こんなにレフェルが言い負けてるのは、多分これから先見ることは無いと思う。
ことの発端はレフェルに言われて、私がコロシアムのチケット売り場に行ったことから始まった。辞書みたいに分厚いルールブックの読みたいところだけ読ん
で満足したレフェルは、他に必要な情報を求めてここに訪れたんだけど、これから戦場になるところの門には恐ろしい門番がいた。
その門番の名前はゴードン。それこそ見た目は気難しそうなおじいさんなんだけど、実際はそこまで気難しくないし、シゲじいを思い出すような優しいおじい
さんだ。私のために小さめの椅子も用意してくれたし、今も親しげにちゃん付けで呼んでくれている。
でも、レフェルにとってはそれがこの上ない強敵で、今のところ99%負けてる。堅物ではあるけれども、見た目は鈍器にしか見えないレフェル。いつもは
ちょっと喋っただけで驚かれたり、慌てられたりして、勝手に自分のペースに持っていくことが多かったけど、このおじいさんはそうもいかなかった。
まず、最初からレフェルの存在を見抜かれていたってことで、動揺させる作戦は使えなかった。これはまぁ仕方ないことだし、慣れれば誰だって驚かなくな
る。シュウなんて驚きもしなかったし。
でも、そこはレフェルだもん。年上や年下といったものだけじゃなく、モンスターや武器にだって容赦なく話しかけるのにためらう事は無いと思う。
ただ、何度も言うけど、今度は相性が悪いみたいだ。話の断片を拾ってみると、こんな感じだ。
「このロリコンめ」
「お前こそ鈍器のくせに生意気だぞ」
「いいから、情報をよこせ」
「それが年上にものを聞く態度か」
「……」
ちょっと拾うとこ間違えたかな。
とにかく、レフェルは今私の手を離れておじいさんの前に立てかけられて話してる。私が持ってることが気に食わないと言われたからだ。
二人はずっと言い争いを続けてるみたいだけど、話は一向に進んでないようだった。レフェルが何か聞き出そうとすると、おじいさんは忘れたとか知らないと
か、レフェルの揚げ足を取ったりとかで巧みにかわす。もしかしたら、初めから余計なことは言わないようにクラウンに言いくるめられてるのかもしれない。た
だの嫌がらせかもしれないけど。
でも、その性質の悪い嫌がらせはレフェルにとって相当効果があるようだった。レフェルが欲しい情報はあのおじいさんしか持ってない上に、レフェルがやろ
うとしてるのは多分イカサマ。そのことを悟られないように回り道をしてかなきゃいけないんだから、大変だ。
それに加えて、このおじいさん……見た目以上に体は若くて、目、耳だけじゃなく頭の回転もいいみたいだ。質問に答えるどころかレフェルが聞き出そうとし
ていることの裏を暴いて、未然にイカサマを防止しようとすらしてる。
私からは手の出せない腹の探り合い。お互い真っ黒な腹の中に紛れた真っ白い一粒の真実を見つけ出すのは難しい……その上、レフェルは目が見えないような
状態なのだ。でも、私が助け舟を出そうにも、私はイカサマの概要についてまったく聞かされていないのだから、言い争いの渦中からちょっと離れたここで見て
るしかない。これではレフェルがいくら交渉術に長けていても、本当に必要なことだけを尻尾を出さずにに聞き出すなんてことは、ほとんど無理なんじゃないか
と思えてくる。
事実、レフェルが苦戦してるのは先ほどから増えつつある無言が雄弁に語っていた。表情なんてないはずのレフェルから染み出してる負のオーラは、悔しさと
か怒りとかで真っ黒に燃え上がっていた。しかし、それでもレフェルは私の手を借りるのは嫌みたいで、助けを求めることはしない。
反撃の妙手が思い浮かばずに黙りこんでしまったレフェルを見てゴードンさんは、しめしめとばかりに言った。
「ふぉっふぉふぉ。それでは、交換条件でどうじゃ?」
いかにも意味深に笑い、挑発したような目線でレフェルのことをみるおじいさん。レフェルはそれを挑発、もしくはこちらにもなかなか不利な条件を提示する
つもりだとわかりつつも、レフェルだけに対しては初めて見せた譲歩に期待せずにはいられない。
「交換条件だと……?」
おじいさんは不敵に笑い、レフェルにそっと耳打ちする。その瞬間、レフェルが一瞬固まったような感じがして、すぐさまさっきとはまったく違った様子で言
う。
「……情報次第では、前向きに検討させてもらおう」
「約束を破るような真似はするでないぞ。どれ、しばし待て」
そういい残すと、おじいさんは慣れた手つきで机の引き出し、すぐ後ろの本棚、無造作に置かれていた本の隙間からなどありとあらゆる場所から、何枚かの書
