窓のない牢獄に運び込まれた新たな六人の囚人。それぞれの意識はなく、かなり乱暴な手 段で眠らされたような後が後頭部に見て取れる。しかし、今は全員眠っているだけでどいつも命に別状はないようだった。
 まぁ、問題はそんなところじゃない。正直な話サベージ同様、俺も補充定員なんかに期待せずに、今いるメンバーだけでどうするかしか考えてなかったし、実 際に頼りになりそうなやつはほとんどいなかった。……ただ一人の顔見知りを除いては。
 端正な顔立ちにやや軽めな茶髪、分別のない女子どもがキャーキャーいいながら近寄ってきそうなイケメンだった。セクシーな口元や整った鼻梁、今はまぶた の裏にあるが妖艶なアメジストの瞳で見つめられるだけでどうにかなってしまうのだろう。
 本人に聞いたわけではないが髪のほうは生まれつきなのだと想像する。多少フェミニストな面もあるが真面目で頑固なこいつは性格的にもカラーリングや形に こだわるタイプでじゃない。俺はめちゃくちゃこだわるタイプなのに、このアンテナのせいであきらめざるを得なかった。なんという不幸、産んだ親にも会った ことはないが、相当なリスクを背負わせたと思う。
 話を戻そう。このモデルでもやってそうな王子様、コウとかいう男は知っている人間だ。でも友人でもなんでなく、どっちかっていうと真逆の敵だ。だが、し かし敵対したこともある故に、その実力も知っている。
 俺が遠隔トリッキータイプだとすれば、やつは近接パワータイプだ。自称腕利きの戦士であるこいつは一戦交えたことこそないが、実力は俺と拮抗するくらい だろう。二次転職も無事成功したし、俺楽勝なんて思ってたこともあったにはあったが、やつも二次転職して強くなっていたので今はわからない。ただ、強いて 言えることがあるとするならば、こいつは戦力になる。それだけだった。
 すうすうと寝息を立てているコウを前に長々とこいつについて思い出していたわけだが、どんなキャラか思い出したところでそろそろ起こしてやることにする か。
 俺は優しく肩に手をやり、そっと揺すりながら声をかける。
「おい、朝だぞ。もしもーし! 学校に遅刻するわよー! さっさと起きなさいよ! この犬!」
 ありとあらゆるバリエーションで起床を促してみたが、まるで起きない。起きずとも何か面白いリアクションをしてくれれば、まだネタになったのに……これ ではただ俺がバカみたいじゃないか。
「おいこら、そこの二人! 笑ってるの聞こえてるから!!」
 俺はクスクス笑いを噛み殺してる二人をにらんでから、今度は両肩に手をかけてかなり強引に揺する。これで起きないやつは目覚まし時計だろうがなんだろう が起きないに違いない。叩き壊してでも自分の睡眠時間を死守するタイプだ。グミとかな。
「起きろ。起きろー! 起きやがれ〜!」
「う〜ん……」
 コウは寝返りを打つと、うっとおしそうに俺の目の前で手を縦に二度振る。シッシッと虫でも払うように。それに続いて聞こえてくる低い笑い声。こいつら後 で見てろよ。
 もうトサカならぬアンテナにきた俺は、強行手段に出ることにする。耳元で銃弾をぶっ放し、銃声でたたき起こす。ボムをしかけて爆破する。鼻に銃弾を詰め る……なんてことも考えたが、鼓膜でも破れたら戦闘に支障をきたすし、今はグミもいないから回復も出来ない。場合によっちゃ死ぬし、死体を片付けて新しい 補充定員を呼ぶのも面倒だから止めておく。
 そこで俺は考えた手段は非常にシンプルかつ、暴力的な手段だった。その名もマウントパンチ式起床法。名前は今付けたんだが、要するにむかつくイケメンを マウントポジションで起きるまで殴ると言うもの。グミには使えなかった手段だが、こいつになら使ってもいい!
