いかにして確実な勝ちを拾うか。そのことにおいて、何よりも合理的に確実な策を講じる 集団。それがアサシンと呼ばれる組織である。彼らは目的のためには手段を選ばず、ミッションを成し遂げることにおいては他に類を見ない。
 ただ、結果に至るまでの経過はといえば、それはもう人の道から完全に外れた手段を取ることも決して少なくはない。闇討ち、裏切り、暗殺なんてものは彼ら にとって朝飯前で、卑怯者と罵れば褒め言葉として聞き流すだけだ。
 しかし、アサシン組織はある程度の権力を持つものに対して絶対の信頼を得ている。彼らは情に流されることはなく、その報酬によって動くからだ。その徹底 したプロ集団の中にもミッションをこなすことに快楽を覚えるもあれば、ただの金儲けとして参加しているものもいる。だが、個々の実力はといえばそれぞれの 武器や、やり方は違えど常人をはるかに凌駕する卓越した技術を持ってると来てる。
 そう、汚れ仕事専門の彼らは社会のニーズに応じて生まれ、今もその力を振るい続けているのだ。そして彼らが持っているのは武力だけではない。裏社会の顔 でもある彼らはあらゆる組織の裏に通じており、その情報網といえば一国のそれと同等、もしくはそれ以上とも言われている。
 そんな化け物集団の話なんかして、いきなりどうしたんだと思う人間も大勢いるだろう。そして、どう見てもただのシーフにしか見えない俺様が、どうしてそ こまでアサシンに詳しいのか疑問に思っている人間もいるだろう。別に俺自身アサシンだったわけでも、連中と仲が良かったわけでもない。
 仲間だと思っていた人間から突然攻撃を受けた。誤射ではなく明確な殺意のこもった攻撃。要するに俺は今まさにアサシンの人間と対峙している。しかも後方 には本来戦うべきはずの凶暴な魔物たちがいる。ついでに悪いことってのは重なるもので、俺は脚を負傷中。しかも魔物の子供なんてお荷物を持っている。
 さすがにそろそろ俺が誰だかみんな分かってくれただろうか。以前はこのコロシアムの三強として名を馳せた、孤高の盗賊兼ダンディーなチョイ悪オヤジ…… サベージ様だ。
 別に面倒な語り部を引き受けようなんてことはまるで考えてない。現状をどうするか考えるだけで精一杯だ。咄嗟にガードした腕に刺さった無数の針はそれぞ れに猛毒、もしくは麻酔効果のある薬が塗ってあるに違いない。その証拠に傷口から上半身にかけて感覚が狂ってきているのがわかる。視界もぼんやりしてき た。
 が、俺はこんなところで無駄死にするつもりはない。せっかく、頼れる奴らがここに落ちてきたんだ。あんな青二才ごときのせいで台無しにされてたまるか。
 俺は普段使っている短刀を後ろでに掴み、いつでも投擲できるように身構える。アサシンほどじゃないが、これでもシーフになる前は手裏剣を放ってたんだ。 こんなこと言いたかなかったが、最後の最後で目に物見せてやる。
*
 これだけ平気で仲間を裏切る種族は人間しかいない。いや、あいつらにとっては仲間ですらないのだろう。会って数時間の人間と意気投合出来るなんて考える 方がどうかしてるよな。
 あいつは今までは敵でも味方でもない灰色の存在だった。だが、ついさっき真っ黒の敵になった。戦況は確かに悪くなったが、モンスターが一匹増えたのと大 して変わらない。そう理解し、納得した……つもりだった。
 敵と分かったのならば、すぐさまターゲットをポイント、息つくまもなく即射撃に移るのがベターだ。だが、俺の行動はといえば、その真逆だった。狙うべき 対象から身をそらし、サベージが受けた謎の攻撃に備えて距離を置く。銃口は地面を向いたまま、完全に守りの体勢になってしまっていた。
 しかし、それは他の仲間達も同じだ。いきなり反旗を翻した盗賊風の男を見るも、混乱している。俺のように防御の姿勢を取れたものはまだいい。それすらも 出来ずに、例えば見慣れた町を歩いていたら、突然通り魔に襲われたかのように、無抵抗のまま攻撃された。首元から血を流し、うずくまる仲間の様子を見て も、俺たちはそいつをすぐに敵と見なせずにいた。