類やメモ帳の切れ端のようなものを机の上に並べていく。なんだかよくわからないけど、交渉は成立したようだ。途中、なんどかおじいさんが私のことをチラ見
していた気がするけど、多分それは気のせいだと思う。
「まずは何から見たいのかのう?」
書類がそろったらしいゴードンおじいさんは、集めた数枚の紙を机にトントンとあてて整えながら、レフェルを促した。さっきまで進展なんてまるでなかった
会話が、急にこんなに進むなんて……一体どんな交換条件を出して来たんだろう。
「上から三番目から五番目の紙を頼む」
レフェルはバラバラに机に置いてあったときから、紙面を確認していたらしい。ゴードンは三枚目をパラパラとめくり、レフェルに読めるように一枚だけ差し
出した。
「お望みどおりの次回の対戦表じゃ。残り二枚は対戦者、モンスターそれぞれの解析データ。それとこれも特別サービスしておいてやろう」
おじいさんはメモ帳の切れ端を公式文書のような紙の隣に置き、やっと元の腰掛に腰を下ろす。レフェルは一言礼をいい、私にも見るように指示した。
「対戦表自体は購入すれば簡単に手に入るが、その個人の情報に関しては売っている本元によってまちまちだ。それに比べて、公式のデータは私見や趣味、偏り
のない純粋な情報だから見て置いたほうがいい。それにこれは」
「非売品じゃし、非公開品じゃ。ただの記録用に取ってあるだけのものじゃからの」
レフェルが言おうとしたことを、ゴードンさんが続けて言う。昔からの馴染みたいに息までぴったりだ。一体あのささやきの中で何があったんだろうか気にな
るけど、今は資料に目を通すことが優先事項だった。
「中心のラインから見て左が人間、右がモンスター。それぞれ10ずつ丸があるが、これは個体数だ。その下にある名前が固体名もしくはモンスターの名前だ」
レフェルに言われるままシンプルな図表を眺める。まずは左側の人間側から見ていくと、見慣れた名前が二つ、目に入る。
「しゅ、……やっぱり見間違いじゃなかったみたいね」
うっかり二人の名前を叫んでしまいそうになって、慌てて口を閉じる。顔見知りだって知られたらまずいんだっけ。せっかくのレフェルの気苦労を無駄にして
しまうところだった。
「ああ、間違いなく生存してる。そして、左ついでにだが真ん中から右に一個いったところを見ろ。サベージの隣だ」
視線で丸をなぞり、サベージとかかれた人の左に行き着く。その下に書かれていた名前はというと、これまた聞き覚えのある名前でコウと書かれていた。
「これってもしかして、あのコウくん?」
「断定は出来ないが、その可能性もあるだろう。どういう経緯かはわからんが。次は右側を見てくれ」
私は左側から右へと視線を移し、それぞれの丸に書かれた名前を右から順に読み上げる。
「えっと、ツノキノコA、カズアイ、ツノキノコB、レイスA、ストーンボール、レイスB、アイアンピグA、フェアリー、アイアンピグB……ってフェア
リーってもしかして、あの案内してくれたふぇありーさんじゃ!?」
思わず言ってしまって、両手で口を塞ぐ。しかし、もう間違いなくおじいさんの達者な耳には届いてしまっている。気をつけようと思っていた矢先、やってし
まった。
「グミちゃん。フェアリーの道案内についていってはいけないよ。どんなところに連れて行かれるかわかったもんじゃないからね」
おじいさんは優しくそう言って、にっこりと微笑む。どうやらおじいさんは、私たちがどうやってここに来たかについては知らなかったようだ。
私はほっと胸をなでおろすと、レフェルに向かってこっそりとさっき叫んでしまったことと同じことを耳打ちする。しかし、レフェルから返ってきた答えは
さっきとほとんど同じ解答だった。
「断定は出来ないが、その可能性もある。モンスターは種族と付随のアルファベットでしか書かれないからな。それと、最後の一匹についてだが」
そうだった、さっきのを全部足しても9匹。10匹いるのならもう1匹いるはずだ。しかし、すべての丸に目を通してみても、その名前は無い。丸は全部で
10あるのにだ。よく見ると一つだけ、隊列の一番前の丸にだけ何も書かれていなかった。
「それは書き忘れではないぞ。まだ未定なのじゃ。クラウン様が稀になさることでな、見たことも無いモンスターが現れることもあって、よく番狂わせを起こす
ことから参加者からは『アンノーン』と呼ばれて恐れられておるのじゃ」
ゴードンさんが機転を利かせて教えてくれる。多分レフェルも同じことを言うつもりだったみたいだけど、私としてはわかればどっちでもいいので気にしな
