「二人一緒にいれば狙い撃ちだ。若干の距離を取って、ユアの場所に行くぞ」
「自分の身は自分で守るわ。余裕があったら助けてあげる」
 強大な力を前にして、歴戦のパートナーは視線を合わせずに会話する。徹底的に無駄を省いた会話は、互いに似た思考、同じ目的があってこそ成り立つもの だった。
 再開の感動に浸る暇もなく、二人と我は倒れた仲間達の救出に全力を注ぐ。時間も残り少ない上に、目前にはグミの最終目標である双頭の龍が二つの頭でこち らを凝視している。突如現れた年端もいかない少女に自らの強力無比である攻撃をガードされたのに動揺しているのかもしれない。
 それもそのはずだ。今までにどれほどの人間があの炎弾を弾くことができただろう。あの巨大さに銃弾のスピードと四つの目による命中精度の高さ、それらを 総合すれば人間が回避することなどよほどの手練でも容易いことではない。それを二つの頭から断続的に打ち出すのだ。一発二発避けられたところですぐに敵を とらえることができる。
 だがしかし、あの青い髪をした少年は避けた。的確な行動の先読みから為される回避、あるまじき反射神経のなせる技だ。結果的には抱えていたふぇありーや 他の仲間の亡骸の関係で、必殺の一撃を打ち出すことが出来たが、そういったハンデがなければ残り約五分間を逃げきることすら出来たかも知れない。
 双頭の龍が化け物ならば、シュウも化け物だ。そして、龍の炎を易々と弾いたグミも化け物に違いない。実はというと、我が槍に形態変化したのは賭けだっ た。なぜかといえば、答えは簡単だ。マジックガードやマジックシールドというのは完成された呪文であり、それぞれ自分の周囲に強固な膜を張る、円形の魔法 の盾を作り出すという一つの事象や効果をもたらすことしかできないからだ。
 盾の反発力を利用し、重い物を受け止めることや衝撃を利用して飛ぶなどする魔導師は見たことがあるが、それらはあくまで盾を盾として応用しただけにすぎ ない。それだけでも日々の鍛錬と修行があって初めて可能になることだろう。もともと魔導師はそういう力任せの闘いではなく、日常の様々な属性や物体の移動 速度で攻撃する者だからだ。
 しかし、グミのやったことは滅茶苦茶だ。盾を盾としてではなく、自由に形を変えて不可視の力とした。力は手足のように自由に動かすことができ、その力や 硬度は人が作り出したものでは到底敵うことのない代物と来てる。それをぶっつけ本番でやってのけたグミは間違いなく天才だった。
 その天才ぶりは龍を前にしてさらに加速する。あの結界すらもズタズタに壊した火炎弾をグミのシールドが難なく弾いた。盾の本来の使い方である受け流すと いう技術を即席でやってのけた。硬く湾曲した炎弾は自らの進路を強制的にコロシアムの上空に向けられ、誤った角度で飛んでいく。結界にも何も守られていな い屋上には簡単に穴が空き、天井を形作っていた建材の破片が真っ黒に焼き焦げた姿で落下してくる。
 そして、今に至るのだが、グミは少しも動揺していない。誇り高ぶってる様子もない。並の魔法使いであれば盾ごと消し炭に変えられていてもおかしくない状 況だというのにだ。先に行われた数々の勝負、傷ついた仲間達、目の前に現れた仇敵。それらがグミの本当の能力を開花させたのだ。
 シュウはグミが炎弾を弾いたことを見ても冷静だった。褒めたり過剰に驚いたりすることなく、ほどよい距離を取る。グミも同様だ。これで一か所に双頭から の一斉射撃が注ぎ込むことはない。
 どちらが言うまでもなく、ほぼ同時に走り出す。若干シュウの方が早いのは、道案内役を兼ねているからだろう。進路はほぼまっすぐ、龍の脇を抜けて行った 先にあるようだ。グミはシュウの移動にあわせ、龍の正面を鏡に見立ててシュウとほぼ同じように弧を作り出していく。大きく回り込むようにして龍の背後に回 るつもりのようだ。
 龍の視線が交差し、左右の首がそれぞれシュウとグミを担当する形になる。どちらか片方を集中的につぶすのではなく、両者を同時に潰すつもりのようだ。我 を抱えたグミの正面が真っ赤に染まる。しかし焼けつくような暑さは感じない。グミは敵が攻撃を仕掛けるよりも早く、盾をそれも旧来の円形ではなく前方のみ に展開していた。
