重苦しい沈黙を消し去り、かくして俺たちが脱出するための会議が始まった。俺たちが持 ちうる情報を総合し、もっとも確実な手段を講じていく。その中でも際立ったのは一番古参であるサベージの発言だった。
 ヤツ曰く、過去にも同じように脱出を図ったことがあったらしい。まぁ、今もサベージがここにいるってことは失敗に終わったということを意味するわけだ が。しかし、それでもその失敗から得た情報は、非常に価値のあるものだった。
 最初、俺が提案したのは今いるこの独房からの脱出だったのだが、それはサベージによって一蹴された。なら、なぜ今まで誰も脱出できずにこんなところでウ ジウジしていたのか、その答えは簡単。脱出することが出来ないような構造になっているからだった。
 壁は全部魔力でコーティングされており、魔法による攻撃を受け付けない。しかも物理攻撃では破壊できないような硬度の鉱石で作られているそうだ。だった ら、さっき出入りしたあの鉄扉はどうだと言ったところ、あれは簡単に壊せるという意外な答えが返ってきた。だったら、脱出できるじゃないかと思ったが、次 のサベージの一言で黙らされた。
「壊せるのと脱出できるのは別だ。あの扉は特別な金属で出来ていて、壊しても生き物みたいに再生する。まぁ、それだけだったら腹いせに壊してもいいんだ が、壁や扉をむやみに攻撃したりすると、あの鎧がやってくる。それも一体や二体じゃなく、この部屋を埋め尽くすような勢いでの総攻撃だ。つまり、この部屋 は監視されてる。もしかすると、喋ってることも全部筒抜けかもしれない」
 無駄だと分かっていても、慌てて口を両手で塞ぐ。塞いだところで今まで言ったことが帳消しになるわけじゃないのにだ。そして、今度はすっかり慣れてし まった独房を眼球の動きだけで見渡す。カメラやその類は見受けられないが、なんか特別な方法で監視しているのかもしれない。よくよく考えてみれば、こんな 無法者ばかりを閉じ込めておいて、監視をつけないってこと自体がおかしい。
 そんなわけでこの独房からの脱出は諦めざるを得なかった。ついでに言うと、コロシアムとシャワールームをつなぐ廊下も、さっきと同じ理由から却下され た。
 となると、残るはコロシアムからの脱出しかない。戦闘の場ではいくら銃器をぶっ放そうが、剣を振るおうが憲兵が現れるはずがないという利点があった。し かし、サベージによるとこれでもまだ問題は山積みらしい。俺たちが数分話し合っただけで気づくような弱点を、敵さんたちが気づいていないはずがないってこ とか。
「脱出するために、まず頭に叩き込んでおかなきゃならないのは、コロシアムの構造だ。お前たちはまだ一回投げ込まれただけで、細かいところまではまだわ かってないだろうが、俺は死に物狂いで何度も潜ってる。それこそ何度も血反吐を吐いてな」
 以前のおちゃらけたオッサン風とはうってかわって真面目な表情をするサベージ。ヤツは俺たちの計画に賛同、全面的な協力の意思を示してくれている。元々 はこういう人間だったのか、ここに堕ちて来てから自堕落になっていたのかはわからない。だけど、とにかく今のサベージはとても頼れる存在だった。
「コロシアムは大きな円形でその直径の両端に俺たちが出てくるための入場門、モンスターが出てくる魔の門の二つが向かい合っている。そして、コロシアムの 中心……ちょうど俺たちとモンスターが向かい合っている境界線に結界がある」
「え、そんなもんなかったぜ?」
 思わず異を唱える俺をコウが制止する。黙って聞けということなのだろう。俺は立ち上がろうとしてた足を無理やり崩し、その場にあぐらをかく。
 その様子を見て一瞬、話すのをやめていたサベージだが、すぐにさっきの調子で話し始めた。
「ああ、お前の言うとおり、途中から結界はなかったよ。戦闘開始のゴングと共に取り除かれるんだ。恐らく、開始時間よりも前に俺たちが殺しあわないように あるんだろう。ちなみに、その結界は目には見えないが、触れることも出来る超硬質の壁だ。絶対に割れないガラスを思い浮かべてくれればいい」
 なるほど、それじゃ俺たちが突っ込んだ時には、もうそんなものなかったってわけだな。なんか幽霊はいるって言われたような薄気味悪さがあるが、こんな場 でサベージが嘘をついても得をするとは思えない。
