどの方向に進んでいるのか分からなくなってしまっていた。こうなるともう手の打ちようもない。
「あーあ、やっぱり西だったな。これ明らかにモンスターの量増えてるし、日が暮れるまで歩いたのに町の明かりも全然見えてこないし。これは野宿だな」
「う……」
 俺のひとりごとにグミが息の詰まったような声を出す。全員が薄々気づいてたことだったが、俺があえて口に出すことによって迷子+グミのミスが明確になった。
「まぁまぁ、わたしたちは杖の倒れた方に言っただけですし、明日日が出たら元の場所まで戻りましょう。グミさんのせいなんかじゃないですよ」
「ユアさん……」
 ユアは助け舟を出したつもりだったのだろうが、グミにとっては明らかに逆効果だった。レフェルも何も言わずに黙っている。俺は重い荷物を下ろし、近くの木に背中をもたれさせる。
「まぁ、こうして卑屈になっても仕方ないし、夜になる前に野宿の準備しようぜ。今はあのむかつく野郎もいないし、これからのことについても話せる。ちょっくら休憩してからでも遅くはないだろう」
「そうね」
 グミはすっかり肩を落とし、スカートが汚れるのもいとわず、近くの木に背を寄せた。ユアは薪を探してきますと言って、どこかに行ってしまった。レフェルも一緒に持っていってしまったので、俺とグミの二人が取り残される形になる。さっきの一言の件もあって、かなり気まずい。
「まぁ、そう気を落とすなって。元は俺が悪いんだし」
 グミは一言も口を利かず黙ってる。自分を責めているのだろう。道中聞いた話によると一刻も早く、ヘネシスに向かわなければならないらしい。責任感の強いグミにとって、俺の気休めなど聞きたくないという気持ちはよくわかった。
「そういえば、アッシュはどうなったんだろうな……。しんがりを務めてくれたけど、今は連絡も取れないし」
 そこまで言ってしまってから、失言に気づく。しんがりの末路は大抵一つしかないからだ。最悪の事態を想像させるには十分だった。グミはさらに落ち込み、顔を伏せる。
「すまん。アッシュは多分大丈夫だって。あれだけ強ければ、今頃はエリニアに戻ってるだろうさ」
 また気休めだ。押し黙るグミの口は梃子でも開きそうにない。別の話題を振ろうにも、全てが逆効果になる気がしてならなかった。
 俺ははぁと大きなため息をつき、鞄を漁る。弾薬に拳銃、日用品と服。食べられそうなものは何一つない。固形食糧もあったはずだが、コロシアムの控室であらかた食べ終わってしまっていた。すぐにヘネシスに行けるものとばかり思っていたから、外食で済ますつもりだったのだから仕方ない。今日はさっき倒した青キノコでも食べるしかないようだ。こんなことになるなら、クラウンから飯を買っとくべきだったと後悔する。
「そう言えば、俺は試射に行ってたから知らなかったけど、お前たちは何を買ったんだ?」
 我ながら当たり障りのない質問を選んだと感心する。グミは手にした杖とカバンを渡し、言った。
「その杖と地図とクリスタル。ユアさんは指輪と薬を狩ってたよ。食べ物も買えば良かったね」
 小さくグミの腹がなる音が聞こえる。こんな事なら意地を貼らず紅茶と茶菓子でもつまんでおくんだった。俺は手渡された杖とカバンの中にあった紙切れ、クリスタルの順に手に取ってみる。杖と地図には全く見覚えがなかったが、クリスタルだけは初めて見た気がしなかった。
「なぁ、このクリスタルだけど」
「それがどうしたの?」
 俺はごそごそとポケットをさぐり、グリフィンと戦った時に拾った戦利品の赤い宝石を見せる。思ったとおり、二つは色こそ違うが、結晶の構成はほぼ同じだった。
「そ、それどこで手に入れたのよ!?」
