かつての仲間が突然、敵として自分の前に現れたとしたら、どうしたらよいのだろう。彼女は旅先で出会い、一緒に行動し、楽しい食事や数々の戦いの中で身を呈して助けてくれたというのに。戦いだけじゃなくて精神的な面でもとても言葉では言い表せないほどに助けてくれたのに。
 それが急に手のひらを返したように牙を剥くとしたら。理由はいろいろあると思う。例えば、元々敵だったのに仲間として近づいたとか、仲間同士での何らかの裏切りがあったとか、悪い人に騙されたり、魔法や薬で操られたとか。そうなってしまったとしたら、その人の性格や仲間達にも原因があるのかもしれない。
 でも、その仲間がまだ私たちを仲間だと思って居て、にもかかわらず自分ではどうすることも出来ない状態に陥って居るとしたら。私たちはどうしたらよいのか全く見当がつかない。いくつかの選択肢があったとして、そのどれもが自分たちにとって最悪の展開になるときに似てる。
 私が龍に襲われた時にお母さんは私の盾となって無くなった。私自身も傷を負ったけど、おじさんの助けもあって一命は取り留めた。それでも私は多くを失い、復讐のために旅に出た。
けれどももし、お母さんが私をかばっていなければ、私が死んでしまったとしてもお母さんは逃げることが出来たかも知れない。そう考えると悲しさと辛さで胸がいっぱいに成る。あの時の私はなんにも出来ない子供だったから、生きていただけでもまだましだったのかもしれない。
でも、今の私は自分で未来を選び、決めることができる。戦うか死ぬか、それとも別の……皆がまた笑って旅を出来るような方法を探すか。そう、選ばなきゃいけない。決めなくちゃいけない。しかし残された時間は考えるどころか祈るほどもなくて、どうにかなるかもしれないなんて楽観的な仮定は出来なくて、しかも目の前の仲間は待ってくれる状態でもなくて。
……きっと正解なんてない。私は自分が選んだ道に納得できるように努力しなくちゃいけないんだ。私が選んだ道で誰も悲しまないで、誰も失わずに済む道を。だから、私の選ぶ道は……!
「ユアさんッ!」
 レフェルを拾い直すこともせず、両手だけに力を集中。魔力を蓄える時間も落ち着いて呪文を唱えている余裕もない。ただ、私の感情を術に伝えるだけ。今まで唱えた呪文の全てより強い私の感情……ただ守りたい。少しでもいいから話をし、助けたい。
 自分の全開にユアさんへの思いを重ねてシールドを展開する。鋼鉄をも凌駕するほど頑丈で、分厚い盾。想い分プラスの強固な壁にユアさんから生まれた怪物が激突する。
 コロシアム全体に巨大な岩に人間にはとても持つことができないほどの鉄槌が撃ち込まれたような音が鳴り響く。たった一撃、しかし今まで経験したどんな一撃よりも重い攻撃に私の腕が、身体が、脳がみしみしと悲鳴を上げる。噛みしめた歯は今にも砕けそうなほどの圧力がかかり、膨大な魔力の消費に全身が揺らぐ。でもまだ倒れるわけには行かない。まだ時間を稼がなきゃ成らない。今の一発で私の盾は半分以上削り取られ、その反動が内臓まで来てしまっている。恐らく、次の一撃に耐えることはできない。折れてしまいそうな心に鞭打ちながら、シールドの修復を急ぐ。このままでは万が一にも間に合わない。
「ユアっ!! やめろおおおおッ!」
 私の盾に激突した衝撃で悶えているユアさんにシュウがいきなりバズーカを射ちこむ。しかし、聞こえて来たのは榴弾を打ち出す爆発音ではなく、金属がこすれあい、風を切る音。まさかとは思ったけど、やっぱりシュウの意思も私と同じだった。バズーカから飛びだした五つの巨大なクレセントはユアさんの両手両足、そして首を押さえつけるようにして地面に縫いとめる。出血した様子がないことから、三日月の先についているはずの鋭い刃はシュウの意思によって潰されているみたいだった。
