元の監獄に戻ってからというものの、聞きたいことが多すぎてどれから聞けばいいのか自 分でもわからなくなった。しかもユアは寝たままなので、それらを説明できるように身体に刻み付けてでも覚えておかなければならない。
 まずは雑に散らかった頭の中を整理する。余計な情報を頭から追い出し、必要な情報だけを注意して拾い集める。記憶力も含めて、あまり優秀な頭じゃないっ てことは随分前から意識してることだ。注意して覚えようとしなければ、次の日には何も覚えてないなんてこともザラだ。記憶喪失しやすい体質なのではないか と真剣に悩んだこともあるかもしれない。覚えてないけど。
 まぁ、顕著だったのは主に勉強の分野だったから問題ないだろう。戦闘技術や体捌きといった本当に生活に必要なことは身体が記憶してる。数学なんか出来 たって生きてく分にはまるで困らないからな。
 ことの始まりは数分前にさかのぼる。サベージの口から零れた聞き覚えのない単語。
「補充定員」
 言ってることの意味はその後に続いた物騒な話で一瞬にして理解できた。サベージいわく、強制的に戦わされるというこの異常な環境にも、変わることなく続 いてる ルールがあるそうだ。
「向こうからの情報はまるで入ってこないが、経験的に理解できることはある。まず一戦ごとに戦う人間は必ず10人だ。対するモンスターの数も10体。そし て、その試合で両者欠けた者があれば、次の試合までに補充される」
 前回の補充定員は俺とユアだったそうだ。つまりは、二人の人間が先に死んだということになる。そして今回生き残ったのは4人。もはや帰らぬ人となった6 人の代わりが補充されることになる。
「まぁ、補充される人間のほとんどは戦闘なんて出来そうもない一般人ばかりだがな。お前らみたいなのが補充されてくるとラッキーだ。まぁ、代わりにヨロイ とウィザードを失ったんだが……」
 サベージはそこで言葉を切ると顔を伏せる。こんなところで出会ったとはいえ、あの連携だ。長い付き合いだったのだろうと容易に想像できる。
 長く付き合ったダチを失った感覚は自分の経験から嫌でも理解できる。世界が途端に暗くなったような空虚さ。とてもすぐさま割り切れるような代物ではな い。
 しばらくは口をつぐむであろうサベージの様子を見ながら、補充定員について頭をめぐらせる。
 補充される人間はどこから来ているのだろうか。俺たちは門番の甲冑に倒されて気づけばここにいたが、あの化け物を前に生き残れる人間はそれなりに強い人 ばかりだと思う。一般人なんて文字通り瞬殺だ。しかし、さらってくるにしても手間がかかる。となると……うーん、悪い頭で考えても埒があかない。ここはサ ベージの回復を待とう。
 サベージはしばらくうつむいて、感慨にふけっていたが、心の整理が出来たらしい。その顔つきはさっき冗談を言っていたときとはまったく違った表情で、例 えるなら悟りを開いた僧侶のような強い光を目に秘めていた。
「頑固で融通の利かないやつらだったが、いいやつらだった。ここで俺だけが生きながらえたのも、お前たちに俺の知っていることすべてを話すためかも知れ ん。キール、てめえも来い。耳の穴かっぽじってよく聞いておけよ」
 無言でうなづき、サベージが話し始めるのを待つ。キールも最初は疎ましくしてたが、いつもと違うサベージの声に黙って近づいてくる。
 サベージは俺とキールが自分の近くに座ったのを確認すると、きわめて真面目な口調で話し始めた。
「勝負は1日3回。飯は朝夕の二食だ。そして、勝負は10VS10の団体戦。これは決定事項だ。そして、さっき言ったように欠員が出ると、毎回10人にな るように補充される。死ななかったやつはそのまま、敵もその条件は同じだ」
 ……シャワー室でのおどけた物言いや、過ぎたジョークも無理してたのだろうか。俺たちに感づかせないために。
「今回は相手を根絶やしに出来たが、いつもはうっさい実況が言ってる通り、制限時間がある。制限時間以内に相手のモンスターを倒しきれなかった場合は、モ ンスターも俺たちも一瞬動けなくなって、モンスターたちだけが元来た門に帰って行く。俺たちは自分の足で帰るんだが、不思議と戦う気にもならないし、やら れた仲間の亡骸にも近寄ったりしない」
 話すことの端々には歴戦の仲間と称された二人が思い出されるのだろう。命がけの苦闘や、無言の連携。楽しかったことと同時に、あまりに無残な最期も。