「いや、拾ったんだけど……金の足しになるかと思って」
 愕然とするグミ。どうでもいいと思っていつの間にか忘れていたそれだったが、グミはしばらく目を見開いたまま二つのクリスタルが放つ怪しい輝きに見入っていた。
「この幸運のクリスタル。時価で300Mはするっていってたよ。だから、この赤いクリスタルも本物だったとしたら、同じくらいするはず」
 ちょっと待てよ、ということはこの二つだけで時価で言うと……。
「600M!? ウソだろ。変な冗談やめろよ」
 しかし、グミの表情は固く、嘘を言っているような様子でもなかった。となるとマジなのか。俺は引きつる顔をごまかそうとするが、クリスタルが急に重量を増したかのように重くて、それを支えるだけで精一杯だった。
「な、なんかこれ持ってから急に強くなった気がしたんだけど、もしかしてこれの魔力か何かだったわけ?」
「たぶん。それはシュウが持ってて。失くさないでよ」
 なくせる訳がないだろと俺はポケットに入れて、更に上から失くさないように銃を押し込んで蓋をする。正直な話、信じられないが……これを持っていと湧いてくる力が本物だと体感で分かるから疑いようがなかった。
「とんでもないものを持ってたんだな。でも、いくら高く売れてもメシにはならないんだよな」
「うん……」
 俺は鳴きそうになる腹の虫を、腹筋に力を入れることで黙らせ、ポケットの中のクリスタルにそっと触れる。今までなら身ぐるみはがされたって生きていける自信があったが、300Mを奪われるとなるとさすがに凹む。
 思わぬ掘り出し物だったが、飯の種にはならない。俺の興味はいつしか地図に移っていた。古いビクトリアの地図に、好奇心をかき立てられるバツ印。触ってみると古ぼけた外見とは裏腹に、上質な羊皮紙に上等なインクで描かれたものだとわかる。バツ印はヘネシスとエリニアのちょうど中間あたり。俺たちがヘネシスとは逆方向に来たとすると、幸運にも俺たちがいる辺りだ。
「グミ、この地図は何だ?」
「クラウンが言うには宝の地図らしいけど、それがどうしたの?」
 宝の地図。なんて少年心をくすぐる商品だ。クラウンにしては良いセンスだと感心する。奴もまた少年なんだろう。
「なぁ、もし道を間違えてたとしたら、この辺りに宝の眠る場所があるってことじゃないか。こうしちゃいられないぜ。ヘネシスは後回しにしよう」
「ちょっとまだユアさんも帰ってきてないんだよ? それにヘネシスに急がなきゃならないし……」
 立ち上がった俺に対して、グミがそう言ったときのことだった。両手にキャンプファイアーでもするのかというほどに薪を抱えたユアが、尋常じゃない様子で戻ってきていた。何事かと話しかける余裕もないくらい、ユアは息を切らせており、代わりにレフェルが口を開く。
「向こうに明かりが複数見えた。だが、そこに近づこうとした途端……!」
 レフェルの声が大きな地鳴りによって掻き消される。地震と見紛うほどの重量のあるものが地面を踏み鳴らす音とともに、薄暗闇にオレンジ色の光がきらめく。何かいる。そう気づいた時には三人とも飛び去った後だった。
「なんなんだよ、こいつは!」
 飛びのきながらも俺の声がこだまする。俺がついさっきまでよりかかって痛木が根元からぽっきりと折れていた。粉砕された樹木は今思い出したかのように轟音を立てて一撃で気を叩き折った主に対して倒れかかる。その衝撃とともに襲撃者の目が輝き、その外見が露わになる。
「ゴーレムだ!」
 叫んだのはレフェル。枝でも払うように大木を払った石の化け物は標的をグミに変え、恐ろしく太い石の腕を振り払う。
「マジックシールド!」
 グミの詠唱とともに不可視の盾が出現し、ゴーレムの腕を受け止める。響き渡る轟音だけでその石の塊がどれほどの力を持っているのか推し量れる。