 赤が見えた刹那、巨大な質量にぶつかった衝撃がグミを襲う。しかし、その足は全く変わることなく走っている。まるで、グミ自体が強力な風防を持った機械 のようだった。第二射も一番衝撃の少ない形で受け流す。中心から滑らかに反っていく盾は緩やかなカーブに沿うようにして炎弾の角度を巧みに変えていった。
 三発目の炎を受け流した瞬間、グミの奥歯がきつく噛み締められる。盾に炎弾が触れてるのはわずかな期間とはいえ、それでも削る魔力の被害は甚大なもの だ。前方のみに今まで全体を覆っていた盾を集中しているから何とか凌げているのだと実感する。
 シュウの方はどうだろうか。あちらにはグミのような最強の盾はない。盾の分はシュウの身体能力に賭けるしかなかった。見るとグミとほぼ同じスピードで炎 の弾幕を潜りぬけていた。それも全く無駄のない動作で、グミの盾とは違うが巨大な鉄パイプのようなバズーカを利用している。初撃を避けた足さばきにも感心 するが、さらに驚いたのは二発目のことだった。
 一瞬何が起こったのか分からないほどの早業ではあったが、バズーカの焦げた部分を見て合点が行った。シュウは炎弾がインパクトする直前に忍者が行う変わ り身のように、体を回転させた。ほんの一瞬だけ面の小さくなった体に炎弾は精度を狂わされわずかに重心が逸らされる。そして回転の勢いと背中に背負ったバ ズーカがシュウと炎弾に挟まるように、または後ろへと送りだすように動かされ、炎弾はほぼ真後ろの誰もいない観客席に突っ込んだ。
 闘牛士のマントのようだと思ったのは残念ながら我だけではないだろう。観客席に誰もいないのは残念だが、さらに遠くからモニターで見ている者や他の人間 側のチーム、助けを求めてるユアが見ていたかもしれない。シュウはその俊足で三発目が来る前に龍の直接攻撃が十分に届く射程まで辿り着いていた。
 グミの方に話をもどそう。位置関係はほぼシュウと並行であり、龍の目前である。ここからは炎弾よりもずっと早く恐ろしい直接攻撃を掻い潜っていかなくて はならない。常人の反応速度でそれを避けるのは不可能、目視することすら難しいだろう。攻撃のバリエーションも豊富で、その禍々しいほどに力に満ちた四肢 から繰り出される打撃、斬撃はもちろんのこと。あの巨体を飛ばすことができるほどの両翼、人を軽々と吹き飛ばすことのできる尾、強靭な牙をもつ二頭と事実 上突破不能な完全防御陣が整っていた。
 しかし、ここまで来て退いてしまっては意味がない。シュウに策があるのだろうと思ってここまで来たグミは、間違いなく何も考えてないだろう。考える暇も なかったはずだった。ならば、考えるのは我の役目だ。時間は残り少ないが、その中で最良の行動を選ばなければならない。
 まず、確実に無意味なことは飛ばしていく。正面からの突破は物理的に無理だ。そんなことができるのであれば、既に倒している。次に左右だが、これも難し い。両腕と両翼、尾が完全に進路をふさいでおり、最悪の場合両者がやられてしまう可能性がある。ならば頭上はどうだ? いや、これも難しい。羽で遮られることや、長い首にからめ取られる可能性がある。となると残された手段は……一つしかなかった。
 我がグミに告げるよりも先に大声でシュウが叫ぶ。そして同時に小さな赤い欠片のようなものがグミの目の前に数個飛んできていた。
「お前は真っすぐユアの元に行け! 俺が囮になる」
 シュウの声はグミの眼前に放られた小さなボムでかき消される。ボムによるダメージは元の爆発が小さかったのと風防のおかげで無傷だった。元より攻撃のた めではなく、龍の気を逸らすことと煙幕のために使ったようだった。
「シュウっ……!」
 グミは苦鳴を漏らしながらも疾走する。シュウの身を案ずる気持ちと、その思いを無駄にしてはいけないという気持ちが交差した。悩んだ末に選んだのは後者 だった。
 シュウの方から何度も銃声がする。当たったところで大したダメージはないだろうが、それが囮になるためだというのなら無駄ではない。グミは煙幕に紛れ、 ひやっとすることはあったがなんとか龍の正確な攻撃は一度も入らずに龍の背後に回る。煙幕を抜けて更に走った先に全身に酷い怪我を負ったユアが息も絶え絶 えに横たわっていた。