 私はガンガンと頭の中で鳴り続ける警鐘を無視して、シュウのクレセントを覆うようにしてシールドを展開し、固定する。これでそう簡単には破ることは出来ないはずだ。半分以上敗れたシールドも念のために展開し続けるけど、その分私の消耗は激しくなる。今すぐにその場に倒れてしまいそうなほどに全身に、特にシールドを支えている足に疲れが出ていた。けれども、まだ挫けるつもりはない。
「ユアさん、目を覚ましてよッ! いつものユアさんに戻ってよ!!」
 ユアさんに聞こえるように大声で叫ぶ。ダメージからかせりあがってくる胃液をこらえながら、泣き出しそうな声で訴える。
「私はユアさんの仲間だよ! 絶対にユアさんを傷つけない。だから、だからッ……!!」
 私の苦しみを代弁するかのように足ががくがくと震え始めた。とうに限界は着ていた。それを気力だけで何とかつなぎとめているだけだ。まだ折れてはいけない。失いたくない。その感情だけで。
「ユアっ! 俺も同じ気持ちだ。俺たちはお前を裏切ったりしない。生きるも死ぬも一緒だ!!」
 ユアさんを縫いとめている鎖がシュウの魔力を通して蒼く輝き始める。シュウは私よりも貼るかに傷つき、消耗して居る。血も随分と流していて意識を保つのも精いっぱいのはずだ。でも、ユアさんと話す時間を稼ぐために自らの命すらも削りながら力を出し続けているに違いない。
「ユアっ!! 我もだ。われらが仲間である限り、お前なしでは成り立たないッ! 帰ってきてくれ、お前自身の意志の力で!」
 レフェルもらしくないことを今までで一番の大きな声で叫んでる。大きな声が私の耳朶を打つけれど、私自身もレフェルの言葉に力を貰ってる気がして、なんだか励まされた。きっとレフェルだって自分の力で動くことさえできればユアさんを止めるために全力を尽くすはずだ。文字通り、命を賭してでも。
薄々気づいてたけど、レフェルはユアさんのことが好きなんだ。武器のくせに一丁前に。でもきっとお似合いのカップルになるんじゃないかな。武器としてじゃなくて、一人の男と一人の女として。そんなことを考えるとほんの少しだけ気分が軽くなる。耐え難い苦痛にも耐えて、そんな明るい未来を実現したいという気持ちになる。
「う゛ぉおおおおおおおおおっおおおお!!!」
 大気を振動させるような咆哮と共にシュウのクレセントが一つ、私の魔力と一緒になって砕け散る。ガクリと膝をつくシュウ。同時に私の右手が無くなってしまったかのような衝撃が走った。あんなに強固に固めていた封印が容易に破られた。続けて左腕の封印が解け、両手を使って首の封印まで連続して解かれる。その度に私の体はビクンと痙攣するほどにきしみ、悲鳴を上げる。歯と歯の隙間から鉄臭い液体がこぼれて、顎を伝った。痛い、痛い、のたうちまわるくらいに痛い。そして、なにより心が痛かった。私たちの言葉はユアさんには届いていない。
「バカヤロウ!! 俺たちの信頼はこんなもんじゃ切れねえ! 絶対に届いてる。よく見ろッ!」
 私の心の中の弱音が周に聞こえたのか、血に蒸せながらも、大きな声で叫ぶシュウ。よく見ろと言われて初めて見えた。顔はすでに完全な狼だったけど、トパーズの瞳は涙が浮かんでる。届いてる、私たちの気持ち。一瞬でも疑ってしまった自分を責める代わりにシュウに言った。
「シュウ! 胴体に大きい鎖、撃てる!?」
「あたぼうよ。俺を誰だと思ってるッ!!」
 ただのシュウじゃない。とっても頼れる仲間だけど。シュウは吐血するのをぐっとこらえ、新しいクレセント、それもどうやってバズーカから出てきたのか分からないほど巨大なので、もう一度ユアさんを封じ込めた。即座に固定。今度は壊された三つの分の魔力も使ってさらに固く強く。私たち四人の力を一つに合わせれば、奇跡だって起こせる。お互い辛い分は四人で支えあれば折れない! ユアさんに私たちの言葉が届いていることで、生か死かしかない最悪の選択肢にも光が差した。
「レフェル。ユアさん……大丈夫だよね? 元に戻れるよね?」
