史上最悪の危機だ。今までくぐってきたすべての死線を超える、圧倒的な窮地。それは迫り来る火炎や獰猛な牙なんか目じゃないと思えるほど。
一番難しいと思ったのは、それがただの力勝負ではなく、精神的な戦いだったこと。カジノでやったルーレットのような運任せとも違い、勝ち負けそのものすら曖昧で、それでいてガラス細工のように壊れやすい。
そう、人の心は想像以上に脆い。それを想いの強さだけで加工して、周りの人たちに支えてもらって、もたれかかるだけじゃなくて自分自身も相手を支えて。そうしないと生きていけないから、必死で。
 でも、その絆は驚くほど容易く切れてしまうことを誰もが本能的に分かってる。どんなに強く相手を思ったとしても、相手にその意思が伝わらなければ、独りよがりの浅い絆にしかならないと。
 私たちの“仲間”という絆はどれくらいの力があって、私たちを結び付けてこれたのか。決して切れることなどない強固な鎖だと思っていたけれど、本当のところは絹糸一本ほどの脆弱な絆だったのかもしれない。目には見えないから確かめようはないのだけれど。
 そのことを今回、嫌というほど思い知らされた。心は見えないものだから、鏡のように、小説のように、人によって様々な形に移る。強く振舞っていてもその中身はジレンマとトラウマでズタズタになっているかもしれない。心が自らの限界を悟って崩壊するよりも早く絆から手を離すこと。それが離別の最たる理由なのだろう
 私は最後まで手を握っていられただろうか。彼女の不安や苦悩を理解できていただろうか。誰も答えなんて知らない。あるのはただの結果だけ。私はもしかしたら、すでに手を離しかけていたのかもしれないと今になって思う。
 相手のためと勝手に思い込んでこれ以上傷が深くならない内に諦めてしまって居たのでは無いか。誰かに責められたとしても否定できる気がしなかった。そして、現に私が取った行動は、ただ信じてすがっただけ。それがただの重荷になっているとは考えもせずに。
 レフェルの告白が、彼女の苦悩をすべて受け入れるような強い想いがなければ結果は別のものになっていたと思う。それほどまでにユアさんの心は凍てついていた。それをレフェルは、自らが凍傷になるのも、拒否されてしまうかもしれないのも構わずに手を伸ばした。その捨て身の感情がほんの少しユアさんの氷を溶かせた。その勇気ある行動は今回の最大の功労者と言っても、言い過ぎではないと私は思う。
 そのこともあり、私はレフェルを生意気な鈍器だと思いつつも少しだけ尊敬した。私だったらそんな風にできるだろうか。考えたくもないことだけで、シュウがユアさんのような状態になってしまったとしたら、最後まで彼を信じて思いの丈をぶつけることができるのか……レフェルみたいに告白できるのか、自信がなかった。
 最後まで、私にできることがあるとすれば、やっぱりそれは相手を信じることだけなのかもしれない。
*
「ユア、もう大丈夫か? これから商談に移るのだが」
 ユアさんの腕の中でレフェルが言う。鈍器のあいつに表情はない。けれど、長い付き合いの私たちはほんのわずかなイントネーションの違いや、言葉の選び方でユアさんを気遣ってるのが分かる。
「わたしはもう大丈夫です。その代わり、もう少しだけ今のままでいさせてください」
「ああ」
 私の手の中にレフェルはもう、無い。いなくなってから気付いたけど、私はレフェルに依存してばかりだったなと今更になって気付く。自分一人で頑張ってるつもりでも、いつでも近くにご意見番のレフェルがいた。ひとり立ちしなきゃいけない時期が今更になってきたような気がして、少し心細くなる。
「グミ、どうした? さっきからぼーっとしてるが」
「え?     あ、うん。なんでもない」
 急にシュウに話しかけられて、咄嗟に答えたものの、内心不安でいっぱいだった。今すぐ、シュウに手を握って大丈夫って言って欲しかった。レフェルのアレがあったせいか、久々にまともに会えたシュウのことを意識せずにはいられなくなっていた。
「ふむ、そうか。もしかして、あれか? あの双頭のドラゴンが復讐の相手だったんだよな。倒しちまったから目標がなくなって、燃え尽きちまったとか」
 確かに言われてみればそうだ。目標が無くなった私はこのメンバーで旅をする理由がなくなった。でも、今考えていたのはそのことじゃなくて、シュウのことだなんて口が避けても言えない。