 俺は袖の仕込み銃を手に、間髪入れず鉛玉をゴーレム目がけて打ち込む。強化した銃から発射された弾丸はゴーレムの体の一部を砕いたが、それくらいで破壊できるほどヤワな相手ではない。
「このッ……!」
 ユアが手にした薪をゴーレムの目に向けて思いっきり放り投げる。薪は数こそ多いものの、銃弾でも倒せない相手にはただの陽動にしかならない。だが、ユアにはそのわずかな隙だけで充分だった。
「パワー、ストライク!」
 渾身の一撃がゴーレムの中心にあるまるい石に叩き込まれる。石の割れる凄まじい音が響き、レフェルの鉄球がゴーレムの腹にめり込んだ。それでもなおゴーレムは反撃を試みようとするものの、今まで食らったことがない一撃に硬直し、ついには前のめりに倒れこんだ。あれだけこうこうと光っていた目が徐々に点滅し、ついには消える。
 ゴーレムは全く動かなくなり、先ほどの攻防が嘘のように訪れる夜の静寂。しかし、力任せに折られた木と複雑な文様の彫られた石人形の残骸が真実を物語っていた。
「な、なんだったんだ、こいつ。なんとか倒せたが」
 俺が荒れた息を整えながらそう言うと、ようやく落ち着いたユアがゆっくりと話し始めた。
「レフェルさんが言ったとおり、薪を拾って森の奥まで行ったら……突然追いかけて来たんです。しかも、この一体だけじゃなくて、森の奥にはもっとたくさんの、数えきれないくらいの光が見えました」
 数えきれないほどのゴーレムが? それを聞いた直後に震えが来る。恐怖からではない。この胸のざわつきはまだ見ぬ宝によるものだ。
「グミ、さっきの地図についてクラウンは他に何か言って無かったか?」
 先のゴーレムからの一撃を杖の補助なしに受け止め、多少消耗していたグミだったが、その言葉は明瞭なものだった。
「古代の財宝が眠る遺跡の地図だって言ってたわ」
「遺跡! なんてロマンのある響きなんだ。決めた。俺は明日、遺跡に行くぞ。トレジャーハンターシュウ様の腕が鳴るぜ!」
 いつからトレジャーハンターになったのよと無粋な声が聞こえるが、それはあえて無視する。何より、グミのそんな言葉にさえ、何かの期待が感じられた気がした。
「あ、あのゴーレムの群れと戦うんですか?」
 ユアの心配そうな声。財宝に危険はつきものだ。その試練を乗り越えた者にだけ女神は微笑む。そして、勇者には金銀財宝が……そう思うと、いてもたってもいられなくなってきた。
「ゴーレムの群れだろうが、龍の群れだろうが行くぜ! 凄腕ハンターの腕が」
 グウと大きな音が俺の腹から聞こえてくる。急に動いたこともあり、抑制が利かなかったらしい。そんな俺を見たグミが小さく噴き出し、言った。
「鳴ったのはシュウのお腹だったね。わかったわ、これも何かの縁かもしれないし、明日遺跡に行ってみましょ」
 ご飯にしてからねと付け加えるグミ。ユアも心配そうにしていたが、最後には首を縦に振った。
「飯って言っても、キノコしかないぜ」
 戦闘で散らばった薪を一か所に集めながら俺が言うと、ユアが背中から何か大きい物を俺たちの前にドンと置く。丸々と太ったピグがそこにあった。
「薪を探してたら、襲ってきたのでついでに捕まえときました」
「ユア、お前は天才だ。俺以上の神かもしれん」
 俺たちは思わぬご馳走の登場に手を合わせ、よだれをこぼす。グミが手早くユアが取ってきたピグを処理し、俺が火薬を使って火をおこす。暖かい火によって照らされた二人の顔は、しばらくの間忘れていた平和の笑顔だった。
続く
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