「心配するな。あとはユアだけだ」
 ユアさんは何度繋ぎとめても全く衰えることなく、楔をはずそうとする。その度に意識が霧散してしまいそうになる。足を押さえつけている鎖は今にも砕け散りそうだ。コロシアムの中の時間だけ極端に遅くなってしまったかのように錯覚するくらいに長い長い時間が経過していた。
 ユアさんの動きが急に止まる。もしかして、想いが通じた!? そう思ってからのわずかな隙。ほんの少しだけ、気が緩んでしまっていた。パリン、パリンと音を立てて両足の鎖がまるでガラス細工のように破れた。両足だけでなく、体の中心から中身をごっそり抜き取られたような衝撃が私を襲う。新たに固定し直す力もなく、念のためのシールドが支えを失ったように宙空に掻き消えた。最後の胴体だけはなんとかして固定を解かずに維持できたけど、そのことにも気付かないほどに被害は深刻だった。私の世界は乱回転しながら地に落っこち、膝はがっくりと折れ、うつ伏せに倒れた。意識がまだあるってだけでも奇跡だと自分でも思い、いっそ失神してしまえば良かったのにと思う自分がいた。その方が現実を見なくて済むし、楽だろうって。せめて私がダメでもユアさんが助かればいいんじゃないかって。でも……。
「まだよ……まだ終わってない」
 私がさっき落としたレフェルを拾い、握りしめる。もう新たなシールドを張るどころか、起き上がる気力もない。ただうつ伏せのまま、ユアさんを見据えていた、限界はとっくに超えてる。でも、私が諦めない限りは終わらない。死なない限りは意識を保ちづけられる。
 ユアさんの爪が、足が、牙が最後の希望である鎖にかかる。白い綿あめみたいだ。暢気なことを言ってられるのもこれで最後だろう。急激に重い力が一点にかかる。固定している魔力が少しずつたわみ、歪み、ねじ切られていく。シュウの魔力である青も鮮烈な輝きから淡い蒼にとどんどん失われていく。シュウの限界も近いことが視覚的にもはっきりとわかった。
「ユアさ……」
 最後の希望が同時に四散した。もはや痛みも感じない。痛みの許容範囲を超えて居る。互換はことごとく無くなり、自分が存在しているのかどうかも曖昧になる。意識があるのかないのか、それすらも認識できないほどの深く、そこのない暗闇に落ちていく。私は死んだ……のかもしれない。尽きない奈落の中、後悔する間もなく、私は意識を失った。
*
 グミの意識が切れた。我はグミ無しでは何もすることができない、ただの喋るガラクタにすぎない。放っておけば、全てが終わると分かっていながら、成す術なくこの地獄が終わるのを黙して待つことしかできない。神よ、なぜこれほどまでに残酷な運命を彼女らに与えたのか。これでは犬死に以下ではないか。
 そう言ってる間にもユアはグミ目がけて飛んで来る。シュウはまだ意識を保っていて、何か叫んで居るがユアの足が止まるわけでは無い。無駄の無い筋肉の動きでわかる。グミは心臓を一瞬で抜き取られ、殺される。すべての努力が徒労に終わる、せめてグミの意識が戻れば、スマッシュで一太刀くらいは凌げるかもしれないが、ただそれだけだ。
 自分の無力が恨めしい。しかし、我が知るどんな人物もあのライカンスロープを止めることはできないのではないかと思う。予想を遥かに超えて、グミたちは善戦したのだ。ユアが敵であったら、容赦なく攻撃して、あるいは勝てたのかもしれない。それほどに彼らの連携は素晴らしいものだった。だが、”殺す”という目的ではなく”守る”という目的だったからこそ成し得たのだろう。彼らのギルド名は復讐者などではなく守護者がふさわしいと思えるほどに。
 死と言う概念の無い我に走馬灯は無い。ただあるのは現実のみ。時を待たずして、ギルドマスターの死を持って物語は終わる。持ち主を失った我は打ち捨てられ、永遠にも似た孤独をさまようことになる。最後に話せばよかった。伝えられれば良かった。我にもっと力があれば……!