「クソッ、みんなそいつから離れろ! 裏切り者だ!」
 俺はさっき奴が自ら名乗ったにもかかわらず、改めて同じことをみんなに伝える。みんな頭の中では理解してるつもりでも、すぐには身体がついていかないの だ。敵の結束、信頼を利用した心理攻撃のひとつだと分かっていても、すぐには行動に移せない。十人で行動を共にするという結束があだになっていた。 
 俺の声を聞いた仲間がユア、コウ、キール、サベージ……その他大勢の順に裏切り者から距離をとる。つい先ほど攻撃された仲間はうつぶせに倒れたまま動か なくなっていた。ほとんど言葉を交わしたこともなかった男だったが、仲間ということがなかったとしても殺されていいはずがない。
 何の躊躇もなく裏切り、味方を始末した裏切り者の目を睨む。顔全体を覆い隠す布は視界を最低限確保するための隙間しかないが、その隙間から見える目には 何の感情もこもっていなかった。
「シュウさん、伏せて!」
 背中からかけられた声に返事をする間もなく、俺は誰かに押されて地面に伏せる形になる。恐らくは声の主であるユアがそうしたのだろうが、どうしたんだろ うか。そう思った瞬間に轟音が頭上を通り抜けていった。そして、次の瞬間には金属がひしゃげる程のありえない力で何かと何かがぶつかる音、続くは内臓を滅 茶苦茶にされて声にならない悲鳴。その未熟な実力からほとんど戦線には加わっていなかった戦士が、コロシアムの壁にめり込んでいた。硬さだけが取り得の鎧 には大きな穴が出来ており、その穴を開けた張本人であるアイアンピグが止めとばかりに顔面に体当たりをかましている。
 裏切り者に気をとられて、背中がお留守になっていた。もしも、ユアが助けてくれなかったら俺がコロシアムの壁に出来損ないの標本みたいに磔にされていた かもしれない。そして、俺がちゃんとモンスターの方を向いていれば、こんな事態は避けられただろう。
 すべては一人目の獲物のあと、俺たちにグミのことを話してくれた浮浪者風の男に攻撃を仕掛けようとしているあいつのせいだった。あいつが浮浪者風の男を 攻撃する前に誰かがあいつを仕留めなければならない。
 両手に握られた拳銃はまだ地面を向いたままだ。攻撃する隙を狙えば、恐らく一発で致命傷を与えられる。けど、俺の両手は拳銃が何百キロもある鉛にでも なったかのように重く、狙いをつけることさえ出来なかった。
 怖かったのだ。これ以上殺人に手を染めることが。そして、その様子をグミや他の仲間に見られることが。仲間も同じ気持ちなのだと思う。モンスターを倒す ことに対しては何の苦痛も感じないのに、相手の姿かたちが人間で、俺たちと同じ血が流れているというだけで、引き金を引くという簡単な動作ですら困難にな るんだ。
 仲間が目の前で殺されていく様を見せ付けられてるにもかかわらず、まったく動けない俺を知ってか知らずか。顔を隠した殺し屋は冷徹に手にした暗器を浮浪 者風の男に向ける。
 逃げ惑う男に高速で飛来する武器を避けることなどできるはずもない。しかも彼は彼なりの全速力で走ったはいいが、足がもつれて転んでしまった。転んだ痛 みよりもなんとか頭だけをガードしようと両腕で頭を覆う。殺し屋にとっては狙いやすい的が出来ただけだった。
 裏切り者は何の感情もこめずに手にした暗器を正確に飛ばす。鋭利な針状の武器は空気を裂きながら、剥き出された頚動脈への道を疾る。
 誰の目にも助からないとわかるその瞬間、何かを察知したアサシンが眉をひそめる。空中で小刻みに金属音が鳴った後、浮浪者の足先数センチに大振りのナイ フが深々と突き刺さっていた。サベージが飛んでいる針を投げたナイフで相殺するというという離れ業をやってのけたのだった。