 俺は早速、逃げられないようやつに馬乗りになり、硬く拳を握る。石でもなんでも掴んでやろうかと思ったが、手ごろなものがないのでやめておいた。食ら え! 必殺シュウ様ラッシュ!
 俺は(心の中で)猛烈な咆哮を放ち、握り締めた拳をありったけのパワーで振り下ろす。もちろん左手も既に連打体勢だったが、パンチを放つことはなかっ た。
「なっ……」
 絶妙な角度で振り下ろされた拳は、顔面ではなくコウの右手にしっかりと押さえられていた。直進するはずだった右腕は無理やり押さえられ、行き場のなく なった力とコウの握りつぶさんばかりの握力に悲鳴を上げる。
「人の寝込みを襲うとは……卑怯者め」
 身体を横たえたまま薄く瞳を開けたコウは、目覚めのいい朝だとでも言わんばかりに空いている左手で片目をこする。まるで俺の渾身のストレートを受け止め たことなど、気にも留めずに。
「お前がなかなか起きないかっ……ぐっ」
 俺は起こしてやっている俺への憎まれ口と右手を掴んだまま放さないことに苛立ち、左手を繰り出したものの、みぞおちに手刀を食らい強制的に黙らされる。 痛み自体はたいしたことないが、体勢が体勢だった上に、いきなりコウのやつが右腕を放しやがったので、バランスを崩して前のめりに倒れる。
 急所への不意打ちとはいえ、タフな俺が一撃でやられるとは……情けない。しかし、薄れ行く意識の中、そこまで後悔したところでとある大事なことに気づ く。
 倒れた先にあるもの、そうコウの顔……と見せかけて、その上にある冷たいコンクリートの床! このままいくと真っ直ぐ鼻から叩きつけられ、強烈なダメージと共に鼻血が噴出すことだろう。別な意味で鼻血が出そうになった人は、ちょっと自分を見つめな おしたほうがいいかもしれない。こんな健全な俺がアッーな展開になんてなるはずないだろ?
 しかし、どうにか腕を伸ばしてなんとか手をつこうにも、間に合わない。右手は痺れてるし、左手はストレートのまま握ってしまっている。なんとか開こうに もタ イミング的に余計なダメージを増やすだけだ。ならば顔面損傷を覚悟して、せめて顔を横にすることに最大限の努力をすることにした。この間わずが0.1秒。 あまりに高速回転する自分の脳を自画自賛しながらも、いさぎよく諦めて重力に引かれることに任せた。
 願わくば最小のダメージで済みますことを。誰にでもなく祈り、まぶたを閉じる。しかし、いつまで経っても冷たい床が顔面をしたたか打つことはなかった。 感じたのは額の当たってる厚い胸と肩を抱く誰かの手の感触、それこそ抱きしめあわんというような距離での少し荒い吐息。
 底抜けに嫌な予感がした。目を開けたくなくなるような、むしろ開けないとそのまま取り返しがつかなくなるような、そんな感覚。さっきの頭の回転があまり に速くて、目を回してしまったのか、なかなか思考が追いついていかない。
「お怪我はありませんか、グミさん」
 ちょっと待て、どうやったら俺がグミに見えるんだ! 明らかに勘違いしているコウの不吉なセリフに、つぶったままだった目を限界以上のスピードで見開く。眼前に迫るイケメンのとろんと溶けたような瞳。それが 意味するのは、まだこのヤロウが夢心地だということか!
「ちょ……んっ!」
 静止の合図もわずかに間に合わず、美青年の唇で俺の口が塞がれる。効果音で言えばズギュゥゥウウンっという音が一番合ってる。や、やわらかい……コウく ん、キュン……じゃねええ!