「そんな気分にならないんだ。何よりもここに戻らなきゃいけない気分になる。お前らもそうだったろう?」
 言われてみれば、そうだった。一言も話したことない人間ばかりだったが、仮にも一度チームを組んだ人間だ。助かりそうもないとはいえ、何も考えず戻って くるなんておかしい。シャワーする前に一度この部屋に戻ってきたが、どんな順路を通って戻ったのかも覚えていない。まるで操り人形みたいに。
「言われて初めて気づいたよ。俺はまだ二回目だけど、二回とも戦い終わって気づいたらここにいた。仲間がやられて悔しいとかじゃなくて、ただ生き残った。 勝ったって思うだけだった」
 キールがそう口にしたことによって改めてことの異常さを痛感する。制限時間ギリギリでユアがアイスドレイクを沈めたとき、俺は相当興奮してたはずだ。し かし、ユアに何か言うでもなく、倒れた仲間のことを思うでもなく、怪我したサベージを気遣うでもなく、ただここに戻っていた。
 正常な精神ではありえない。狂っている。もしくは何かに狂わされていたとしか考えられない。
「それもここのルールのひとつかもしれないな。次、このコロシアムは賭けに使われている。俺たちの殺し合いの結果がそのまま賭けになってるってわけだ。実 際に見たわけじゃねえが、実況のセリフやら観客の空気やらがカーゴレースのそれと恐ろしく似通ってる。俺たち一人一人の命にいくらの金がかかってるのかは 知らねえがな」
 サベージは途中泣き言も言うことなく、淡々と自分の経験したことだけを話していく。そこに嘘は感じられない。嘘をついて得することがあるとも思えない。
 だが、ひとつだけ気になることがあった。話の流れを切るかもしれないが、今聞かないと聞けない気がした。
「なぁ、二人ともどうやってここに来たんだ?」
 一瞬、二人の表情が固まる。しかし、サベージはすぐに答えて言った。
「それを今から話そうと思ってたところだ。その3、補充定員はどこから来るか。これには大きく分けて二通りだ。まずは俺がここに来た方法だが、ある盗賊仲 間にエリニアの南の森には財宝の眠る黒い樹があると吹き込まれて、仲間数人とここに来た。途中のモンスターどもはうまくやり過ごせたんだが、いかにも財宝 が眠っていそうな門の前で中身のない甲冑に襲われた」
「俺もそうだ。なんなんだ、あいつら」
 目的は違えど、サベージも甲冑に襲われてここに来たらしい。そのとき一体どんな風にして連れて行かれたのか、早く聞きたかった。
「まぁ、そう急くな。そのときは仲間三人で行ったんだが、一人は剣を突き刺されて絶命した。もう一人と俺は一発でかいのもらって重傷。朦朧とする意識の中 で、死んだなと思ったんだが……気づいたら仲間一人と一緒にここに連れてこられていた。その仲間は次の勝負で流れ弾に当たって死んだがな。俺は相当悪運が 強いらしい」
 サベージは自嘲し、痛んだ足をさする。よく見ると足の怪我以外にも、古傷や最近直ったばかりの傷が体中にあった。
 今度はキールが面倒くさそうに話し出す。
「俺はまとまった金が手に入る場所があると聞いてここに来たんだ。後はそこのサベージのおっさんと同じだよ」
 キールは金が必要な理由は話したくないといい、そのまま口を硬く閉じる。触れられたくないことなのだろう。俺も話の流れ上、自分がここに来た経緯を話 す。
「俺たちは仲間とはぐれて道に迷った末、その門の前についたんだ。三人で来たんだが、一人はどこにいったのかわからない。もしものことは考えたくないが、 あの門の中に連れて行かれたのかもしれない」
 戦いの興奮で意識の隅に追いやられていたが、こっちにくる手引きをしてくれたアッシュ、門前で無理やり別れさせられたグミはどうしているだろうか。俺と ユアがやられるほどの化け物にグミが対抗できるとは思えない。ならば、やはりあのいけ好かない声の主に連れ去られてしまったのだろうか。そして、もしかす るとその変態野郎にあんなことやこんなことを……。
「話が脱線したが、もうひとつここに来る方法がある。ここに落ちてきた浮浪者風の男に聞いたんだが、この上ではカジノがあるらしく、コロシアムというギャ ンブルもあるそうだ。その賭け事をやってる連中が金を全部スッたとき、ここに連れて来られるらしい。そいつはうわごとのように死にたくない死にたくないと 繰り返して、開始一分で噛み殺されたがな。それ以外にも時々めかしたババアや抜けた顔した男が落ちてくる。そいつらも末路はまぁ散々だ」