 自分の命が助かったらしいことに気づいた浮浪者風の男は、小さな悲鳴を上げながら一目散に逃げ去る。アサシンはそのまま弱者から先に潰そうとしたが、サ ベージの一言でそのターゲットを変えた。
「おい若造。そんな距離で外す様じゃアサシンの名折れだなあ。俺が相手してやるよ」
 サベージの挑発でアサシンの目にわずかに殺気が帯びる。そのまま両手両足を負傷して何が出来るとばかりに見下ろし、すぐさま暗器を取り出す。それを見た サベージは不敵に笑い、大声で叫んだ。
「こいつは俺が始末する。お前らは魔物たちだけ見てろ!!」
 サベージは叫んだと同時に腕の中にしっかり抱えてたふぇありーを俺の元に投げる。軽々と宙を舞ったふぇありーを見て、アサシンは咄嗟に暗器を放ったが、 それはコウの剣が払った。なんとか無事に両手でキャッチすることを成功した俺は前後両方の戦線から離脱し、比較的安全な位置まで移動する。ふぇありーは 眠ってたが、その幼い肢体にはわずかに暖かさを帯びていた。
 ふぇありーがこちらに回った今、俺たちはサベージとアイコンタクトだけで通じ合い、裏切り者を一手に任せることを了承する。失われた参謀のポジションは 両手が使えなくなった俺が担当することになった。といっても、ほとんどすることはない。サベージが俺たちの失いかけた信頼を回復してくれたと同時に、誰も やりたくない汚れ役まで一挙に引き受けてくれたのだから。
「こらーキール、弾幕薄いよ! なにやってんの!」
「うるさい!」
 そう言いながらもキールはさっきよりもずっとリラックスした表情で弩を構えていた。背中を気にしなくて済むようになったことによって、前よりもずっと思 い切った、それでいて精度の高い一撃を撃つようになった。強烈なアローブローがレイスの壁を抜けてカズアイの目玉に命中し、頭ごと吹き飛ばした。
 モンスターの数だけで言えばレイス二匹にアイアンピグ一匹、そしてまだ見ぬアンノーンのわずか四匹だ。そういえばアイアンピグは二匹いたはずだけど、一 匹どこにいったんだろうか。
 ともかくいない方がいいのだから、気にする必要はないか。ユア、コウの前衛軍は今は砲丸のないレイス陣に正面から突っ込んで行っている。正体不明の敵で はあるが、この二人ならなんとかなる気がした。アンノーン登場まで時間はまだある。その前に少しでも数を減らしておくのが今の最優先事項だ。
 身体はいつ来るかもしれない攻撃に対する回避行動に備えて、頭ではこれからに向けての行動の順序の再確認を急がせる。頭の片隅では背後のサベージが気に なってはいたが、サベージは魔物の方だけを見てろと言った。それは魔物の攻撃に備えると同時に、自分の姿を見て欲しくなかったからそういったに違いなかっ た。
 だから、俺たちは振り返らない。背後で行われている死闘はサベージとアサシンのものだ。そして、勝つのはサベージだと信じているから。
*
「クソッ、まるで見えやしねえ」
 ぼやけた視界に一瞬だけ光る針を避けきるのは至難の業。シュウたちにはあんな風に言ったが、ダメージの残った足では到底回避することなど出来ず、どうに か急所への攻撃を避け続けているという現状だった。
 アサシンも俺の消耗や怪我は事前に知り尽くしているので、まずは両手両足の自由を完全に奪ってから、俺の急所を引き裂くはずだ。そう、やつらは最悪の裏 切り者であり完璧主義者でもある。俺が完全に行動不能になるまでは近寄ったりしない。窮鼠猫を噛むというようなことは絶対に起こらないようにするのだ。
 もちろん俺は鼠なんかじゃないし、あいつも猫じゃない。だからこそより慎重に、確実な殺し方を選ぶ。その上あいつの武器は一撃必殺なんかとは縁のない針 なんて代物だ。ちまちま削るなんて俺の性じゃないが、見切りづらさと数で圧倒するあの武器は強力としか言いようがなかった。