 そしてそのことで旅を止めたいと思っていなかった。でも、やることの無くなった私はもう旅を止めるべきなのかもしれない。レフェルにも新しい持ち手は見つかったみたいだし、これからは安全な場所で戦いから離れるのが私にとって、一番良いのかもとも思う。潮時……そんな言葉が頭をよぎった。
「ねえ、私……」
 勇気を出して切りだそうとした矢先、野暮用と言って席を立っていたクラウンが戻ってきた。慇懃に礼をし、非礼を詫びるクラウンを見て、口先まで出かかっていた言葉を飲み込む。
「失礼しました。どうやら無事に事が進んだようでなによりです。私共の用意したカタログには目を通されましたか?」
 クラウンがさっき置いて言ったカタログは誰にも見られないまま、忘れ去られていた。レフェルはまだだと一言と言い、我先にとシュウが手を伸ばす。ページを開き、目次を見たシュウは私の思いなど露知らず、能天気に感嘆の声を上げた。
「すげえ! 生活必需品から施行品、武器から家にあらゆる資格や権限まで……なんだこりゃ、金で何でも買えるのかよ。というか、目次だけで何ページあるんだ?」
「日々取引される品が増えておりますので、私共も把握できていないと言うのが実情でございます。どんどん分厚くなる一方なので、データ化も考えておりますが、こう言うカタログというものは眺めているだけで楽しいものですからね。なお、当カジノでしか手に入らないものには黒い木の印が押されています。詳しいことはなんなりとお聞きください」
 意中の人とお近づきになれるなんてオプションもあるのかしらと思いをはせながらも、実際にそんなものに頼るのはさらさらごめんだった。しかも、カタログを見れば本当にありそうだから、なおさらだ。私もカタログを見ようと思ってページを覗き込もうとしたら、シュウの顔がすぐ近くにあることに気づいて、すぐに顔を引っ込める。鏡がないから分からないけど、頬に朱がさしているような気がして、両手で頬を覆う
「なんか、調子狂うな。俺は……そうだな、武器が欲しい。暗視スコープつきの狙撃銃はあるか?」
「ええ、ございます。短銃からアサルトライフル。手榴弾から戦車用のロケットランチャーまで幅広く。中には現在では手に入らないようなアンティークから、最新式のものまで。ご希望でしたら現物をお持ちしますが、どうされますか?」
 クラウンにそう言われ、目を輝かせるシュウ。さっそく最新版を持ってきてくれと、料金表も見ずにクラウンに言う。
「……ばか」
 誰にも聞こえないくらいの小さな声でシュウを罵る。本心なんかじゃない。でも、嘘でも冗談でもいいから、レフェルみたいに言ってほしかった。上手く返事できるかはわからないけれど、私よりも先に狙撃銃を選ばれたのがみじめだった。
 クラウンが無線で指示を送り、少しして女中がごつい金属製のケースを持ってくる。鍵で厳重に保護されたそれを、クラウンは腰から下げた鍵で手際よく開けた。中に入っていたのは見たこともないような大きな銃器。徹底的に殺しのためだけに設計されたそれに無駄なものはなく、武器というよりも芸術品のようだった。グリップの部分に刻まれたエンブレムと銃身に彫りこまれた装飾文字が一級品としての気品を際立てている。
「当カジノの優秀なメカニックとカニングの一流ギルドの総力をかけた作品でございます。限定生産の完全特注品で、素材には重さと固さのバランスのとれたオリハルコンとミスリルの合金を、また各所に黒水晶の魔力を付与したパーツが使用されており、表面は贅沢に黒水晶でコーティングしてあります。ちなみにデザインとエンブレムは僭越ながら私が監修させていただきました。装弾方式は自動式ですが、完成された計算によりボルトアクションとほぼ同じか、それ以上の精度を誇ります。また、銃身には特殊なライフリングを更に魔法で固定化、加速出来るよう設計されています。スコープはカニングの職人にオーダーメイドで作らせた光学式。その精密な動作と殺傷力から見敵必殺、名立たるスナイパーがこれのためだけに全財産をチップに換えて、当カジノに足を運ぶほどの品にございます。装弾数は七発。弾丸はすべて特注品ですが、シュウさまのスキルがあれば初期付属分だけでも十分に感覚がつかめるかと」
 クラウンの長々とした説明をシュウは聞いていたのかいないのか、ショーウインドウの間でトランペットを眺める少年のように、もしくは三日間何も食べていない犬のように文字通り涎をだらだらと流しながら見ていた。
