(ぅ…痛い…)
私のわき腹に鋭利な爪が食い込んでるのだから痛いのは当たり前だったけど、痛みなんか(といってもすごい激痛)よりも私が良く覚えているのは、赤にまみれ た自分の小さな身体だった。でもそのほとんどは自分の血ではなく、ママの血だった。ママは自分の体を刺し貫かれ、命をも失ったというのに私のからだから手 を離すことなく私を守ってくれていた。そう、ママの言った「守る」という意味は盾になることではなく自分の亡骸によって私のことを隠し、龍の目が私に向か ないようにしてくれたのだった。
 龍はママを殺し村人を全員始末したと思ったのか、ママだったものの下にいる私には気付かずに爪を引き抜いた。
身体から異物が抜けるのは嬉しかったけど、それと一緒に私の血もいっぱい出た。あまりの痛みに声を上げそうになったけどママの犠牲を無駄にするわけには行 かないと、歯を食いしばって我慢した。龍はママに興味をなくすとどうやら村の奥のほうの山に飛んで行ったようだった。
 (明日はお社でお祭りがあるって言ったっけ…いったいあれは何が目的なんだろう)私は薄れゆく意識の中そう思った。傷口が燃えるように熱い…手足はどん どん冷えていく。動こうと思ったけど身体はピクリとも動かなかった。
(あぁ…私死ぬのかな…今まで死ぬなんて考えたこともなかったけどなんだか悲しいよ。パパはあれを倒すために命がけで戦って、ママが自分を捨ててまで私を 生かそうとしてくれたのに…。)
身体はピクリとも動かないのに涙だけはとめどなく流れてきた。
(パパ…ママ…ごめんなさい。私がもう少し強かったら…)
どうしていままでパパやママの言うことを聞かなかったんだろう…どうして好き嫌いなんてしたんだろう…後悔の念ばかりが脳裏によぎる。
(もう…ダメみたい…)気を失いそうになったそのとき
「ちょっとそこのお譲ちゃん、大丈夫?」
透き通った綺麗な声だった。私は何か言おうと頑張る。
「ぅ……ぁ…」
全然言葉にならなかったけどその何者かには通じたようだった。
「酷い怪我をしてる…ヒール!」その人はなにか呪文のようなものを唱え私にてを振りかざした。さっきまでの激痛がまるで嘘だったかのように引いていく…私 はそのときは知らなかったけど回復呪文のようだった。それもかなり高レベルの。
「これでなんとか大丈夫よ。私が安全な所まで送っていくわ」
私は意識が朦朧としてすべてのものがぼやけていたけれど、その人の色だけは見えた。上から下まで真っ黒で銀色の真っ直ぐで長い物が合間から飛び出してい た。
「…ありがとう…ママもたすけてください」
私の心からの想いだった。思えば私だけ助かっても両親も友達も村の人もみんな……その黒い人からの返事は幼い私にとっては残酷なものだった。
「ママってこの人よね…残念だけど死人を蘇らせることは出来ないの。あなたは虫の息だったけれどまだ息があった。でもあなたのママはもう…」黒い人は顔を 伏せる。
わかっていた。死んでしまってはもう終わりなのだということを。頭では分かっていたが心は認めたくなかった。
(私は助かったのに…ママは…パパは…皆は…)
自分の薄幸を呪う前に私の意識はそこで途切れた。
「あなたは死なせないわ。この村の唯一の生き残りですもの。あなたの大切なものを全て奪った畜生を許すわけにはいかない」
黒の魔導師はこれから待ち受ける彼女の運命を知ってか知らずか、自分にも言い聞かせるようにして一人つぶやいた。
続く
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