 最悪過ぎる。俺のファーストキスが男と……それもよりによってこんなクズに。これは、こんな目に遭うくらいなら地面にキスしてたほうが千倍ましだった。 死にいたるレベルの精神ダメージ。しかも、こういうときに限って悪いことは重なる。
「しゅ、シュウさん……」
 ついさっきまで眠りこけていたユアがこのタイミングで起きていた。気絶こそしなかったが文字通り白黒する目とほんの少し高潮した顔。タオルが落ちないよ うに片手で押さえ、見てはいけないと思いながらも目を放すことが出来ないご様子。誰がどう見たって誤解するに違いないこのシチュエーションを、寝起きのユ アが見たら……どう思うかは想像に難くない。
 冗談じゃなく青くなる顔。背筋を伝う冷や汗の量。別の意味で真っ白になる頭。抱きすくめられた腕の中で全身から救難信号を出すが、誰に届くこともない。 いや、届いていてもやつらは何もしないだろう。クソッ、頼りになるのは自分だけか。
 俺は抱きしめられている状態で、首の力だけでやつを無理やり引き剥がし、やつの脳天めがけてありったけの頭突きを繰り出す。さすがのコウも両腕の使えな い状態では回避できず、まともに食らった。お互いの両目から火花が散り、ようやくコウが夢の世界から帰ってくる。そして、今自分の置かれている状況を把握 してか、 無意識かはわからないが飛び起きた。右手には既に抜き身の剣。明らかに臨戦態勢だが、俺はそれどころじゃなかった。
「ウェーッ……何で俺がこんな目に……泥で口をすすぎたい気分だ!」
 俺はやつの口から侵入してきた体液を出来る限り吐き出し、袖で何度も拭いて口に残る感触を消す。ここ最近で経験した中で二番目に最悪な出来事だ。
 俺がのた打ち回っている間、不幸にもファーストキスの相手はというと口を押さえ、無意識の内の行動を必死に思い出し、思い出した瞬間に目に見えるほどの 黒いオーラを俺に向けてきた。
「シュウ、貴様。よくも僕のファーストキスを……その罪、斬る!!」
「斬るじゃねえだろ! このド変態が!!」
 俺が正論で怒鳴ると、頭が固い上にプライドばっか高いコウの怒りは更に上昇する。
「変態だと……!? ふざけるな! お前が紛らわしいことをするから、こんなことになったんだぞ!」
「紛らわしいって元はと言えばお前が起きないからだろ! そういや、さっき夢心地で俺のことグミだとかなんとか言ってたな。夢の中で妄想しやがって!!」
 俺は急所に狙い済ました一撃を叩き込む。コウは頬を染めて一瞬言葉を詰まらせるが、怯みながらも新たな反撃を繰り出してきた。
「お、お前だってそこにいる女性は何だ! ふ、不埒だぞ」
「お前、どこ見てんだ! あれは不幸な事故でああなったんだよ!」
 互いの視線の間でバチバチと火花を散らしている。先に口火を切るのはコウだ。
「う、うるさい! お前はいつもいつも僕の前に現れて!!」
「お、お前が俺の後着けて来てんだろうが!」
 まさに売り言葉に買い言葉。段々と話の内容がわけわからなくなってきたが、怒りで理性が麻痺している俺たちにはあまり関係なかった。俺は抜き身の剣をか ざすコウに対して、自衛の意味も込めて二丁拳銃を取り出し、構える。
「二人ともケンカはやめてくださいっ!」
 一瞬即発だったその瞬間、ユアの悲鳴がその場を鎮める。その後も睨み合い自体は続いていたが、お互い同時に武器を元の位置へと戻した。怒りが空気を焦が すような気まずい感じだけが残る。
 そんな中、空気を読んでか読まずか、俺たちを見ながら白い顔を真っ赤に染めたユアが、小さな声で口を開いた。
「あの、ふたりは……そういう関係なんですか?」
 俺とコウは明らかに勘違いしているユアに対して、同時に怒鳴った。
「断じて違うッ!」
「誰がこんな男と!」
 その瞬間、ずっと笑いをこらえていたサベージとキールが堪えかねて爆笑する。
 正真正銘、過去最悪の再会だった。
続く
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