「これ、やべえ。なあ、これでお前撃っていい? 試し撃ちくらいしてもいいよな?」
「それはまた別料金となります。当カジノの総資産と同じだけの額を用意していただければ、喜んで的になりましょう。ですが、試し撃ちをご希望でしたら、当カジノの射撃場がございますので、そちらを御利用してはいかがですか?」
 おかしなやり取りの後、シュウは小さく舌打ちし、宝石でも扱うかのように大事そうに銃を抱え、その感触を確かめていた。スコープを覗き込んだり、引き金に手をかけてみたり、いろいろやっていたが銃に詳しくない私にはさっぱりだ。
「クラウン、この銃の名前は?」
「TOD−666です。別名『ドラグノフ』とも。龍の心臓をも貫けることから、そう呼ばれています。他の銃もご覧になられますか?」
「ああ。適当に見繕って持ってきてくれ。それと、今の銃のカスタムパーツと特殊弾も一通り頼む。早く撃ちたいから、射撃場までそのまま運んでくれ」
 そう言うやいなや、シュウは剥き出しの銃を持ったまま部屋を飛び出して行った。残された私たちのことなどお構いなしに。
「はあ……」
 今までのどんな時よりもうれしそうなシュウの後ろ姿を見て、大きなため息をつく。私よりも銃の方がずっと魅力的なのか。銃に負けたなんて、何ともみじめで悔しかった。クラウンは心を読んだのか片方だけの顔でにっこりと微笑み、満足そうに見送る。
「行ってしまわれましたね。場所は女中に案内させますから、ご安心を。他に何か欲しいものなどありますか?」
 欲しいものはあるけれど、このカタログにはきっと載ってないし、買うようなものでもないと分かっていた。私が黙っていると、ユアさんが手を挙げる。
「あの、闘技場で一緒に戦ってくれた人のことを聞きたいんですけど」
 シュウとは違い、ユアさんが最初に望んだのは仲間の情報だった。さっきまでの近づき難い感じも今ではほとんどなくなって、いつものユアさんに戻ったようだ。
 クラウンは無線で連絡し、対戦者の名簿を取り寄せる。リストにさらさらと目を通し、結果だけを簡潔に告げた。
「ユア様が参加された試合ですと、生存者は二名です。戦士のコウ様と弓使いのキール様が生存しており、次の試合を控えております。二人とも戦闘で気を失い、重傷ではありましたが、まだ生きているようです。他は全員死亡ですね」
 闘技場のルールでは気絶も戦闘不能とみなして処理されることから、この二人は黒い丸で数えられながらも龍にもライカンスロープにも襲われることなく、難を逃れたらしい。ユアさんはその結果を聞き、死者を悼むように目を閉じてうつむく。少しして、顔をあげていった。
「その二人の治療と闘技場から出られるように手配してください。脱出用のアイテムもお願いします」
「了解しました。何かお伝えしたいことはありますか?」
「ありがとう。そして、ごめんなさいって伝えてもらえますか。二人がいなかったらこんな風にはいかなかったです……とも」
 クラウンはすぐさま無線に連絡し、言われたとおりに手配する。目先のことよりも、自分のことよりも先に、他の誰かのことを。ユアさんは私なんかよりも、ずっとすごい人間だと痛感する。それに比べて私と来たら……自分のことばっかりだ。
「変わったことを頼まれますね。他に何か欲しいものはありますか?」
 私は今度も手を上げず、代わりにカタログに手を伸ばす。そこに何か私の心を満たすものがあるかもしれないと。しかし、一方でそんなものなどありはしないとも思っていた。ユアさんの手がもう一度上がる。
「亡くなった方を丁重に葬ってください。こんなのはダメですか?」
「可能です。その申し出がなければ、モンスターの餌にするところでした。あの裏切り者の墓も作るのですか?」
「みんな同じようにしてください」
 クラウンは先と同じように了承したと同時に無線を使い連絡を取る。ユアさん、この人には一生かかっても勝てる気がしない。器の大きさが違いすぎる。どれか一つどころか、何ひとつ勝ってる部分がないとさえ思えた。
「生かすも殺すもあなた次第ですが、その心の美しさには感服します。私であれば墓どころか、ペリオンのマーケットで晒し物にしたいところですよ。他に何か欲しいものはございますか?」
 今度はレフェルの声がユアさんの腕の中からした。レフェルにも何か欲しいものがあるのだろうか。