 スローモーションのようにユアの爪がグミの背中に吸い込まれていく。龍の鱗すらも物ともしないそれはグミを紙のように切り裂くだろう。目を閉じることはできない。見届けるのが我の使命のような気がした。
「時間ですよ」
 誰かの声が聞こえた。しかし、それを合図にしたかのように、急に信じられないことが起こる。次の一瞬には突き刺さっているはずだった爪がどんどん離れて行っている。時間が、時が逆戻りしていた。気がつけば目の前に一人の男が立っている。血のような真紅の右目に、海のように真っ青な左目をした不思議な男……素顔で現われていたので分からなかったが、その存在感と聞き覚えのある声で誰か分かった。仮面の男クラウンがそこに立っていた。
「お前は……」
「おお、これは、これは終焉の魔王ルシファー様。いえ、今はレフェル様でしたっけ。失礼しました。お元気そうでなによりです。私がこの片わざわざコロシアムにまで出向いたのはですね。コロシアムの時間の終了をお知らせするためなんです、正確にはコンマ一秒ほど過ぎてしまったので、ちょっとだけ時間をいじって現われました。今はお話がしたかったのでちょっとだけ時間を止めていますがね」
 常識では理解できないことが多すぎる。時間を戻す? 時間を止める? 何のことだ、こいつは何を言っている。だが、しかし現実に起こった事象は間違いなく我の目の前で起こった。一体、何故……。
「何と言われましても、わたしの開発した機械でして、最近流行のVHSのようにコロシアムの中の時間を操作できるんです。まぁ、設備に金も時間も労力もかかるので乱用はできないんですけど、私はこれでいて几帳面なんですよ。よくあるんです……時間を過ぎても悪あがきしようとする輩が。一発の銃弾、一閃の剣戟で結果が変わってしまうと配当の際に大変揉めてしまうんですよ」
「何が、言いたいんだ」
 ぺらぺらと得意そうにしゃべり続けるクラウンを一瞥し、言う。こいつがやっていることは運命を玩ぶことだが、それによってグミがまだ生きているという事実が何より不快だた。
 クラウンは仰々しく頭を下げ、おほんと軽く咳払いする。
「はい。私が言いたかったのは今回の勝負の結果でございます。結果は人間チームでの生存者、シュウ、ユア。グミ様は死にたがりではなく、あくまで賭け主なので失神して居ますが含まれません。モンスターチームは全滅。アンノーンこと双頭の龍も完全に絶命してますしね。私の最高傑作だと自負しておりましたが、まだまだ改良の余地がありそうです」
 我の予想通りの結果になったようだが、それはあくまでも賭けの結果でしかない。このままだと賭けたグミが死ぬ。この結果はどうなるのだ。
「さて、結果も言いましたし、配当に移りましょう。グミ様が賭け主ですが、レフェル様でもよろしいですかね」
「ああ。だが、その前にこの時間を動かしたとしたら、グミは死んでしまう。また、ユアもライカンスロープのままだ。シュウも傷つき、このままでは死ぬだろう。それではいくら金があっても意味がない。今の場合どうなるか……まずそこを説明してほしい」
 クラウンは満足そうに頷き、答えた。
「今回は非常にまれなケースでして、最高責任者である私の決めたルールに当てはまらない部分が多々あります。しかし、つまりそれは法に抵触して居ないと言うことで、今回は見逃しましょう。結界をもっと上部にしなければ成りませんし、修繕費用だけでかなりバカにならない額になってしまいますがね。まず、申し上げたいのですが、私は今の状況をどのように変えることもできます。すなわち、生かすことも殺すこともすべて私の手の中にあります。おわかりいただけますか?」
 クラウンは今の状況を心底楽しんでいるようだった。左右の色が違う目は両方とも笑っている。気に喰わない、すぐにでも口を閉ざしてしまいたいような気になるが、我に出来ることは出来るだけ交渉し、より有利な条件を提示することだけだ。
「わかっている条件を言ってもらおう」
「まず、この勝負はもう時間が来てしまったので、これ以上の殺し合いは興冷めです。私の美学に反します。ここ以外の場所でのたれ死のうが殺しあおうが私の関知する所ではありませんが、コロシアムのルールは絶対に守ってもらわなければなりません。ユア氏は私が何とかして止めます。しかし、誰を生かすとか戻すとかは単純にお金の話になります」
