目が冷めた時、俺が倒れて居たのは闘技場でも、あの薄汚い控室でもなく、見知らぬ部屋の中だった。高級そうな絨毯によく手入れされた調度品。俺が住んでいた倉庫何かとは次元の違う貴族でも住んでいそうな部屋だった。
 明らかにさっきの死臭しかしない戦地とは異なる、かけ離れた世界に漂う香りは上等な紅茶と焼き菓子の甘い匂い。しかも、あれだけ傷つき息も絶え絶えだったはずの俺の体からは一切の傷が消え失せ、自力で起き上がっても喧嘩で負けた時のような疲労感はまるでなかった。
 異質な喰うかん。夢のなかに居るような感覚。いや、それとも今までの凄絶な出来事が全て夢だったのだろうか。むしろ、そう考えないとつじつまの合わないことが多すぎる、だがそれ以上にあの時味わった危機感、短い間ではあったが触れあった仲間達の喪失感、ユアの変貌。すべてが終わったかのような絶望感……そのすべての感覚が俺の全身に妙なリアルさで刻み込まれている。あれは夢なんかじゃないって断言出来るくらいに。
「シュウ、目を覚ましたか」
 レフェルの声だ。あいつも確かコロシアムで戦ったはず。俺と違ってあいつは気を失うなんてことはないから、話を聞くのには最適だ。聞きたいことは山ほどあったが、まずはグミの安否、ユアがどうなったか。その二つが最優先だ。
「レフェル。グミとユアはどうなった? ここはどこなんだ? 俺はどうしてここにいる?」
 わからないことがありすぎて混乱してしまいそうな中、思いつく限りの疑問を上げる。レフェルは一人分のイスを占領し、あたかも人であるかのような存在感で佇んでいた。
「シュウ、落ちつけ。グミとユアならお前と同じく床に寝ている。全員無事だ」
「グミ! ユア!」
 灯台もと暗し。こんなに近くにいるとは気付かなかった。すぐそばに倒れていた二人にそれぞれ駆け寄り、声をかけたり揺すったりして見る。グミは比較的早く目を覚ましたが、状況は俺と似た感じだった。
「なにここ、天国?」
 ぼんやりと目をこすりながら、辺りを見渡すグミ。あの状況なら自分が死んだと思うのもおかしくはない。だが、天国だとしたら俺がここにいるのはおかしい。俺は間違いなく地獄行きになるようなことをしているからな。そんな場所が存在すればの話だが。
「グミも起きたか。残念ながらここは天国ではない。カジノ内の来賓用の客間だ」
「レフェル、ユアさんはどこ?」
 ついさっきまで自分を殺そうとしていた者の名を平然と呼ぶグミ。レフェルが言うよりも早く、俺が案内する。安らかな寝顔だったグミに対し、ユアは悪夢でも見ているかのように苦悶の表情を浮かべていた。俺たちと同じように外傷はないようだったが、揺り動かしても、耳元で何か言っても目を覚まさない。ユアの意識はまだ見えない何かと闘っているのかもしれない。
「よかった……。もう二度とユアさんとは会えないかと思った」
 グミの頬を涙が伝う。そして、そのまま涙を隠すようにユアの胸元に顔をうずめた。愛する人にするかのように。それでいて、俺が感じてしまった本能的な恐怖なんかまるで感じていないかのように。
 嬉し泣きだけが聞こえてくる部屋の中で場違いなくらいに落ち着きはらったレフェルの声が響く。
「シュウ、さっきの質問に答える。大事な話だからグミも聞いてくれ」
 俺とグミの視線がレフェルがかけた椅子へ向く。恐らく、この中で一番情報面で有利な立場にいたレフェルの声は真剣そのもので、そうさせるだけの力があった。
「ここが来賓用の客間だとはさっき言った。だから、どうしてここに居るかと言う質問に応えよう。われらはコロシアムでの戦闘に勝った。それと同時にグミとクラウンとの賭けにも勝利した。絶体絶命の窮地の中、我がクラウンと交渉した結果。全員の命と安全、多額の賞金が手に入った。以上だ」
「言ってることの意味が全然わからない。なんだその賭けとかクラウンとかってのは?」
 クラウンという名前らしきものを聞いた途端、グミの表情が複雑なものになる。何か確執があるのかとも思ったが、俺には何が何やらさっぱりだ。
「クラウンというのはだな……」