「ユアの力をセーブするアクセサリー、もしくはさっきお前がやったように獣化を元に戻せるような薬かマジックアイテムはあるか」
 レフェルが欲した物もまた、人のため。レフェルに必要なものはものではなく、ユアさんただ一人なのだ。私のためにじゃない。
 クラウンは即答せずに腕を組んで、頭を悩ますような仕草をする。無理難題にも即座に対応してきたクラウンにもできないことはあるようだった。
「獣化そのものがまだ研究されていないものですから、難しい注文ですね。力がありすぎる魔物のために力を抑えるための拘束具ならいくつか取り揃えておりますが、薬の方は残念ながら、ございません。私の力もまた門外不出のものでして。代りと言ってはなんですが、精神を落ち着かせる作用のある薬と強力な毒薬ならございます」
 なぜ代わりに毒薬が出てくるのか、最初は分からなかったけれど、すぐにクラウンの悪意だということに気付く。苦しむ前に殺す、もしくは自殺できる品を、当のレフェルに提案しているのだ。反吐が出そうなほどの悪意に気分が悪くなる。レフェルも同じことを思っていたようで、黙したまま他の方法を考えていた。
「その拘束具、指輪のようなものはありますか? それと、そのお薬と毒もください」
「ユア?」
 驚き、声を上げたのはレフェル、ユアさんは続けて言った。
「その指輪が力を抑えきれなくなった時に、自動的にわたしに毒を注入できるようにしてほしいのですが、出来ますか?」
「おい、ユア。それは……!」
 ユアさんが欲しているのは自分の中の化け物を自分ごと殺せるリミッターだった。クラウンはレフェルが止めようとしているのを意図的に無視し、難しいですがやってみますと無線に細かい指示を伝える。ユアさんなりのもう二度と仲間を傷つけたくないという覚悟だった。
「ごめんなさい。そんなことにならないように、わたしも努力します。でも、不安なんです。自分のことですけど、保障はできませんから。不安材料抱えたまま旅をすることはやっぱり難しいと思うんです。みんなと一緒にいる限り、誰も傷つけたくないから」
 初めレフェルは黙っていたけど、ユアさんの気持ちは私にさえ痛いほど伝わってきた。その意志の固さにレフェルもついに折れる。
「わかった。皮肉なエンゲージリングになってしまったな」
「はい。レフェルさんにははめる指がありませんけど」
 つらさなど微塵も見せずに微笑むユアさん。泣き言どころか冗談まで飛ばしているユアさんに必要なのは本当はそんな物騒な契約なんかじゃなく、レフェルがそばにいてあげることだけだろう。そのやり取りが間接的に私に必要な物を教えてくれた気がした。
 私はすっと手をあげて、クラウンを見る。
「新しい杖が欲しいわ。そこの不気味な鈍器じゃなくて、おしゃれで強力な新しい杖」
「グミ?」
「グミさん、レフェルさんなら……」
 二人して私のことを止めようとするが、私の意思はすでに固まっていた。今さら二人の間を引き裂くことなんかできない。新しい杖とともに私は一人でも生きて行く。一人立ちしなきゃ、レフェルみたいにはなれない。ユアさんにも勝てない。そしてもし、私がここに必要なくなったとしても、強く生きていく覚悟が私には必要だった。これはレフェルとの別れなんかじゃなくて、今までの弱い自分との決別。
「レフェルはユアさんと一緒にいなさい。これは命令よ。絶対にユアさんを泣かすんじゃないわよ」
「……わかった。我の力を借りたいときはすぐに言え。仕方なく力を貸してやる」
 生意気なレフェルを睨む代わりに、ユアさんに微笑みかける。ユアさんは手にしたレフェルをぎゅっと抱き、頷いた。
「素晴らしいご決断です。グミ様。我々もその覚悟に見合うだけのものを用意させていただきたいと存じます。実はグミ様にぴったりなのではないかとあらかじめ見繕っておいた品がございます。カタログには載っていない秘蔵の一品でございます」
 クラウンはそう付け加え、女中を呼ぶ。手にしていたのは黒く柄の長い杖。先端には翼か枝のようなものが象られており、その中心に目のような赤い宝玉が埋め込まれている。その禍々しいフォルムからは妖しげなオーラが放たれており、見た目こそスマートだけれどレフェルと似た雰囲気を感じた。
「古の魔法使いが呼びだした悪魔を加工して作ったもので、並の魔法使いでは魔法を唱えた瞬間に絶命するといわれている、いわく付きの品でございます。魔力は折り紙つきの化け物ならぬ、化け杖でございます」