 しかも、それに加えて痺れ毒だ。即効性の猛毒でなかったのは相手の悪い趣味に感謝するしかないが、それでもじわじわと獲物を弱らせて楽しむという悪癖に 付き合う余裕ももうほとんど残されていない。俺は回避し切れなかった分だけでもゆうに三桁を超える針を全身に食らっている。
「思いのほかタフじゃないか。毒が効きにくい体質なのか?」
 アサシン風情ごときがターゲットに話しかけてきやがるとは。薬がしっかり効いてることは分かってるくせに、皮肉のつもりか。ていうか毒かよ……俺は地面 に血混じりの唾を吐いて、右手の中指を立てる。
 返事よりも先に針の嵐が飛んできた。やつはわざと俺の右手だけを狙い両手の十発を全部俺の中指に命中させる。痛みなんてものは麻酔ですでに吹き飛んでお り、ただ何か異物が手から生えてきたような感触だけがあった。
 いかん、頭がぼけてきた。だが、俺の作戦はもう少しで完成する。満身創痍で更に今の攻撃を受けたことによって、俺はもうまるで動けないことをアピールす る。そこにやつが止めを刺しに近づいてきたところを、返り討ちにしてやるんだ。それにはもうひとつやっておくべきことがある。
「くっく、俺の指がサボテンみたいになっちまった。なあ、あんた。この仕事、いくらで引き受けたんだ? 冥土の土産に聞かせてくれよ」
 わざと呆けたようにして聞く。言葉の端々に俺はもう動けないという表現をこめて。絶対的な優位にあって油断したのか、アサシンはバカ正直に俺の質問に答 える。
「120Mだ。楽な仕事だった」
「ってことは俺ら一人頭10M以上ってことか。外道にしては俺たちの命の価値、わかってるじゃないか」
「くだらない話は終わりだ」
 釣れねえ野郎だ。アサシンは目の色を変えて俺の命をとりに来る。今までのような針を飛ばして攻撃する方法ではなく、右手の指に針を挟んで盗賊で言うジャ マダハルのようにして攻撃を仕掛けてきた。これまでの攻撃と比べると軌道は読みやすい。しかし、俺の身体はもう限界だった。全身の感覚はほとんどなく、重 いゴムの固まりになっちまったような感覚があった。この瞬間動かせるのはわずかに指一本だけ。だが、俺に残された手段は指一本だけで済む。
「お前の命、俺が鑑定してやるよ。目には自信があるんだ」
 その言葉にアサシンは微塵も動揺せず直線で突っ込んでくる。俺はひそかにポケットに入れていた左手の親指を人差し指で溜めた反動で小さく弾く。ポケット の中にあった10メル硬貨が爪にあたり、アサシンの顔めがけて飛んでいった。
 飛んできたただの小さなメル硬貨に脅威を感じるわけもなく、アサシンはそのまま俺の首筋目掛けてデスパンチを繰り出す。しかし、俺の首がちょん切れる直 前にアサシンの顔面をわずかに叩いたメル硬貨が爆発した。アサシンは超至近距離で突如起こった爆発に、生理的にどうしようもない隙を晒す。
「ホントは1メルで十分だったんだが、手持ちがなかった。じゃあな、地獄で会おうぜ」
 残る全身の力を傷だらけの右腕に回し、最後のナイフを掴む。通常のナイフとは違い、非常に鈍重で刺突くらいにしか使えそうもない装飾用のナイフ。柄の内 側にはコロシアムで拾ったメル紙 幣が何重にも渡って巻きつけてあり、そこの部分は爆発の反動が抜けるように抜いてある。今まで一度も使ったことのないとっておきの一本だった。
「よ……せ」
「メルエクスプロージョン!」
 右手に握ったナイフから爆炎が上がり俺の視界がついに真っ白になる。手首から先の感覚が吹っ飛ぶ。ロケットのごとく飛び出したきらめく刃が真っ直ぐ奴の 喉笛を食い破る。まさに窮鼠猫を噛むだな。
 右耳は爆音でダメになっちまったようだが、左耳はしっかりと音を拾っていた。薄れ行く意識の中聞こえてくるのは、ごぼっごぼっというアサシンが生にしが みつく音だけだった。
続く
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