かった。レフェルは相当気に障ったみたいだけど,機嫌を損ねないために特に相手にしない。
「ゴードン氏、二枚目と三枚目を頼む」
おじいさんは名前で呼ばれたことを気にも留めずに、さっさと二枚をレフェルと私の間に滑らせて渡す。一番上に印字された表題はそれぞれモンスターリス
ト、対戦者リストと書かれていた。
私はシュウとユアさんのことが心配だったので、すぐに対戦者の紙をレフェルの前に置く。
「ユア、シュウ、サベージ、コウ……他か。ふむ、必要なことだけ簡潔にまとめられているな」
リストには対戦者たちの名前とそれぞれの性別、職業、レベル、戦力、特筆事項などが綺麗に表に収められていた。ちなみにシュウは♂ガンナーLV40前後
Bって書いてあって、ユアさんのとこには特筆事項のとこに職業不明。LVを著しく凌駕する実力なんて書いてある。他にもキールって人とサベージって人には
データがあったけど、他の人には性別だけしか書いてなかった。
「気づいたと思うが、上4人以外のデータはない。おそらく、前回のあの惨状を見てもわかるように、対戦者の入れ替わりがあったんだろう。それと、リストの
右端をよく見てくれ」
入れ替わりというと人と人が交代するみたいな感じがするけど、実際は死んでしまった人の代わりにそこに立たされるというだけのことなんだ。知らない人
だったから、まだ気持ち悪いとか可哀相ですむけど、もしあれがシュウやユアさんだったらと思うといてもたってもいられなくなる。知らない人一万人よりも
知ってる人一人のほうが何倍も悲しいのは紛れも無い事実だから。
私は一度心を落ち着かせてから、レフェルが言ってたリストの右側をよく見ると、欄外にアルファベットで何か書かれていた。一人一人に書いてあって、それ
は大きく分けて3つ。一文字ずつ「D」、「S」、「R」のどれかひとつが書いてあって、シュウ、ユアさん、コウの三つはSと書かれていた。他の人はDが3
人、Rが1人、Sが1人。一体何の略なんだろう?
私が考えている様子を見て、ゴードンおじいさんは大きく笑い、それは英語じゃないのだよと教えてくれる。
「いいかい、Dは堕落の頭文字、Sは死にぞこない、Rは例外という意味じゃ。それ以上は教えられんのじゃが、なんとなく想像できるじゃろう」
DとRはわからないけど、Sはすぐに想像できた。シュウとユアさんがあんな場所に連れてこられた理由。つまり、あの怖い鎧にやられた人たちはSに区分さ
れちゃうんだと直感した。なら、あそこで連れてかれなかった私は一体何に区分されるんだろう。
「そろそろ三枚目をお願いしてもいいか?」
考え事をしてた私にレフェルが遠慮がちに聞いてくる。私は首を縦に振り、対戦者たちの紙の上にモンスターのリストを乗せた。配置はさっきのと同じで、性
別と職業が削除されている。主に書かれてるのは戦力だけで、特筆事項もレベルもなにも書いてはいなかった。……ある一体を除いては。
「レフェル、これ見て」
私が指差したのはフェアリーEとかかれたモンスターの特筆事項。書かれていたのは酷く短く、そして恐ろしい言葉だった。
「愚かなる者に死の裁きを」
見た瞬間に背筋に冷たいものが走る。そして、思い出される門前での闘い。あそこまで導いてくれたモンスターのあどけない笑顔。それが、シュウたちの倒さ
なければならないモンスターの中にいる。でも、そんなこと出来るのだろうか。私があの場所で闘わなければならない状態にあったら、とても無理だと思う。
シュ
ウやユアさんだってきっと無理だ。
「まず間違いなくあのフェアリーだろうな……大丈夫、計画通り行けば何の問題もない。それよりも気になるのはアンノーンだ。そのメモを」
私はメモの切れ端を取り、リストの上に置く。書かれていたのは達筆な文字で一文だけだった。
「アンノーンは開始5分後に投入せよ」
……書いてあることの意味がよくわからない。アンノーンはさっき言っていた、まだ決まってないモンスターのことだとして、何で初めから入れないんだろ
う。そういうルールじゃないのだろうか。
ゴードンさんは私が難しい顔をしてるのを見て、そっと耳打ちしてくれた。
「クラウン様は余興を好むのじゃ。恐らくじゃが、このアンノーンは一瞬で対戦者を肉塊に変えかねん化け物じゃろう」
あの二人が一瞬で……殺される。そんなことないと頭で全力で否定しながらも、大きな影になぎ払われ、切り裂かれ、絶命する二人が目に浮かぶ。消そうと
思っても消せない、あの村での出来事とリンクして。
続く