「今治すからね!」
 グミは自身を覆う盾を解除し、全力のヒールをユアに二度三度、続けてかける。淡い光はユアの全身を緑の光で包み傷を癒していく。ユアは一度口にたまった 血で蒸せたが、火傷や外傷と言ったものはすべて回復していた。何とも言えないリラックスした表情から、一命を取り留めたことは疑いようもない。
「あ、あぅうう……」
 なんとか意識を保っていたユアは治ったばかりの身体を無理やり起こし、何よりも早くグミの後方を指差す。龍がいる方向、そうだ。囮になったシュウを助け なければならない。グミを通すために囮になったシュウは今頃、グミの分の攻撃にまで晒されているのだ。
 すぐさま振り返ると想像通りの光景が広がっていた。グミを見失った龍は対象を一人に絞り、集中攻撃を加えていた。中でも爪と炎の連携は凶悪で完全には避 けきれなかったのか、いくつか痛々しい傷痕が滲んでいた。
 さらに容赦のない攻撃が加えられる。薄皮一枚で避けた右爪にバランスを崩し、その隙をすかさず尻尾が刈り取り、そのまま軽々とシュウの体を持ち上げる。 あまりのスピードに脳を揺さぶられたのか、シュウは龍のなすがままにされていた。そして、グミとユアが絶叫するよりも早く、ずらりと牙の並んだ二頭が巨大 な二匹の大蛇のように、片方はシュウの頭をもう片方はシュウの腹へと牙を立てるべく、高速で接近する。
 だめだと思った瞬間に奇跡は起きた。完全に意識を失っていたと思ってたシュウが口の端をニィィと歪め、崩れた体制のまま発砲した。両手の拳銃から放たれ た二発の弾丸は右頭の右目を抉り、左頭の咽頭を抉る。普通はどちらも致命傷の一撃のはずだが、それでも双頭の龍を倒すには足りない。しかし、ほんのわずか な隙が生まれていた。
 シュウは無理に体をひねって双頭の龍の頭にそれぞれの足を乗せて、さらに跳躍。龍の頭上飛び越えにかかったのだ。その目は意志に満ちており、揺らぐこと がない。頭を踏まれた龍は苦し紛れに両翼でシュウの動きを遮ろうとするが、シュウは更にそれの上を行った。
 いつの間にか精製していたボムをバズーカに込め、龍の首の付け根に向かって発射したのだ。龍の体に命中した榴弾は爆発し、爆発による風とバズーカを発射 した時の反動でシュウの体が吹き飛ばされる。結局飛び越えることなく失敗と思われたシュウの行動であったが、それで終わりではない。
 さっきの攻撃によるわずかな身体の上昇、ほんのわずかだが跳躍の距離を稼いでいたのだ。高さだけを見れば翼の最長部をしのいでいる。しかし、バズーカの 反動で前への慣性が相殺されていた。このままでは真っすぐ下に落ちるのみだったが、シュウはまだ終わらない。
「クレセント!!」
 シュウがスキルを詠唱すると、普段使っている銃からではなく手にしたバズーカから無数の鉤付きワイヤーが飛び出していた。ワイヤーを向けた先は龍ではな く屋上。高速で吐き出された無数の金属はついさっき龍が破壊した屋上の亀裂部分まで猛烈なスピードで飛び交っていく。よく見るとそれは飛んでいくに適した 矢尻のような形状をしていた。
 シュウが地面に落ちるスピードよりもわずかに早く天井の亀裂に食いついたクレセントは、強靭な力でシュウごとバズーカを支えた。そして、なんとシュウは 天井にぶら下がったバズーカにしがみつき、振り子のように龍の正面に向かって突っ込んでいった。無謀すぎるその選択に一瞬顔を覆いそうになるが、その実 シュウは冷静だった。
「最初からこれを狙ってたんだよッ!!」
 一瞬目を疑った。シュウが双頭の龍を貫通したように見えたからだ。しかし、よく見るとそれは違った。シュウはドラゴンに上に意識を向けさせることで足も とを留守にさせた。その隙を見事につき、龍の足元を潜ったのだ。龍の巨大さと壮大なフェイクによって成功した奇跡だった。
 グミは人間技とは思えない攻防に目を白黒させていたが、シュウにからかわれるのが嫌ですぐにそっぽを向く。ユアは小さく拍手するくらい感動していた。