「でも、まぁその結界のことは忘れてくれていい。どうせ勝手に消えるんだからな。だが、覚えておいて欲しいのは、他にも結界……見えない壁が存在するって ことだ。俺たちが脱出できないように」
「見えない壁……あ、もしかして観客席か!?」
 今思えば、あのむかつく観客どもは普通に何もない場所から俺たちのことを見下ろしていた。下手すれば自分たちに危害が及ぶかもしれないなどとはまるで想 定せずに、ただただ勝負に熱中していた。最前席のヤツなど、ユアが本気になってジャンプでもすれば、普通に乗り越えてしまうかもしれないのにだ。
 思わず口走った俺の言葉に対して、サベージは右手の親指を立てて不敵に笑う。
「なかなか冴えてるじゃないか。そうだ、あの観客席をぐるーっと覆うように円形の結界がある。これは戦闘が始まっても解除されない。俺たちが観客に攻撃で きないようになってるんだから、当然だがな」
 しかし、そんな結界が張り巡らされているんじゃ、結局俺たちは袋の鼠ということじゃないか。この独房と何も変わらない。
「それじゃあ、結局変わらないと思うんだが……どうやって脱出するんだろうか?」
 俺と同じ意見を先に唱えたのはコウだった。よりにもよってなんでこいつなんだよと思いつつも、サベージの意見に耳を傾ける。
「疑問に思うのも当然だ。つまりだな……これはあくまで可能性の話だから、具体的な脱出方法とかは抜きにして、消去法で考えてこうってことだ。話を整理し よう。まず、独房とコロシアムの絶対的な差だ」
 それを聞いて、ずっと真剣に話を聞いていたユアが口を開く。
「えっと、攻撃しても怪しまれない。鎧が来ない。あとは……なんだろう、わかんないです」
 俺も何か言おうと思ったが、くしくもユアとほとんど同じ意見だった。よくないことならいくらでも思い浮かぶんだが、どうも脱出につながるとは思えなかっ た。俺は思考しながらも、サベージが何か言い出すのをおとなしく待つことにする。
「まぁ、一回闘ったくらいじゃ、それくらいしか思い浮かばなくて当然さ。そうだな、さっきユアたんが言ったこと以外のを順にあげていくと、監視カメラがな い。モンスターがいる。観客がいる。壁じゃなくて、透明な結界があるってことだ」
「思いっきり無理な要素ばっかりじゃねえか……第一、モンスターがいたら邪魔で邪魔で仕方ないだろ」
 半ば呆れて言う。サベージがあげた条件を悪条件ばっかりだと思ったからだ。しかし、実際は違った。サベージの洞察の深さ、そして自分の読みの甘さを瞬時 に理解させられる羽目になる。
「だから、お前はバカなんだよ。いいか、悪条件に思えるモノも使いようによってはこっちに有利になる。監視カメラについてはバカでもわかるだろうから、何 も言わん。だが、他のは説明が必要だろうから、よく聞いておけ。モンスターは基本的には邪魔だ。だが、さっき見たアイスドレイクみたいなヤツの力を利用で きたら、それは凄い戦力だとは思わないか?」
 アイスドレイクが仲間だったら、それはもうユア並の超戦力になることは間違いないだろう。悔しいが俺なんかよりも確実に強い。ユアがいなければ、俺たち は確実にこの場にいないと断言できるほどの実力だった。だがしかし、それを仲間にすることなんて不可能だろう。
 しかし、サベージは俺の考えていたことを読んだかのように、ピンポイントな答えを返してくる。そして、続けて一息でさっきの悪条件に対する答えを説明し た。
「仲間にするつもりはない。俺はただその呆れた怪力を利用するってことを言いたいんだ。次に観客がいるってことと結界の話を同時にする。まず、観客がい るってことは、カジノのホストは観客の命を保障しなけりゃならない。そして、観客には一番良い席で、俺たちが苦しんでいる様子を見れるように透明な結界を 用意しなけりゃならない。だが、透明にするために魔法でそれを精製しなければならない、つまり、実態を持つ魔法の鉱石よりは脆いはずだ。しかも、俺たちが そこの壁をぶん殴ると、鎧の野郎が来るってことは、この鉱石だって規格外の力が何度も積み重なれば壊せるってことを意味している」