 レフェルが俺にクラウンのことを説明しようとした矢先。応接間のドアが二回ノックされる。俺たちの許可もなく開かれたドアから入ってきたのは顔の半分を仮面で隠した男だった。こいつがクラウンだと直感した。
「失礼、私の名が噂されているような気がしましたので。多、これはシュウさま。華麗な体さばきに見事な銃の扱い。興味深く拝見させていただきました。どうぞ、お掛けになってお待ちください。今、紅茶の用意をさせますので」
 口数の多さと大げさな身振り。道化と自ら名乗る男が深々と礼をし、女中に紅茶の支度をするように指示を出す。今まで戦ったどの相手よりも不気味で得体のしれない何かを感じた。
「レフェル、クラウンは私たちに何をしたの?」
 グミはクラウンと目を合わせることもせずに、レフェルに聞く。しかし、答えたのレフェルではなく当の本人だった。
「グミ様、お元気そうでなによりです。詳しく説明すると長いのですが、端的に申しますと、あなた方三人を私の力で癒し、ユア様の体も元通りにさせていただきました。そちらのレフェル様のご指示にて。もっともそれなりの対価はいただきましたけれど」
「まぁ、そういうことだ。こいつは今、敵でも見方でもない。ただのカジノの最高責任者として、我らの安全を保証している」
 段々と話の全貌が分かってきた。俺たちがやらされていたのは金持ちたちの余興であり、人間でやる競馬だと言っていたサベージの言葉を思い出す。それを操る影の支配者がこいつと言うわけだ。そんな外道に曲がりなりにも命を救われ、仲間までも助けられたのだというのだから腹立たしい。グミの苦虫を噛み潰したような表情も素直に頷ける。
「はは、嫌われ者のクラウンでございますが、害意はございません。紅茶の準備が整いました。毒も薬も入っておりませんのでご安心を。上質のアールグレイでございます。ミルクとシュガーはお好みでどうぞ」
 クラウンは自分のカップに注いだ紅茶にどぼどぼとミルクと砂糖を放りこみ、毒味しながら言う。冗談を飛ばしながらも顔は全く笑っていない。
 俺たちは椅子に腰かけ、紅茶の香りをかぎつつも手はつけない。敵に出された紅茶を味わうよりも先に聞きたいことが山積みだったからだ。
「礼を言うつもりはない。こんなティーパーティーよりも先に俺たちの疑問に答えろよ。お前の目的は何だ?」
 核心を突く質問だと思ったが、クラウンは声だけの笑顔ではぐらかす。
「私どもの目的は当カジノ『ツリーオブデザイア』にいらしたお客様に楽しんでいただくことです。経営上の目的でしたら利潤をあげ、このカジノを維持させていただくことです。商社には極上の快楽を。敗者にはこの上ない屈辱を。他に何かご質問は?」
 今度はグミがクラウンを睨み、質問を投げつける。
「ユアさんは何で目を覚まさないのよ。あんた何かしたの?」
 クラウンは相変わらずのポーカーフェイスで大げさにユアを発見し、発言する。
「恐らくは急激な獣化で身体でも心でも無い何かが影響しているのだと思いますが、詳しいことは分かりかねます。ですが、このまま床でお休みなって風邪でも引かれては困りますね。ユア様、お目覚めになってください」
 話し終えたと同時にパチンと指を鳴らすクラウン。小気味のいい音で目が覚めるとは思えなかったが、予想に反してユアの体がもぞもぞと動き出した。
「もう……やめて。わたしの仲間を傷つけないで。わたしを殺して。ねえ、神様」
 呪うように、祈るように哀願するユアの声を聞いて、グミが椅子の倒れるのも気にせず、ユアに飛びつく。少し遅れて俺も近寄るが、恐怖が邪魔してグミのようにはできなかった。
「ユアさん、よかった。もう、大丈夫だよ。誰も死んだりしないから、変なこと言わないで!」
「グミさん……!? あ、あ……その、わたし……なんで元に……?」
 ユアの記憶は明らかに混乱して居た。自分がどうしてこんな場所に居るのかとかそんなことよりもずっと深い闇に囚われて居たのだから、当然のことだ。ただ一つ、分かったことがあるとすれば、自分が殺そうとした仲間が生きていたこと。自分がどうして泣いているのかもわからずに、ユアの目からとめどない涙が流れ続けていた。