 親指と人差し指を丸めてメル硬貨の形を作るクラウン。話のニュアンス的にはすべてを直せると言っているようだ。
「グミ、シュウ、ユアの治療。ユアの獣人化の解除。シュウ、ユアの許可証の発行。このカジノの脱出。これでいくらになる?」
 思いつく限り上げてみたが、まだ足りない部分があるかもしれない。また、相当な額をふんだくられることも覚悟しなければならないだろう。
「簡潔に申し上げますと、治療にはカジノ規定でお一人様の命を1Mと定めていますので、一人1Mかかります。またユア氏を元に戻すのには研究、学術的興味もありますので、私の労力や何かも含めて10Mで結構ですまた、許可証は治療とは別に1枚1Mです。健康な肉体でということですので、当然ながら死にかけの人間に1Mの価値はありません。脱出費用は指定さえしてくだされば一つ500Kのワープストーンを差し上げます。また、追加料金で申し訳ないのですが、結界の修繕費用として10M頂きます。これは賠償ということで理解していただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「わかった。計25Mだな」
「聡明な方で助かります。しかも、レフェル様の分もちゃんとワープストーンを買って下さるんですね。他にも諸費用、たとえば今やっている時間を止める機械や何かの費用で5Mほどかかっているのですが……」
 全く申し訳なさそうに言う。足元見られているのだろう。しかし、こちらは譲歩するしかなく、交渉の余地はない。元にコロシアムは損壊しているし、おそらく死傷者も出ただろう。何も言わずに飲むしかない。
「30Mだな。そういえば、今回は我らの一人勝ちだと思ったが、配当はいくらになる?」
 配当金次第では、その30Mも払うことができない。だが、計算上は余裕でお釣りがくるほど莫大な賞金があったはずだ。
「347Mです。費用を差し引いても317Mですね。一晩にして億万長者です。とんだホエール、いやリヴァイアサンかなと驚いているところです。今回はアンノーンありと言うことでアンノーンの一人勝ちに命を賭ける人も大勢いたんですけど、それは関係ないですよね。今回はたくさんの戦士とモンスターが死にましたが、調達には苦労しなくて済みそうです。ああ、それと300M以上の勝ちですが、入金する口座とか有りますかね? それともチップでしか交換できないカジノ限定の商品と交換しますか?」
「それよりも先に、先の30Mの分で傷ついた彼らを治療してくれ」
「わかりました。はいっ」
 クラウンがパチンと指を鳴らすとグミに襲いかかっていたユアがすっと床に落ちる。気を失っているようだった。と同時に毛が抜け落ち、ユアが生まれたままの姿に戻った。深かった傷もまるでなにも無かったかのように塞がっており、グミとシュウもヒールとは比べ物にならないほどの回復速度で傷が癒えていった。魔法というよりも手品のようだった。クラウンは何事もなかったかのように歩き、どこからか取り出した毛布をユアに被せる。
「こんな美しい生き物を下衆の眼に晒すことは責任者として、何より一人の男として恥ですよ。全員別室に移動してから、許可証、チップ、ワープストーンなどをお渡しします。この移動は私からのほんの心遣い。サービスしておきましょう」
 ではと言い、またクラウンが指を鳴らすと、ここに着いたときに通されたというか軟禁されていた部屋へと移動していた。我以外は全員気を失い、バラバラの場所で倒れている。
「皆さん、お疲れの様子ですので換金は夜になってから執り行いましょう。それでは私は事後処理がありますので……おっと、仮面を忘れるところでした。それでは」
 クラウンは今度はパチンと指を鳴らすことも無く、普通に歩いて部屋から出て行った。地獄のような十分間がようやく終焉を迎えたのだった。そういえば、何か聞きなれないことをクラウンが言っていたような気がしたが……今は考えないようにしよう。この束の間の休息を素直に感謝した。
続く

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