 戦ったことのない富裕層の人間がコロシアムに投げ出されたら、逃げることしか出来ないだろう。もちろん執拗なモンスターの攻撃や、さっきのアイスドレイ クのような飛び道具を持った敵の前に逃げ切ることなど出来やしないが。
 サベージは一息ついて、また一気に喋りだす。
「こっからは勝負についてだが、モンスターのことから話そう。さっきの戦いでわかったと思うが、ここのモンスターはシャバのそれと違ってなぜか連携が取れ ている。それこそ不気味なくらいな。そして、もうひとつ。ここには今まで見たことのないような珍しいモンスターが出てくる。それも恐ろしく強いやつらばっ かりだ。さっきのアイスドレイクなんかはまさしく最強クラスのモンスターだよ」
 凶暴な冷気、鋭い歯牙に強力なブレス。おまけに傷ついても氷で傷をふさぐというような荒業までやってのける。間違いなくユアがいなければ俺たちは全滅し ていただろう。ドレイク討伐という偉業を成し遂げた当人はタオル一枚で眠りこけているが。
「タオルのねーちゃんがいなければ、ここ数代はあのアイスドレイクの独壇場だっただろうな。お前らみたいな希少な戦力は滅多に現れない。ほとんどは悪運 ばっか強い俺らみたいのと運に見放されたクズだけだ」
 噂されているのに気づいたのか、びくっと身体を震わせるユア。しかし、気のせいだったようで、そのまま幸せそうな寝顔をのぞかせるだけだった。
「俺が知ってるのはそれくらいだな。次の勝負の時間はいつもヨロイのやつが教えてくれたが、俺には呼ばれるまでわからん。大体、補充定員来てから一時間く らいだと思うが正確な時間までは……ん」
 そこまでサベージが言ったところで、なぜか耳を澄ますようなポーズをとる。そして、次の瞬間には壁に聞き耳を立てていた。俺もそれに習って壁に耳を当て てみると、何か音が聞こえてくる。
 ガシャガシャと金属質のものがコンクリを叩く音が聞こえてくる。不規則に何度も何度も、複数の足音が徐々に近づいてくるのがわかった。
 サベージはニヤと笑って言った。
「耳がよくてな。さすが6人だけあって数が多い。まともに戦える人間が一人でも多く来ますようにってな。神なんかいるわきゃねえが」
 金属音が最大限に大きくなり、硬く閉じられた鉄製の扉が開く。入ってきたのはなんと最初にここに来たときと同じ甲冑だった。それも一体ではない。補充定 員一人につき一体の計6体だった。
 にっくき甲冑野郎はこっちに一瞥もくれることなく、背負った人間を壁沿いに一人ずつもたれ掛けさせていく。耳障りな音を立てながら、無駄なく動作を終え ると整列して、部屋から出て行った。
 驚きと怒りのあまり凍りついた俺は、ようやく我を取り戻す。既にサベージはのそのそと動いており、今回来た補充定員の様子を確認していた。
「驚いたろ、どれどれ今回は男ばっかりか。こいつはみすぼらしい格好だが上から落ちてきたやつだな。こいつは魔法使い、なりたてマジシャンってとこだな。 次はまたまた上から落ちてきたやつだ。老紳士だが、節度をわきまえないとこうなる」
 扉に向かって右側を見終わったサベージは今度は左側にいる三人を見に回る。
「こいつは盗賊、手裏剣を投げるタイプの邪道野郎だが腕はなかなか立ちそうだ。次のやつは戦士みたいだが、あっという間に戦死する戦士だ。今のギャグな。 そして最後のやつは……ウホッ、いい戦士。いい体してやがる」
 誤解するような発言をするサベージは無視して、俺も補充されてきた人たちを見やる。全員どこにも大きな外傷はないが、眠っている。そうか、俺たちも眠ら されたか気絶させられたかして、あいつらに運ばれたのか。
 続いて全員の背格好を見る。感想は大体サベージと似通ったものだが、最後の最後に来た戦士の顔を見て、思わず言葉を失った。サベージが下ネタ(?)を飛 ばした戦士は奇しくも顔見知りだった。
「ゲッ、なんでこいつが……」
 茶の短髪にむかつくほどのイケメン、コウだ。以前のような重装備こそしてないが、軽めの戦甲をまとい細身の剣を腰に下げている。ペリオンのときといい、 修行のときといい、こいつはストーカーか。
「こいつも悪運が強そうな面構えだな。ちょいとムカツクが」
 気絶しててもまだ眉間にしわの寄ってるこいつを見ると、サベージとまったく同じ感想が浮かんだ。
続く
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