「ユアさん。無事でよかったよう……もうダメかと思ったの。だから、本当に」
 グミも涙で言葉にならなくなりながらも、全身でユアのことを抱きしめた。キョトンとしながらもユアはその腕でグミの気持ちに応えようとし、直前になって何か思い出したかのように、手を止めた。
「ユア、大丈夫か?」
 俺の声は震えて居ただろうか。今のユアは前と同じユアだ。前と同じように優しくて強いユアの姿だ。でも、俺の目に、心に焼きついた事実が俺の足を止めている。そのことはすぐにユアにも伝わったようだった。
 ユアはグミを抱きしめ返す代わりに、そっとグミの肩を押し、言った。
「グミさん。わたしに近づいちゃダメです、わたし、全部見てたんです。音も感触も、私自身の心の動きも全部。それなのに、それなのにわたしは……グミさん殺そうとして居たんです。食べようとしたんです。大切な仲間なのに。自分の体なのに止められなかったんです。わたしはわたし自身が怖い……。次はきっと大事なものを殺してしまう……!」
「ユアさん……そんな」
 明確な拒否にグミは思わず後ずさりし、顔を伏せる。自分ではどうにもできなかったとはいえ、罪の楔は重く、深く突き刺さっている。大切な仲間を傷つけることは相手以上に自分の心を傷つける。それがたとえ避けられぬ運命だとしてもだ。仕方ないとか、どうしようもなかっただとかそんな言い訳は事実に簡単に塗りつぶされてしまう。自分の親友を手にかけた俺だからこそ、ユアの心理が手に取るようにわかった。
「少し、一人にしてもらえませんか?」
 そうとだけ呟き、うずくまるユア。グミも俺も言葉が見つからない。探そうとすればするほどユアの苦悩が伝わってくる。抗いがたい悔恨と自殺衝動。今はそっとするしかない。ユアが自分自身と折り合いをつけられるまでは。
 重苦しい沈黙の仲、空気を読まずにクラウンが紅茶とはもはや呼べない液体を飲みほす。こうなる原因を作ったこいつに殴りかかりたい衝動に駆られるが、こぶしをぎゅっと握りしめて何とかこらえる。
「……紅茶がすっかり冷めてしまいましたね。しかし、なるほど興味深いサンプルです。獣化したライカンスロープに元もの人格は残る。大抵のサンプルは自発的に元に戻ることは少ないですし、元に戻っても死ぬか、心が壊れてしまうかのどちらかなのですが」
「クラウン、てめえは黙ってろ。これ以上余計なことを言うとぶち殺すぞ」
 即座に射殺出来るように眉間に銃を突き付ける本当はすぐにでも引き金を引きたかったが、何故か出来なかった。クラウンは動じず、澄ました表情のまま「おお怖い」と両手を上げる。
「申し訳ございません。どうも、研究者としての一面が出てしまって。でも、よかったじゃないですか。現に元に戻れたんですし」
「口を慎め。これは我らギルドの問題だ。それよりさっさと商談を済ませるぞ。お前の顔を二度見ないで済むようにな」
 明らかに怒気を含んだ声でレフェルが言う。レフェルの言う通りだ。俺も構えていた銃を下ろし、やり場のない怒りをテーブルにぶつける。グミは消心したままなので、ユアと一緒にそっとしておくことにした。
 クラウンはいつの間にか取り出していたジュラルミンケースを机の上に置き、黙ったままそれを広げる。中には何枚かの書類と青い水晶のようなもの。分厚い辞典のようなものが入っていた。
「では、商談に移らせていただきます。まず、これが賞金から諸費用を差し引いた317Mの小切手です。次にこれがワープストーン四人分。二人分の生存許可書。そしてこれが当カジノの景品カタログでございます。小切手を選んでいただければ、こちらでグミ様の口座に一括で振り込むことも出来ますし、ご希望があれば三人それぞれ言われた額で振り込むこともできます。また、小切手を受け取らずに、カタログにて当カジノ特注の製品と交換することもできます。どうぞご覧になってから、お決めください」