「まぁ、俺様にかかればこれくらい楽勝だな。傷の手当の方頼むぜ」
 グミは何か言おうとしたが、それよりも先に我を思いっきり振りかざす。シュウは反射的に頭を抱えたが、今回のそれはいつもの暴力とは違った。
 シュウの真後ろで炎弾が時間を奪われたかのように浮いていた。物理法則を軽々と無視している光景ではあったが、よく見るとグミの盾で支えていることがわ かる。
「油断大敵……よ!」
 グミの周りの空間が歪み、なんと炎弾が吐き出されたとき以上の速度で吐きだした本体へと弾き返された。自分の攻撃を丸々返された龍は回避行動をとること もできず真正面から炎弾を喰らう。腹に命中したそれはぶつかってからも燃え続け、その力で龍を仰向けに転倒させた。
 最強とされる龍に青天を喰らわせたグミは、勝ち誇った顔でシュウの目の前にピースした。シュウは目の前であんなリフレクターを見せられたこともあり、ぐ うの音も出ない。
「グミさん、いつの間にこんな力を……」
「精神的に強くなったのかも」
 ユアの質問にグミはそう答える。最初は自分の手を不思議そうに見てはいたが、右手で握り拳を作り頷く。きっとこの二人から引き離されることで、強くなっ た。そして根拠はないが、二人に会いたいと思うことでさらに強くなったのだろう。この威力をもってすれば、勝てるかもしれない。その可能性が更に三人を強 くする。
「俺も精神的に強くなったのかもな。さっさとキールとついでにコウの野郎を助けに行こうぜ」
 シュウがあおむけで倒れてる龍を尻目にグミとユアの二人の肩に手を置く。ユアは大きく頷いたが、グミはその代わりにやってみたいことがあると言った。
「私、マジックシールドの応用で気づいたの。私のヒールはこんなものじゃないはずよ」
「どういうことだ?」
 シュウの疑問には答えない。というよりも耳に届いていなかった。グミの小さな体から魔力があふれ出すような、空気が泡立つような感覚が広がる。それは三 人を囲むように。その範囲は次第に広がり、やがてはコロシアム全体を覆うように。
「ヒール!!」
 ざわついていた空気が急に融けたかのように柔らかく感じる。コロシアム全域を緑の霧が包み込む。それは暖かく、陽光のような心地よさを伴っていた。手を かざしていないはずのシュウの傷が癒えていく、龍の体が痙攣したかのように震える、そしてその効果は遥か遠方にいるコウの傷をも癒し、どこかで倒れてるか も知れないキールという少年も癒したのだろう。あきれた範囲回復だった。
「できちゃった……私、こんなこと出来たんだ。エネルギーボルトも出せなかったのに」
 グミは自分の力に驚いてるようだった。嬉しさの余りか、涙がこぼれる。それをそっとシュウが指で拭いた。グミが驚いて見上げると、シュウは顔を見られな いように外側に向けた。わずかに見える横顔が少し赤い。
「人を傷つけるのには向いてなかったんだろ。俺がお前の銃になってやるよ」
「なら、私は剣ですね」
 ユアがグミの左側にそっと立つ。これでグミの左右に二人が立つ形になった。グミを中心に三角形が出来上がる。その頂点は龍の方を向いていた。グミはまだ まだ溢れてくる涙をぬぐって、無様に倒れたままの龍を強い瞳で見据えた。そして、後ろは振り向かずにゆっくりと口を開く。
「二人ともありがとう。この三人なら勝てる気がする」
「我も合わせて四人だろう。我はお前の頭脳になってやる」
「頭は一つで十分よ。レフェルはあの龍と一緒に葬るわ」
 上手いことを言ったつもりなのか、冗談に聞こえない。しかし、我渾身のジョークで空気が和んだ気がする。三人入れば文殊の知恵、それに我がいれば鬼に金 棒というわけだ。無論、鬼はグミだ。そこまで思ったところで我の体が地面にたたきつけられた上に、靴の裏を舐めさせられた。どうやら声に出ていたらしい。
「グミさん、来ます。かなぼ……レフェルさんを拾ってください」
「最終決戦だな。鬼神のような活躍頼むぜ」
「言われなくてもやるわ。あとでレフェルとシュウ覚えときなさいよ」
続く
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