 クラウンが言い終えると同時に、私の手に杖が手渡される。レフェルよりはほんの少し重く、長さも背の低い私には長すぎるような気がした。もっと短くなればいいのになと思った瞬間、信じられないことが起こる。あまりのことに渡されたばかりの杖を取り落としそうになった。
「杖もグミ様のことをお気に召したようですね。やはり、私の目に狂いはなかったようです」
 驚いたことに、杖が私の手の中でぞわぞわとうごめき、伸縮したのだった。最初、長いと思っていた杖は長過ぎず、短か過ぎない絶妙な長さになったのだ。まるで、杖が私の意思を読み取ったかのように。
「なんなの、この気持ち悪い杖……確かにすごそうだけど」
「直接聞いてみてはいかがでしょう?」
 クラウンが意味深に答える。直接聞けってレフェルじゃあるまいし。しかし、クラウンはそれ以上何も言おうとはせず、ただ不気味に笑ってるだけだった。馬鹿にされているのかとも思ったけれど、仕方なしに聞いてみることにした。
「私はグミ。あなた、お名前はなんて言うの?」
 ばかばかしいと思いつつも聞いてみると、答えはすぐに返ってきた。それも私の手の中から。
「初めまして、グミ様。私、名をタナトスと申します」
「しゃべった!?」
 その様子を見たクラウンが声を出して笑うが、クラウン以外の全員は目の前で起こったことに混乱し、目を見開いていた。不可思議の塊であるレフェルでさえも。
「素晴らしい反応です。実はその杖を作るときに使った悪魔はどうやらまだ死んでなかったらしく、意思が残ったまま杖になってしまったそうです。面白いでしょう? タナトスという名前は使った人間を殺してしまうことから、死を司る神の名をつけられたらしいです。お気に召しましたか?」
 魔法使ったら死んじゃうかもしれない杖なんてどうなのと思いながらも、タナトスは私の手の中ですっかりなじんでしまっていた。ためしに魔法を唱えてみたい気になるけれど、運悪く私は攻撃魔法を持っていないので、シュウのように試射することもできない。
「よくわからないけど、気に入ったわ。レフェルみたいに生意気じゃないし」
「身に余る光栄です、ご主人さま。今まで死んじゃったご主人さまたちはみんな身の程もわきまえず、禁呪を使ってしまったのですよ。私はあれほど止めたのに……でも、安心してください! 今度は私も頑張りすぎないように頑張ります」
 せっかくひとり立ちしようと思ったのに、ご意見番の代わりに今度は優秀じゃなさそうな下僕が出来てしまった。しかも、言い忘れてたけど、見た目にそぐわずその声は可憐な少女そのもの。多分、はた目から見ると私が一人二役で喋ってるあれな人に見られるに違いない。しかも、なんだか言動が不安過ぎる。
「う、うん。よろしくね。なにか得意な魔法とか、あるの?」
「これからお仕えさせていただきます。よろしくお願いします。この部屋を燃やし尽くす魔法とか、そこのピエロを氷漬けにして粉々にしたりするのが得意です!」
 どっちの魔法も使えないし、使えてもそんな気はなかった。私はそこで適当に言葉を切り、クラウンのことを見据える。タナトスの言ったことに心当たりがあったからだ。
 私は挑むように杖をクラウンの顎に向けて、言った。
「クラウン、素敵な杖をありがとう。それで、もう一つ聞きたいことがあるんだけど」
「喜んでいただけたようで。質問でしたら、なんなりと」
 不敵に顔を歪ませるクラウン。私にはそれが笑っているようには見えない。私が今しようとしている質問は、瞬時にこの部屋を焼きつくしたり、クラウンを殺したりしてしまうほどの危険をはらんでいた。でも、訊かずにはいられない。私の両親と共に住んでいた村のことを思い出すと、怒りと悲しみで気が狂いそうになる。
 震えそうになる声を何とか抑えて、私はそのことを口にした。
「私の村を焼きつくして、私の両親と村人全員を殺した龍。あれは、クラウン……あんたが連れて来たの?」
 クラウンの表情は動かない。ほとんど確信していたにも関わらず、核心をついてはいなかったのか。関係なかった……そう思った刹那クラウンの目が意地悪く笑った。
「少し違いますが、双頭のドラゴンを製作したのは他でもないこの私めでございます」
続く
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