 317M……途方も無い額でまるで実感がわかないが、一生遊んで暮してもお釣りがくる額だというのは何となくわかった。それだけの金を手にしたレフェルとグミは一体どれほど危険な橋を渡ったのかは想像がつかない。
「現金ばかりこんなにあっても仕方ない。我は商品と変えたほうが良いと思うが、お前たちはどう思う?」
 グミとユアは全く聞こえなかったかのように何も答えない。今はそれどころではないというのだろう。俺もそうだ。
「俺も金よりは物がいい。でも、それよりも先にユアと話がしたい。そうしないとダメな気がする。レフェル、お前はどうだ?」
「ユアは仲間だ。我も含めて四人居て初めてこの先どうするか決められる」
 あらゆる含みのあった質問にレフェルは即答する。考えていることはほとんど同じのようだ。今のままでは何も決められはしない。しかし、それにはユアの気持ちの整理が必要だった。
「ユア、お前はどうしたいんだ?」
 すっかり縮こまってしまったユアに質問を投げかける。少しは落ち着いただろうか。ユアは顔を伏せたまま、両腕で自分を抱いている。まるで、自分の中の何かを封じ込めているようだった。少し時間をおいてから、ユアがその体勢のまま口を開く。
「わたしは……もう、みなさんと一緒に旅をすることはできません。グミさんもシュウさんもレフェルさんも大事なお友達だから、傷つけたくないんです。わたし自身の手で何もかも失ってしまうのは、もう嫌なんです……」
 本心からの言葉だと言うことは小刻みに震えるその身体を見れば分かる。想像できた答えとはいえ、実際に本人の口から聞くのとはまた別だった。おびえたユアの口から発せられた言葉がふと蘇る。神様なんていない。いるとしたらこんな残酷な仕打ちをユアに課すなんてことはないだろう。
 もしかしたら。そんな家庭がもろく儚く消えて行くのが分かる。ユアは心を閉ざしてしまって居た。いろんな者を失いすぎて、今持っている物すらも恐れてしまっている。自分に潜むもう一人の自分の狂気に当てられ、仲間に手をかける前に自ら身を引くことによって仲間の身を守る。ユアらしい想いの形がその決断だった。
「泣ける話ですね。ユア様用の口座と別所へのワープストーンを用意しましょうか」
 クラウンのふざけた提案にはだれも耳を貸さない。底意地の悪い皮肉にしか聞こえないからだ。
「ユアさんは……私たちのこと嫌いになったわけじゃないんだよね? 一緒に旅を続けたいのに、私たちのことを思ってそんな悲しいこと言ってるんだよね?」
 がっくりと肩を落とし、ポロポロと涙を流しながらも、精一杯強がってグミが言う。ユアの意思の確認と言うよりは願望に近いそれだった。それに比べて俺はどうなんだろうか。ユアがそう言ったことに対して、仕方ないことだと諦め、内心ホッとしているのではないだろうか。我ながら情けなくて死にたくなる。ユアがどんな気持ちでそんなことを言っているのか、痛いくらいに分かってるはずなのに。
「わたしは……みんなのことが大好き。ずっと一緒に旅してたいです、今まで生きてきた中で一番幸せだったんです。だから、だからこそ一緒に入られない。結局、わたしはわたしが一番可愛いんです。最低です……こんなの。シュウさんだって、こんな私と一緒にいたいなんて思わないですよね?」
「俺は……」
 心の内を読まれたようで言葉に詰まる。ユアが勇気を出して俺の本心を聞こうとしてくれているのに、何も言えない。植えつけられた恐怖が邪魔をしている。そんなことない。一緒に旅をしたいというだけなのに。
「ごめんなさい。今までいろいろ良くしてもらってきたのに。わかるんです、前にもこういうことあったから。こんな化け物がそばにいたら、誰だって安心できないし、嫌だと思います」
 ユアの言葉が胸をえぐる。本心を言い当てられたようで返す言葉がない。なんでこんな風になっちまったんだ。結局俺は動揺を隠すことができずに顔を伏せた。最低なのは俺だ。
 クラウンが無線を操作し始める。ユアが別れても対応できるように手はずを整えて居るんだろう。はた目から見ても結果が見えて居る証拠だ。