 一度にそこまで関連付けて論理的に導き出せるのも凄いが、何よりサベージがここまで考えていること自体が驚きだった。そして、その発言から導き出され た、唯一の脱出法の糸口を理解して、更に驚愕する。
「つまり……観客席側の結界を壊して、逃げるってことですか?」
 強いまなざしでサベージを見つめるユア。サベージはそんなに見つめちゃ照れるぜと茶化し、ユアを赤面させる。
「順序が狂っちまったが、つまりはそうだ。ちなみにこの計画は過去にもやったが、結局結界は破ることが出来なかった。俺たちが弱すぎたんだ。当時、戦力に なりそうなヤツは俺とヨロイだけ。おまけにモンスターどもは強豪ぞろいで、俺たち二人以外は全滅した」
 作戦の失敗は即全滅につながる。いや、そうじゃない。俺たちは前回の戦いで死んでいてもおかしくはなかった。今回はただ、運良く生き延びただけ。次は死 ぬかもしれない……そんな思いをサベージは理不尽に何度も何度も繰り返させられていたのだろう。
 それでも希望の光が生まれるまで、耐えた。今は負傷してしまった足の代わりに、蓄えた知恵を提供してくれた。後は新入りの俺たちの仕事だということを心 から理解する。
 俺は感極まって、サベージの両肩に手をやる。
「サベージ、お前の分まで俺たちが生き残るからな。短い間だったけど、お前と会えてよかったよ」
「バカヤロウ、俺も生かすように戦いやがれ」
 声と共に飛んできたジャブを上半身の動きだけでかわし、さっきサベージがしたように親指を立てて笑う。サベージのヤツも笑ってたが、その心境を察すると 今にも泣き出しそうだった。結界の破壊による脱出。この作戦では戦力のないものの力も必要となり、その隙は甚大。さっきのゾンビルーパンのように強力な遠 距離攻撃を持つ魔物が複数出てきた場合、あまり動けないサベージや素人なんかは一番最初に狙撃の的になる。俺たちに回復の手立てはない。
 そう、サベージは初めから死ぬ覚悟で進言していた。背中に漂う哀愁のようなものは、死の影だったんだ。そして、サベージ自ら死を悟り、偶然居合わせた俺 たちに作戦を受け継がせた。ならば、受け継いだ俺たちは壁を砕いて生き延びなければなるまい。どんな犠牲を出そうとも。
 でも、せめて俺たちの中にクレリックがいればな。サベージも全快して、更なる戦力にもなる。作戦の成功率も高まり、もしかしたら全員生還という奇跡も起 こせるかもしれない。まぁ、あくまで仮定の話なんだけど。俺たちの仲間に魔法使いはいな……いや、いるよ! グミのこと、忘れてた!
「おい、サベージ。お前、もしかしたら生き残れるかも知れんぞ。さっき言った俺の仲間のグミだが、飛び級のプリーストだ。お前の足の怪我なんて一秒で治癒 できる。しかも、あいつは結界の向こう側にいる!」
「なんだとッ!? なんか急に生きれるフラグ立ちまくりじゃねえか!! 俺の屍を越えて行けとか言わなくてよかったぜ!!」
 呆れるほどに画期的なアイディアだった。どうにかしてグミに連絡し、内と外から一点破壊。そして、俺たちと合流、脱出。可能性でしかなかった作戦に光が 差した。
 ……と、思った瞬間。ユアが突然現実的なことを話し始める。
「あの、話の腰を折るみたいなんですけど、どうやってグミさんと連絡を取るんですか? あと、グミさんがコロシアムに来るかどうかもまだ……」
「うっ……」
 そうだった……俺たちには全く連絡手段がない。しかもグミの場合ギャンブルに負けに負け、ここに来ることなんて出来ないかもしれない。第一、勝っていた としてもコロシアムに来るかどうかはまだわからない。不確定要素ばかりだった。光が差したと思った瞬間、どん底の闇に転がり落ちる。
「まぁ、初めから期待なんかしてねえ。俺は精一杯見苦しく足掻いて見せる。お前らは頑張って地上に這い出せ。あと、ヨロイの旦那のアレがうつったんかね。 感じるんだよ、足音が二つ。時間みたいだ」
 サベージが言い終えた直後、鉄扉が開き二人の憲兵が入ってきた。そして、無機質な機械の様に要件だけ告げる。
「時間だ。二回戦を始める」
 かくして肝心なことが何一つ決まらないまま、運命の二戦目の幕は切って落とされた。
続く
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