夜の町。陽光の届かないその街に昼はなく、通常では考えられないほど巨大に育った植物が人の侵入を固く拒んでいる。「眠れる森」と呼ばれるこの町に訪れるのは大方冒険者だけである。
 大抵の光は人工灯、ないし魔法灯で作られているスリーピーウッドは、密談には最適の場所である。昼夜の区別なく灯され続ける明かりの中、町に一軒だけあるホテルの一室を貸し切り、他の接触の一切を避けた会議が行われることになっていた。
 一室を前にし、私は半面を外し、スーツケースにしまう。議題は聞かずとも分かっている。来るべき計画の最終調整とこの私に対する処遇の決定に違いない。わたし自身が取った行動自体はさしたるものではないと考えていたが、それでも万全を求める老人たちにとっては些細なことでも気に障るのだろう。
 私は大きなため息をつき、ホテルのドアをノックする振りをしながら、傍目からは分からないように私が取り付けた声紋認証に向けて、自らの役職名と登録名を名乗る。小さな機械音とともに部屋の鍵が開く音がした。触れたドアの部は冷たく凍てついており、手袋越しにも部屋の中が如何に陰鬱な空間であるかを予感させる。
「失礼」
 部屋の照明は元から存在しないかのように消されており、カーテンは閉じられている。それだけでも十分に人の目が役に立たなくなるほどの闇だというのに、魔法の闇が空間を満たすように張り巡らされている。呆れた秘密主義だと内心自重した。
 私は手探りで椅子を探し、腰掛ける。目は利かずとも個々人の発する圧倒的な気配の濃さで私を除く数人がこの部屋にいることと主要な二人が揃っていることを容易に感じ取れた。そのすべての視線、殺気が反逆者の私に向けられているのだから当然か。
 あらかじめ控えていた構成員によって扉が閉め切られ、自分自身の存在を疑えるほどの闇が世界を満たす。外からかけられた鍵の音が合図になり、会議という名の断罪が始まった。
「皆様、お久しぶりです。このクラウン、お呼びにあずかり光栄でございます。このような場にこれほどの高貴な方々がお集まりいただけているということはさぞ重要な話があると存じます。私は何一つ聞かされておりませんので、内容は分かりませんが」
「黙れ、道化が。今日は貴様のおしゃべりに付き合うために来たわけではない」
 ニ〜三人の構成員がまるで自分が咎められているかのように、息をひそめる。闇の中枢が口を開いているのだ。失言をしようものなら、すぐさま命を奪われても文句は言えない。ただ、私としてはこの男をそれほど恐れるに足らないと判断している。私なくしてはこの計画は成し遂げられないことはここにいる全員が百も承知だろう。
「失礼ながら、ディー。今日の議長は貴方でしたっけ? この私、あなたの下僕になった覚えはないのですが」
「くっ……」
 老人の威勢の良さが、私の一言で深く沈む。大半が目にしただけで頭を下げるアサシンギルドの長が従えることのできない人間などそうはいないのだから当然か。権力にしがみつく人間ほど不自由で無様なものはないが、こいつはその典型だなとほくそ笑む。
 誰も口を開くことができない殺気溢れる一室の内、ようやく口を開いたのは今日の議長にして、創世を司ることになるであろう我がギルドマスターだった。
「下らない諍いはおやめなさい。世界の三本柱となる私たちには既に報告が届いています。クラウン、私があなたに指示した内容とは異なる部分が多過ぎるのですが、説明していただけますか?」
 口調こそ丁寧であれ、言及されていることはこの上なくて厳しい。回答次第で即、命を奪われるような威圧感が胸を締め付ける。一切の嘘は通用せず、従えるものの義務として逆らうこともできない。震えそうになる口を必死でこらえ、あらかじめ用意していた言葉を暗唱する。
「ロードから受けた指令は『聖女を捕獲し、その仲間を抹殺すること』でしたが、申し訳ございません。私はその任務に事実上失敗しました。私は初めからロードの指示通りに動くつもりだったのですが……」
「気が変わったというのではないだろうな」
 刺すような追求に身がこばわるが、ここまでは想定内だ。問題はない。
「いえ、滅相もございません。そういうことではなく、単に彼らの力が予想外のものだったのです。聖所の命をかけさせ、仲間に双頭の龍を差し向けるという試練を与えたまではよかったのですが、あろうことかコロシアムをとんでもない手で攻略され、あの龍をも一閃の元、葬られたのです」
「たわけ。疲弊した仲間を貴様自身が殺し、無理にでも聖女を拘束すれば良かったではないか」
 ディーの野次が癇に障るが、さしたることではない。しょせん、外道の王。私の崇高なる目的は到底理解できようもない。
「クラウン、続けろ。それで終わりではないのだろう?」
「はい。そこのディーが言うようにすることも出来なかったわけではありませんが、それは私の美学に反しますので、執り行いませんでした。それに、言い訳に聞こえるかもしれませんが、彼らは我々の予想を上回る勢いで成長しています。計画を強行するにはまだ早いと私の独断ながら、そう判断しました」
 一息でいい終え、これから訪れるであろう鬼のような言及に備える。しばしの沈黙が全身を切り刻むように耐え難い。目には映らずとも数人の敵意を肌で感じる。仮面を外してこそいるが、ロードの前ではいかなる法も存在せず、逃げることも不可能だ。
 沈黙を破ったのは矢のような責めの言葉ではなく、ロードの笑い声だった。
「くふふふ、なかなか面白いことを言う。クラウン、お前はもう咳についてよい。お前のことは不問にいたそう。稀代の成長株と、お前の優秀な選球眼に免じてな」
「はっ、ありがたき幸せ」
 肩の荷が下りた瞬間に訪れる恍惚。やはりこの方は器が違う。私の生涯を尽くして、ついて行くに値する人なのだ。
「ロード、そのような処遇は……」
 異論を唱えるのはいつも通りディーだ。こいつは腕は立つし、指導力もあるが、幾分頭が堅過ぎる。想像した通りロードに一喝され、押し黙る形になった。
「しかしまぁ、面白いことになってきたわ。グミがあんな風に育ち、あれほどの仲間を連れているとはねえ。私のコレクションに欲しいくらいだわ」
 いつになく上機嫌で喋るロードに自然と口元が緩む。私にもロードがどんな気分なのか自分のことのようにわかるからだ。自分の目論見が思い通り運ぶことほど面白いことはない。
「運命とは残酷なものだ。あの青髪の少年といい、狼の少女といい、旧魔王といい……どのような巡り合わせでこのようなユニークなパーティーになったのか。この先が見物よ。ダークロード、ヘネシスの手筈は整っておるか?」
「は。既に蜂を紛れ込ませてあります。ご指示があれば今すぐにでも目的を果たせると」
 あの殺人狂を雇ったのか、老人め。性格や報酬に問題こそあれ、レッドキラービーは超一流の殺し屋だ。雇える人間もそうはいないと思うが、ディーにとってそんなことは朝飯前に違いない。事はつつがなく、行われることだろう。
「そうか。クラウン、王宮の建築はどうだ?」
「予定通り進行しております。次のモンスターも実験段階にまで」
「万事うまくいっているようだな。計画はすぐに実現することだろう。これにて会議を終える。解散」
 ロードの掛け声と共に集まったすべての人間が瞬時に書き消える。計画は確実に成功することだろう。運命はすでに定められており、結果は決まっている。私が混ぜた乱数など無に帰すほどに。
 私だけになった部屋の中で一人笑い、仮面を付けて立ち上がる。我らは偉大なるロードのために。ワープストーンのきらめきと共に私の姿も暗闇に溶けて消えた。
続く
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