 グミも言葉が見つからず、うなだれている。レフェルはと言えば、何も言わずに黙ったままだ。クラウンが無線を切り、時計を見る。わざとらしい動きでタイムリミットが近いということを無理やりに悟らされる。
 どうにもできないこの流れをわずかに変えたのは、黙り込んでいたレフェルだった。
「グミ、お願いがある」
「……なによ」
「われをユアに渡してくれ。もっと近くで話がしたい」
 グミはなにも言わずにレフェルを両手でつかみ、そっとユアに手渡す。何を考えているのかはわからないが、何の策もない今は少しでもレフェルに流れを任せてみたかった。ユアは戸惑っていたが、仕方なくレフェルを受け取る。
 一度間をおいて、レフェルは話し始めた。
「ユア。我はお前と一緒に行く。お前と一緒じゃないとダメなんだ」
「え?」
 グミとユアの声が重なる。意味を理解しかねている、そんな様子だ。しかし、レフェルは構うことなく続ける。
「我は死ぬこともできない化け物だ。だから、お前に殺されることはない。お前を一人で行かせることなんてできない。何年でも何百年でもお前と一緒にいたいんだ。ユアがどんな姿になっても、我がこんな気色の悪い武器だとしても、我はお前のことが……好きなんだ」
 突然の、しかし紛れもない告白だった。とても奇妙な構図だったが、人として好きだとか、どちらかと言えば好きだとかそういう曖昧な意味の好きではなく、明白なプロポーズをレフェルはした。
「レフェルさん……わたしは、わたしなんかのこと」
 ユアの目から大粒の涙がこぼれ、レフェルに落ちる。姿形は関係ない。今の俺にはあの趣味の悪い造詣の鈍器が一人の男に見えた。
「ちょっと待ったーッ! レフェルあんた、そんなのズルいわ。私だってユアさんのこと大好きよ! 私も、私も一緒に行く。二人だけで行くなんて絶対に許さないんだから!!」
 そう言ってレフェルごとユアに抱きつくグミ。ちょっとは空気を読めと思ったが、グミはある意味で空気を読んだのかもしれない。なぜなら、俺も同感だったからだ。鈍器ばっかにいいとこ見させてたまるかよ。
「ユア、俺も大好きだーッ! ぐえっ」
 皆にならってユアに抱きつこうとした俺はグミの蹴りでその場に沈められ、絨毯を舐めさせられる羽目になる。
「シュウ。ちょっとそれ、どういう意味よ」
「え、だから俺もユアが……ごぶっ、グハ」
 床に伏せた俺に容赦ない蹴りが続け様に入る。何、何なの? 俺の扱いだけ以上にキツくない?
「ユア、そういうことだ。シュウ以外の三人でまた新しくギルドを作ろう」
「ちょっと待てッ! 行く、俺も行くぞ。もういい。自分の気持ちに素直になることにした! ユアはユアだよ。怖くなんてない。優しくて、可愛いユアと一緒に旅をする! もちろんお前らも一緒だ。一生俺についてこ……」
 俺が熱く語ってるにもかかわらず途中で顔面に蹴りが入り、今度は仰向けに倒れる。蹴ったのは誰か言うまでもない。転がった俺を見てか、俺たちらしいこのやり取りを見てかユアがくすりと笑った。涙でぬれた頬と目を袖で拭い、ユアがゆっくりと口を開く。
「レフェルさんの気持ち、嬉しいです。わたし、まだみんなと一緒にいてもいいのかな。こんなに楽しいみんなとなら、乗り越えられそうな気がするんです……わたしを幸せにしてくれますか?」
「任せろ。男に二言はない」
 生意気すぎるそのセリフに俺とグミがどの口がとか、この鈍器がとか適度に茶化す。けれど、二人とも全く気にしてないどころか幸せそうに微笑んでいた。クラウンがまた無線をいじり、何かを伝え始める。多分、連絡の内容はこうだ。
「口座とパワーストーンの件は必要なくなった。男らしい鈍器に幸あれ」
 後半は俺の脚色だが、男らしい鈍器のおかげでギルド解散の危機は免れたようだった。最後に不満があるとするならば……ユアがレフェルにキスし、頬染めたことだった。全く、いいところを全部持っていかれたような気がしたが、別に悪い気はしなかった。
続く

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